ブヒブヒ言わせてやんよ
この世界には大きく分けて二種類の魔物がいる。一つは『巨人族』や『魔族』などの普通の魔物。もう一つが『獣族』や『鳥族』などに含まれている『食用の魔物』だ。
世界改変時に消えてしまった家畜達。それらは全て魔物に置き換えられた。それはもう家畜達の意思を受け継いでいるのかというレベルで人を嫌い、力を持っているために今までの恨み宜しくで人を見かけたら必ず襲い掛かるという狂暴さだ。
まさしく弱肉強食。弱ければ家畜『だったもの』に喰われる。ゲームの世界になったため死んでもグロくないようにされているらしく、ミサは一度も見たことがないため分からないが、村長曰く『地面に還る』という表現が似合うという。
ミサの住んでいる地域は『チクシャブタ』という獣族の黒色と白色に色が別れている豚が生息している。群れで行動し非常に統率が取れており、とにかく縦社会。下の階級である黒色の豚はとにかく働き、白色の豚は統率を行っている。たまに白色の豚がいない群れがあるが、そこは『下克上』が起きているらしい。
そんな豚の群れに、ミサは出会してしまった。
「獣の眼光……」
「ぶひいいいぃぃぃぃ!」
彼等も他の食用の魔物と同様、人を見掛けると絶対に襲ってくる。群れのため一人で挑むとかなり危険だが、何故か黒豚のみ同じ獣族の『マジリス』と『サカガミドラ』の二種を同時に見掛けると異常な怯え方を見せるため、その二種を従えて狩猟する『リストラ作戦』が有効な狩り手段として使われる。ちなみに、片方だけでは何故か反応を示さないとのこと。
どちらにしろ、今その二種類はいない。見たところざっと三十匹ほど。それなりの規模の群れだ。それがブヒブヒ鳴きながら突進してくる。別に食料に困っているわけではないが、突っ込んでくるのなら仕方がない。ミサは背中に下げていた剣を抜き、構える。
この妖刀、『さきゅばす』という変な名前が付いてはいるが、その効果はまさに聖装にして精装。サキュバスの名に恥じぬ力を持っている。
妖刀『さきゅばす』の本質。それは――
「ぶ、ぶひいいぃぃぃ……」
――相手の精力を吸収することにある。
攻撃力もさることながら、斬る度に体力を吸収できるのだ。ミサは女性らしくしなやかな動きで、女性には似合わないほどの威力で豚を切り刻んでいく。
豚にブヒブヒ鳴かせること一分弱。白豚は全員逃げたが、それでも黒豚二十五体狩猟。当分は食料に困らない程の収穫だ。勿論一種類では飽きるため、煮るなり焼くなり売るなりなんとかやりくりはする。
「ステータス」
次に今回獲得した経験値とお金の確認。
この世界がゲームである以上、ステータスという概念は存在する。職業は生まれながらにして決まっており、一応転職はできるらしいが、固有スキルという個人によって違うスキルがあるため、天職以外極めることはできない。種類は戦士や魔法使いという馴染みのある職業から、穴堀師や法螺吹きなどの謎の職業もある。
ミサは分類上は魔法戦士、村長はモンスターハンターだったという。
レベルは最高何処まで上がるか分かってはいないが、800まではあることが分かっている。ステータスはレベルと個々の身体能力によって決まる。
レベルは上がっていくにつれてステータスも上がるが、身体能力は二十五歳から落ち始めるため若い内にどれだけレベルを上げられるかが、この世界で生きていくための条件となる。十六歳から旅をさせるのはこのためだ。
現在ミサのレベルは一つ上がって46。HPはダメージを喰らったときのみデータで可視化され、ステータスでのみ数値を確認できる。HPは6721、MPは820。MPは可視化されていないが、『枯渇した』という感覚は分かるとのこと。美紗はシステム魔法は滅多に使わず、固有の魔法の燃費がいいためまだ枯渇したことはない。
ちなみに村長が巨人族に出会したときのレベルは341。HP約5万。このステータスに加えて対モンスター特化の職業ですら敵わなかったというのだから、この世界は恐ろしい。
お金は食用の魔物のためか雀の涙程しか持っていなかった。確認を終えてステータスを閉じ、歩みを進める。魔物はどれだけ倒しても繁殖と自動湧きをするため減らない。後ろの方で黒色のチクシャブタが湧いたのを確認したミサは、そいつをブヒッと鳴かせてから小走りでダークピックへと向かった。
◆◆◆
ゲームと言えば忘れてはいけないのがNPC。この世界にも何万と存在している。しかし、何故この世界にNPCがいるのか。それは世界改変時まで遡る。
世界改変時、今までビルが建ち並んでいた都心部にはこれぞまさしくと言わんばかりの立派な魔王城が建ち、既存の建物は全てが姿を消した。その時に湧き出てきたのがNPCだ。
