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直樹の弱音

すっかり健吾が出張に来ることなど忘れていたが、

どうやら予定通りに東京に来ていたらしく

最終日に自分の都合で仕事を無理やり終わらせ

昼過ぎに連絡があり会社に来ることになった。



相変わらず健吾は勢いで生きていると思った・・・


朝、祐子さんにその話をすると、

「そうねぇ・・・まゆちゃんの元上司でしょ?まぁ仕事はできそうねぇ。

 でも、あっちの会社の都合もあるだろうし・・・

 その辺は希望聞いてあげないと。とりあえず話を聞いてからね」


カオルとチラッと目が合い、好感触な祐子さんの言葉に

二人でニコッと笑った。


「アイツ凄いな〜!さすが勢いの男だな。俺なら怖くて北海道になんか就職できねーよ・・」

「ちょっと・・・よくそれで人に「こっちに来い」とか言ったよね?しんじらんない」


「いや、それは男と女は違うだろぉ・・・」

「違わないよ!自分だって逆なら尻込みするでしょ?」


延々と昔のことを小声で言い合っていた。


健吾が来て応接フロアのほうで話をしている声が聞こえた。

それなりに健吾は口がうまい。祐子さんの声も

優しい感じに聞こえてきたので、大丈夫だと確信した。


コソコソとカオルと

「健吾決まりそうだね」と言っていた。

ちょっと弱みを握られているのは良くないが、仕事の面では大歓迎だった。


「じゃ、一応話は聞けたし社長もその気があるなら採用してもいいってさ。

そうだな〜 8月くらいなら来れるかな? まぁ、また連絡するよ」


そう言って元気に帰っていった。


「なんだか賑やかそうな人ね。けど、なかなかシッカリしてそうだし

 これでスタッフの心配は無くなったわね。

 まぁ〜まだ2〜3ヵ月後だし、それまではまゆちゃんが頑張ってね。

 彼が来るまでうちの会社潰しちゃダメよ?」


そう言って祐子さんも安心したようにニコニコしていた。

そんな祐子さんを見て、カオルと二人で

「よかったね」と小さい声で言い笑った。


少しずつカオルも前と同じに接してくれることにも安心した。

これで健吾も来てくれる・・・

最初の不安が消えていった。


まだ全部とは言えないけれど、カオルも思っていた以上にあたしに

自分の彼女の話はしなかった。しなかった・・・というよりも<一切>しなかった。

聞いてみたいような、でも聞くとショックを受けそうな、どちらにしろ

自分からその話を気軽に振れることは性格上できなかった。


その夜、みんなに珈琲を入れようと奥の給湯室でお湯を沸かしていると、

デスクに置いた自分の携帯が鳴りだした。


ちょうどお湯を使っていたので、

「後からかけ直せばいいか・・・ どーせお母さんかも?」

そんなことを思いながら無視をしていた。


その音が少しずつ大きくなったことに後ろを振り向くと、

カオルが携帯を持ってきてくれた。


「これ。鳴ってる・・・」

「あ。ありがと。わざわざごめんね」

そう言って受け取ると画面には<向田 直樹>の文字があった。


咄嗟にカオルの顔を見た・・・


「彼氏から。早くでたら」そう言ってそのまま席に戻っていった。


別れたことを隠しているくせに、カオルに直樹の電話を見られたことが

内心(しまった!)と思っていた。


「あ。もしもし・・・」

「まだ仕事?今、大丈夫かな」

「うん。いいよ。直樹も仕事なんじゃないの」

「あ・・うん。あのさ、マツからさっき話聞いて」


健吾はやっ!もう直樹に言ったんだ・・・

ちょっと怒られるかと思い慌てた。


「あ、、、ごめん。その、、転職したいって言ってたから・・・

 その、、どうかなって、、、」


「いや。それはいいんだけどさ。マツがやりたいなら構わないよ?

 マツからまゆのこと聞いてちょっと電話してみようかと思ってさ」


「あ・・・そうなの?怒って電話してきたんじゃないの?

