ヘッドハンティング?
9月の前半に珍しく長めの5日間東京に出張があった。
そしてこちらも珍しく・・・出発前日、直樹はうちに泊まっていた。
この一ヶ月で二人で過ごした日は、ほんのわずかで、
縮めても合計3〜4日にしかならなかった。
「それじゃ・・行ってくるね」
そう言ってまだ起きたばかりで新聞を見ている直樹に声をかけた。
「うん。気をつけて行っておいで」
いつものクールな言い方で、ニコリと笑った。
「もっと寂しいとか言ってくれないの?」
「ん?寂しいよ」そう言って頭を撫でた。
「そうかなぁ・・・そんな風には見えないなぁ・・・」
「じゃあどうすればいいの?」
「うーん・・・」どうって言われてもなぁ・・・
「昨日、久しぶりに頑張ったんだけどなぁ〜満足しなかった?」
「そっちの話じゃない!」
「ほら。マツが待ってるよ。じゃーね」そう言って玄関まで見送り
額にキスをして送り出してくれた。
迎えに来てくれた健吾の車に乗り、空港に向った。
「向田さん泊まりに来てたんだ?」
「うん。昨日はちょっと早く終わったみたい」
「昨日、日曜だぞ?いつ休んでるんだよ・・・あの人」
「年中無休なんじゃない?」そう言って、さっきの(どうすれば?)を
考えていた。
「昨日ヤッた?」ニヤけて聞く健吾に、
「うるさいバカ!」と言って缶コーヒーを飲んだ。
羽田に到着すると、ムッとした湿気を感じた。
「まだ暑いなぁ・・・こっちは」そう言って健吾が渋い顔をした。
「今日何時に終わる?あたし友達に会いたいんだけど」
「あー。たぶんそんなに遅くないぞ?ラビ?」
「ううん。今日は違う人。初日のほうが早く終わると思って」
「そっか、ラビに会う時、俺も行っていい?」
「うん。いいよ」
「俺は明日、カオルに会うんだ。ここしばらく会ってなかったし」
「そっか・・・」
その日の仕事を5時で終わらせ、祐子さんに電話をした。
「あ。まゆちゃん?待ってたのよー!じゃあ何時がいい?」
「あー。もう終わりましたよ。あたしは」
「あら。じゃあどうしようかな〜 会社に来てほしいけど〜
矢吹君に会わないとも言えないしな〜」
「じゃあ、いつものレストランに行ってます」
「そうね。6時過ぎには行くわ」
少し時間を潰し、いつも祐子さんと食事をするレストランに行った。
そのレストランは祐子さんの会社のすぐ近くだった。
あまり遠くだと祐子さんに悪いし、自分もさほど東京に詳しくないので、
そこにした。
レストランに入り、アイス珈琲を頼み、たまたま祐子さんの会社の入り口を見ていた。
いつも座るその窓際の席は会社の入り口がちょうど良く見えた。
(あ・・・あの人結構、カッコイイな〜。あたしの超タイプ〜♪)
そんな感じで外を見ていた。
その人は私の座っている窓際の席に続く道を真っ直ぐに歩いてきた。
(ん。やっぱりこの人なかなかイケて・・ うわ!カオルだ!)
そう思った瞬間テーブルの下に隠れた。
我ながら怪しい行動だとは思ったが、そんなこと考える前に体が動いていた。
ウェイター達が変な人を見る目でこっちを見ていたが、そんなことお構いなし!
こちとら非常事態なんだから!
