独りぼっちの誕生日
東京に出張をする前日。
明日からの出張に備えていろいろと書類の準備をしていた。
「なにげに短期出張って俺、好きなんだ」
目の前の健吾が書類に目をやりながら言った。
「なんで?」
「だって気楽じゃん。お前と二人だし、相手先行って商品見て、
定時に終わるんだぞ?長期出張やそこらに日帰りなら
そんな訳にいかねーじゃん」
「まぁ・・・そうだね。その時くらいしかゆっくりTVとか見られないからね。
連続ドラマもさっぱり見てないよ。話題についていけてないな〜」
「どっちみち俺は見ないけどな・・・・ドラマなんか」
「そうだね・・・昔からそうだったよね」
「でさ、明後日の夕方にサッカーの試合行くんだ〜」
「えぇー。いいな〜 どこで?」
「どこだっけな?カオルがチケットとってくれた」
「へぇ〜 あたしも行きたいな〜」
別にたいした意味も無く言った。
カオルに逢いたいとかでは無く、たまにそんな所に行くのもいいな・・・
そう思って言っただけだった。
「聞いてみてやろうか?もう一枚くらいなんとかならないかな?」
「え・・・本当?あ〜・・でもいいや。やっぱり逢いづらいし・・・」
「もういいんじゃね?かれこれ2年くらい経ってないかぁ?」
「そうだけど・・・ でもやっぱりいいや。健吾楽しんできて」
「ふ〜ん・・・」
いざそんなことを言われるとやっぱり尻込みした。
それに彼女がいると聞かされた今、目の前で彼女の話をする
カオルに会うのは嫌だった。
健吾が昼休憩に行き、あたしは書類をコピーしていた。
早めに行く社食はすごい混みようなので、時間をわざとズラしていた。
商品課になってから、昼休みとかにあまりうるさくないので、
自然と会社に一日いる出勤の時は、普通の昼休みよりも
30分から1時間は遅く取っていた。
コピーを追え、健吾の席の横を通った時、
<ポコン!>という音がパソコンから聞こえた。
ふと足を止め画面を覗いてみるとカオルからのメッセが出ていた。
ちょっと驚きながらキョロキョロを辺りを確認しカオルのメッセージを見た。
<カオル> 「サッカーさ、由美も行きたいって言うんだけどいいかな?」
ちょっと胸が痛くなった。
カオルの彼女の名前なんか知りたくなかったのに・・・
<カオル> 「あれ?まだ昼休みか〜?本人もう行く気だからな。
じゃ、明日の夜電話するから〜」
なんだかその場にいたくなくなり、書類を席に置き社食に行った。
ほとんどの人が食事を終え、席は空いていた。
(あ〜ぁ・・・なんだか最近ついてないよな〜 なんだろぅ・・・)
直樹は一週間ほど出張に行っていた。
出張に行っている間の夜は暇なのか、毎日電話をくれた。
そのことに対し、嬉しい反面、
「暇な時しかこうして電話とかしてくれないな〜」という気持ちもあった。
直樹はあの祐子さんに会った日以来、あの話はしなかった。
あたしもなにも言えずにいた。
一度だけ
「返事の電話するから番号教えて」と言われ、
それを教えてしまうと、祐子さんに二度と会えない気がして
「来年の秋の話だし、まだいいんじゃない?」と軽く断った。
「ま。そうかもね。でも、約束は守るんだよ」とだけ言われた。
たいした食欲も無く、早々に社食を後にし
デスクに戻ると、健吾が
「サッカーのチケットとれるかもってよ?どうする?」
パソコンに向かいながら言われた。
チケットがとれたとしても、カオルはきっと彼女を連れてくる。
名前を知ってしまっただけでも、ちょっと落ち込んでいるのに、
本物を見るなんてできなかった。
「ううん。やっぱり行かない。あんまり面白くなさそうだし」
「なんだよ。ソレ・・・ じゃ、いいや」
そう言いながら健吾はパソコンのキーボードを叩いた。
