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(11) 死闘の果てに

【グァオオオオオオオオォ!】


 二トントラックのサイズのカラアゲ君が、その最大速度で突進する。


【ゴヮアアアアアアアアァ!】


 それを四トントラックのサイズの魔王がいなして躱し、擦れ違う瞬間に横からガツンと体当たりをする。

 弾かれてゴロゴロ転がったカラアゲ君が壁を蹴って体勢を変え、魔王の追撃から逃れるとすぐにまた反撃に転じる。


 それはまさに怪獣決戦であった。

 後方で見ている三美女たちの顔色もまた、これまでになく蒼白であった。

 僕たちの予想を大きく越えてこの魔王は強かったのだ。


 勇者と魔王。

 体格ならば魔王が一回り大きいものの、その経験値やレベル、総合的な身体能力はほぼ互角であろうか。

 いや、出自が四足の肉食獣である点で、単純なパワーとスピードならばカラアゲ君がほんの僅かに上回るかもしれない。


 しかしその戦闘技量が格段に違った。

 実戦経験がたかだか三年半のカラアゲ君と、三百数十年の魔王とではその技量が比較にならないのだ。

 しかも魔王は無理な大技などけして出さない。フェイントを織り混ぜながら小さく小さくカラアゲ君を削っていく。

 むろん軽微な傷などカラアゲ君の回復スキルでたちどころに治ってしまう。

 しかしそれは魔王も同様である。

 カラアゲ君ほどの回復速度ではないが、軽微な傷など治ってしまうのだ。

 それが分かるからこそ、カラアゲ君は魔王を大きく削らんと大技ばかりを狙っていた。

 だがモーションの大きな大技など、この熟達の魔王にヒットすることなどないのだ。


 つまりこの魔王は勇者を強者と見るやこれを撃破することを早々に諦め、時間稼ぎに徹していたのだ。

 それが今の戦況である。

 カラアゲ君の大技は魔王によってすべて躱され、小技による傷はやがて回復されて消えてしまうのだ。


 この部屋の外で人族の精兵たちが命と引き換えにして稼いでくれた血の一分、血の一秒が、こうして浪費されていった。

 やがて扉を死守する人族の精兵たちが全滅すればここに魔族の城兵どもが雪崩れこんでくる。

 そうなれば魔族の城兵どもと勇者とで乱戦となってしまう。

 乱戦となれば、それに紛れてこの狡猾な魔王は逃げてしまうだろう。

 そして魔王がここから逃げてしまえばこの魔王討伐戦は失敗、早晩に人族は絶滅されてしまうのだ。



「ジェスジア様、このままでは……」


「ああ、これはマズいかもしれんな……」


「何か、何か方法はないのですか」


「英霊よ! 智恵者よ! 今こそ策を出せ! 魔王を討ち取ってみせると豪語した貴様だ。ならばこの状況を打開する策すら用意してあるはずだ!」


 ジェスジアさんが僕に叫んだ。

 だから僕はこう応えるしかなかった。


「最悪だ」


「なに?」


「知らなかった、魔王がこれほど強いなんて僕は知らなかったんだ」


「貴様!」


「嫌だ、痛いのはもう嫌だ、僕は死にたくない!」


「貴様、どこへ行く!」


 僕はカラアゲ君たちの戦闘に背を向けて、扉へと走った。


「開けろ、ここを開けてくれ! 僕はこんなところで死にたくないんだ!」


 泣きながら大扉を叩いてみるも応える者はいなかった。

 キン、キンと聞こえる剣の音。

 この扉の向こう側でも、激しい戦闘が始まっていたのだ。


「開けろ、開けてくれ! 誰か、誰か、僕を助けてくれ!」


 僕はひ弱な腕で扉をガンガンとなぐり続けた。


「この臆病者め、卑怯者め、裏切り者め、ここで叩き切ってくれる!」


 剣を抜きこちらにやって来るマギニッサさん。その彼女を巨大な影が追い越した。

 勇者ではない。それは四トントラックサイズの魔王であった。


 どうやらみっともなく泣き叫ぶ僕を見て、この最終決戦の場にまるでそぐわぬ僕を見て、ようやく思い出したらしい。

 この僕が誰であるかを。


 魔王は勇者に監視を張り付けて、常にその動向を探っていた。

 そこにあるときから現れた謎の新メンバー。

 体力もなく、戦闘力もなく、オークに腕を切られて泣き騒いでいた男。

 そのくせいつも勇者の背に乗り、勇者と誰よりも近しい男。

 戦闘のたびに勇者が誰よりも気を配り、これを身を呈しても守らんとする男。

 魔族の間では既に結論が出ていたはずだ。

 その男こそ、つまり僕こそが勇者の弱点であると。


 それでみっともなく泣き叫ぶ僕を見つけたとき、魔王はきっと思ったのだ。

 これで勝てると。時間稼ぎなどもはや不要であると。