 この忙しいのに勝手にうちの人材を引き抜きして!って」


怒っていなかったことにホッとした。

統括ならそんな所も直樹の管轄内かと思い、てっきり文句の電話かと思っていた。


「俺もマツが側にいれば、まゆも頼れるんじゃないかと思うし。

 それはマツが決めることだから問題無いよ。うちは人数いるしね。

 で、どう?サッパリ俺に助けを求めてこないけど順調?」


どことなく話が筒抜けな気がして、ソロ〜と事務所を移動した。

カオルが「彼氏から」と言ったのを祐子さんが聞き、こっちをチラチラ見ていた。


「あ、、、ちょっと待ってね」直樹にそう言って、

事務所の外に行き、エレベーターの前の小さなイスに座り話を続けた。


「うん。まぁまぁかな。でも、やっぱり直樹の言ってることは

 正しいこともあったかなって。結構断られちゃった。

 やっぱりバックに有名な社名があると違うね・・・」


そんな弱音は今の所、直樹にしか言えなかった。

祐子さんに「ここの会社が小さいから」なんて言えない。

健吾に言っても「だよな〜」程度だと思った。


「どこのメーカー?」

「え、、どうして?」

「いや。もしそんなに大きな金額と数量じゃ無いなら俺から言ってあげようか?」


「え・・・・ そんなことできるの?」


「いや、俺が金出す訳じゃないけど。ちょっとでも助言すれば

 少し違うかなってさ。もしまゆさえ嫌じゃないなら、

 来週、そっちに出張あるから一度話聞こうか?

 社長に金額の枠と支払方法を聞いてきて。あとは・・・・」


直樹はいろいろと仕事に関してアドバイスしてくれた。

詳しいことは祐子さんにFAXするから見てもらいなさいと言い、

なにやら書類を送ってくれることになった。


(やっぱり違うよなぁ・・・・あたしと次元が・・・)



「じゃ、来週の金曜の夜ならいいかな?

 まゆの会社の住所わからないから、後からメールして。

 で、適当に待ち合わせよう?俺も愚痴聞いてもらうよ。もう安心して」



事務所に戻り、席に着くと祐子さんがこっちを見て

「向田さん?」と聞いた。

「あ・・・はい。あの仕事のことで・・・」

そう言い、さっきの話を言った。


カオルも聞いていると思い、

<あくまで仕事の話でした>という感じで話をしたが、

あまり意味が無いよな・・そんなことを思いながら祐子さんに説明した。



「やっぱりこの道が長いと言うこと違うわねぇ〜。顔は良いは仕事は出来るは・・

 彼ってさ、完璧って感じよねぇ〜」


「あ、、そ、、そうですね」

「う〜ん。凄いなぁ」


祐子さんが褒めれば褒めるほど、なんだか居心地が悪くて

どんな顔をして答えていいのか分からなかった。




チラッとカオルの顔を見たが、こっちを見ないで黙々と

パソコンを打っていた。


(せっかく最近はなんだかニコニコしていたのになぁ・・・・)


