表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
22/29

忘れられない

口をきかないまま一週間が過ぎた。

たまにカオルがこっちを見ているのを感じたけれど、わざと視線を合わせずに

仕事を進めた。


ここ最近、祐子さんと望月さんは営業の為か二人で外回りをすることが

多く、こんなタイミングなのにカオルと二人きりという時間が多くなり

シーンとした社内は針のムシロ・・・という言葉がピッタリな感じだった。


シーンとした事務所のドアが突然開き、ビックリして二人で顔をあげると

ニヤッと笑った健吾がそこに立っていた。


「あ・・・。出張?」

「おぅ。明後日帰るけどな」


キョロキョロと事務所の中を見て、祐子さん達の姿が無いことを確認すると

健吾はカオルのデスクに腰掛けて大笑いをしてからかっていた。


「お前やっぱバカだよな〜〜」

「うるさいな・・・」

「聞いたぞ。まゆ!アノ後、随分と面白い展開になったんだってな?」


「全然面白くないけどね」

「だってよぉ〜。笑っちゃうよな〜」

「だから、、、それは!酔って覚えてないんだってば!」



健吾の大笑いにカオルが顔を真っ赤にして怒っていた。


散々健吾にバカにされ、定時を過ぎた頃に無理やりカオルとあたしは

健吾に居酒屋に連れて行かれた。


「そろそろ許してやれよ。まゆ」

「別に許すも許さないも無いけど。ただ仕事以外で話をすることも無いから

 しないだけだもの」

「・・・・・・」


無言であたしの顔を見るカオルの顔が少し淋しそうに見え、ちょっとだけ

可哀想に思えた。


「仕方ねーじゃん。お前も悪いんだぞ?」

「あたしがどうして悪いのよ」

「だってよぉ〜」


「あー!いいんだってば!俺が全部悪いんだって。その、、、酔っていたとしても

 怒らせるようなこと言ったのは俺なんだし、怒って当然だし!まゆは悪くない!

 階段から突き落とされても当然だし!外でしようとするなんて俺、最低だし!」


突然カオルが焦ったように健吾の言葉を止め必死になっている姿を見て、

思わず健吾と二人で笑ってしまった。


「まぁ、、、確かに最低だわな。外って・・・。お前はイロイロ経験豊富だなぁ〜」

「外なんかねーよ!つーか覚えて無いって言ってるだろ!」


「もういいよ。酔って覚えてないなら仕方無いし。あたしも無視してごめんね。

 お互い仕事に支障があるから、、、もう無視しないで許してあげる」

「マジで!」

「うん。でも・・・これからあたしがいる席では飲みすぎないって約束してくれたらね」


「する。分かった!」


二人で笑う顔を見て健吾が「バカのダブルは疲れるな」とニヤニヤしていた。





RRRRR・・・・・♪






バックの中の携帯が鳴り出し、手に取ると直樹からだった。


「もしもし」

「あ。まゆ?連絡遅くなってごめん。今日、こっちに来たんだ。

 今日は出られないよな」

「あ、、、う〜ん。今、健吾といるの」

「そうなんだ?じゃあ俺もそこ行くよ」


電話の感じに健吾もカオルも相手が直樹だと感じたようだった。

でも、この場に直樹が来るのは、、、ちょっと、、、マズいような。


「あ、、ううん。今日はいいよ」

「行っちゃダメ?」

「いや、、そうじゃなくて。その、、、」

「じゃあ、後からまゆの家に行ってもいいかな」


(うちですか!)


「えーと、、、いや。なら、、、あたしが行く。話もあるから」

「じゃ、後からね」


電話を切り、小さくため息が漏れた。

この前のカオルの言葉に、もうカオルのことは諦めようと自分に何度も言い聞かせた。

そして健吾の言葉に少しだけ冷静になれた自分もいた。


カオルがダメだから直樹に逃げるという選択はやはり間違っている。

だからこそ、キチンと直樹に自分の想いを伝えようと思っていた。


(やっぱり戻れない)


