(5) 懊悩の夜
「それでさ、ウシオの描いたその絵の下手なこと下手なこと」
『ばふ』
「そんなカラアゲ君の絵がさ、何十枚も。もう町の至るところにさ……」
『ばふ』
夕食の後は、こうしてカラアゲ君のブラッシングタイムです。
気分は代官山のカリスマ美容師ですよ。
お客様、お痒いところはございませんか?
え、タテガミの奥ですか? ええと、手が届くかな……。
なにしろ巨大なお客様ですからね。二トントラックくらいはありますからね。
むしろ気分はガソリンスタンドのカリスマ店員ですよ。
お客様、窓拭いときました。灰皿捨てますね。エンジンオイルが汚れてますけど交換いかがっすか?
僕がこの世界にやってきて一週間。
満天の星空の下、カラアゲ君とふたりでアウトドアライフの毎日ですよ。
ジェスジアさんたちですか?
もう寝たんじゃないですかね?
また自分たちだけ豪華なテントに入ってさ。
え、僕? やだなあ、僕なんかをテントに入れてくれるわけないじゃないですか。
頼んだだけで「馬鹿かおまえは」言われちゃいますよ。
食事だってそうです。
初日にいきなり「なんで貴様にやらなきゃならんのだ?」ですからね。
それでまたカラアゲ君が怒ってくれて。
結局レトルトのお粥を分けて貰えることになりましたよ。
そうそう、この世界にもあるんですわ。不思議素材のレトルト食品が!
レトルトなのに、これがまたけっこう美味しそうな肉シチューとか海鮮料理とかデザートっぽいのもありまして。やるじゃん異世界、みたいな。
まぁ僕はお粥以外食べたことありませんけどね。
毎日毎日。食事は低カロリー、運動消費は高カロリー。
それで普通は痩せると思いますよね?
これで痩せなきゃ全額返金のシステムだって思いますよね?
ところがこれが大間違い。
僕はあい変わらずのポッチャリわがままボディーなんですわ。
いやあ僕はいちおう英霊枠で呼ばれたじゃないですか。
英霊ってデフォで「ゼロ成長」なんですって。
基本、呼ばれたときの姿と能力でいつまでも。
そりゃそうだ。カラアゲ君の魔力でできてるこの肉体だもの。
つまりそういうこと。筋トレもダイエットも無意味ってことですわ。
ちなみにカラアゲ君みたいに生きたまま、肉体を持ったまま異世界からやって来た英雄様は「勇者」と呼ばれてます。
この世界でもごく稀に英雄が生まれるそうですが、勇者の力は破格なんだって。
なぜなら国産の英雄とは異なり、舶来の勇者はデフォで「成長百倍スキル」を持っているから。
つまり勇者様なら一年の修行で国産英雄の百年分、二年の修行なら二百年分の効果ですよ。
それだから勇者様は敵を倒すたびガンガンレベルアップするし、戦闘スキルもたくさん手に入るんだって。
それなんちうチートですかと。
そりゃ敵さんだって核ミサイルをぶちこみたくもなりますわ。
だからこそ。
この「勇者召喚」の大魔法はとても高価。
超高価。
すっっごく高価。
なんとビックリ、そのために数万人の術師さんを生贄にしたんですってよ。
分かりますか、ただの生贄じゃなく術師さんの生贄ですよ?
人族の百人にひとりという貴重な術師さんを、一回で数万人も消費してしまう究極魔法なんですって。
つまりこの究極魔法一発のために、人族は貴重な術師さんのほとんどを失ってしまったそうです。
人族はそれだけ追い詰められていたんですねぃ。
魔族に圧されて防戦一方の状況だったと言いますからねぃ。
このままじゃいかん、人族は絶滅不可避だ、ここは異世界の勇者様どうかお願いします、と祈るような気持ちで生贄を積み上げたんでしょうねぃ。
なのにやって来たのがカラアゲ君。
人族にとって最後の頼みの綱の勇者様が、ピコピコ尻尾の室内犬とか……。
「やっぱ、僕だったんだろうなぁ」
『ばふ』
だからどうしても考えてしまうんですよ。
あのとき。ウシオに突き飛ばされなければ、そのまま魔法陣に引っ張られて僕がこの世界にやって来たのではないかと。
今頃は僕がチート勇者様としてカラアゲ君の代わりに戦っていたのではないかと。
今頃はムキムキボディーのイケメンフェイスになっててさ。
たくさんの美女さんたちにもチヤホヤされててさ。
はぁ。
そう。おそらく僕は勇者の成り損ないなんです。
あのときこっちに来なかったために、本来成し遂げるはずの偉業も果たせずあっちの世界で惨めに死んで。
更には無能のまま再度こちらに呼ばれて。
きっとこれから先何十年もカラアゲ君のヒモとして、無能のままいつまでもいつまでも惨めに生き続けるんです……。
「それにあれだろ? カラアゲ君は死んでもすぐ生き返るんだろ? ずいぶんと長生きするんだろ?」
『ばふ』
「カラアゲ君が生きてりゃ、僕も死ねないらしいし」
『ばふ』
「はぁあ。下手すりゃこんな生活があと何百年も続くのかぁ……」
『ばふ』
ごめんねと、しょんぼりしたカラアゲ君にベロンと舐められるものだから。
もうね、なんかいろいろと自己嫌悪な夜なのですよ。