これでいいはずなのに、なんだか気持ちが落ち込んだ・・・

その翌日からまたカオルはあまり口を聞いてくれなくなった。

なにか仕事のことで話をする以外は目も合わせずただ黙々と仕事をした。

そんな気まずい空気で毎日が過ぎていった・・・・


金曜日。直樹からのFAXの質問通りに祐子さんが回答をし、

それをプリントアウトした紙を渡してきた。


「じゃ、今日向田さんに会うんでしょ?これお願いね」



そして小さい声で

「これで復活したりして?」とクスクス笑った。


「いや。もうそれは無いです・・・」


会社を出る時もカオルは顔色ひとつ変えることなく

「お疲れさま」とだけ言い、黙ってパソコンに向っていた。


夕方の6時頃、みんなよりかなり早めに会社を出た。

外に出て「はぁ・・・・疲れた」とため息と一緒に言葉が漏れた。

きっと今日会うことで、もっと付き合っていることを深く確信するんだろうと

思うと、それで良いと思っている反面、内心複雑だった。


前もって連絡をもらった待ち合わせ場所に行くと、もう直樹がいた。


「お久しぶり」そう言ってテーブルに着くと、

「ん。元気そうだね」といつもの笑顔の直樹だった。


そして祐子さんから渡された書類を見せた。

しばらく難しそうな顔をして見た後、

「うん。じゃ、戻ったら連絡してみるよ。たぶん大丈夫だと

 思うからさ。でも、頼むぞ〜 もし支払いとかしなかったら

 俺の信用に関わるからな。まゆだから信用するんだぞ?」と

ニッコリ笑って言った。



「うん。大丈夫。直樹の顔を潰すことは絶対しないから!」

調子の良い顔でニヤニヤとお願いすると、その顔を見てまた笑っていた。


軽くそこで食事をすることにし、お互いの近況などを話していた。

久しぶりに会ったけれど、まだ辞めてから3ヶ月しか経っていないので

それほど直樹に見た目の変化は無かった。


「で、直樹の愚痴は?聞いてあげるよ」



「ん?そうだなぁ・・・思ったより統括が大変かな。

 これなら前のほうが楽だったし、なんだか毎日疲れるよ・・・」

そう言って苦笑いをした。


「ふ〜ん・・・あたし直樹が「疲れた」って言うのはじめて聞いたかも」


「だってもう格好つけても、仕方ないだろ?

 俺捨てられちゃったし。こんなイイ男を捨てるやつの顔が

 見たいね。俺なら絶対捨てないな」

オーバーに言いながらこっちを見て笑った。


「本当だね?顔が見てみたいね」



なんだかそんな直樹の顔を見て安心した。


それからも直樹は上司の不満などを笑いを交ぜて言い、

二人で大笑いをしていた。


「もっと格好つけなきゃ、こうやっていつも笑えたのにな」


「でも別れてなきゃ言えないこともあったし。たぶん直樹とは

 どっちにしても別れたと思うから・・・

 あたし器小さいからさ。ちょっとのことでへこむしね」


「そうだな。俺も別れてなきゃ、きっと不満とか愚痴は

 言ってないな。幻滅されると思うと言えないからさ」


あんなに完璧だと思っていた人も案外脆い部分もあると改めて感じた。

何処と無く(もったいな〜い)という気持ちもあったが、

直樹にはもっと大人で素敵な人が似合うんだろうなと感じた。


「仕事でピリピリしてるんだって?健吾が怖いって言ってたよ」

「ん?まーね。でもそうしないとさ。仕事だから」


直樹も辛いポジションだな・・と感じた。

上にいけば行くほど弱音を吐けないんだなぁ。

目の前の直樹が急に可哀想になり、一人で暗いあの部屋に

毎日疲れた顔で帰る直樹が頭に浮かんだ。


「これからは愚痴聞いてあげるから、あんまりピリピリしないほうがいいよ?

 もうあたしに遠慮しないで言えるでしょ。そんな人が一人はいたほうがいいよ!

 直樹、格好つける人だからストレス溜まって体壊しちゃうよ」


一瞬だけジッ・・と見て何か言いたそうな顔をした直樹に

「ん?」と言うと、またいつもの顔に戻し笑った。


「そうだな。これからも愚痴が溜まったら聞いてもらうよ。

 心の広い昔の彼女で俺は幸せだな」と目の前のグラスを全部空けた。


フッ・・とたまに見せる疲れた表情が少しに気になりながらしばらくして店を出た。


「じゃ、仕事のことで先方に連絡ついたらまた電話するから」

「うん。じゃあ、あたしもまた何かあったら連絡するね。

 今日はありがと。お世話になりま〜す」そう頭を下げた。


「今日はしなくていい?最高なキスは」

隣に立ち、軽く肩に手を置きながら聞いた。


「ん・・・たぶんするとそれ以上して欲しくなるからいいよ」

そんな気は無いくせに悪戯っぽい顔をしてそう言った。


「いいよ俺は。まだ早いし、なんなら朝まで付き合うよ?