自分を必要としてくれる直樹に対して嬉しい気持ちは確かにあるけれど、

でも、きっと今のままならあたしは前と何も変わらない。

また流されてばかりの自分を変えるキッカケは今しか無いように思えた。


携帯をしまい前を向くと二人がこっちを黙ってみていた。


「え?どうしたの」

「いや、、、部長に、、会うの?」

「うん。ちょっと話もあるからね。もうちょっとしたら行くね」

「そっか。分かった」


しばらく二人はまた訳の分からない話をしていたが、

「俺達、ちょっと煙草買ってくるわ」と健吾がカオルを立たせた。


「え?俺、、煙草あるけど」

「じゃあお手て繋いで一緒に付き合って〜カオルちゃん」

「お前何言ってんだよ。一人で行ってこいよ」

「いいから!ほらほら!」


カオルを無理に外に連れて行く健吾に声をかけた。



「あ、、じゃあ、、あたしもう行く。あまり遅くなるのも困るし」

「まゆはもうちょっと待ってな。俺が戻るまで待て!」


人を犬のように「待て」の仕草をして止め、健吾がカオルを外に引っ張っていった。


5分ほどして戻ってきたのはカオルだけだった。


「あれ?健吾は」

「急用ができたって・・・」

「えー!なにそれ」

「分からないけど、、、いきなり帰った」

「もぅ・・・。なんだよぉ」


ブツブツ言いながら座っていたが、時計を見るともう9時になろうとしていた。


「じゃ、、あたし達も出ようか?」

「えっ、、もう?」

「もう、、、って。あたし、、これからちょっと行く所あるし」

「あ、、そうだよな。うん、、、」


店の外に出て、カオルに「じゃ、明日ね」と笑顔で手を振った。

カオルは複雑な顔をしたまま黙って何も言わずにこっちを見ていた。


「どうしたの?」

「いや、、、その。あっ!会社!」

「会社?」

「俺、忘れ物しちゃった」

「そう。じゃ、あたしはここで・・・」


カオルに背を向け歩き出そうとした時、突然手を捕まれカオルはどんどんと

歩き出していった。


「えっ!ちょっと、、、なに?え?」

「一緒に来て」

「どうしてー」

「いいから!」


あまりに早足で追いつくのが精一杯な状態に声もかけられず、カオルの背中を見ながら会社の前に着いた。


「ちょっと!どうしたの?」

「えーと、、、一緒に探してくんない?」

「なにを?」

「あ〜、、、鍵!そう!俺、鍵失くしちゃったみたいで」

「鍵ぃ?」


ハァハァ・・と息を荒くして言うカオルに仕方なく、もう一度会社に戻り中に入った。

もう祐子さんも望月さんも帰ってシーンとした会社の電気を点け

カオルのデスクの下や給湯室を探して回った。


振り返るとカオルは自分のデスクの前でただ立っているだけの姿が見えた。


「あったの?」

「いや、、、」

「もぅ・・・。どこに置いたとか覚えてないのぉ?スペアキーとかは?」

「うん、、、」


「「いや」とか「うん」とかじゃなくてー!もっと真剣に探しなさいよ!

 付き合ってやってるんだから」


「まゆ、、、これから彼氏に会うの?」

「えっ、、、あ〜、、うん。ちょっと話もあるから」

「なんの話?」

「それは、、、カオルには、、、関係無いじゃない」


自分のデスクの下を見ようと椅子を引いて覗き込んでいると、後ろからカオルが

抱きついてきた。


「ちょっと、、、また酔ってるの!」

「酔ってない・・・」

「じゃあ何!」


「行くのやめない?」

「は?」

「今日は、、、彼氏に会うの止めない?」

「何言ってるの?」


振り返ろうとすると、グッと力を入れられ動くことができなかった。


「顔、、、見ないで」

「えっ?」

「俺、、、真っ赤だから」

「もぅ・・・何言ってのか意味わかんない」


呆れた顔をして前を見たままため息をついた。

でも、、久しぶりのカオルの温かさに心臓はドキドキしていた。


「やっぱり、、見なきゃ良かった。まゆの彼氏なんか・・・

 俺より10歳も上だって聞いて、、どーせオッサンが来るんだと思ってたのに、、

 アレ反則だよ・・・・」


(そりゃ、、、そうだけど・・・)


