気まずい初出社
お互いなにも言えずに黙っていた・・・・
かなりの間があき、先にカオルが口を開いた。
「あの・・・なにしてんの?ここで」
「カオルこそ・・・なにしてんの?」
「いや、俺は、、ここに転職したの・・・」
「あたしも、、、ここに・・・転職したの・・・」
なにが起こっているのか訳がわからず、ただ黙ってカオルの顔を見ていた。
カオルも驚いた顔をして見ていた。
「だって、花嫁修業って・・・」
「それは・・・・そのぉ、、、、」
瞬間的に健吾の顔が浮んだ。
アイツ知ってたな!!そう思いバックの中の携帯を探した。
それを見て、カオルも慌てて首から提げた携帯を持ち、なにやら番号を探していた。
「ちょ・・健吾にかけるならあたしがする!」
「いや!俺がするからいい!」
二人で携帯を持ち健吾の番号を探した。
タッチの差でカオルに先を越され、健吾と電話が繋がった。
「おい!お前ふざけんなよ!なに黙ってんだよ!知ってたのかよ!」
健吾に電話が繋がり、
隣でワーワーと言うカオルの携帯を奪い電話に出た。
首からかかったストラップの紐を引っ張りすぎて、
「痛いって!ちょ・・もっとゆるめて!まゆちょっと!」と
カオルが騒いでいたが、そんなのは無視した。
「健吾全部知ってたの!!なんで教えてくれないの!」
「え?面白いかな〜って。あはは」悪戯が成功したような声で嬉しそうに笑った。
「面白いって・・・ちょっとソレどうなの!」
「だってお前がカオルに言うなって言ったんだぞ?俺、言ってないもん」
ケロリとした声でそう言った。
またカオルに電話を奪われ、
「お前なぁ〜 なんで隠してたんだよ!」そう健吾に文句を言った。
慌ててカオルと逆側のほうに耳をつけ健吾の返答を聞いた。
「だって〜 カオル余計なことまゆに言うなって言ったろ?
だからこれは余計なことかな〜 って思って。ひひひ」
明らかに嬉しそうな声が少し曇って聞こえた。
「だから!その、確かに余計なこと言うなって言ったけど、
お前・・・これは・・・余計どころか肝心なことだろぉ?」
ヘナヘナとした声でカオルが言った。
「だって〜 まゆにもカオルに余計なこと言うなって言われたんだもん。
アイツ怒ると怖いから、怯えてそれを守ったの!
じゃ、俺いまから外出だからさ。また電話するわ。
似た者同士頑張れよ!じゃ〜〜ねぇ〜〜ん」
そう言って電話は切れた。
お互い一つの携帯に耳をつけたままの形で止まっていた。
携帯越しにカオルの体温が伝わり、その格好が
あまりにピッタリとくっ付いていたことに、慌てて離れた。
パクッ・・と音をさせ携帯を閉じ、カオルは黙って前を向いていた。
微妙な空気が流れたまま、お互いなにも言わずに
その場に並んで立っていた。
なにを言えばいいのか動揺したままイロイロと考えた。
けど、あまりに予想外のことで頭の中は真っ白だった。
「東京・・・・」
「え?・・・・」
「東京に住むの?」
「あ・・・うん」
「仕事なら来られるんだな」
そう言ってカオルはなにも言わずに歩いていった。
一気に昔のことが頭に甦った。
昔、カオルが自分の元に来てくれと言われた時、
確かに今の仕事を始めたばかりで辞めたくなかった。
けれど、問題はそれ以外にも山のようにあり、もしもこっちに来て
しばらくカオルと一緒に二人だけで住むとしても、
じきに結婚となればカオルの実家に移りちょっと怖いお母さんと
同居しなければならなかった、まだ付き合って1年も経っていないのに、
そんなことを言われ、どうしていいのか分らず結局は
カオルじゃなく、もっと身近な直樹を選んでしまった。
カオルのことは大好きだったけれど、不安が大きくて
結局直樹に逃げた・・・
確かに直樹のことも好きだったので、そう自分で選択したのだが、
一度だってカオルのことを嫌いと感じたことはなかった。
ただ、カオルの実家に行くことを「嫌だ!」と言いきることが
できなかったのは、そんなわがままを言うと嫌われると感じたし、
そこまでジックリと結婚を考えたことは無かった。
普通でいえば、もうとっくにしていてもおかしくない歳なのに、
楽しいことばかり優先して、生々しい現実には背を向けた。
それがカオルとの破局の一番の原因だとわかっていた。