 俺のこと一番って言わせたいしさ」少し嫌味を込めながら、ニッコリと笑った。


「だからキス<は>一番て言ったじゃない?じゃ、連絡待ってる」

そう言って肩の手を軽く抓った。


直樹はいつもの笑顔で軽く手を振り歩いていった。


(大丈夫なのかなぁ・・・)


初めて聞いた直樹の弱音に胸が痛くなった。

いつも強そうに見えた直樹だったのに、本当は言えないことが沢山あったんだ

と思うと、消えていく後姿がいつもよりも小さく見えた。


(でも、もう別れたんだもの。だから愚痴だって教えてくれたんだし!)


クルリと背を向け、直樹と逆の方向に足を向けた。


時計を見ると9時少し前だった。

もし直樹が上手く話しをつけてくれたなら、諦めた希望の品が入る。

他に妥協した商品をもう一度チェックしておかないと!


明日でもよかったが、家から数分の会社だし・・・・

家に帰ってもすることが無いし・・そう思い、真っ直ぐ会社に戻った。


<することが無い>と感じる自分が我ながら寒いなと思ったが、

今の気持ちじゃきっと納得のいく恋愛なんか出来ないだろうと思った。

焦ると良いこと無いしね・・・・ 自分で自分を慰めながら会社に戻った。

外から事務所の窓を見ると電気がついていた。


(ほ〜ら。どーせ裕子さんはいると思ったんだ〜)


ちょっと気分が軽くなりさっきの話を報告しようと思い急いで事務所に戻った。

事務所のドアを開けると、そこにはカオルがいた。


「あれ、祐子さん帰ったの?」

「あ〜えーと、望月さんとなんだか仕事の話で誰かに会うって」


ちょっと驚いた顔をしてカオルがそう言った。


「そうなんだぁ、、、」

ちょっとガッカリしながら自分のデスクに座り、書類をだしチェックを始めた。


(せっかく喜ばせてあげようと思ったのになぁ)



「あの、、、もう帰ってきたの?」

「え、、そうだけど?どうして」

「いや・・彼氏と会ってたんだろ?」


「あ〜まぁ・・・ でもほら、仕事のことで会ったから。

 今日はそれだけだったの!うん。あたしも忙しいし」


慌てて言うあたしを見て、少し怪しんだ顔をしながら

「そうなんだ?」と言い、またパソコンに向った。


それから1時間ほど、お互いなにも言わずに仕事をした。




「まゆさ・・・・」



いきなりシーンとしていた所に急に呼ばれてビックリして顔をあげた。


「そんなことばかりしてると、彼氏、嫌気さすんじゃない?