通りすぎたのを確認して、何事も無かった顔をして座りなおした。
過ぎ去った後姿を見て、
(ちょっとだけ変わったな・・・)そう思いながら、久しぶりの元彼を見ていた。
30分ほどしてから、祐子さんが来た。
「ごめん!ごめん!待った?」
「あー。30分くらいです。それよりさっきここの前をカオルが通りました!」
「そりゃ通るでしょうね?だって駐車場あっちだもん」
「ビックリしたー」
「あっちも会ったら同じこと言うわよ」
席に着き、取り合えず一服・・・といった感じで祐子さんはバックから煙草を
取り出し火をつけた。
「で。この前の話なんですか?」
「あぁ!そうそう!あのね、まゆちゃんてさー 仕事好き?」
「好きって?なんでまた?」
「いやね、望月と会社立ち上げるの。あたし達」
「わー。すごーい!かっこい〜。で、なんの仕事?」
「今の仕事がITじゃない?で、今って通信販売の仕事って結構いいのよね。
私も前々からいいなって思ってたの」
「あ〜 いま結構すごいですよね。あたしもよく買いますよ」
「でしょ?でね、いろいろ調べて他とは違う商品にしたいのよ。
安けりゃいいってもんじゃなくて、もっとこう専門的な品質の良い物を
扱いたいの。雑貨だけじゃないんだけどね」
「はぁ・・・ なるほど・・・」
「でも、ネット業界には顔がきいても、いざとなると入れてくれる
問屋に知り合いがいない訳よ・・・ ちょっとしか知らないし」
「まぁ・・・普通は店から買うのは普通の買い方ですからね」
「バイヤーみたいなことしたことないからさー
で、ず〜とまゆちゃんの仕事の態度とか見てて、真面目でいいと思ってたの!
仕事好きだし、キッチリやるし、責任感あるし!可愛いし〜スタイルもいいし〜 優しいし〜」
「祐子さん・・・」
「なになに?」
「早く本題言ってくださいよ。気持ち悪い・・・・」
祐子さんが褒めちぎる時は決まって、なにかある時だ。
望月さんがまた結婚!結婚!とうるさいから、なんとかしてくれとか、
自分の仕事の接待に一緒に連れていかれたこともあった。
「だからー!私達の会社に来てほしいの!ダメ?」そう言って
小首をかしげて可愛らしく言った。可愛くなかったけど・・・
「えぇぇー!ダメ?とか可愛いフリして言ってるけど、
それって大丈夫なんですかぁ〜?いざこっちに来て速攻倒産とかに
なったら、あたしどうすればいいんですか?」
「それは大丈夫よ!もし倒産になったらまゆちゃんの仕事は
私が責任もって見つけるわ!」
「いやいや、だって東京でしょ?そんな〜」
「やっぱりダメ?もう絶対まゆちゃんて決めてたの!
ほら、信用ある人じゃないとダメじゃない?こーゆー小規模の会社って。
でね、望月も今、いい人ヘッドハンティングしてるんだけど
難航しててね。私は絶対まゆちゃんだと決めてるのよ!」
「ちょっと待ってくださいよぉ〜 あたしそんな大きなことデキないですよ。
バイヤーって言ってもそんなにたいしたことしてないし・・・
それに、彼氏だってOKしませんよ。遠距離反対派だもん」
「それは私が説得するわ!軌道に乗ったら、まゆちゃんは
戻ってネットで仕事すればいいし」
「それってどれくらいの期間ですか?軌道に乗るって・・・」
「それは〜 え〜と・・・・売れたらよ!」
「超アバウトじゃないですか!!ダメですよ。ダメ!」
「お願い!考えるだけ考えてみて!まだ望月には私が説得する
相手がまゆちゃんだとは言ってないから、もし断っても
それほど問題無いから。ね?」
「いやぁ・・・・無理だと思いますよぉ・・・ あたし今の仕事辞める気は
まったく無いし・・・ それに東京って!」
「いやね。それは確かに覚悟がいると思うのよ?
でも大きい会社にはできない、小規模ならではの心のこもった
素敵な会社にしたいのよ。私は40歳過ぎて
こんな冒険するんだから、まゆちゃんなんかまだ何回だって
やり直し効くじゃない!私の夢に力貸して!」
夢に力貸してと言われても・・・・
(確かに祐子さんには力になってあげたいけど、ちょっと、無理かもぉ〜)
けど、祐子さんの熱弁は止まることを知らず、その日は延々と何時間も説得された。
まるでねずみ講か宗教の誘いのように。
「いやでもね・・・・祐子さん。会社を経営するなんてそんなに簡単じゃないですよ?