そのままの場所にどうすることもできずに立ったままで
そんな昔のことを考えた。
さっきの態度からしても、カオルは怒っている・・・
(まいったなぁ・・・・もぅ)
そう思いながら、とりあえずデスクがある方へ歩いていった。
デスクが2つ向き合う形で並べてあり、その横に並んで2つ
少し大きめのデスクがあった。
これはどう見ても、あたしとカオルは向き合った形だと思った。
一つのデスクにカオルが不機嫌そうな顔をして座っていた。
その正面のまだなにも置いていないデスクの近くにいき、
気まずそうな顔をしてイスに座った。
目線がカオルとちょうど真正面だった。
チラッとこっちを見て、また黙って目の前のノートパソコンに目をうつした。
(確かに・・・パソコン関係の会社にいたから得意分野だよなぁ・・)
そう思いながら、自分のバックからアドレス帳を出し、
どこのメーカーから電話しようか考えた。
例えカオルがいたとしても、逃げて帰ることはできない。。
もうここしか自分の場所は無いのだから。
「あの・・・・・なにか書くものあるかな?」
ニッコリと笑いかけたが、
カオルは自分の目の前にあったメモ帳をポンッとあたしの机に投げた。
「あ、、ありがと・・・・」
物凄いやりずらいんですけど・・・・・
そんな時、ドアから祐子さんと望月さんが入ってきた。
祐子さんの顔を見て慌てて立ち上がった。
と、同時にカオルも望月さんの顔を見て立ち上がった。
望月さんが慌てて、
「俺は知らなかったんだって!本当に!無実だって」
と手を前にアワアワ振っていた。
望月さんから祐子さんに目線をうつしカオルが
「ちょっと、部長。これどーゆーことですか?ちゃんと説明して
もらえませんか?なんでここにまゆが・・あ・・吉本さんが
いるんですか」
<まゆ>から<吉本さん>に言い換えたカオルが
本気で怒っているんだと感じた。
(え〜 あたしもいまさら矢吹さんとか言うの?言いづら〜い)
「うーん。そうねぇ・・・」
あまり顔色を変えないで祐子さんが話しだした。
「私は矢吹君の仕事ぶりも良いって思ってた。最初望月から
矢吹君を引き抜きたいって言われて、本当に来てくれるなら
これほど嬉しいことは無いと思ったわ。
それに、まゆちゃんね。昔から絶対仕事面では良いって思ってたの。
この仕事に決めた時に、一番にまゆちゃんの顔が浮んだ。
大変だったんだから〜 わざわざ北海道まで行ってまゆちゃんの
彼氏説得して・・・・」
そこまで言った祐子さんが
(「説得して、別れてまで来てくれたのよ」)と言うんじゃないかと
慌てて話を途中で切り
「あの、いいんです。あたしは問題無いです!」
そう大きな声で言った。
そんなあたしをカオルは黙って見て、
「まぁ・・・俺も問題無いです。もう昔のことだから」
そう言って自分の席に座った。
頭の中でカオルが言った(昔のことだから)そればかりが延々と回った。
「そう?ならいいわね。ちょっと二人が揃うまでドキドキしたんだけど、
まぁ・・・・これから頑張りましょ?弱小会社なんだから
みんな仲良くしましょうね」
そう言って祐子さんは自分のデスクに座り涼しい顔で仕事を始めた。
あたしも黙って立っているのも変だと思い、またイスに座った。
カオルが打つキーボードの音が部屋に響いている。
すぐ顔をあげればカオルがいる・・・その現実に本当はかなり
動揺をしているのに、なんてことない顔をして
メモ用紙にメーカーの電話番号を書き写した。
(後から祐子さんには山のように聞いてやる!・・・くっそ!)
「あの、祐子さん・・・・あ・・なんて呼べばいいですか?
やっぱり社長?ですかね・・・」そう祐子さんに言った。
「社長?なんかインチキ臭いわね。私が言われると。
でもまぁ・・・基本的にはそうなんだけど、どうしようかなぁ〜
けど、仕事の時はキッチリしたほうがいいわね。
誰か社外の人がいる時はそうして。普段はいいわ。
なんだか背中が痒くなるから」そう言ってクスクス笑った。
「望月さんは?」
カオルが望月さんのほうを見て言った。
「俺?俺はぁ・・・・いまのままで。社外の人がいる時でも
「うちの望月が〜」でいいよ。実際のとこも祐子が全部やるし」
「わかりました。じゃあ・・部長のこと俺、祐子さんて呼ぶんですか?
