雷鳥さんと天翔ける
雷鳥は普段は滅多に飛ぶことはないが、飛べないわけではなく必要とあれば飛ぶ。
飛行である。滑空ではない。
雷鳥さんは餌場を見つけて、高山植物の近くへ着陸した。
雪が溶けて現れた植物は荷が下りてふっくらと盛り上がっている。
着陸した場所から餌場までよちよちと歩いた後、芽が出た植物を啄む。今日は一羽だ。
相変わらずガスのかかり視界が悪い。
小さく聞こえる残雪を踏む足音に顔を上げる。
大きな動物の足音だ。天敵ではないが、敵う相手ではない。
目を向けると、歩いてくるのは人間だった。今日の餌場には岩もまぎれている。
雷鳥さんはすでに岩が保護色となるように変わっている。故にジッと動かずに人が通り過ぎるのは待つことにした。
一歩一歩ゆっくりと人が歩いている。登山だろうか、大きな荷物を背負い手にはストックが握られている。
一心不乱に歩く人は雷鳥さんの潜む高山植物と岩の横を通り過ぎる。気付いた様子はない。
通り過ぎた人がガスの中に消えていくまで雷鳥さんは見続けていた。
餌を啄む再開した雷鳥さん。今日はいつもより穏やかな食事の時間である。
数十分食事を続けた雷鳥さんは餌場を離れて高い場所を目指して歩き始める。
飛ぶことはあまり得意ではない。できるだけ高い位置から飛び始めた方がより遠くへ飛べるのだ。
高い位置へ高い位置へと目指して歩く雷鳥さんは、また近づいてくる人の足音を聞いた。
動きを止めて顔をあげる。そのままジッと人が通り過ぎるのを待つことにした。
ガスの中でも人の姿が見える距離。
雷鳥さんは残雪の上にいるとすっかり変わった毛のおかげで、ぽっかりと周囲の景色から浮かびあがってしまっていることを知らない。
今度歩いてきた人も大きな荷物を背負いストックをついて歩いていたが、立ち止まり雷鳥さんを見た。
人は雷鳥さんをじっと見つめ、ストックを雪に突き刺して離すと両手を合わせた。
雷鳥さんは人を視界から外さないように顔を動かすが動くことはしない。
ほんの少しの間対面していたが、やがて人はストックを持ち直し、手を振りながら歩いていった。
その姿も、雷鳥さんは消えるまで見つめ続けていた。
ある程度高度を稼げる場所までたどりついた雷鳥さんは近くの岩に羽ばたきながら登ると、そこから巣に向かってピューっと飛び立つ。
数回羽ばたいて滞空する姿は、こう言っているようだった。
「またね!」
雷鳥さんの生活はまだまだ続くのである。