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(10) 決戦は満月の夜

 一万人の生贄の命と引き換えに発動する異世界の核ミサイル、「流星落とし」

 大岩を目標の遥か上空に転移させ、その莫大な落下エネルギーによってこれを破壊する大魔法である。


 落下の運動エネルギーによる破壊が目的である以上、本来ならば「可能な限り高く」転移するよう術式を組むところである。それを今回は逆に「可能な限り低く」調整させた。

 実験を繰返して得られたその限界高度は通常の数十分の一。

 僕が確認したところでおよそ高度五千メートル。


 しかもこの日この夜。魔王城の上空に転移させたのは、これも通常の大岩ではなく木造の大型船であった。


 すなわち。

 我々は一万人の生贄を対価にして魔王城の上空五千メートルに大型船を転移させたのだ。

 その転移、そしてその落下と同時に、船から人族の精兵一千が真夜中の虚空へと飛び出して行った。


 こうしてこの夜。

 魔王城の上空は、落下する一千の人族と一頭の勇者によって埋め尽くされたのだ。


 僕のいた世界において核ミサイルへの対抗手段が迎撃ミサイルだとするならば、その迎撃ミサイルへの対抗手段は多弾頭ミサイルによる飽和攻撃であった。

 要するに迎撃側の手数を越えて、それが対処できぬくらいに大量の攻撃を繰り出せばよいのだ。

 それがこの、落下する人族兵士という一千もの弾頭である。


 それに僕には確信があった。

「星砕き」は自動の迎撃システムであるがゆえに、迎撃の対象にはある一定の基準値があるはずだと。

 たとえば空から降る雨粒のひとつひとつに迎撃ミサイルがいちいち発動するわけなどない。


 調べてみると、人族の王都に備わった魔法の基準値はやはり「運動エネルギー」であった。王都に破壊をもたらすほどの運動エネルギーを感知してそれを自動で迎撃するという。

 だから魔王城の迎撃システムも、人族の兵士ひとりひとりの落下エネルギー程度であれば見逃してくれるに違いない。


 問題はただひとつ。二トントラックサイズの我が勇者様である。

 カラアゲ君が迎撃されるかどうか。

 その背に固定された僕にとっても、これは文字どおり命掛けのギャンブルであった。


 やがて魔王城の一画が白く光り、巨大な魔法陣が現れた。


「カラアゲ君、来るぞ!」


『ばふ』


 そして閃光!


 魔法陣から放出された大出力の光線が、落下する大型船を貫いてこれを轟音とともに周囲に四散させた。

 近くにいた兵士たちがこの爆発に巻き込まれ絶命していく。

 僕たちのすぐ近くにも、爆風に乗った船の破片がいくつもいくつも掠めては飛んで行った。


 ならば今こそが契機であろう。

 僕はカラアゲ君の背嚢から出た紐を力いっぱいに引いた。


 それと同時に、魔王城の一画が再び白く光りあの魔法陣が現れた。

 落下を続ける僕らの周囲で最も巨大な運動エネルギー。

 それはカラアゲ君であった。

 今度こそ、標的はカラアゲ君なのだ。


 その緊張感たるや、銃口を向けられるどころではない。ミサイルの照準をピタリとこちらに向けられた、永遠にも等しい数秒間であった。

 僕は「未業の英雄」理論を必死になって信じながら、ギャンブルの神ならぬ運命に祈った。


 そう。これはギャンブルであった。

 たしかにカラアゲ君であればこの迎撃ミサイルを受けて死んだとて「回復スキル」で復活するかもしれない。

 だがカラアゲ君が倒れれば、その復活の前に人族の兵士たちは殲滅され、魔王には逃げられて、この奇襲作戦は失敗してしまうのだ。


 だから僕は必死になって運命に祈り続けて……。


 その祈りを運命が聞き入れてくれた!