冒険者達は半世紀かけて彼らの役割の大まかな部分を解明した。まずこのダークピックを含め、ほとんどの街はNPCと共に出来たものであり、人間の手で作られた街は数えるほどしかない。その沸き上がった各街に『ギルド』という冒険者仲間を集いクエストを受注する場所が存在し、ギルドマスターはNPCがやっている。クエストを出してくれるのもほとんどがNPCだ。
普通の人と同じように街に暮らし、感情を抱き、年を老い、人とは違って子供が出来ず、寿命が来るのと同時に新しく『沸き上がる』
つまりNPCと婚約は出来ても子供はできないため、これが人口の減少に拍車をかけている原因ともなっている。
そんなわけで豚を鳴かせてから数時間後、ミサはダークピックへと着いた。ミサにとって初めての街。城壁に囲まれた要塞的な街で、街の出入り口には冒険者かNPCか分からないが、見張りが立っていた。
それなりの規模の街ではあったが、ギルドには分かりやすく盾に剣をクロスさせた看板が大きく掲げてあるため、案外すぐに見つかった。
建物はこの街でも一番と言って良い程の大きさを誇っており、観音開き扉を開けて中へ入るとそこは冒険者――主に男――の巣窟。ミサと同年代の冒険者からいかにもなベテランまでガヤガヤと騒がしい。
ここはギルドだ。冒険者がここに来ることそのものは全く珍しいことではない。しかし、女性冒険者が少ないからなのかただ女性に飢えているからなのか、ミサが扉を開けた時の音でたまたまこちらを見ていた男の冒険者がコソコソと仲間らしき人物に話しかけ、少しずつ静寂を感染させていった。フードを被っているからミサが女性とは分からないはずなのに、気がついたら室内全ての視線を集めている。
それを意に介さずにギルドマスターがいるであろう場所へと向かうミサ。ここがギルド本部です! と激しく主張をする『ギルド』の看板をつけた受付みたいな所へと向かい、赤髪の受付嬢の前に立つと
「ようこそギルドへ。新規の冒険者様ですね。こちらではギルドに加盟することによって一緒に旅をする冒険者を集うことができます。何か分からないことがあれば私の隣にいるギルドマスターからお聞きください。大丈夫、というのであれば話を続けます」
ギルドは顧客情報を共有している。受付嬢もNPCのためどういうからくりか冒険者が新規かどうか識別しており、こうやって説明をしてくれることは昔村長から聞いていた。
チラッと受付嬢の隣を一瞥。ギルドマスターは大剣を背負った初老の男性。格好からかなりの実力者だと思わせられるが、NPCのただのギルドマスターだ。
大丈夫、と次を促すように言うと受付嬢は分かりましたと本題に入る。
「それではまずはギルドに加盟して貰います。こちらの置物に手を置いて五秒ほどお待ちください」
こちら、と取り出された、中で光が乱反射しているガラスの玉。受付嬢はそれと一緒に取り出した置物の上に乗っけてカウンターに置いた。ミサは後ろから熱い視線を感じながら、言われたとおりにガラスの玉に手を置く。
少しの静寂。五秒と感じるには長すぎる――というようなこともなく、普通に五秒経ったところでガラスの玉の光が部屋を照らし、ミサの登録データを表示する。受付嬢はさらっと目を通した後、
「登録を承りました、ミサ様。クエストは各ギルドの受付嬢から受けるものと、依頼者から直接受けるものがあります。あちらにクエスト募集の紙があるので、そちらの紙を私に提示していただければクエスト受注となります。クエスト依頼もギルド受付嬢に声をかけてください。冒険者を集う場合は外観出入り口横の掲示板をご利用ください。それでは、良い冒険者ライフを」
大量の紙が貼ってある掲示板を指差してクエストの説明とその他簡単な説明、そして締めの言葉を持って受付嬢は一礼をした。
ではここで一つ問おう。ギルドに新参の女性冒険者がや一人でやって来た。その女性はフードをしているため顔があまりわかりませんが、チラッと見えるシルエットは美少女な雰囲気を漂わせており、背中に下げている剣はいかにもな雰囲気を漂わせています。
さて、ここでこの女性冒険者を誘わない男がいるだろうか。
「女だ……女だ……女だ……!」
オサムのような例外を除けば、いないと断言しても過言ではない。今まさにミサの後ろでは大量の変態が待ち構えている。当然ミサにもその変態どもの用件は分かっている。
「貴方達、私をパーティーに勧誘するつもり?」
後ろにいる全員がウンウンと首を縦に振る。そこでミサはフードを取り、後ろへクルリと反転。おぉ……と変態達からため息が漏れる。
「私を仲間にしたいなら、私が依頼するクエストを受けてね。クリア報酬は私が仲間になる。内容は出された紙からよろしく」
受付嬢にクエストの依頼を済ませ、貼り出される紙。美紗の優しさか何十枚も作られた依頼書はその場の全員に行き渡った。
内容を注視する変態達。その顔に、薄汚い笑みが溢れた。