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(1) 僕が死んだ日

「そうかシゲ兄、またフラレたのか」


 いつもの散歩道。ウシオが乳歯の抜けた口でガハハと笑うと、カラアゲ君も尻尾をピコピコと振った。


「もうさ、カネがもったいないから結婚相談所なんて退会しちまえよ」


「うるさい。おまえみたいなガキんちょに僕の気持ちなんて分かるかよ」


「は? 女にモテない男の気持ち? そんなもん分かるワケないじゃん」


「ぐぬぬ……」


 そうなのだ。

 ウシオは近所に住む小学生だが、これで女の子にはけっこうモテるらしい。

 バレンタインにはチョコを貰いすぎたと僕にお裾分けをくれたこともある。

 だから僕などは完全に格下扱いである。


「だいたい結婚相談所で女が求めるものなんてさ、年収とルックスだろ? シゲ兄ってカネ持ちじゃないしチビだしデブだしハゲかかってるじゃん」


「ハ、ハゲじゃねーし」


「だからもうやめときなって。また変な女に引っ掛かって布団とか買わされるぞ?」


「ぐぬぬ……」


「まだ若いんだし気長に待ってればさ、そのうち物好きな女と結婚できるかもしれないじゃん」


「そのうちっていつだよ」


「ええと……、十年後?」


「適当なことぬかすな」


 ウシオがガハハと笑い、カラアゲ君が尻尾をピコピコと振った。

 カラアゲ君は人見知りだけど、ウシオにはよくなついている。

 それもそのはず。カラアゲ君は元々ウシオが拾い、成り行きで僕が飼うことになった雑種犬だ。焦げ茶でモコモコの見た目からカラアゲ君と命名したのもウシオである。


「シゲ兄は女を見る目がないからなぁ」


「うるさい」


「ホント気をつけろよ? いつか悪い女に騙されて酷い目にあうからな」


 歯の抜けた小学生に完全に格下扱いされている僕であった。


「なー、カラアゲ君も心配だよな」


『わふ、わふ』


 カラアゲ君は機嫌よく尻尾をピコピコ振っていたが、突然キャインと悲鳴をあげた。


「ん、カラアゲ君、どした?」


『キャン、キャン!』


 どうやらカラアゲ君はその場から動けないらしい。

 それで僕はカラアゲ君を助けてやろうとして。

 

「ちょ、僕もなんだか動けないんだけど……」


「シゲ兄ッ」


 やがて僕たちの足元が白く光り、地面に魔法陣が現れた。

 僕の隣でウシオが息を飲み、カラアゲ君がいっそう激しくキャンキャン鳴いた。

 僕もカラアゲ君と同じく足が動かないのだが、驚きすぎて声が出せなかったので口だけパクパクしていた。

 だって魔法陣の向う側から誰かが強い力で僕を引っ張っている気がするし。

 そして僕はそのまま……。


「シゲ兄、ダメだッ」


「ぐはッ」


 僕は光の外へと弾き出された。

 ウシオにガツンと体当たりされたのだ。


「ううう、痛いよ、ウシオ」


 僕を引っ張る力は消えていた。

 すると地面の魔法陣もゆっくり薄れて消えて、白い光もスウッと消えた。


「え?」


「え?」


 白い光の消えた後には僕とウシオと、ただツンとした静寂だけが残っていた。


「なんだよ今の……」


「嘘だろ…」


 僕は呆然として、さっきまで光っていた地面を見ていた。

 ウシオも呆然として、さっきまでカラアゲ君がキャンキャン鳴いていた地面を見ていた。

 僕の手にはただぶつりと千切れたリードだけが残されていた。

 カラアゲ君が、僕の愛犬のカラアゲ君が、僕の唯一の家族のカラアゲ君がいなくなってしまったのだ。



 僕はもちろんそれから毎日カラアゲ君を探して回った。

 ウシオは「探し犬」の貼り紙を手書きで何十枚と書いて、町の到るところに貼りつけた。

「ウチの塀に勝手に貼るな」と僕のところにクレームがやって来て、頭を下げて剥がしに行ったりもした。

 それでウシオの下手くそな絵を見てまた泣きそうになった。



 そんな僕の近況をどこかで聞きつけたのだろう。

 ある日「それらしい犬を見たから」とヨシエに呼び出された。

 ヨシエはカモを捕まえるために結婚相談所に登録しているキャバ嬢で、僕も以前まんまと引っ掛かって高額な布団を買わされたことがある。

 だからもちろん、こんなもの100%嘘に決まっている。

 しかし僕はヨシエに会いに行き、予想したとおりに、いや予想した以上に酷い目にあった。

 待ち合わせ場所に現れた見知らぬ男たちにいきなり殴られて、目隠しをされて車に乗せられたのだ。


「アンタたちの注文どおりだよ。コイツは天涯孤独の身の上だし、引きこもりで友だちもカノジョもいない。いなくなったところで探すやつなんていないから」


 連れてこられたどこかの部屋で、ヨシエが男たちと話していた。


「だから約束のモノを早くちょうだい」


 ヨシエは男から白い粉の入ったパッケージを受けとるとニンマリと機嫌よく僕に言った。


「それにしてもアンタもよく来たものね。こんな見え見えの嘘にあっさり騙されるとか馬鹿じゃないの?」


「どんなに見え見えの嘘でも来るさ。カラアゲ君は僕の家族だからな」


 ヨシエはふんと鼻を鳴らした。


「どうせアタシに下心でもあったんでしょ? 残念ね、アタシ身のほど知らずの馬鹿は嫌いなの」


「クスリのやり過ぎでアタマがおかしくなったのか? 誰がおまえみたいな整形モンスターを」


 ヨシエは鬼の形相で、縛られて身動きのとれない僕を殴りつけた。


「麻取り法違反に拉致監禁に暴行傷害。おまえら全員ムショ行き決定だな」


 僕が言うと周囲の男たちが一斉に吹き出した。

 ひとりキョトンとした男に別のひとりが外国語で通訳してやると、そいつもまた大笑いした。

 勘の悪い僕もさすがにそれで悟ってしまった。

 こいつらは日本人ではないし、おそらく僕はもう生きては帰れない。



 それから僕は奴らによって徹底的に痛めつけられた。

 容赦のない暴力で何枚かの書面にサインさせられ、キャシュカードに携帯にクレジットカードの暗証など、洗いざらい全てを吐かされた。

 そしてそれが嘘ではないと確認されると、ようやく死ぬことを許された。


 まあ無念の死には違いないけれど、実はそれほど大した無念でもなかった。

 ヨシエの言ったとおり僕は天涯孤独の身の上で、どうせ残していく家族も探してくれる恋人もいないのだ。


 そう。僕だってとっくに分かっていたんだ。どんなに探したって無駄だってことを。

 カラアゲ君は、僕の唯一の家族であったカラアゲ君は、もうこの世界にはいないってことを。

 ああ、視界がどんどん暗くなっていく。


「死んだらあの世でカラアゲ君に会えるかなあ」




 こうしてこの日、僕は死んだ。

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