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(6) 悲しき咆哮

 シシルスの街は人口六千。

 当然ではあるがこの街には星砕きの術式、すなわち自動迎撃ミサイルの用意などない。

 この世界の常識的に、一万人の生贄を必要とする攻撃魔法の対象にはならないからだ。


 しかしここに勇者様が滞在するとなれば話は違う。

 魔族はこの勇者を葬るためならば高価な核ミサイルを惜しみなく使ってくるのだ。

 実際これでいくつかの街が勇者一行の去った数日後に消滅している。

 だから勇者一行をその城門に出迎えた市長の顔は暗かった。



「出迎え大儀である。先日魔力通信で連絡したとおり、補給のため二日ばかり滞在する」


「ははッ」


 むろん市長がその心中の不満を口に出すことはない。

 勇者に最大限の便宜を図る義務は「協約」に明記されているからだ。

 これに違反して生贄の供出割当てを増やされてもかなわない。


「必要な物資のリストは後ほど渡す。まずは宿所に案内致せ」


「あの勇者様、従者様は二名と伺っておりましたが」


 ジェスジアさんは僕をチラリと見て


「この者は従者ではない。我が使役獣の下僕であるから気遣いは無用」


「さようでございますか。しかし使役獣とともに馬小屋というわけにも……」


「市長よ、勇者様はよいと言っておるのだ」


「ははッ」


『ばふ』


「いいよ、カラアゲ君。なんかもうめんどくさい……」



 僕がこの世界に来て、そろそろ二月が経つだろうか。

 三美女さんの僕への扱いはますます酷いものになっていた。

 とくにあの恐ろしいオークの軍団と乱戦になったとき。

 巨大なオークに腕を切られて痛い痛いと泣き叫んだ辺りからが一層酷い。


 たしかに僕のこの血肉はカラアゲ君の魔力でできている。

 それが死ぬほどの怪我でなければすぐに治ってしまうし、死んだところでどうせまた生き返るのだろう。


 だけど。

 痛いものは痛いんだよ!

 刃物で腕を骨ごと断ち切られれば、痛いに決まってるだろ!

 僕だって好きでここに来たわけじゃないのに、なんでこんな目に……。



そんなこんなで。


「おい、本当に馬小屋かよッ」


『ばふ』


「カラアゲ君のせいじゃないよ。悪いのは能無しの僕と、根性悪のあいつらの……」


「いたいた。おい」


 馬小屋の僕らに声を掛けてきたのはマギニッサさんだった。


「ふうん、屋根もあるし寝藁もある。なかなか立派な寝室じゃないか」


 マギニッサさんは酔っているのか、赤い顔でニヤニヤしながら鼻を詰まんでみせた。


「少しばかり馬糞臭いがな」


「マギニッサさん、何しに来たんですか」


「心配して見に来てやったんだぞ。わざわざ会議を抜け出してな」


「会議? そんなパーティードレスでどんな会議ですか?」


「ふん。役立たずの足手まといのくせに人並みに嫌みのつもりか。今度は腕でなくその首を切り飛ばしてやろうか?」


 そして歯を獰猛に剥き出したまま僕に言う。


「分を弁えて口は慎むことだ。それと分かっていると思うが、くれぐれも余計なことを言い触らすなよ? 勇者様にはいつも我慢して頂き申し訳ないが人族の士気を維持するためにはこれも必要なことなのだ」


「要するにジェスジアさんの命令で僕に釘を刺しに来たんですね?」


 マギニッサさんは図星を突かれてふんと鼻を鳴らした。


「まあいい。おとなしく言いつけを守るなら小遣いを呉れてやる。これで酒でも飲んでこい」


 硬貨を一枚。

 僕に放り投げ、去っていった。



「なあカラアゲ君」


『ばふ』


「カラアゲ君はなんであいつらなんかと一緒にいるのさ」


『ばふ』


「なにが使役獣だ! 勇者なのはジェスジアさんでなくカラアゲ君なのに! 魔物と戦ってるのはカラアゲ君なのに! あいつら、いつも後で見てるだけで何もしてないくせに!」