 先ほど繰り出したパラシュートが漸く開いてくれて、僕らはガクンと減速したのだ。

 これでカラアゲ君の運動エネルギーも大きく下がり、魔王城の魔法陣もまた静かに消失した。


「助かったぁ……」


『ばふ』


 このカラアゲ君に続き、生き残った兵士たちもまた次々とパラシュートを開いていった。

 こうして夜空は満月と、およそ八百のパラシュートの花によって覆い尽くされた。

 そう。僕たちこそこの世界の歴史上、最初のパラシュート急襲部隊であった。



 ジェスジアさんたちが野営で使用していたあの豪華なテント。

 それにレトルトパックのあの謎素材。

 僕はあれを見て、この世界でもパラシュートが作れるのではないかと考えた。

 それでその概略図をジェスジアさんに手渡したのだ。


 その開発におよそ二月。

 驚異の開発スピードであったが、そこは人権など存在しないこの世界である。

 罪人にパラシュートを背負わせて崖の上から突き落とす、そんな危険な人体実験を千回単位で行ったとのことだ。

 そして残りの一月でこれを量産し、精兵一千とカラアゲ君の分を用意してもらったのだ。


 僕たちがこれほど急いだのは、魔族側の対応を恐れたからである。

 人族の繰り返す「流星落とし」の低高度実験とパラシュートの降下訓練。その情報を得たならば魔族とてやがて流星落としを用いたパラシュート急襲作戦に辿り着いてしまう。

 これに対応を取られるだけならばまだいい。

 最悪、この作戦を魔族側が用いれば人族の都市はすべて空から陥落する。


 だから僕たちは急いだ。

 僕たちがこの戦術を完成させて、それを魔族が察知するまでのギリギリの期間。

 それが三月みつき

 それで敢行した今回の奇襲作戦である。

 成功しても失敗しても、これが人族にとって最後のチャンスとなる。

 これで魔王を討てなければ、今度こそ確実に人族は滅ぶのだから。



 そしてついに着地した!


 特注の特大パラシュートとてカラアゲ君の巨体はさすがに減速しきれなかった。

 その着地の衝撃に、カラアゲ君は四本の脚のみならずベタリと腹をついてしまい、大地がクレーターのように陥没した。

 しかしそこは勇者の頑丈さで、どうやら怪我はなかったようだ。


「ぐ、ううう……」


『ばふ』


「ぐ、僕は平気だ。今背嚢を外すからな」


 だが並の肉体強度である僕は違う。

 カラアゲ君というクッションがあってなお、着地の衝撃で何本か骨折をしていた。

 とはいえ、僕にとってはこの程度の激痛なんて慣れたものである。


 パラシュートを外して身軽になったカラアゲ君が風のように駆け回り、周囲の城兵どもを蹴散らしていく。

 そこに次々と降下し集結していく人族の精兵たち。


「カラアゲ君、もういいぞ」


『ばふ』


 戻ってきたカラアゲ君に骨折から回復した僕が跨がると、ジェスジアさんが全兵士に号令を下した。


「皆の者! 我ら人族の命運はこの一戦にあり! 幾十年の命はここに捨てよ! 名をば幾千年の歴史に刻め! 狙うは魔王の首ただひとつ! いざ、行くぞ!」


「おうッ!」


 妖怪アンテナで感知した魔王に向けて、カラアゲ君が先陣を切って駆けて行く。

 これに追走するのは英雄ジェスジアさん、マギニッサさん、セリエイヌさんのいつもの三美女である。

 その後方には人族選りすぐりの精兵がおよそ八百。

 これは要所要所に一部隊ずつ残り、やってくる敵の援軍をそこで食い止めるための決死隊である。

 魔族の兵士を相手に勝つことは彼らに期待されてはいない。

 ただ、勇者が魔王と一対一で戦う時間。その一分、その一秒を命を削って稼ぐ。

 そのための捨て駒、そのための精兵であった。



【グァオオオオオオオオオォ!】


 扉の前を守護するオークの近衛兵どもをカラアゲ君が鎧袖一触で屠ると、その死体を踏み越えて扉を開ける。

 こうして内部に浸入したのはカラアゲ君と僕、それに三美女たちだった。

 ここまで着いてきた五百人の精兵は中へは入らず、扉の前に陣取ってここを敵の援軍から死守するのだ。


 そして今。

 この聖堂の内部に魔族はただひとり。

 巨体のオーク族の中でも飛び抜けて巨大な魔族の英雄。

 恐るべき怪物。人族の宿敵、魔王がそこにいた。


 満月の夜。魔王が単身でこの聖堂に籠り祖霊に祈りを捧げるという情報は、大昔の捕虜の尋問によって人族にも広く知られていた。

 そしてまさに今日がその満月の夜。

 勇者が魔王と一対一で戦うことのできる唯一の機会であった。



【ゴヮアアアアアアアアアァ!】


 広い聖堂をビリビリと震わせて、魔王が咆哮した。

 よわいを三百数十年と重ねたオーク族の英雄王。


【グァオオオオオオオオオォ!】


「成長百倍」を有する四足の勇者カラアゲ君。





 この世界の人族と魔族の興廃を掛け、四足の勇者対魔族の英雄の、史上空前の戦いが今ここに始まったのだった。


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