気持ちを新たに
無事に仕事も最終日を向えた。
先週末にみんなが送別会をしてくれた時、直樹と結婚すると
信じている人達には曖昧に答えその場を切り抜けた。
それは一度、直樹とエレベーターの中で2人の時の事。
「みんなに言ってから辞めたほうがいいかな?」
「いや?そのうちわかるでしょ・・・ 俺が独身貫けば。
それにもう会社の子に手をだすこと無いから、
知れても知れなくてもどーでもいいさ」
なんとなく「言わないで・・」というような感じに聞いてとれた。
居なくなる自分はいいけれど、残された直樹がみんなに陰口を
言われるのは目に見えていたので口を閉ざし、
結局最終日まで別れた事は健吾以外は誰も知らずに会社を去ることにした。
その日はさすがに残業も無く、ほぼ定時にみんなの席に挨拶に回った。
最後に直樹の席に行き、
「じゃ。行くね。いままでありがとう。元気でね」と
みんなに聞こえないように小声で言った。
「ん。それじゃね。後、この前のことは守るんだよ。俺があっちに行く時は
連絡するから。ちゃんと元気な姿見せるんだよ」
そう言って記念にと自分のいつも使っている万年筆をくれた。
「ありがと。これ呪いはかかってない?仕事病にならないかなぁ」
「たぶんね?じゃ、頑張れよ。あんまり泣かないでね」
そう言って頭をポンッと叩き、またデスクに体をむけた。
(最後までクールだなぁ・・・)
自分の席の物を入れたダンボールを持ち、まだ仕事をして
いる健吾に、
「じゃ。行くね。今の家に来月いっぱいいるから。
どーせ週末は暇なんでしょ?遊びにきていいよ」と最後に声をかけた。
「あぁ。じゃあ今週行くよ!」
健吾の目の前の書類はまた山のようになり、アセアセと久しぶりの
書き込みに忙しそうにしていた。
7年間も勤めた会社を辞めるのはやっぱり寂しかった。
けど、もうここまできたら寂しがっている暇は無いと思い、
気持ちを新たにした。
家に着き、大きなため息をついた。
本当は不安な気持ちだった。
なんだかここ数ヶ月の変化を思い出し我ながら怒涛の日々だったと
改めて感じた。
まだ一ヶ月ある。そう思うと何からしようか考えた。
とりあえず・・・実家に報告だなぁ・・・
こんなに話をどんどん決め、会社まで辞めてしまったのに、
東京に行くことをまだ親には言っていなかった。
独り暮らしをすることさえ、大騒ぎだった父と母をなんとか説得
する言い訳を考えた。
次の日、電話をしてから家に行った。
父は仕事で夕方じゃないと帰ってこないというので、
母とぼんやりと一日を過ごした。
ふと母が・・・
「あら?そういえばアンタ仕事は?あっちこっち行って忙しいんでしょ?
あ〜 今日は出張で戻ってきたのね」
「あ〜・・・・うん。それがね・・・・」
先に味方を作ろうと母に東京に行くことを打ち明けた。
2年前の秋に、カオルがうちの親に「付き合ってます」と挨拶に来てくれた。
それ以来、特にカオルとは別れた・・とは言っていないので、
母はてっきりカオルの所に行くと勘違いをしていた。
「もう貴女も結婚してもおかしく無い歳だしね。きっとお父さんも
なにも言わないわよ。で、式とかどうするの」
物凄い痛い勘違いに内心焦った。
このままそんな話で進めてしまおうか・・・
で、あっち行ってから別れたことにしようかな・・・・
そんな嘘を考えたが、きっとそうなれば挨拶にこないカオルのことで
バレてしまう。仕方ないので正直に母に言った。
「ごめん。言ってなかったけど・・・・カオルとはもうとっくに別れたの。
で、あっちの知り合いの会社に呼ばれて行くの。
5月になったら行こうと思うんだ・・・」
そう聞いてきっと怒られると思い、覚悟して黙って下をむいていた
「えぇ〜 矢吹さんと別れたの〜 がっかり〜
お母さん、あの人結構好きだったのに〜 あんな息子が
できるって内心喜んでたのになぁ〜」
母とあたしのタイプは必ずと言っていいほど一致した。
だからあたしのタイプなカオルのことを一度来た時に
ものすごく気に入っていたようだった。
「食いつくとこが違うでしょ!あたしの仕事のことで
突っ込んでよ!」
「まぁ・・・ちゃんとした会社ならいいんじゃない?
あんたももう歳だしね。親があーだこーだ言うこと無いでしょ」
そうアッサリと言い切った。
あら・・・もっとうるさいと思ったのに、ちょっと拍子抜け。
夕方、父が帰り、ご飯を食べながらその話をした。
「勝手に仕事辞めたりして、もっと早く親に言うべきだ!」と怒られた。
母とはまったく違う反応にただひたすら平謝りをしてなんとか許しを貰った。
(こんな説教なんか直樹の説教に比べたらなんでもないな・・)
食器を洗うのを手伝いに台所に行き、母に小声で謝った。
「なんだかお父さんを怒らせちゃったね。帰ってから気まずいでしょ?