きっと今の話をカオルにメッセで送っているんだろうと思った。
8時頃になり、仕事を終え帰り支度をした。
「じゃ、明日8時ね。家で待ってるから。お先に〜」
「なぁ?今日向田さんいないんだろ。飯いかない?」
「うん?いてもいなくても・・・ 別にいつでも行けるよ・・・行く?」
「ん・・・・ じゃ、行くか」
いざ食事と言われても本当はあまり食欲が無かった。
適当に居酒屋に入り、隣で健吾はいつもの調子で飲んでいた。
帰りの運転手のあたしは、ウーロン茶を飲みながら、
なんとなく元気が無かった。
直樹は春の人事発表まで、かなり忙しいようで最近はいつもの残業に
輪をかけて毎日かなり遅くまで会社に残っている。
少しだけ教えてくれた人事で、直樹が商品課を統括するような
ことを言っていた。それもありイロイロ忙しいのだろう。
日曜には休んでくれてはいたが、それでも祐子さんの件から
少しだけ、あたしは直樹に対する気持ちが変わっていた。
それは嫌いとかそんなことでは無いけれど、
仕事に没頭する直樹に少し距離を感じていた。
「なんかさ・・・10年くらい前に戻りたいな〜」
八方塞の気持ちでなんとなく言葉が口から出た。
「はぁ?高校生に戻りたいの?」呆れた顔をして健吾が言った。
「別に、高校でも中学でも大学でもいい。もっと気楽だった歳に
戻りたいな・・ってさ。どうして歳を重ねると何事も重く
考えることばかりになるんだろうね」
「そりゃ・・・・大人だからじゃない?」笑いながら言われた。
「大人だもんね・・・もぅ・・・」目の前のストローをいじりながら言った。
「そういや。あの話どうなった?例の東京の件」
「ん?直樹がダメだって。もし行くなら別れるって・・・
だからダメになっちゃった・・・」
「ふ〜ん・・・・」
「それに・・やっぱり自信無いんだ・・・ 直樹に言われたの・・
「まゆじゃ出来ない」って。なにも力が無いくせに、そんなこと
できる訳ないだろって・・・・」
「うわ・・・キツイなぁ〜 あの人らしいけどなぁ。
普段は優しそうだけど、仕事じゃキツイしなぁ・・・」
「でも・・・それが本当のことかなって。
あたしの仕事は一切認めてないんだってさ・・・
お金の心配はいらないから仕事辞めろまで言われちゃった・・・」
そう言って力無く笑った。
「なんかさ、お前見てると可哀相になってくるよ・・・
そりゃ憧れてた人かもしれないけどさ、お前のこと大事に
してるってどーしても思えないんだよなぁ。
カオルと付き合ってた頃のお前と全然違うなって・・・
言いたいことも言えないで辛くないのか?お前は」
「でも・・・直樹の言うことはいつも正しいから・・・・」
「そうかもしれないけど、それにしてもその言い方は酷くね?
じゃあ俺の仕事も認めてねーな・・・・あの人は」
「男と女は違うんだってさ。健吾のことはそんな風に思ってないよ。
ただのサポートなんか誰でもできるって。そう言われればそうかなって
思ったんだ。あたしの代わりなんかいくらでもいるからね・・」
「俺はまゆがパートナーで良かったと思ってるぞ!
振った仕事はミスしないし、それ以上のことやってくれるし。
メーカーの対応だって、俺じゃなくてまゆにって言う人も多いだろ?
それは向田さんが見てないだけじゃないか?」
「あたしこの仕事好きよ・・でも、、これ以上この前の東京の話したら
絶対この先、今の仕事辞めろって言われる・・・
だから、もうしない。辞めたくないもん・・・」
「はぁ〜・・・・ いくら憧れてたか知らないけど、そこまで自分殺して
付き合う意味が俺にはわかんねーな。ありえねー」
呆れた顔をして健吾がビールを飲んでいた。
「ありえねー」と言われるほど、あたしは直樹の言いなりなのかな?
