1話 「日常の終わり」
異世界。
それは剣や魔法で強敵や魔王を倒したり、ハーレムを目指したり、主人公にしか持っていない最強のスキルで、無双する───まさに現代では味わえない”自由”だ。
ラノベやアニメを見る者なら一度は行きたいと思うそんな世界。
雨宮 龍空翔も例外ではない。
リクトは、勉強、運動も特に秀でたところはない。
将来の夢もなく、ただゲームやアニメ、ラノベが好きな高校2年生だ。
唯一、”特技”と呼べるものがゲームに置き換えて、情報を整理、記憶することだ。
───リクトは今、暗い道をを進んでいる。
何度も転んでは、起き上がりこの先にあるかもしれない世界を目指して進む。
どれぐらい歩いたのだろうか。
後ろを振り向いても黒い闇があるだけだ。
───光だ。
歩き続け、やっと見つけた小さな光の点。
その点は徐々に大きくなり、やがて光に包み込まれ、開けた所に出た。
広がる光景は、広大な大地、日本ではありえないスケールの城、重力を無視した浮遊島。
そして、この地に足を踏み入れた自分がいる、その事にリクトはとても興奮していた。
(やっと見つけたぜ〜〜〜!)
ガッツポーズをして、城に向かって全力で走り出す。
これから始まる冒険を、まだ見ぬ場所を思いながら。
「もえてきたぁぁぁ!」
しかし目の前に写るのは、異世界でもなんでも無く、いつもの教室に担任とクラスメイトだった。
「雨宮ぁ!俺の授業で寝るとはいい度胸だなぁ?」
クスクスと笑うクラスメイト達とは裏腹に、担任はお怒りだ。
「これからは先生の授業以外で寝ます」
「ほう?屁理屈かぁー、ならこの問題解いてみろ」
黒板に書いてあるのは、今日習ったであろう公式を使って解く数学の問題だ。
リクトが、教科書を出していないのを見越しているのだろう。
「この問題って何ページから出してるんですか?」
担任は「17ページ」と不思議そうに答える。
リクトは、式を淡々と書き連ねていく。
そして答えを書き終わり、担任を見る。
「せ、正解だ」
引きつった笑みで悔しそうに見ていたので、ドヤ顔をし席に戻ろうとするが担任はリクトを引き止めた。
「すごいなぁ〜先生感心したよぉ、教科書も開かずに正解するなんてなぁ」
とても関心してる様には見えなかった。
「じゃあ、今日の先問はお前に解いてもらおうかな?」
先問とは、先生問題の略でその日の授業で習ったことを理解していれば解ける問題だ。
これもリクトが寝ていたことを計算に入れて出したのだろう。
(畜生ぉ····解けない)
担任は薄く笑みを浮かべている。
まさに「計画通り!」だ。
リクトはプライドが足を引っ張りチョークを持って考えるフリをする。
(とりあえずなんかそれっぽいもの書かないとやべえ···)
そう思い、チョークでしばらく書いていると後ろが騒がしかった。
「ねぇ··あれ足し算間違えてない?私の勘違いかな?」
「いや、俺も目を疑ったけど間違えてる」
「ちょっと待って!掛け算も間違えてるよぉ?」
「マジかよww雨宮?寝ぼけてても間違えねぇよww」
───ここで1つ、雨宮 龍空翔について言っておかなければならない。
雨宮 龍空翔はバカである。
「雨宮ぁ!足し算も出来ないのに寝てたのかぁ!お前、小学生からやり直せ!」
「畜生ぉ!もうキレた。とりあえず、先生ぶん殴るぅ〜」
リクトは、小学生レベルのミスをしてしまったことと、担任の言葉で怒り狂う。
暴力で八つ当たりするという最低な行為だ。
しかし、拳を構える所で1人の男子生徒に止められた。
「また停学になるぞ?落ち着けって!俺だってミスをする時はある。なあ、そうだろ?みんなはどう思う?」
すると、周りは反省したのか俺に軽く謝罪をしてくる。
暴走を抑えたこの生徒は、リクトの唯一無二の親友であった。
名を上条 柾といい、背が高くイケメンである。
当然、数多の女子に告白されているが彼女がいない。
なんでも好きな人がいるとか。
リクトは、優しい所や、恋愛に一途な所が気に入っている。しかも、アニメも見ているので馬が合う。
リクトは、最後の授業が終わるといつものようにマサキと一緒に寄り道をしながら、下校した。
「マサキ····さっきはその助かった。今度停学だと、退学する羽目になってた」
「気にするなって、それより今日も頼めるか?」
マサキは、リクトと一緒にとあるオンラインゲームをやっている。
元々、リクトはゲームがかなり得意な方だがマサキも覚えが速いのでどんどんとコツを掴んでいる。
そのゲームの高難関クエストの手伝いを頼んでいるのだろう。
6時からやると約束をし、お互い別れた。
そこから、近くの商店街を通り住宅街に入ったところで1人の女子に声をかけられた。
「リクト!また先生殴ろうとしたんだってねぇ?私の身にもなってよね、友達に言われるのよ!あんたがまた何かしたって!」
この女子生徒は、リクトの幼馴染みの木山友奈で美少女だ。
しかし、彼氏はいない。
マサキともリクトの繋がりで仲が良い。
何かと問題を起こすリクトをいつも待ち伏せして、突っかかってくる。
もちろん、リクトも相手をするのが面倒臭いので道を変えるが何故か先回りをされている。
今日も変えた道を通っているのだが、やはりいる。
「悪いな!もう行かないと!」
「待ちなさいよ!あっ、こら〜!」
リクトは全力疾走で家に向かう。後ろから何か聞こえるが構わず足を動かす。
家に無事に着き、ゲームを起動し、フレンド一覧を確認する。
「まだ、マサキはインしてないみたいだな」
時刻は5時30分。
30分間暇なので、先にゲームにログインしようとすると、警告が出る。
「げっ!オンライン使用料金切れてた!まじか」
オンライン料金を払わないとマサキと通信が出来ないので、近くのコンビニで買いに行く。
──15分後
「ふぅ〜買えたぁ。残り少なかったので危なかったなぁ」
買えたことに安堵していると、どこからか悲鳴が聞こえた。
(何だ!?何かの事件か?)