ごめんね・・・」
「あんなの嘘よ?だって前の仕事だって知り合いやイトコ達に
「まゆは全国を飛び回って仕事してるんだ。すごいよな〜」
ってみんなに自慢してたのよ。きっとスカウトされて行ったなんて
これからまたみんなに自慢するわ。大丈夫よ」
「うん。じゃあお父さんがガッカリしないように頑張ってくるから。
でも、ダメだったらここに帰ってきていい?
マンションも今月で出るんだ・・・行くとこ無いの・・・」
ほんの少しの逃げ場があったほうが気持ちも楽だと思い、
きっと「いいわよ」と言うと決め付けそう言った。
「なに言ってるのよ。ダメよ」アッサリ言われた。
「うっそ!じゃああたしどうすればいいのー」
「そんなの自分でなんとかしなさい?あっちで結婚相手見つけて
連れて帰ってくるのねぇ〜 そんな歳の子いまさら家になんか
置けないわ。 精々頑張って。仕事も結婚相手も!」
そう言ってアッサリとした顔をして笑った。
まぁ・・・そうだよなぁ〜
帰る時に、玄関で母と話をしていると、後ろから父がポテポテと
歩いてきて、
「ちゃんと頑張るんだぞ。途中で投げ出してくるなよ」と
一言いい、また部屋に戻っていった。
「ほら。嬉しいのよ。期待にこたえなさいね」そう言って母は手を振った。
家に戻り、
「これで本当にもう後戻りできないな・・・」と思った。
まぁ・・・失敗したら見合いでもするか!
そうポジティブに考えた。なんとかなるだろう。
ここまでみんなに強気で言ってしまった今、失敗することは
考えないでおこう。
もし、どうしてもダメで倒産してしまったらそれでもなんとかなる。
もしかしたら・・・一緒に働くバイヤーの人がかっこいいかもしれない!
できれば女じゃありませんように・・・・
それからの一ヶ月はとっても長かった。
いつも毎日遅くまで仕事ばかりだったのに、いきなりなにもすることが
無くなり、ただぼ〜としていた。
あのまま1ヶ月遅く退職してもよかったが、商品課にいられないなら
きっとつまらなかったし・・・・
週末に遊びにきた健吾に会社のことを聞くたびに
仕事がしたくて仕方無かった。
直樹は統括部長になり、前より一層厳しくなったと言っていた。
ほとんど笑うことが無く、いつもピリピリしていると。
健吾も少しだけ新しいパートナーに慣れてはきたが、
やっぱりあたしと一緒の時に楽をしすぎて今となっては
毎日遅くまで残業で「まじで嫌になる〜」と愚痴っていた。
けれど、そんな話を聞いても、あたしは羨ましかった。
もう体をもてあまし、祐子さんに電話をした。
「もしもし祐子さん。事務所ってもう決まりましたよね?」
「うん。まゆちゃんの家も決めたわよ」
「本当ですか!じゃあ、あたし・・・早目に行ってもいいですか!」
「そう言うと思ったわ。暇なんでしょ〜」
「はい。もう・・・何もすること無いんです〜」
「男がいないと寂しい女になっちゃったわね・・・」
そう言ってケラケラ笑った。
結局、10日ほど早く、東京に行くことが決まった。
引越し準備をしたり、実家に連絡したりとそれからは忙しく毎日が過ぎた。
出発の前日、健吾に電話をし
「明日行くから。あっちに出張あったら電話して」と伝えた。
「おう。たぶん来月あるから。2〜3日前に電話するわ」
「うん。じゃ、元気でね」
「おう。気をつけてな」
電話を切り、ガランとした部屋の中を見ながらこの部屋で
あったことをいろいろと思い出した。
少しだけ寂しいと感じたが、でも期待のほうが大きかった。
もう布団しか無い部屋で、寝転びながらゴロゴロしていた。
ふと携帯をとり、最後に直樹に電話をしてみた。
「もしもし。まだ仕事?」
「ん。そうだよ。俺の彼女は仕事だもん」
久しぶりに聞いた声はちょっと疲れ気味な声だった。
「あのね。明日発つから。それだけ教えておこうと思って」
「そっか。元気でね。仕事、詰まったら相談に乗るから。
あんまり無理しないで頑張れよ」
「うん。ありがとね。直樹もたまには早く帰りなよ?