そんなことを思いながら、モグモグと目の前にある料理を食べた。
「ねぇ!もしさ?あのままあたし達付き合ってたら、
今ごろ結婚してたかな?健吾どう思う」
場の雰囲気が重くなったので、違う話を振った。
「そうだな〜 してたかもなぁ。別に付き合ってる間は
なにも不満も無ければ、どっちかと言えばイロイロやってもらってたしな」
「そっか〜 じゃあ今ごろ子供とかいたかもね?」
「子供かぁ・・・・考えたこともなかったな〜」
「うっそ!あたし絶対結婚するなら健吾だってあの時は
思ってたのに〜 自分だって「一緒になろうな」って言ってたのに。
ひどーい!あれって嘘?純粋なあたしを騙してたんだ〜」
「いや、嘘じゃなかったけどさ。でも、ほらまだ若かったじゃん。
ついそんな甘い言葉も口から出るもんじゃん」
「ふ〜ん・・・あたし子供の名前だって考えてたのになー」
「なに?どんな名前」
「もういいよ。そんな水子の話なんか・・・」と泣いたフリをした。
「もしかして・・・ハンドルネームに使ってたやつ?なんか前に
カオルに聞いたことあったな?そんな話・・って水子言うな!
人聞き悪い!そんな失敗してないぞ!」
「ん、そう。リオって。漢字で梨緒。いい名前じゃない?」
「松永梨緒ねぇ・・・まぁ。アリだな。でも向田梨緒はなんか
語呂が変じゃね?あ〜 矢吹梨緒はシックリくるな。な?」
「カオルも言ってたなぁ・・・ 「ピッタリだね」って。男は俺が決めるって。
あの頃はそれを信じてたんだけどなぁ〜 」
そう言ってなんとなく懐かしい気持ちになりボ〜とカオルと
付き合っていた頃のことを考えた。
「カオルに電話してみたら?」
ポツリと健吾が言った。
「いまさら?もう終わったことじゃない。あっちだって困るよ。そんなこと〜」
ケラケラと笑いながら言った。
「待ってたらどうする?」
そんな訳無い・・・健吾だって昼間のメッセで知ってるのに・・・
変な期待するようなこと言いやがって・・・
「そんなことして、また最後に直樹選んでしまったら、同じ女に
2回も振られるんだよ?カオル可哀相でしょ。ばっかじゃないの健吾」
「まぁ・・・そうだよな。お前の考えてること分らないしな」
そう言って二人で笑った。
けど、心の中ではやっぱりカオルに彼女がいたことに対して
「おめでとー」とは素直に言えなかった・・・・
嫌な女だな・・・あたしって。
東京の出張はやはりスムーズだった。
最近ではスムーズに話が進む度に直樹の
「会社の名前言えば問題無く仕事が進むだろ?」と言った言葉を思い出した。
これは、あたしや健吾の力じゃなく、会社の名前のおかげなんだと思った。
初日は相手の営業の人と食事に行き、二日目、健吾はカオルと
サッカーに行くと5時半にホテルを出た。
いつもなら祐子さんに電話をして遊びにいく所だが、
直樹の言葉に電話をするのを躊躇した・・・
黙ってホテルでTVを見ていると、携帯が鳴った。
画面を見ると祐子さんだった。
「もしもし・・・」
「まゆちゃん?今って東京にいるの?」
「あ・・・・はい・・・・」
「なんで連絡くれないのよぅ〜!さっき同僚って人が矢吹君迎えに
会社に来て、矢吹君に紹介してもらったの。
そうしたらまゆちゃんの同僚だって言うからさー」
「えぇ・・・でも・・なんとなく連絡しずらくて・・・」
「どうして?まだ返事してないから?」
「あ・・・う・・・えぇ・・・」
「とりあえず、もう少ししたら終わるから、いつものとこで待ってて!
急いで仕事終わらすから!じゃーね!」
いつもの調子で一方的に電話を切られ、黙って携帯を見ていた。
(まぁ・・・・直樹にバレなきゃいいか!)
暇だったのもあったので、急いで支度をしてレストランに向った。
見えない所で、こんな小さな抵抗しかできない自分も情けないけれど、
祐子さんは直樹とこうなる前からの大事な友達だもの!
