酔った時の本音
「じゃ。ちょっとこのバカ借りま〜す」
ニコヤカに祐子さんと望月さんに挨拶をして健吾が事務所のドアを閉めた。
こっちを見た瞬間、さっきの怖い顔でグイッ・・・と顔を近づけてきた。
「お前。今日のあの電話、、、なんなんだよ」
「あ、、いや、、、その。え〜?なんのことぉ?」
「ふざけんなよ!てゆうか、なんで昨日部長と一緒にいるんだよ!」
「あ〜、、それは、、その。直樹が出張だから会わないかって言うから」
「それは良いとして。どうして「今度は着替えを持ってこい」って話になるんだ?
つーことは、、、お前もしかして昨日泊まったのか?」
「あ、、いや、、それは。だからー!健吾が想像しているようなことは無いってば!」
「はぁぁぁぁぁ?そんな子供でも分かるような嘘ついて俺が信じると思うかぁ?」
「嘘じゃないってば!本当に何も無いんだから!」
「お前はバカの上に尻まで軽いのかよ!」
「なにそれ!言い過ぎじゃないの!何もしてないったらしてないの!」
お互い睨み合いながらエレベーターの前でもめていた。
「あのぉ・・・。どうしたの?お前等」
声に振り返るとカオルが二人を見て不思議そうな顔をしていた。
「カオルも帰るのか?」
「うん。今日はもう何も無いし」
「そうか。じゃあ、、、飯でもいく?」
(えっ!じゃあ・・・あたし開放?)
健吾の視線がカオルに行っているのを確認し、ソロ〜とその場を離れようとしたが
ガシッと襟首を捕まれそのままエレベーターに乗せられた。
「健吾とまゆって・・・。飼い主とペットみたいだな」
二人の動きを笑うカオルに健吾は「こんなバカペットいらねーよ」と文句を言っていた。
三人で近くの居酒屋に入り、健吾は普通にカオルと話しをしていた。
またあたしの分からない話を笑いながらする二人を見ていると、なんだか昔のような気がして、居心地が悪いはずなのに懐かしかった。
しばらく時間が経ち、目の前のカオルの飲むペースがいつもよりも遅いことに気がつき、ジョッキを見ていた。
「カオル、、、今日は飲まないね?」
あたしの言葉に健吾がニヤッと笑いながらカオルを見ていた。
「こいつ昨日、飲みすぎてゲロゲロだったから。今日はセーブしてんだよな?」
「そんなことねーよ。ただ、、ちょっと体調が悪かったから」
「ふ〜ん。そうなんだぁ〜」
健吾のニヤニヤした顔を見て、カオルは急にピッチをあげて飲みだし、止める健吾の言葉を無視しておかわりを注文していた。
「本当にお前等・・・バカだよな」
「お前等ってなんだよ!」
「お前等ってなによ!」
お互い声がかぶり目を合わせて違う方を見た。
しばらくしてカオルが席を立った時、健吾が呆れた顔をしながら昨日ことを蒸し返した。
「お前よぉ。まだ部長のこと好きな訳?」
「そっ、、、それは、、、」
それは・・・
自分でも良く分からない。でも、直樹はまだあたしのことを必要としてくれている。
昨日、あんな風に弱い直樹を見たのは初めてだったし、淋しかったあたしを受け入れてくれた。
「流されんなよ・・・バーカ」
「健吾は、、、分からないんだよ!」
「はぁ?何を」
「何って、、、その、、、。直樹だって大変なんだよ。みんなの前で弱音なんか言えないし、統括なんだもん!それに、、健吾には冷たいかもしれないけど、、優しいとこイッパイあるんだよ・・・あれでも」
「俺が言ってんのはそんなことじゃねーよ」
「じゃあ何よ・・」
「お前が部長のことを好きなら俺は何も言わない。けど、もう終わったことだと分かっているのに、同情とか寂しいからとか、そんな理由でまたくっつくな。それだけ言いたかったんだ」
結局、、、何も言い返せなかった。
昨日直樹と一緒にいたのは、、、愛情では無かったのかもしれない。