もう歳なんだから無理すると体壊すからね!」
「歳は余計・・・・・ いつも心配してもらってありがとうございます」
そう言って笑っていた。
「あんまりピリピリしないでね。笑ってるほうがイケてるよ?じゃ、
元気でね」
「うん。電話ありがとな。頑張れよ」
「わかった。それじゃね。元気で・・・」
電話を切り、そのまま布団の中に入った。
いままであったことを思い出しながら、
目を瞑るとカオルの顔が浮んだ・・・
(いまごろ彼女と一緒なのかな・・・)
天井を見上げながら、そんなことを考えた。
あのまま付き合っていたら、今でも仲良くやっていたのかな・・・
そんないまさらなことまで・・・・
「さっ!明日は早いからもう寝ようっと!」
無理矢理に布団をかぶった。
翌日、朝一番で引越しの人が荷物を取りにきた。
慌しく午前中が過ぎ、空港までの道のりを移動しながら
新たな旅立ちに期待をしつつ、住み慣れた北海道から脱出した。
荷物は2日後と言われたので、その間は祐子さんの家に
泊めてもらうことにした。
いつもは隣に健吾がいるのに、なんとなく一人の飛行機が
久しぶりで緊張した。
向こうに着き、言われたとおりの移動手段で事務所に向った。
その日はもう前の仕事を午前中しか出勤していないと言う
祐子さんが近くのバス停まで迎えに来てくれることになっている。
「来たわね!もう帰れないわよ〜」
笑顔で出迎えてくれた祐子さんにいままでずっと一人での
移動の緊張がやっと解け安堵感が広がった。
「はい。よろしくお願いします」そう言ってニッコリと笑った。
荷物をひとつ持ってくれて、そのまま二人で事務所まで歩いた。
「そういえば、もう一人のバイヤーの人ってもう来てるんですか」
「あ・・・うん。でね・・そのことなんだけどぉ〜」
ちょっと困った顔をして言葉を考えながら話を続けた。
「それがねぇ・・・バイヤーじゃないのよ・・・実は・・・」
「えぇぇー!なんですかそれ!バイヤーじゃないって、
それじゃなんなんですか?その人は」
「うん。ほら、ホームページとかの管理のほうでネットに詳しい人も
必要だったの。とりあえず望月がそっちを優先したの・・・
これからバイヤーの人もちゃんと入れるから!
ね!だから最初はまゆちゃんに・・・その・・お願いしようかなって。
大丈夫よ!いままでやってるんだもん!一人でも!」
(うわぁ・・・なんだか自信が一気に消えてきた・・・)
もしも自分が役不足でも、もう一人のフォローがあると
内心そんなことを思っていたのに・・・
「その人どんな人ですか?なんかパソコンヲタクとかじゃないですよねぇ?
あたし苦手ですよ、、ヲタクっぽい人って・・・・
あ〜ぁ・・・格好イイ人と一緒かと期待したのになぁ〜」
少しの望みをかけて聞いてみた。
「う〜ん。でもまゆちゃんは好きな顔よ。スッキリした顔が
好きでしょ?私はあまり好きじゃないけど〜」
どことなくニヤニヤしながら祐子さんが言った。
「スッキリした顔嫌いって言っても、直樹のこと格好イイって
言ってたじゃないですか?直樹もスッキリしてましたよ」
「いや〜 彼はスッキリした以上になんとなく色気あったしな〜
それとはちょっと違うのよ〜 なんだろ?歳下だからかなぁ」
「ん〜 じゃあ健吾とか?ほら、あたしと一緒に働いていた。
後、カオルとか?そんな感じの顔なら嫌いじゃないかな〜」
そう言いながら笑い祐子さんを見た。
少しひきつった笑いをしながら、「じゃ、大丈夫ね」と言い
スタスタと歩いていった。
バス停から10分ほどの所にその事務所はあった。
見た目は結構綺麗な感じのそのビルは他に数件の会社が
入っていた。下には車庫があり、そこを指差して
「ここは在庫を置くのに、借りたの。頼むわね!」
そう言ってビルの中に入っていった。
4階のワンフロアーが祐子さんの会社だった。
エレベーターに乗り、
「今日はもう仕事始めてるんですか?みなさん」
そう聞いてみた。
「うん。もう少しずつ始まってるわ。でも肝心の商品が無いから
いろいろ止まってるけどね。いつから入荷とかできるかしら」
「あ〜・・・じゃあ今日から早速メーカーに連絡します。
向こうでもうOKしてくれた所もあるので、FAXで
写真送ってもらいます。祐子さんも一応見て検討してください」
「そうね。そうしましょ。私もあと数日で朝からこっちに来れるし。
望月ともう一人の人はもうこっちで仕事してるから」
そんなことを話ながらエレベーターを下り、これからお世話になる
事務所のドアを開けた。
中には望月さんがいた。物凄く久しぶりだった。
「あ。お久しぶりです。これからよろしくお願いします」
笑顔で挨拶をした。
が・・・・望月さんの顔が驚いて止まっていた。
「あの・・・なにか?」そう聞くと、望月さんは慌てて祐子さんの腕を
掴み、廊下に走っていった。
(なんだよ・・・人が挨拶してるのに感じ悪いんだから・・・・)
事務所の中をグルリと見渡した。
今日からここで頑張らないと!そう思い少し広いその事務所の
中を歩いて見て回った。
奥の観葉植物の向こうに人の気配があり、
(あ!さっき言ってた人だな?これが出会いの第一歩かも!)
そう思い、なにやらゴソゴソしているその人の
後ろ姿に向って挨拶をした。
「あのぉ・・・今日から一緒にお仕事させてもらう者ですが・・・」
そう言うと、その人は
「あ。すいません。今、行きます。ちょっと配線が・・・・」
そう言って立ち上がった。
お互い顔を見合わせて、驚きで言葉が出なかった。
その人はカオルだった・・・・