「けど、、、お似合いだったな・・・」


胸が痛かった。

何も言えずに背中にカオルの体温を感じたまま

その場に立ち尽くすことしかできなかった。


背中にソッとカオルの頭が当たるのを感じた。


この人は他に好きな人がいるのに・・・

それなのに・・・・

こうして抱きしめられていることが嬉しいと感じてしまう自分はバカだ。


「まゆ、、、行くなよ、、、」


カオルの言葉に泣きそうになる。

今にも振り返って抱きついてしまいそうになる。

「いかなければ、側にいさせてくれるの?」と聞いてしまいそうになる。


「なんで、、、そんなこと言うのよ・・・」


泣かないように頑張って声を振り絞ったのにカオルは何も答えなかった。


「もう、、、行くから離して」

「行くなら離さない。ここで離したら、、、」

「いいから離してよ!もうこんなの止めてよ!終わったことなのに!」


カオルの力がフッと弱まり、回していた腕が外れた。

外して欲しくないくせに、、、それでも強く抱きしめて欲しかったのに、、

強がった言葉を聞いて外れてしまった腕に後悔していた。


カオルの腕から飛び出し、階段を駆け下りて外に出た。


やっぱり、、、カオルが忘れられない。

「行くな」と言われた言葉が嬉しいのに、強がって終わったことなんて

言ってしまった自分の言葉に後悔していた。




家に着き、放心状態のままソファーに座っていると直樹から電話がきた。

その瞬間まで直樹のことをスッカリ忘れていた。


「まゆ、まだ遅くなりそう?」


「直樹、、、ごめん。やっぱり会えない」

「そう。じゃあ、、明日のほうがいいね。今日は突然だったし」

「そうじゃないの。あたし、、、やっぱり直樹に戻れない。だからもう会えない」


電話の向こうの直樹の表情が読めないけれど、しばらく沈黙の後

「どうしてそう思ったの?」

と言う優しい口調にまたグッ・・と涙が溢れた。


「だって、、、辛いから直樹に逃げるみたいじゃない、、、」

「本当にそれだけ?」


本当はそれだけじゃない。

カオルが好きだから・・・

さっきの言葉が嬉しかったから。だから、、直樹に会うなというカオルの言葉に

見えていなくても従ってしまう。


「それだけ、、だよ」

「まゆ・・・。俺に気を使わないで正直に思ったこと言ってみな。そうじゃないと、

 俺もスッキリしないし、まゆもスッキリしないよ」


隠そうとしていた気持ちを当てられたような気がした。

きっと・・・直樹は気づいている。

「あたし、、、、」


言葉が詰まる。

直樹に悪いというよりも、自分を嫌なヤツだと思われたく無いから言えないの

かもしれない。


「言って・・・」


誰にも嫌われないようにしようなんて、、、あたしって最悪だ。

そんな奴、、、この人に想ってもらえる資格なんか無い。


「あたし、、」


また直樹は眠れない日が続くのかな。

あたしがカオルのこと好きだって言ったら、、悲しい顔するのかな。


「ごめ、、ん、、なさい」


涙声なあたしの言葉を聞いて直樹はしばらく黙っていた。


「まゆ。俺のこと心配してくれてるの?」


直樹の優しい口調にどうしてもカオルのことを言えない。

言うと、、傷つけてしまいそうで言葉にできない。


「心配してくれるのは嬉しい。けど、嘘をつかれるのはもっと辛いんだ。

 本当はどうしてなのか理由があるんだろ」


あたしは知らないうちに直樹をもっと傷つけていた。

言わないと、もっと傷つけてしまうんだ。


「カオルが、、、忘れらないの・・・」



「やっと素直に認めたね」


「バカだって分かってるの。もう、、、遅いって分かってる。

 直樹を選ばない自分は本当にどうしようも無いバカだって思ってる。

 けど、、あたし今、直樹に戻ったら、、また昔と同じ顔して直樹を悲しませる。

 それに、、」


少しだけ電話の向こうからクスッ・・と笑う声が聞こえた。


「もういいよ。ありがとう」

「え、、、」

「この前みたいに弱い俺を見せたら、まゆはきっともう一度考えるだろうって

 分かってたんだ。伊達に2年も一緒にいた訳じゃないからね」


「あ・・・うん」



「まゆの悪い所は素直じゃない所だよ?後、押しに弱い所。まぁ・・それが

 分かっているから俺も押したんだけどさ」


直樹が電話の向こうで少しだけ笑っていた。


「自分でそう思うなら、頑張りな。もう誰に押されても簡単に転んじゃダメだよ。

 もう俺は助けてあげないよ」


「う、、、ん、、、グスッ、、、分かった、、、」

「あ〜ぁ。もうちょっとだったのにな〜。80%こっちに傾いてたのに〜」


なんとなく、、、直樹はこんなことを言うのを分かっていたような雰囲気だった。


「直樹、、、」

「ん?」


「ありがとう」

「お礼を言われるのはちょっと複雑かなぁ。まゆが彼のこと忘れられないの

 ずっと分かってたからね。本当は会わせたくなかったんだけど、仕方無いね。

 まゆ・・・素直になるんだよ。じゃ、、、、」


切れた電話を耳に当てたまま、一人で声を出して大泣きをした。


カオルが「行かないで」と言ってくれたこと。

素直にその言葉を受け入れずに飛び出してしまったこと。

「もう終わったこと」なんて言ってしまったこと。


そして、、、直樹がもう助けてくれることは無いこと。



どれに対してか分からないけれど、

子供のように声を出していつまでも泣いていた。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