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貴方の蜜を頂戴ってエロいよね



 街の中央にある大広場。街のシンボルとなっている巨大な噴水の前に、沢山の冒険者が群がっていた。

 NPCとたまたま見に来た冒険者が少数、大多数は美紗のクエストを受けた者だ。そしてミサと向かい合う巨躯(きょく)の男。手には大剣が握られており、ミサを視線で舐め回す。




「まさかクエストの内容が『私と勝負して私が安心できると思えるパーティーだったら』とはな。これはつまり強ければいいんだろ?」




 かなり強気の男。街では何故か物理攻撃によって体力ゲージが減らないようになっている。どんなに斬れる剣で相手を斬ったところで切り傷はつかない。物理的な衝撃があるだけだ。つまり安心して相手を斬りにいけるわけである。




「このコインが落ちたら始めね」



「あいよ」




 ミサは予め用意していた銅貨一枚を取りだし、右親指の上に乗せる。多くのギャラリー、多くの舐め回すような視線の中、ミサはコインをピンッ! と弾く。



 冒険者同士で揉め事が起こった場合基本的には街備え付けの闘技場で決闘を行うため、今回のようにクエストを使うのはかなり稀なケースだ。クエストの場合、闘技場で決闘の際に使用される鎧――時間制限内に鎧が受けたダメージ量で勝敗を決める――がないため、勝敗を判断するのが難しくなる。

 しかし、今回は時間制限がない方がミサにとっては都合が良いのだ――という(てい)で、たまたま冒険者達の会話から『何故闘技場でやらないのか』と聞くまで知らなかっただけであり、ただの後付けの理由である。



 綺麗な弧を描いて宙に舞うコイン。二人の距離は十メートルほど。全ての視線がコインの行方を追っていく。そしてついに――火蓋が切られた。




「悪く思うなよお嬢ちゃん!」




 待ってましたとばかりに凄まじい勢いで突撃する巨躯の変態。その早さは成る程、雰囲気詐欺というわけではない。さすがはこの世界で冒険者をやっているだけのことはある。だが、そこまでだ。テツやオサムの方が遥かに強い。

 ミサは剣を(さや)から出さずにそのまま構えて相手を見据え手を前に出し、




『スイートリキッド』




 スッと横へ一歩移動してそのまま走り込んでくる男の足にバンッ! とすねうち。男は勢いそのままにズザザザ! と倒れ込んだ。

 一瞬の静寂。

 そして何かがはち切れるかのように、どっと広場は沸いた。




「今一体何をした!?」



「何だあの子! むっちゃくちゃ強いじゃねーか!」




 まさに大歓声。ミサは剣をしまって噴水を囲う石段に腰を掛けた。しばらくは止まないような規模の歓声。だが、それはある一つの現象により一気に止むことになる。




「あいつ起き上がらないな……まさか……?」




 ミサに倒された男が全く起き上がらないのだ。その原因であろうミサは噴水近くその様子を眺めている。体力ゲージが表示されていないため最悪の場合はないのだが、それにしても不自然だった。

 一人の男が様子を確認しに行き――そして、驚くように尻を付いた。




「お、おい……なんだよこれ……」




 男の呟きは、妙に響いた。

 その声音から察するに、良いことは何一つ起きていないことが分かる。今は男の言葉を全員が固唾を飲んで待っていた。




「どうして……なんだよその顔……」



「お、おい……どうなってんだ?」




 雰囲気に耐えかねたギャラリーの一人が状況報告を求めると、わ、わかったと言ってゆっくりと立ち上がり、深呼吸。ギャラリーも何が言われても良いよう覚悟を決める。男は大きく息を吸い




「あのマサキが……」



「マサキが……?」



「寝ると孤独を感じるからって母親の写真を枕元に置かないと寝られないあのマサキが……!」



「あのマサキが……!?」



「指をくわえて超幸せそうに寝てやがる!」



「えぇぇぇぇぇ!! ……は?」




 紡がれた言葉は、皆が思っていた展開とは真反対の現象だった。誰もがついていけないなか、仕方ない、と美紗が立ち上がる。




「今の魔法は『スイートリキッド』といって、対象にとても良い夢を見させる催眠魔法」



「だからこんな顔を……一体何見てんだよこいつ!」



「それは現実なんか捨てたいと思えるほど、極上の夢。全ての願望が今彼の夢で叶っている」




 ゴクリ。

 ほとんどの男が、喉を鳴らした。

 どんな願いでも夢の中とはいえ叶う。こんな有り難い魔法、今まであっただろうか。




「そろそろ起きる頃だけど……これはちょっとやらかしたかも――」



「ん……グアァァァァ……」




 ボソッと呟いたミサの声は眠りから醒めたマサキのあくびによって遮られた。マサキは身体だけ起こして心ここに有らずといった感じでボーッと虚空を見つめており、目に光が映っていない。