それはちょっと・・・・なんだかなぁ〜」
そう言って苦笑いをしていた。
「しばらくは部長でいいわよ。もうそれが名前みたいなもんでしょ?」
そう言って祐子さんも笑いながらカオルを見た。
「じゃあ・・・まゆちゃんのことは?」望月さんがこっちを見て言った。
「俺は吉本さんで」そう言ってカオルはまた黙ってパソコンを見ていた。
そんな微妙な空気を望月さんも祐子さんも感じ、
「ま。みんなまだ好きなように呼びましょう!」そう言って話を締めた。
(すっごいヤりずらい!!)
そう心の中で叫びながら
電話をとり、感触のよかったメーカーに電話をしようとした。
「あ・・・あの、社名は?こっちから名乗る時なんて言えば?」
受話器をもう一度下ろして祐子さんを見た。
「あ。これまゆちゃんの名刺ね」そう言って1ケース渡された。
「なんとなく今っぽい会社って感じの名前ですね」
社名を確認してから、また受話器を持った。
「あの・・金額の枠や主体の商品とか・・・
全然聞いてませんでした・・・ まずそこから教えてください」
そう言ってまた受話器を下ろした。
実際かなり動揺していて、なにからすればいいか慌てていた。
「まゆちゃ〜ん・・・・いくら目の前にタイプな男がいたとしても、
そんなに慌てないでくれない?」
(悪意は無いだろうけれど、今はそれを言うタイミングでは決して無いですよ祐子さん)
「じゃ、とりあえずみんなでミーティングしましょうか!」
祐子さんが手をパンッと叩き、みんなに言った。
言われた言葉があまりにも、今の状況に不適切で倒れそうになった。
なにも聞こえなかったような顔をして言われたまま
テーブルのほうにみんなで集まった。
「と・・・まぁ。こんな所ね。私も少しだけ買い付けについて勉強
してみたの。まぁ・・・やっぱりセンスが最大の問題だけど、
金銭面での管理は私のほうが少しは上だから、しばらくは
私がまゆちゃんの仕事付き合うから。
で、矢吹君と打ち合わせしながら写真とかその辺決めましょ?」
軽く2〜3時間かかった最初のミーティングで、大体扱いたい
商品を卸してくれるメーカーの検討はついた。
自分の専用のパソコンをオンにし、各会社に挨拶と
簡単な「こちらの会社に移りました」とメールを送った。
ほとんどの所は仲良しのメーカーさんで、会社を通してと
いうよりも、個人的に仲が良い所に最初はアクセスした。
ふと時計を見ると、もう9時を過ぎていた。
けど、みんな黙々と仕事をしていて、一体いつになったら手が
止まるんだろう・・・・と内心思っていた。
「じゃ、今日はこれくらいにしましょうか?」
それから1時間を過ぎた頃に、祐子さんが言い、やっとみんなの手が止まった。
みんなで一緒に事務所を出て、
「今日はやっと全員が集まったから一緒に食事しましょうよ〜!」
と言う祐子さんの案に従うしかなかった・・・
本当は今にも祐子さんを引っ張っていき、いろいろ聞きたいことも
山ほどあったが、すっかり望月さんも祐子さんの案に同意し、
カオルも何も言わない状態で、一人だけそんな行動ができず、ただ黙ってついていった。
「じゃ、近場にいい所見つけたの!」という祐子さんは
どんどん前を歩いていき、その隣を望月さんが歩いていた。
その少し後ろにカオルがいて、あたしは一番後ろを
なんとも言えない気分で歩いていた。
(あぁ・・・これからどうなるんだろぅ・・・)
仕事をしている時は少しだけ気まずいことを忘れていたが、
こう思いっきりプライベートになると、結構キツかった。
トボトボと下を見ながら歩いてついていった・・・
いきなりなにかにぶつかり、慌てて前を見ると、
カオルが立ち止まっていた。
「健吾にも聞きたいことがあるけど、まゆにも聞きたいこと
山ほどあるから・・・」
そう言ってこっちを見ていた。
(うわぁ〜 目が怒ってる・・・・ どうしよう・・・)
直樹のことを言うと心配して連絡してくるかも・・・・
なんて甘っちょろいもんじゃなく、これから毎日顔を合わせるのに
絶対別れたなんか言えない。
頭の中でどう言えばそのことがバレないか一生懸命に考えた。
隣に並んで歩きながら、カオルが口を開いた。
「この話ってさ。この前会った時にはもう決まってたの?」
「あ〜、、うん。1月頃に・・・」
「だから辞めたんだ」
「うん・・・・」
しばらく黙ったまま歩いた。
けど、それほど怒らなくていいのに・・・・
もうあの頃と今とじゃいろいろ状況が変わってるのになぁ・・・
「でさ。彼氏は?」
(うわっ!きたー!)