 もっと会えた時くらい、、その、、一緒にいたら?」


「あ・・・うん・・・・」


「本当は上手く行ってないんだろ?そうじゃなきゃお前付き合ってる時そんなことしないだろ」


確かに付き合っていたら、こんな所には戻ってこない。

きっと今ごろ直樹とまだ一緒にいる。

でもいまさら、そんなことを言われてなにも答えられなかった。


「そんなこと言うなら・・・カオルだってじゃない。カオルだって上手く行ってたらこんなに仕事ばかりで放っておくことしないじゃない・・・」


その言葉にカオルも黙っていた。

お互いシーンとしながら、また黙って仕事を進めた。



しばらくして静かな部屋に「キュ〜」とカオルのお腹の音が聞こえ、思わず「プッ・・」と吹き出した。


時計はもう11時をまわっていた。

「なにか食べて帰ろうか?」そう言ってカオルを見た。


「んじゃ、もう今日は帰ろうか?」


大きく伸びをしてカオルも帰り支度をした。

外に出て近くのラーメン屋さんに入り、食事を終え家に向って歩いた。


「で。どうなの?本当のとこは」

二回も夕食をとり、苦しくてお腹が痛くなりそうな

あたしに向ってカオルが聞いてきた。


「へ、なにが?」

「彼氏のこと・・・ さっき途中で話すり替えただろ?」

「あ・・・でもカオルだってちゃんと答えてないでしょ?」

「だから俺のことはいいんだってば。まゆのこと聞いてるんだって」

「ちょっと〜普通、人に物を聞くときはまずは自分からでしょ?」

「なにヘ理屈言ってんだよ」



別にいまさら直樹に会ったとしても帰る以外なにも無い。

うまく説明ができない上に、嘘ついてるんだから言える訳が無い。


「てゆうかさ。それ言ってどうにかなるの?

 自分だって彼女いるんでしょ?そんなこと聞いてどうするの」


「だからさ、、、 もし、、その、、」


困った顔をしながらポツポツと言葉を考えならが言う

カオルの顔を見ながら、変に期待している自分がいた。


(わ!もし上手くいって無いなら俺も彼女と別れて・・とか言う?言っちゃう?)


次の言葉次第では、もうバラしてしまってもいいや!

そんなことを内心思いながら、次の言葉を待った。


ピピピピピ・・・ピピピピ・・・


カオルの首にかけたストラップの先の携帯が光った。

暗闇でその光った文字が<由美>と浮んでいた。


その文字を見て、なにくわぬ顔でカオルは電話にでた。


「もしもし。どした?・・・・あぁ・・・うん。まだ仕事だから。

 いや、今週も仕事休めないから付き合えない。あぁ・・じゃーな」


携帯をとじ、

「あ・・ごめん。で・・・さっきの続きは〜 え〜と」


今、目の前でのやりとりを聞く限りでは、カオルも上手くいっているとは思えなかった。

それに、、、こんなに冷たいカオルを見たことは無かった。


いつも一緒にいた時は文句は言っても、最後はあたしのわがままを

絶対聞いてくれたのに・・・・

長く付き合うとカオルもこうなってしまうのかなぁ・・・

そんなことを考えながら黙っていた。


「本当はもう別れそうなのか?」


内心(本当はもう別かれているんですよ!参りましたね。この空気)と

思いながら黙っていた。

それよりも彼女からの電話の後に、こうも簡単にこっちの話をする

カオルが内心「どうよ?」と思っていた。


「どこか飲みに行かない?立って話すのもなんだし」

なにも言わないあたしにカオルはそう言い顔を覗き込んだ。


「でも、カオルの家ってここから遠いでしょ?

 それに、車だって会社に置いたままだし・・・」


「あれ・・・知らないの?俺、引越したんだよ。前の家って

 会社契約だから出されたし。今、歩いて出勤してるし・・・

 車も会社に置きっぱなしだけど・・・まさか気がついてなかったの」


「え・・・・だって、朝あたしより早いし、、帰りだって遅いから全然知らなかった・・・」


聞くとあたしの家とそう遠くない所に引っ越したと言っていた。


「でもこの辺ってあんまり飲みに行く所も無いか・・・

 じゃ、俺の家に来る?ここからなら俺の家のほうが近いし」


一瞬、もし家に行って彼女の写真とかあったりしたら、

立ち直れない・・・・そう思っていた。

それに家にいる時に彼女が来たりしたら・・・・


「あの、でも、、、彼女が来るかもしれないでしょ?なら、、うちのほうが」


(うわ!彼女持ちなのに家にって言っちゃった・・・)


「あ〜・・・いや、、、それは無いけど・・・

 それならまゆの家だって彼氏が来るかもしれないじゃん。

 今、東京にいるんだし・・・・いきなり来るかも・・・」


(ない!ない!)と思ったが、どう説明していいか分からなかった。


「いや、やっぱ俺の家で。いこ!」


そう言ってカオルは急いで歩いていった。

内心動揺しながらも、それ以上なにも言えずに着いていった。


カオルの家はあたしの家とは逆側の会社から数分の場所にあった。


そこは前の部屋とそう雰囲気が変わらないくらいスッキリとした部屋だった。


(なんだか女の気配がしない部屋だなぁ・・・)


