<行き止まりの風景-1>
<行き止まりの風景-1>
梅雨入り前の夜明けとともに、
木立の新緑が眩しい公園に朝陽が颯爽と差し込んでいく。
毎朝恒例のウォーキングに励む初老の男女。
出社前のランニングで、軽く汗を流すOLやサラリーマン。
十数人が輪になり太極拳のようなエクササイズを行う人たち。
この辺りでは至極当たり前の日常であるが、
その裏で、天地を覆すほどの出来事が進行しつつある。
日常が非日常に変わるとき、人は為す術も無く立ち尽くす。
もっとも、その直前まで日常を精一杯生きることのほうが、
人として幸せなのかもしれない。
公園の大樹の下で、ジグは相変わらずぐったりとしたままだった。
特に用の無い場合は、ソラも余計なおしゃべりをせずにじっとしている。
目の前を街の人々が通り過ぎる様を漠然と眺めながら、
風景画が動いているようだと評した。
《ソラ、ちょっくら街に出かけるか》
ジグは大樹の根元からゆっくり立ち上がり、
寝転がったせいでできたスーツの皺を両手で丁寧に引き延ばした。
このままジッとして居ても時間の無駄かもしれない。
ソラの言葉を借りるならば、
どうやら<まもなく>崩壊する世界にボクは放り込まれたらしい。
マスターからの伝言は無いということだけど、
<なぜ>という疑念が今のボクを動かしている。
ガス欠のボクにできることは果たして何なのか。
今のところ、身の回りではこの世界が崩壊するほどの気配を感じない。
であれば、前兆や変異の欠片を集めていくことで、
何かが分かるかもしれない。
思えば、マカインミッションのBM状態なら、
ちゃちゃっと探索を済ませることが可能なんだけど。
《私はいつもココにおります》
ソラがボクの思考に絡んできたが、それ以上の言葉はない。
前回のミッションでは世界の情報を積極的に集めてくれたソラだったが、
今回はあまり乗り気ではなさそうだ。
《いえいえジグ様、そうではありません。
私はジグ様からパワーを頂いている関係上、
現在<シーク>、<リサーチ>等のアドバンススキルを発動できることが難しいのです。
とは言っても世間話ぐらいは可能ですので、ふは》
そうかいそうかい。
こういうときは、できる刑事のようにどぶ板捜査でもやりますか。
ボクは、公園の近くに設置された地下鉄駅に通じる入り口まで歩き、
段々増えてきた通勤客たちと共に階段を降りていった。
なにぶん、この世界の時間軸には未だINしていない状態。
忙しげに階段を降りる彼等と接触する恐れは無いものの、
彼等と空間的に重なりそうになると、思わず脊髄反射で避けてしまう。
地下鉄ホームへ降りる入り口の上部に、
これから乗車する駅名が表記されていたことを思い出す。
《地下鉄江戸山線の西園寺駅、だったか》
先ほどの公園で見た人々の明るく闊達な表情とは違い、
ジグの周りにいる通勤客は一様に誰も無口で、
各自の仕事に立ち向かう熱気が感じられた。
職場は彼等の戦場だな
満員で押し合う乗客と、わざわざ空間を同期させる必要はない。
ジグは、地下鉄車両の網棚にマグロのように横たわり。
これから何処で降車しようかと、
壁に設置された運行表のディスプレイに目を馳せた。
そして、ある駅名を目にしたときジルは軽く頷いた。
『次は北城門町、北城門町です』
電子的なお姉さんの声が社内に響き渡る。
『次は枝枯、枝枯です』
いやいや、駅名としてそれはどうなのか
『次は増毛山、増毛山です』
ないない
それから数駅、満員の地下鉄は乗降を繰り返し、
いよいよ目的地に近いとこまで近づいた。
『次は未来ヶ丘中学校前、未来ヶ丘中学校前です』
きたきた、ここで降りよう。
ジグは、大勢の通勤通学客と共に地下鉄から降りた。