 魔王はその巨大な手で僕を鷲づかみにするとニタリと口を歪めた。


「助けてください、どうか助けてください、何でもします、僕は魔王様に忠誠を誓います、だから、だから……」


 僕の言葉は翻訳魔法によって魔王に伝わったはずだ。

 巨大なその口の両端が、歓喜でますます吊り上がった。



【グァオオオオオオオオォ!】


 そこに背後から勇者が突進してきた。


 魔王はもはや勇者との戦闘などに付き合ってやるつもりはなかった。

 ゆっくり振り向き、勇者よ止まれとこの人質を掲げて見せて。


【グァオオオオオオオオォ!】


 人質の臓腑と諸共に、その腕を噛み千切られたのだ。


【ゲョアアアアアアアアァ!】


 その生涯ではじめて味わった激痛に悲鳴を上げた魔王。

 その隙を逃さず、勇者は今度は魔王の肩口に噛みつき、その臓腑に噛みつき、ついにはその喉首に噛みつき、これを喰いやぶったのだ。


「おおお、なんと!」


「勇者様がやってくれたぞ!」


「間に合ってくれたか!」



 カラアゲ君は魔王に止めを刺したのだろう。僕の顔をベロンベロンと舐めていた。

 大きな体を小さく丸めて悲しそうな目をしては、ごめんねごめんねと僕を舐めていた。

 その生臭い涎でベトベトにされながら僕は安堵していた。

 カラアゲ君のアタックで一度完全に死んでいたために、決着の瞬間を見逃してしまったからだ。



「それにしても……、なんと見事な……」


「はいジェスジア様、勇者様は見事にやってくれました」


「違う、見事なのはあの男だ! あの男はこの事態に備え、この策を用意しておったのだ!」


「そんな、まさか」


「それでは先程の醜態は」


「勇者が、あの勇者が、あの男を攻撃し、殺すことに微塵の躊躇ちゅうちょもなかったのだぞ。それはなぜか。全てはあの男と勇者とであらかじめ示し合わせていた策であるからだ! あの男はわざと醜態を晒して魔王の人質となり、これで勇者からの攻撃はないものと思い込ませたのだ!」


「あの男は、そこまでに……」


「なんという智謀、なんという心胆……」


「く、惜しい、惜しいぞ。ここで失うには誠に惜しい男だ……」


「ジェスジア様」


「ジェスジア様」


「ああ、分かっておるわ……。マギニッサよ!」


「はいジェスジア様。ただ今、魔王の絶命を確認いたしました」


「セリエイヌよ!」


「はいジェスジア様……。出ました! ただ今、勇者様の魂に【魔王殺し】の偉業が刻まれました!」


「そうか」



「う、ううう、ジェスジアさん、いったい何を……」


 ズタズタになった臓腑がゆっくり回復していく中、僕の中で嫌な予感がどんどん膨れていった。


「ジェスジアさん、ジェスジアさん……、いったい何を……」


「セリエイヌよ、やれ!」


 セリエイヌさんがいつか見た数珠を取りだし、これをカラアゲ君に向けて魔力を込めた。


『グォッ、グォオオッ……』


 カラアゲ君が首を絞められてのたうち回った。

 こうなると勇者にはどうすることもできない。隷属の首輪には攻撃スキルを封じる機能があるのだ。


「止めろ! カラアゲ君に何をするんだ! ジェスジアさん、止めろ、酷いことは止めてくれ!」


「悪く思うな。これは既に決められていたことだ」


 ジェスジアさんがその腰の剣に手を掛けた。

 ジェスジアさんの剣。

 ジェスジアさんがこれまで一度として抜いたことのなかったその佩刀。

 その剣をジェスジアさんがスラリと抜いた。

 そして僕はこのとき、ジェスジアさんの剣をはじめて見たのだ。


 生贄の怨嗟を煮詰めたような禍禍まがまがしい刀身だった。

 そこからユラユラと吹き上がるのは紫の妖気だった。

 それが尋常な剣でないのは明らかだった。


「これなるは国宝、英雄の剣」


「ジェスジアさん、止めてくれ、頼む、お願いだ……」


「これこそは英雄のみが振るえる剣。英雄が、別の英雄の心臓にこれを突き刺し、そのスキルをすべて奪い尽くすための魔剣だ」


 首輪によってぐったりと横たわるカラアゲ君。

 そこにジェスジアさんがコツコツと歩みよる。


「止めてくれ、心臓なんて刺されたら、回復スキルを取られたらカラアゲ君は死んでしまう。頼む、止めてくれ!」


「勇者よ、これまでご苦労であった。この世界の人族を代表して心から御礼申し上げる。そして」


「ジェスジアああああぁッ! 止めろおおおおぉ!」





「勇者よ、これでお別れだ」

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