必要としてくれたことに嬉しくなった。淋しいと気がついてくれたことにも嬉しかった。
カオルを見ていると辛くて、苦しくて、そんな気持ちに気がついてくれた。
結局あっちにいる時だって、直樹はあたしにいつも優しくしてくれた。
仕事の時は、、多少、、、放っておかれたけど。いや、、、多少じゃないけど。
でも、、、一番あたしを理解してくれているのは直樹じゃないんだろうかと
昨日改めて思った。辛い気持ちも淋しい気持ちも直樹なら分かってくれる。
「お前さ。カオルのこと好きなんだろ?」
「そんなこと無いもん。もう終わったことだし!なんでそんなこと言うの!」
「何年一緒にいると思ってんだよ。見てたら分かるよ。んなもん・・・」
健吾の顔が少しだけ心配そうな顔をしていた。
いまさら心配されても、どうにもならないけど。
「すげぇトイレ混んでんの。誰か吐いたのかな」
カオルが(やれやれ・・)という顔をして席につき、二人の会話が止まってしまった。
「昨日の誰かさんみたいにヤケ酒飲んだ奴いるんじゃねーの?」
「誰がヤケ酒なんだよ。昨日は寝不足で体調が悪かったんだよ!」
「はいはい。そうですね〜」
健吾の言葉にカオルがまたムキになってジョッキを空けていた。
カオルを見る健吾の目が馬鹿にした顔をしていた。
「じゃ。後はまゆ頼むな〜」
「ちょ!無理だよ!こんなになってるのにぃー」
あのままカオルは馬鹿みたいに飲み続け、半分意識が無い状態になるほどベロベロに酔い、吐きまではしないが足がヨロヨロになるほどに酔っ払っていた。
「だって俺、明日早いんだも〜ん。家も近いんだろ?じゃーな」
健吾は軽快な足取りで先にタクシーに乗り込み、あたしは近くのゴミ箱にやっと座っていられるような状態のカオルと二人取り残されてしまった。
「カオル・・・大丈夫?」
「・・・・・・ゥィ、、、、」
「、、、な訳・・・無いね」
(どうしよう・・・。担ぐっていっても、、、無理だし。酔いが覚めるまで、
ここに座っていたほうがいいかなぁ〜)
横目でカオルを見ていたが、突然フラフラと立ち上がり側にあった
壁や看板にぶつかりながら歩き出した。
「ちょ、、!大丈夫?」
「う、、ん、、」
急いでタクシーを止めカオルの家まで向かい、なんとか部屋の前まで
肩を貸してたどり着いた。
「カオル鍵ある?」
「ポ、、、ケット、、、」
カオルの上着のポケットから鍵を取り出し、ドアを開け中に入ろうとした時。
突然、手でドアをバンッ!と閉められた。
「ちょっ!何するのよ」
「ごめん、、、部屋、、入らない、、で」
「えぇ?」
「彼氏がいるのにノコノコ男の部屋になんか入るなよ・・・」
その言葉はショックだった・・・
あたしはそのまま、その場から動けずドアを背にしているカオルを
黙って見ていることしかできなかった。
「分かった、、、じゃあ、、あたし帰るね」
「俺と、、したかった?」
「えっ?」
急にグッと腕を捕まれ、ドアに体を強く叩きつけられた。
「痛っ、、、」
「したかったから、、、俺の家まで着いてきたんだろ?」
「アンタねぇー!」
顔を近づけてくるカオルを押しのけようとしたけれど、腕を捕まれていて動けなかった。
首筋にカオルの唇が軽く触れ、
「じゃあ外で、、、する?」と小さく囁かれた。
「何言ってんのよ!離しなさいよ!」
グッと力を入れ、少しだけ死角になっている非常階段の所に引っ張られた。
「やだバカ!離してよ!ちょっとカオル!」
目を半分閉じているような顔でジッ・・と人の顔を見た後にポツリと呟いた。
「どっちがいいか比べてみたらいいじゃん」
「はぁぁ?」
グッ・・と体を抱き寄せたカオルにやっと自由になった右手が思い切り吹っ飛んでいった。
バッチーン!!