「あ・・・うん。ちゃんと理解してくれてる。あっちも仕事忙しいから」
口からでまかせを言った。もしこれで、カオルに彼女がいないのならば、
もうここまで毎日会うことになった今、言ってもよかったが、
いまさらそんなことは言えない・・・
「ふ〜ん・・・さすが大人の男だね。俺なら絶対ダメって言うな。
まゆって遠距離好きなんじゃないの?自分から来るなんて」
そう言って、少し先に早足で歩いていった。
店につき祐子さんと望月さんは明るく食事をしていた。
それとは打って変わってあたしとカオルは目を合わせること無く、
違うほうを見ながらポソポソと口を動かした。
そんな乗り切れていない二人を見て、少しアルコールが入った
祐子さんは
「ちょっと〜 そんなに暗い顔しないでよ?
ビックリさせて悪かったと思ってるからさー」と軽快に言っていた。
(ビックリだけじゃ済まないよ・・・)
そう思いながら一応愛想笑いをした。
1時間ほどで店を出て、祐子さんの家に向った。
店の前で望月さんとカオルと別れ祐子さんと歩き出した。
その瞬間に、後ろの方でカオルが望月さんにワイワイ文句を言っているのが聞こえた。
タクシーで家に着き祐子さんに
「祐子さん・・・・知ってたんですよね?カオルがいること。
ちょっとそれは無いんじゃないですか」と少し怒って言った。
「仕事とプライベートは別よ?私は力になる人しか呼ばないもの。
まゆちゃんも矢吹君も十分デキる人達だもの。
まぁ・・最初はちょっと矢吹君のこと考えて賛成はしなかったけど、
まゆちゃん別れたしね。一度は決めたみたいだけど、やっぱり矢吹君も
不安なのか、いろいろもめたんだけど二人がかりでグイグイ押したの。
彼も押しには弱いのよね〜 まゆちゃんと似てるとこあって」
全然悪いと思ってる素振りは無かった・・・
でも、いまさら嫌だと言っても仕方無いし、それ以上言うのを諦めた。
「じゃあ帰る?」と言われても、もう帰る所が無い。
ならば・・・カオルが今後、目の前で彼女の話をしても
「うんうん」と笑顔で聞いて流していればいいか・・・
あっちも直樹と付き合ってると思っているし・・・
「祐子さん。一つだけ約束してください」
「なに?給料アップはまだ、できないわよ?」
「いや、、そうじゃなくて!カオルには絶対、直樹と別れたことは
言わないって約束してください。もし望月さんも知ってるなら
そこも口止めしてください。お願いします」
「なぜ?もういいじゃない。別れたんだし〜」
赤い顔をして、ダブルベットにもう一つ枕を置きながら振り返った。
「いえ。さっきカオルにも聞かれて、ただ仕事で来ただけで、
まだ付き合ってるって言いました。だから・・言わないでください」
焦りながら真剣な顔でそう言った。絶対カオルには知られては困る。
惨めすぎて、そんなのがバレたらもう仕事していて目が合っても
仕事が手につかない!
絶対嫌だった。そしてもしも優しくなんかされたら、期待をしてしまう・・・
「まぁ〜 そこまで言うならわかったわ。黙ってる。これでいい?」
「はい。ありがとうございます」ホッとしてやっと笑顔がでた。
「頑固なんだか、意地っ張りなんだか・・・・」
そう言いながら「もう寝るわよ〜」と言い、先にベットに入った。
バタバタと荷物を整理して、シャワーを借りてからベットに入った。
もう祐子さんは大きなイビキをかいて眠っていた。
隣に入り、眠ろうとしたがあまりのイビキの大きさに
なかなか眠れなかった。
(どこに行っても問題はあるもんだなぁ・・・)
そう思いながら目を瞑った・・・・