「ごめん!ごめん!もぅ〜 なかなか終わらなくて〜」
「いえ。大丈夫です。どーせ暇だったし」
「暇なら電話くれたらいいじゃない〜 もう!水臭い!」
直樹が会っちゃダメと言ったことを言うべきか悩んだ。
そんな顔を先に察した祐子さんは笑いながらバシッと指を着きつけた。
「はは〜ん・・・・彼氏が私と連絡とるなとか言った?」
ズバリ言われて目が大きくなった。
「あ・・・わかりました?」
「わかるわよ。あの人ならそんなこと言いそうだもん」
「うん・・・断りの電話も自分がするって・・・」
「そうねぇ・・ そんな感じだったわね」
そう言って祐子さんは少し笑った。
軽く注文をし、ついでに一杯だけ!とビールを頼んだ。
「で。まゆちゃんはどうなの?」
「え?あたしですか?・・・・・えーと・・・」
なにも上手い言い方ができず、ただ困った顔をした。
「私ね。男には女を伸ばす男と、それ以上伸ばさない男がいると思うのね。
伸ばす男は相手のことを信頼して自由にさせる・・・
伸ばさない男は相手のことを信頼しているフリをして自分の
言うことだけをきかせる・・・・」
「はぁ・・・・」
「彼。向田さんて後者ね」
「う〜ん・・・・」
「優しいこと言うけど、実は自分に都合のいいこと言わない?」
健吾と同じことを言う祐子さんに、なにも言えずただ愛想笑いをした。
「まぁ・・私もいろんな人を見てきたから、彼が仕事が出来る人か
そうじゃないか分かるわ。彼、かなり仕事できるでしょ?」
「えぇ・・・春には統括部長らしいです」
「まゆちゃん嬉しい?彼の昇進」
「どっちでもいいです・・・別に・・・」
「あら。どうして?だって自慢の彼氏なんでしょ」
「だって・・今でもほとんど普段は会えないのに、これで部長になったら、
もっと時間無くなるし・・・」
「すれ違ってるんだ?」
「すれ違うどころか、かすってもいないですよ・・・・」
「ふ〜ん・・・」
「なんだか最近わからないんです・・本当に好きなのか・・・
優しい時はきっと好きだと思うけど、最近、あの、、、この話以来
なんだか鳥かごの鳥みたいな感じがして・・・」
「そうなんだぁ・・・ 男と女は難しいね」
そう言いながらビールをグイッと飲みおかわりを頼んだ。
「まぁ・・ゆっくり考えて。そう急がなくていいから。
年明けに私は会社に言うことにしてるの。望月もね。
あと、望月のほうのヘッドハンティングはなんとかなったわ。
少しづつだけど現実に近づいてるから。
でも、彼のことが好きなら無理にとは言わないから。ね?」
「あ・・・望月さんのほうの人って決まったんですね。
よかったですねー ちょっと安心しました」
これでもし自分がこれなくても、何とか話は進むんだと思った。
少しだけ安心して気が楽になった。
「ん〜・・・私はあんまり安心じゃなけどね〜 あっ・・まぁいいや」
「あたしのほうはあまり期待しないでください。
いつもだけど勇気が無いんです・・あたし・・・」
「勇気かぁ・・・ でもあっちから出てくるのは勇気いるものね」
「えぇ・・それに、直樹と別れてこっちで一人でってことに
耐えられるのかな〜とか、、、もし、、その、、、仕事がダメなら
あたしには何も残らないとか、、そんなこと考えると彼の言うことも
一理あるなって・・・」
「守りに入ったな?」そう言って祐子さんは笑った。
確かにこれは、守りなんだろうなぁ・・・
なんだか情けないや・・・
それから2時間ほどそこで飲み、ホテルに戻った。
祐子さんの態度がいつもと変わらなかったことに感謝した。
これからも直樹に内緒にすればいいや・・・
別に浮気する訳じゃないし・・・
ほんの少しだが直樹に反抗してるようで、気分が良かった。
見えない所でということは、かなり小さいけれど・・・・
北海道に戻り、またいつもの仕事に戻った。
日にちの感覚が無くなるくらいに、毎日が忙しく過ぎていった。
すっかり外は寒く、カレンダーは12月20日になり、
自分の誕生日の前日をむかえていた・・・
ちょうど明日は土曜日だったので、きっとその日くらいは直樹は
休んでくれると思った。
わざわざ自分から言い出すのは、なんとなく言いづらかったので黙っていた。
でも、去年もちゃんと覚えていてくれたから、
きっと今年もなにかサプライズがあると、密かにワクワクしていた。
デスクで仕事をしていると健吾が
「お前、明日誕生日?」と聞いてきた。
「昔の彼女の誕生日覚えてるなんて凄いじゃん」
「いや、メッセでカオルがそう言うから・・・」
「ちょっと〜 健吾は忘れてたの?」
「だって、もう何年前よ?忘れるつーの」
「うっそ〜ん。あたし健吾もカオルもちゃんと覚えてるよ?ひどーい」
「女はそんなの好きだもんな。よくカオルは憶えてるよな〜」
カオルがあたしの誕生日を覚えていてくれたのは、ちょっと嬉しかった。
一度も一緒にはいられなかったけど・・・
「どこか行くの?誕生日は」
「まだわからない。何も言われてないし・・・」
「また仕事なら考えたほうがいいぞ?」
内心ドキッとしたが、きっとそんな所はマメな人だから大丈夫!