それも二人でって・・・失敗したらどうするんですか?」
それは本心だった。
望月さんだってもう40歳を過ぎている。祐子さんだって・・・
仮にあたしが力を貸したとしても、成功するとは限らない。
むしろ失敗すると思っていたほうがいいかもしれない。
世間はそんなに甘く無いと思った。
「でも、これが成功したら今度こそ結婚しようと思うの・・・」
真に迫る言い方をした。
「今の会社で長いこと管理職をしていたけれど、だんだんと二人とも
組織に流されているって感じていたの。言われたことだけを
毎日こなすだけの仕事なんか、もぅウンザリなのよ・・・
いい事をしようとしても、上の指示で潰されたり。
部下が自由にできるような環境にしたいのに、できない歯がゆさとか。
やろうと決めた時に動かないと、5年しても10年しても無理なのよ。
今しないと5年後に「あの時していればもう5年経ってるのに」
10年後に「あの時していればもう10年経ってるのに」
そう思うの嫌なのよ・・・ 今やらないともう出来ないのよ・・・・」
少しだけ言ってることに納得した。
今やらないといけない事をモジモジしていると、
後から後悔するということは身に染みてわかっていた。
祐子さんの目が滲んでいた。きっと本気なんだとそれを見て感じた。
確かにいい案かもしれないけれど、その手伝いにあたしを選ぶのは
あまり適切じゃないとも思った。どう考えてもあたしの責任が大きく
流れができても、肝心なのは商品だと思った。
「でも・・・あたしじゃ、、力不足だと思いますよ?」
「私こう見えても、面接とかで間違った人選したことないのよ。
それだけは自信あるの。私を信じて!」
「だって一緒に仕事したこと無いじゃないですかぁ・・・
そんなに言い切っていいんですか?あたしのこと過信してますよ」
「大丈夫!望月だって違うバイヤーを探してるの。
だからその人とお互いに助け合えばもっと良い仕事できるわ!
彼も人選にはかなりの信頼があるの」
あたしは本当に流されやすいと思った。
こんな時、ハッキリと断れない・・・・
直樹が最初に彼氏がいるのを知って誘ってきた時も、
今となってはまんまと直樹の戦略にハメられたとこがあった。
押されると弱いのである・・・
「あの、ちょっと考えさせてください。かなりの距離の移動もあるし、
いきなり仕事辞めることもできないし・・・
それに、彼氏のこともあるから。彼、絶対遠距離は嫌いなんです。
昔、それで彼女と別れたことあるから・・・」
「うん・・・それはまゆちゃんの決めることだもんね・・・」
そう言って祐子さんはちょっと落ち込んだ顔をした。
でも、直樹と別れることは考えていなかった。きっとこの話は
最終的に断ることになるだろう。
だからできるだけ期待させない言い方をしたつもりだった。
「彼氏は元気?」
いきなり話題を変えて祐子さんが聞いた。
なんとなく強がって、話題を変えたように感じた。
「あ・・・まぁ。元気です」
その顔を見て、なんだか可哀相な気分になった。
これほど仕事の面で全面的に信用してくれるのに、力になれないのが
申し訳なくなった。
「結婚するの?」
「いえ、そんな話は全然無いです」
「でも、もう結構歳でしょ?彼」
「そんな言い方しないでくださいよ〜」
本当のことを言われて痛かった。
「そうなんだ。実はもう考えてるかもね。でも男は女と違って
歳とっても子供は産ませることできるもんね〜 まゆちゃんさえ若ければ」
「彼が60歳ならあたし48歳です。もうダメじゃないですか・・・・」
「あら?私あと数年でその歳よ?もうダメってこと?」
「あ。いや、、、、大丈夫です。全然大丈夫です!」
そう言って二人で笑った。
「じゃ、そろそろ帰ろうか。ごめんね。こんなに遅くなっちゃって。
明日大丈夫?」
「はい。問題無いです」
「じゃあ・・・あの、、彼氏に聞いてみて?もしまゆちゃんさえ良ければ
私、一度彼に話してもいいから。
私の一生がかかってるんだから死ぬ気でお願いするから」
「あ・・・わかりました。一応聞いてみます・・・」
「ダメよ!一応じゃ!お願い!」
眼力が違った。さすが部長にまでなる人だとちょっと感じるくらの勢いがあった。
珍しく一滴も飲まない祐子さんを初めて見た。
やっぱり仕事の話じゃ真剣なんだな・・・・
次の日、そんな話を健吾にする訳にもいかず、一日が過ぎた。
ちょっとだけ健吾になら言ってもいいかな?と思ったが、
健吾よりも直樹に先に言うべきだと思い黙った。
その日、健吾はカオルに会うと言って出かけていった。
また健吾は余計なことを言わなきゃいいな・・・
そんなことをちょっとだけ思った。
今の直樹との状態を間違ってもカオルには知られたくなかった。
あんなに最後、大泣きして別れたくせに、
今、仕事ばかりの直樹に一人で寂しくしてると思われるのが嫌だった。
嘘でも「すっげぇ幸せそうだよ」と伝えてほしい・・・・
けど、健吾は直樹のことをあまり良く思ってないと知ってしまった今、
そんなことは頼めなかった。
けど・・・たまに会う直樹はよくよく考えれば、冷たい訳でも
倦怠期みたいでも無かった。
最初の頃と変わらず優しく接してくれる。
ただ忙しいだけなのに、そんなに不満を言ってごめんねと
毎回会う度に思っていたのは本当だった。
あ!わかった!