辺りを見回すが誰もいない───というか、人が辺りには全くいなかった。
「いやぁ!来ないで!誰か助けて」
左だ。左はちょっとした広さの林だった。
そこに、黒いフードを被っている男が手に何かを持ち、女を追いかけている。
女は、必死に逃げながら助けを呼ぶために叫んでいる。
リクトは、正義感により女を助けるため林に入って追いかけた。
「ハァ····ハァ」
(速くね?全く追いつかないんだけど!?)
リクトは普段運動はしないが、あまりにも速すぎた。
仕方が無いので声を頼りに追う。
──10分後。
見つけた。
現在地は分からないが、だいぶ走った。廃工場や廃ビルがいくつか見える。完全にその場に3人しかいない。
フード男や女に結構近づけた。
それによって、フード男が持っている物がはっきりと見える。
包丁だ。しかも、血が付いている。
リクトは、落ち着いて状況を整理した。
まず、敵は女を狙っている····女は男のことは知らない···。
そして男は、手袋をしてないし、追いかけるのに不向きなリュックを背負っていることから計画的ではない。
となると、男は通り魔か。
精神が安定していない可能性がある。
女には斬られた痕がないのと、包丁に付いている血は乾燥している。
となると、既に誰かを殺傷している。
警察は動いてるかもな。
そこまでリクトは考えた後、自分の今すべき事を決める。
───女をここから逃がし、警察を呼んでもらい、その間俺が囮になる。
足が速い敵は廃工場や廃ビルを使って撒けばいい。
逃走する時間は大体30分ぐらいか。
その前に、警察に電話を····。
───圏外だと!?
仕方ない。女を頼りにするしかないか。
男が女を丁度追い込んだ時、リクトは、既に男の後ろにいた。
男の足を引っ掛け、背中を押し体制を崩させる。
「はやく!今の内に警察を呼んできてください!」
「は、はい」
女は、突然のリクトの登場で驚いていたが、すぐに警察を呼びに走っていった。
男は、倒れたまま動かない訳もなく、のそのそと立ち上がった。
「シネ」
その一言は、リクトの反応を一瞬遅らせた。
男は包丁を投げたのだ。
包丁は、リクトの頬を掠め、傷口から血がでる。
(痛ぇ、これぐらいは覚悟してたが····)
だがこれで男の武器は無くなった。
そう思ったが予想外な事態になった。
男は包丁を二本持っていたのだ。
いや、もっと持っているかもしれない。
どうやら読み違えたらしい。
だが、二刀流!カッコイイと思うあたりまだ余裕はある。
とにかく走った。ひたすら走った。
廃ビルは、ドアが全開だったので潜り込んだ。
暗かったが、月の明かりを頼りに上へ、上へと逃げていく。
途中でどこかの扉に入ろうとしたが鍵が掛かっていた。
屋上が空いている保証はどこにもない。
しかし、負ってくる敵の気配を感じながら逃げているので、止まっている暇はない。
そして、屋上のドアに手を伸ばす。
開かない。スライド式かと思い、上下左右、押しても引いても開かない。
(嘘だろ!?)
引き返そうとするが、足音がすぐそばにいることを教える。
最後の方法はドアノブを壊すことだった。
足の踵をありったけの重力を乗せて下ろす。
痛みとともにドアノブが壊れた。
まだ行ける、そう思い屋上に、足を踏み入れた直後───熱い刺激が背中に伝わる。
「あぐっ····ぁ」
背中に感じる冷たい異物が、危険な状態だと言うことに気づく。
それでも、諦めずに、1歩、1歩と足を進め、手すりのところまで来た。
サイレン1つ聞こえない状況がとても辛い。
「シネシネシネシネシネシネ」
「来るなら来いよぉ!通り魔ぁ!」
もう、終わりだ。
思えば、短い人生だった。
マサキには悪いことをしたなぁ。
ユウナは、俺がいなくなって喜ぶだろうか。
親は悲しむのだろうか。
そんなことを考えながら俺は手すりに寄りかかりながら、通り魔を見る。
ブツブツ何かを言っているが聞き取れない。
そして、男は俺に勢いよく近づき、包丁を突きつける。
そう思ったが、意外なことに俺は宙に浮いていた。
落ちている時、手すりも落ちて来た。
多分、錆び付いていて、外れたのだろう。
まあ、いいや。どうせこの高さだと即死だし。
「死んだら異世界に行けるかな?ほら、異世界転生っていうやつ」
誰にでもなく喋る。
衝撃を目をつむり、待つ。
目が覚めるとそこは、異世界───ではなく、白い場所だった。
誤字脱字があるかもしれません。
すいません。