でも・・・人事の件で忙しいのか、ここ2週間くらいの日曜日は
直樹は仕事で休めていなかった。
だんだんと「休んで!」と言った時から時間が経ち、効力が薄れたんだと思った。
けど、仕事内容が全然違うと聞いてしまった今、もう一度その言葉を
言うことを躊躇した。
その日、仕事を終え自分の家に戻り、きっと連絡をくれると待っていた。
けど・・何時になってもそんな連絡はこなかった。
別に誕生日に一緒にいられないと死ぬ訳ではないとは思っても、
なんとなく寂しかった。
(きっと明日は連絡をくれる・・・)
そう信じて、その日は黙って家にいた。
けど、次の日もその次の日も、直樹からの連絡はこなかった。
少しだけ心が乾いた気持ちになった。
けど、それをどう言葉にしていいかは、わからなかった。
誕生日ごときで・・・そう思われるんじゃないかと思うと、
結局なにもできずに、その歳の誕生日は誰からも
「おめでとう」と言われることは無かった・・・・
TVではクリスマスで浮かれている恋人達の画像が流れていた。
彼氏がいるのに、こんなに淋しい誕生日とクリスマスを過ごしたのは
人生で初めてかもしれない・・・と虚しい気持ちでいっぱいだった。
日曜日。
夕方になっても連絡は無く、一人が暇だったので、
直樹の友達が経営している店に一人で遊びにいった。
そこの店長は直樹の高校からの友人でタケシさんといった。
近づくクリスマスに、店内はクリスマスムードだった。
「あれ!まゆちゃん一人?直樹は」
少し驚いたような顔でタケシさんに言われた。
「仕事だって〜 もうあたしより夢中みたい」
苦笑いをしてカウンターの席についた。
「ほんとに仕様が無いな〜 アイツは・・・ こんな若い彼女を
一人にして〜」
店内は結構混み、タケシさんは忙しそうにホールと厨房の間を走り回っていた。。
「繁盛してますね。忙しいみたいでよかったですね?」
「今だけね。イベントが終わればまた暇さ」
そう言って厨房に消えていった。
タケシさんのご自慢のカレーを食べ、1時間ほどで席を立とうとした時、
「もう少ししたら暇になるから、ちょっと待ってて」と言われ、
別に用事がある訳じゃないので、そのまま待っていた。
人もまばらになった頃、
「さ。聞いてやろうか!」と言ってタケシさんが隣に座り、
「直樹のことで相談あるんでしょ?」と笑顔で言った。
「いえ?別に無いですよ〜 ただ暇だったし、カレー食べたいなって」
「そう?ならいいけど。直樹が忙しいから一人ぼっちでいるのが嫌で
もう別れようと思うの〜 とか言うのかと思った」
そう言って女っぽい台詞を真似して言った。
「そんなこと思ってないですよ。彼が忙しいのは最初から知ってましたし」
「まゆちゃんは大人だね。俺なら別れるよ。あんな仕事人間なヤツ。
あいつが別れる理由はいつもそれだからさ。
どこかしら女より仕事なんだろな〜 だからいつまでも一人なんだよ。
ったく不器用だよな〜 直樹って」
そう言いながら煙草を吸い笑った。
「いつもなんですか?」
「そう。いつも。で・・・大体別れる前に彼女はみんな俺のとこに来るんだ。
ほら、俺って癒し系でしょ?」
癒し系・・・確かに太っていてそう言われればそんな感じもした。
いつもニコニコしているし、なにより直樹のことをよく知っていた。
「そうですかぁ・・・あたしも自然と別れたくてここに来たのかな?」
「そうなら大変だけどね。まぁ・・まゆちゃんは仕事のこと理解してるから
大丈夫なんじゃない?今度直樹にキツ〜ク言っておくよ」
「えぇ。そうしてください。キツ〜クね。ガッチリと!」
そう言ってタケシさんの店を後にした。
家に帰る道のりの中、
(いつもなんだ・・・・やっぱり結婚しない原因は・・)
そんな事を考えていた。