(どうすればいい?)と言っていた回答がそんな時、頭に浮んだ。
<もっと本音を言って欲しい>
疲れているくせに「疲れた」と自分からは絶対言わない。
せめてあたしの前では力を抜いて欲しかった・・・・
帰ったらそう伝えよう。
そうすれば、もっといろいろ助けてあげることができると思った。
そんなことを思いながら、その日は眠った。
4日目の夕方。
「あたしはラビの家に泊まるけど、健吾どうする?」
「俺も泊まる?3Pとか」
「お前来るな!」
「俺は帰るってば。本当はカオルも来たかったような顔してたなぁ〜」
「そうなんだ・・・ でもなぁ、、、もうちょっと時間欲しいかな」
「いや、でもカオルも忙しいってさ」
「そっか。そのうち会えたらいいな」
そう言ってこの前見かけたことは言わなかった。
「そうだな。カオルも会いたいなって言ってたぞ」
そう聞いてちょっとドキッとした。
でも流されやすいあたしの性格じゃ会わないほうがいいと思った。
きっとカオルを見たら、またいろいろ考えてしまいそうだから。
「そうなんだ。そのうちね」
そう曖昧な言い方をして、二人でラビの家に行った。
久しぶりに会ったラビはちょっとだけふっくらとしていた。
今は彼氏がいないから募集中と言って笑った。
「健吾いいんじゃない?」
「えー。だってまゆと付き合ってたもん〜」
訳の分からない答えだけれど・・・きっと健吾はラビのタイプじゃないんだろうなぁ。
ラビはガッチリした人が好きだから。
その日、結構遅くまで健吾も楽しく飲んでいた。
11時過ぎに健吾が帰り、ラビと久しぶりにゆっくりと話をした。
「ヒデとも最初こそ上手くいってたんだけどね。でも、やっぱり
性格とか合わなかったんだよねぇ〜」
「そっか。仕方無いよね。そればかりは直せないもん」
ちょっと寂しそうな顔をしたラビにそれくらいしか言う言葉が無かった。
少しだけ直樹があたしに素直に甘えてくれないのは
自分の性格に問題があるのかな?と考えた。
次の日、帰る支度もあるので早々にラビの家を出る準備をしていた。
「そういえば、私この前カオルを見かけたんだー」
「へぇ・・そうなんだ?」
「うん。女の子と歩いてた〜」
一瞬だけ胸が痛くなった。
いまさら、なんだよという感じだったが、聞かなければよかったと思った。
きっとカオルならすぐに彼女はできると思ったけれど、
それを知る知らないは別だった。
頭の中にはいつまでも、自分のことを好きでいてくれた時の
カオルだけを考えていたかった。
「そ、、そうなんだ。彼女できたんだね。よかったね」
「そうだねー ちょっと派手めだったけど、まぁお似合いだったよ」
「ふ〜ん・・・」
内心動揺していた。
「カオルもまゆも好きな人できてよかったね」
「うん。そうだね、じゃ、また東京に来る時連絡するね。じゃーね」
そして言って逃げるようにホテルに戻った。
できるものなら耳を塞いで「わー!!」と叫びラビの声を聞こえなくしたかった。
かなり危ない人に思われそうだけど・・・
一旦、聞いてしまった記憶はなかなか消せず、帰りの飛行機の中でも
延々と頭の中で回っていた。
昨日の寝不足があったので会社には寄らずに
真っ直ぐ健吾に送ってもらい家に帰った。
テーブルの上に直樹の書いた手紙があり、それに目を落とした。
「おかえり。疲れたと思うので、今日はゆっくり休んでください。
日曜は休みます。明日の夜、うちで待っててください −直樹―」
その手紙を読み、気持ちが少し落ち着いた。
「ただいま」と直樹にメールを送った・・・・