「おい、大丈夫か? クソォーいつも写真ないと寝れないくせにあんな幸せそうな顔しやがって! どんな夢見たか教えろコノヤロー!」



「――あれ?」




 仲間の言葉とペチペチと叩く軽いビンタに反応して、我に返ったマサキ。やっとボーッと周りを見渡している。




「あれ……何これ……ここ何処だよ……」



「おい、どうした? 早く夢の内容を――」



「夢? あれが? まさか……嘘だろ?」



「――おいおい。いくら良い夢だったからって、現実はちゃんと見ようぜ?」




 ギャラリーにはその魔法を喰らうために挑もうとしている人がいたり、パーティーメンバーに頼んでその魔法を喰らわせてくれと懇願している人がいる中、魔法を喰らったマサキは未だに夢だと信じてやまない。そして仲間の男がその場から退けようと肩を掴んで




「まぁ、お前は負けたんだ。もし順番が回ってきたらだが、俺がしっかりと勝ってや――」



「ぐわああぁぁぁ!!」




 瞬間、大男がいきなり叫びだした。そのあまりの声量に仲間の男はビクッと飛び下がり、ギャラリーもバッ!と発生源であるマサキを注視する。そして彼らが目にしたのは――




「嘘だぁ! あれが夢!? あっちが現実だ! こっちが夢だ! 夢だろ! 夢なんだから早く()めろぉぉぉ!」



「お、おい落ち着けって! いきなりどうした!」




 ――地面に頭をガンガンとぶつけて醒めろ醒めろと連呼するマサキ。HPが減らないとはいえ、これは良い状況とは言えない。何も理解していない彼らに、ミサは説明口調でその真実を告げる。




「ただ良い夢を見せる魔法な訳が無いでしょ。この魔法の根幹はそんなところには無い。この魔法は対象者を催眠術にかけて、本人が一番見たいであろう夢を強制的に、過剰なまでに見せつける。さらに脳には絶望感を数十倍増しで感じるようにも催眠がかかっている。さっきのあんたが言っていた事を考慮して彼が感じてる絶望は――現実逃避は免れないレベルだね」




 ガンガンと頭をぶつけてずっと叫んでいるマサキがいるにも関わらず、説明はその場の全員に通った。一様に顔を見合わせている。ミサは頭を叩きつけ続けているマサキに近づき、膝をついてからマサキの肩に手を乗せ、目を閉じる。この魔法も『パンツクイカム』と同じで解除が可能。よって催眠を解除されたマサキはピタッと地面に頭を叩きつけるのをやめて、ゆっくりと顔を上げる。




「事情を知らなかったとはいえ悪かったね。ここ数分の記憶は無くしたから安心しな」



「え……あれ、なんで俺座ってるんだっけ」



「でもね――」




 記憶が無くなってるマサキの目に映るのは、迷える子羊を正しい道へと導いてくれるような、天使の微笑を浮かべているミサ。それはもう、本当に完璧な笑顔で、本能から寒気が来るほどのもので、触れてはいけないような存在で――




「――人の不幸は蜜の味。この魔法は私がその蜜を吸うための魔法。ほら、もっと貴方の蜜を吸わせて?」




 ――ただ単に、本能が危険人物であると告げているだけであった。




「やっぱり『貴方の蜜を吸わせて』ってフレーズは何に合わせてもエロいよね――あれ、誰もいない」




 ウンウンと頷いていたら急に周囲の気配が無くなったため目を開けてみると、いつの間にか群がっていたギャラリー兼挑戦者は完全にいなくなっていた。

 ヒュォーン、と冷たい風が広場を、ミサの肌を撫でた。



◆◆◆



 あれから約一時間後。ほとんどの冒険者がクエストをリタイアした。ギルド内でのクエスト難易度は高騰し、十段階中の三から八へ。難易度三はそこらへんの魔物討伐程度、八は高難易度ボスの討伐並みである。

 ミサは今も噴水の前で座って待っているが、誰もクエストを受けようとは思っていないし、誰も話しかけようとはしていない。



 そんな中、一人の黒い装束を纏い、フードを被った男がギルドのクエスト掲示板の前でその紙を手にしていた。その光景を見ていた他の冒険者がヒソヒソと仲間に話しかける。




「見てみろよあいつ。あれ受ける気だぜ」



「よく受ける気になるよな。クエスト相手は夢を食うサキュバスなのによ」




 噂というものは、誇張されて伝わっていくものだ。ミサはただ言ってみたかったから言っただけの一言。その後の軽口を聞く暇もなく逃げ出した彼らにそんなこと知る余地もない。




「おい、でもなんかあいつ……何処かで見たこと無いか? 特に背中の天使の羽」



「言われてみれば確かに……黒い装束にフードで天使の羽……あっ!」




 黒装束の男はクエストの紙を受付嬢の元へと持っていき、受注する。




「黒い装束に黒いフード。全身黒装束で背中にあのダサい天使の羽……間違いない。あいつはこの街最強と言われているソロプレイヤー、セイヤだ!」

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