体をねじるほど力を入れ思い切り顔を叩き、カオルを突き飛ばして
その場から逃げた。
後ろの方から凄い音が聞こえていたが、あまりに腹が立ちすぎて
そのまま振り返りもしないでカオルのアパートを飛び出した。
その日。家に帰ってもムカムカしすぎて、眠ることができなかった。
けど、、やっぱりカオルの言葉がいつまでも頭に残った。
翌日、会社に出社するとカオルの目の上と口の横に格好悪いくらい
大きな絆創膏が張り付いていた。
「あ。おはよ」
カオルの言葉を無視して、自分のデスクに座り仕事を始めた。
無視をしたことにカオルは(アレ?)というような顔をしていたが、
こっちは昨日のカオルのしたことに、たった一日でニコニコできるほどできた人間じゃない。
むしろ・・・・今日、顔を見たらまたムカついた。
目の前のデスクで普通の顔をして仕事をするカオルが視界に入る度に、
胃がムカムカしていたが、なんとか顔に出さないように午前中の仕事が終わった。
昼休みになり、思い切りカオルに背を向けて食事をしていると、
カオルの携帯が鳴っていた。
「おぅ。健吾!」
電話の相手は健吾なんだ・・・
あんなことを言われたのに、それでもまだカオルのことが気になる自分が
本当に馬鹿らしかった。
「えっ!いや、、、俺、、、自分で帰ったんだと思ってた。いつも、、知らないうちに
家で寝てるし・・・。てゆうかさ、俺、昨日飲んでる時、怪我したかな?」
自分の顔の傷を触りながら、何かを思い出そうとしているような顔をした。
「うん・・・。分かった。じゃ、、、」
電話を切ってから、こっちをチラッと見て話しかけようか、どうしようか困っている
顔をしているのが分かったけれど、思い切り無視した。
近くの席の祐子さんや望月さんに聞こえないように、カオルは椅子をコロコロと
転がし、あたしの側に来て小さい声で話しかけてきた。
「あのさ・・・。もしかして、、昨日俺のこと送ってくれた?」
「・・・・・」
「もしかして、、、朝から無視してるってことは、、、俺何か怒らせた?」
「・・・・・」
「なぁ・・。俺、、全然覚えてないんだよ」
キッ!とカオルを睨みつけ、事務所の外に引っ張って行った。
ドアを閉め、声が聞こえないか確認した後に目の前でオドオドするカオルに
昨日からのモヤモヤを全部ぶちまけた。
「アンタねぇ・・。昨日あたしに何言ったか覚えてないの?」
「うん。てゆうか、、まゆに送ってもらったことも、、、覚えてない」
少し複雑だった。いや、、かなり・・・
「家までノコノコ着いてきて俺としたかったのかって」
「えぇー!」
「家には入れたく無いから外でいいかって」
「えぇぇー!」
「彼氏と比べてみたらいいだろって」
「うえぇぇぇー!」
「アンタ、、、最低!!」
「ごめん、、、全然覚えてなくて。で・・・外でしたの?」
「するか!バカ!」
「あ、、、。それで、、この傷」
「そこまでは知らない。ただ思い切り引っ叩いた後に突き飛ばした。凄い音してたけどそのまま帰った。そんだけ。じゃーね」
「まゆ!ごめんて!俺、、そんなこと言ったなんて思ってなくて。いや、、それ以前に
全然覚えてなくて」
慌てて後ろを着いてきたカオルにクルッと振り返って真面目な顔で言った。
「もうカオルの家にはいかないから安心して。あたし部屋に入る資格無いから。」
その日から、あたしはカオルの視線を避けた。
まったく口をきかなくなった二人を見て、祐子さんも望月さんも
困った顔をしながら毎日が過ぎていった。