『ばふ』


「なあ、カラアゲ君はなんで戦ってるんだよ! なんで、なんで!」


『ばふ』


「カラアゲ君はあんなに弱虫だったくせに! あんなにビビりだったくせに! あんなに人見知りだったくせに!」


『ばふ』


「こっちでちょっと強くなったからって、なんであんな奴らのために戦ってるんだよ! 」


『ばふ』


「ちくしょう、ちくしょう……」


『ばふ』


「カラアゲ君ごめん。しばらくひとりになりたい……」


 泣き顔をカラアゲ君に見られたくなくて、僕はその場を逃げ出した。

 自分の弱さを棚に上げてカラアゲ君に当たってしまったことが情けなくて情けなくて。



 空は夕暮れの赤。

 シシルスの街は貧しくて臭くて不潔だった。


 屋台では得体の知れない黒い肉がもくもく煙を上げていて、それを浮浪児だろうか、薄汚い少年が物欲しそうに見ていた。


「糞ガキが、こっちに来るんじゃねえ」


「ち、ゴブリン売りが偉そうにしやがって」


 店の親父に怒鳴られて、少年はさも悔しげに捨てゼリフを吐いてすごすごと引き下がった。

 そのとき開いたその口に、乳歯が抜けているのがチラリと見えた。


 それで僕はつい、この手を差しのべてしまった。



「よお。これ、やるよ」


 その少年は驚いた顔で僕と、僕の手の硬貨を見た。

 そして突然差し出された餌に野良猫がそうするように警戒しながらジリジリ近づき、二度三度こちらを威嚇してから僕の手から素早く硬貨をもぎ取ると、一目散に逃げて行った。


 たいした理由などなかった。

 僕はただ、マギニッサさんに貰ったカネなど処分してしまいたかったのだ。

 ただ単にそれだけだったのだ。

 それでも僕の心は硬貨一枚程も軽くはなってくれなかった。


 僕は行く当てもなくふらふらと街を行き、やがて日が沈み空が暗くなったとき。


「よお。弟が世話になったそうだな」


 若い男たちが十数人。ぞろぞろと現れて僕の道をふさいだのだ。

 若者たちの後ろには先程の少年がいて、僕を見てニヤニヤと笑っていた。


 今からとびきり楽しいことが始まるぞ、少年はそんな笑いかたをしていた。

 この獲物を見つけてきたのは俺様だぞ、少年はそんな笑いかたをしていた。


「有り金を置いていけ。それで見逃してやるぜ、この変態野郎」


「悪いな。カネなんて持っていないんだ」


 その若者には寸毫の躊躇もなかった。

 流れるような動作でグサリ。僕の腹にナイフを突き刺したのだ。

 それで膝をつき腹を圧さえてうずくまる僕の懐を、これも慣れた手つきで素早く探った。


「おいコラ、フカしやがって! こいつはオケラじゃねえか」


 ガツン。

 若者が少年を強く殴り付けたようだった。

 殴られた少年はその顔にありったけの憎悪を浮かべると立ち上がった。

 しかしその憎悪の矛先は殴った若者ではなかった。

 少年は袖口でその鼻血を拭うと、地に踞る僕の顔面をガツンガツンと蹴りたてたのだ。

 それで流れた血でたちまち目が見えなくなった。

 少年は変声期前のカン高い声で「おまえの母親は糞魔術の糞生贄ッ」だの「おまえの姉貴はゴブリンの苗床ッ」だのならず者の使うようなスラングをわめき散らしながら、何度も何度も僕を蹴り続けたのだ。


 それが痛かった。


 こんな歯の抜けた、こんな年端のいかない子どもの蹴りなのに、とてもとても痛かった。

 ついさっきナイフで腹を刺されたときよりも、少し前にオークに腕を切られたときよりも、あっちの世界で死ぬまで拷問されたときよりも。

 その十倍も痛かった。


 おいそろそろ始末してずらかるぞ、誰かがそう言ったときだった。


 轟!

 突風がやってきた。

 そして。


【グァオオオオオオオオオォッ!】


 それは僕の倒れ伏したこのシシルスの街を丸ごと二つに切り裂くような、そんな恐ろしい魔獣の咆哮だった。


 男たちの悲鳴。

 それから。

 千切って、砕いて、なぎ倒して、踏み潰す音。


「やめてくれ、やめてくれ、やめてくれ、やめてくれ、やめてくれ、やめてくれ、やめてくれ、やめてくれ、やめてくれ、カラアゲ君、やめてくれ、僕のために、人殺しなんて、やめてくれ」


 死なない程度の傷ならばどうせすぐに治ってしまうのだから。

 たとえ死んだところでどうせまた生き返るのだから。

 だから、だから、だから。



 やがて、ツンとした静寂。


 ナイフの傷が塞がって。

 ドクドク流れた血液は魔力に戻ってどこかに消え去り。

 ガツガツと蹴られた顔も回復して痛みも引いて。

 すっかり回復して元通りになった僕が恐る恐る顔を上げた。



 辺りはドロドロでグチャグチャの血の海だった。

 その中心部には、焦げ茶色で巨大な後姿があった。


 やがて彼はその首をゆっくりと天に向けると、崖の上の狼のように遠吠えをしたのだ。


「あああ糞、ちくしょう、僕は、僕は、馬鹿だ! どうしようもない大馬鹿野郎だ!」


 カラアゲ君だって好きで戦ってきたわけじゃないのに。

 カラアゲ君は今も変わらず弱虫で、ビビりで、人見知りなのに。


 なのに、なのに。


 いつだって僕のためにたくさん戦って。

 いつだって僕のためにたくさん殺して。

 そうしていつもいつも、こうやって空に向かって。





 泣いていたんだ……。


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