そう思いながらキョロキョロと部屋を見た。

どこにも彼女の空気を感じることはないその部屋に不思議な感覚すらあった。


「あんまりジロジロ見るなよ・・・別に前とそう変わらないだろ?」

そう言ってビールをテーブルに置いた。


「あ・・あたしビールはいいや。飲めないから」

そう言うと、お茶のペットボトルを目の前に置き、

「じゃ、これね」と言い、ソファーの隣に座った。


隣で普通の顔をしてビールを飲むカオルに、


「あの・・・なんだかこの部屋って女の匂いが無いね。引っ越してから彼女来てないとか?」

部屋をキョロキョロ見ながら聞いた。


「えっ・・そう?そんな感じする?どこが」

「う〜ん。だって前なら一緒の写真とか飾ってたじゃない?

 あと、、、ほら、歯ブラシとか無いし、タオルとかも。あとは〜」


「俺のことはいいんだけどさ。そっちは?本当のとこはどうなってんの?

 今日だってあんなに早く帰ってくるし・・こっち来てから始めてじゃないの?

 その、、会ったのって」


「えっ・・・そう?だって仕事あったし、あっちも朝早いし、

 それに、あたしも早いし、その・・・」


本当に自分が日本人なんだろうか?というような話し方だった。

なんだかもう嘘をつくことに少し疲れを感じた・・・

けど、いまさら言ってもなぁ・・・ 格好悪いよなぁ・・・


そう思うとやはり本当のことは言えずにヘラヘラと愛想笑いをする他無かった。


「もしかして・・・もう別れてるとか?」


ズバリ言われて、かなり慌てた。

目が少し泳いじゃってるし!


「そ、、そんな訳無いじゃない!今日会ってるんだよ?

 別れてたら会う訳無いじゃない。なに言ってんの」


「だよなぁ・・・そんな訳無いか・・・・」

そう言ってビールを全部飲み、カンッ!と音をさせテーブルに置いた。


ふと見たパソコンが昔と変わっていた。


「あれ?パソコン変えたんだ。あたしもこれ欲しいなって思ってたんだよね」

「マックって意味わかんねーぞ。まぁ、、俺も形で買ったんだけど」

「ふーん。あたしも買おうかなぁ・・・」

そのうちお互い話を忘れて、パソコンの話になっていた。


「買ったら接続してやるよ。どーせわかんねーだろ」

「うーん。そうだなぁ・・けど今ってもうあまりしないしなぁ」

「夜とかなにしてんの?」


「別に?何ってこと無いかな・・・ ダラ〜としてる」

「彼氏は電話とかしてこないの?メッセとかでもいいじゃん。スカイプとか」

「しないよ・・・・ いまさら」

「いまさらって?」

「おぅ・・・なんでもない。そんな暇無い人だから・・・ い、、忙しいし」


もうこれ以上突っ込まれたら絶対バレてしまう!

「あっ!もう帰る!お邪魔しました!」

カオルの顔も見ないで急いで玄関に行った。


「え・・・まだ全然話聞いてないけど。まぁ、、もう遅いから仕方無いか。じゃ、送るよ」

そう言って一緒に玄関まで来た。


「いいよ!大丈夫だから。走って帰るから!それにもう歳だから

 痴漢にも会わないし。大丈夫!」慌てて玄関を飛び出した。


そのまま家まで早足で何事もなく帰った。

家につき玄関に入り


「ヤバかったぁ・・・ おまけに「歳だから大丈夫!」って、

 自分で言うなよ、、、あたし。本当はまだイケるって思ってるのに」



息を少しあげながら独り言を言った。

そして、チラリと見たカオルの家の食器棚にあたしのカップがまだあったことを

少しだけ嬉しく思う反面、複雑な気持ちになった・・・・



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