普通はみんな独りぼっちの生活を察して、直樹と別れるんだなぁ・・・
いまのままじゃ、いつまで経っても変わらないんだろうなぁ・・・
直樹にとって結婚よりも大事なのは仕事なんだろうなとシミジミ思った。
やはりあたしは直樹にとって、それほど必要な人間では無いのかな・・・
そんなことを感じながら家に向った。
翌日、仕事をしていると健吾が
「誕生日どうだった?」とニヤニヤして聞いてきた。
「別に〜。普通〜」そう言って黙って仕事をしていた。
「普通ってなんだよ?」
「ん?なにもないってこと。普通となにも変わらないよ」
「もしかして・・・・向田さん忘れてるの?」
「さぁね?知らない。会ってないし」
「うわぁ・・・・・」
それっきり健吾は、あたしの顔色をうかがい何も話さなかった。
きっと口を開けば、あまり気分の良いことを言う訳が無いと
思ったので、それはそれでよかった。
(このままいけば、クリスマスもあと数日後の正月休みの連休も一人かもな・・・)
そんなことを考えながら、年末の休みに備えての仕事を片付けた。
何度か社内で直樹とすれ違うことがあったが、
わざと目を合わせないで隣をすれ違った。
どことなく直樹の視線を感じたが、あえて無視をした。
子供じみたことだとはわかっていても、なんとなく許せなかった。
それでも、そんな態度をすれば誕生日を思い出して謝ってきて
くれると内心期待をしている自分もいた。
けど、そんな期待とは逆に直樹からの連絡をあたしの携帯は
受信すること無く、クリスマスイブを迎えた。
一昨年のクリスマスの日。初めての長期出張で直樹のことを最高潮に
意識し、そこからカオルとのバランスが崩れたことをTVのクリスマス番組を
見ながら思った。
誰しも最初は一生懸命に相手の気を惹き、自分も普段以上の頑張りをし、
自分の悪い面を見せずに、(可愛いな)とか(素敵だな)とかそんな
部分を見せて相手に好かれようとする。
たぶんあの時の直樹もそうだったんだろう。
ちょうど出張で時間があったし、もうちょっと押せば自分に転びそうな子が
いて、、、そして転んだのがあたしだったのかなぁ・・・・
ミニスカートのサンタルックの女の子が微笑むのを見てそんなことを思った。
(スカートみじかっ!)
別に誕生日もクリスマスも一人で過ごしても死なない。
浮気されてる訳でも無いし、声を聞きたいなら電話をすれば絶対出てくれる。
けど・・・「今日クリスマスなの。だから逢いたいな」って言ったら
なんて言うんだろう。
なんとなく想像できるし、想像したくない・・・
「ごめん。また遅くなるんだよなぁ・・・家で待ってて」
そう言われて、きっと夜中に帰ってくる・・・
別にクリスマスだって今の直樹には関係無い。クリスチャンでも無ければ
プレゼントやケーキを喜ぶ歳でも無い。
そんなことを考えれば別にわざわざ会うことも無いんだな・・・
ボケーとTVを見ていた。きっとこの日本に今、あたしと同じく一人で
クリスマスを過ごしている人なんていっぱいいる。
どこに行けば、そんな人たちと「別にいいよね〜」と言いあえるんだろう。
ふとTVの横のパソコンが目に入った。
(ここにいるじゃん!)きっとネットの中ならそんな人達はいっぱいいる。
イベントが嫌いな人、一人の人、あたしのように彼氏に相手にされない人、
彼女に相手にされない人、不倫で一人の人だっているかもしれない。
数年ぶりにチャットをしてみようかな・・・そんなことを思った。
電源を立ち上げて消すと言ったくせに消さなかった昔のURLを
クリックしてチャットルームにアクセスした。
あの頃のようなワクワク感は無かったけれど、それでも
ミニスカのサンタを見て、CMに入る前のジングルベルを聞くよりは
よっぽど良いと思った・・・・