すれ違い
前作の「ネット恋愛」を見ていない方でも、内容は理解できるように書きました。お時間がある人は前作を見ていただけると、もっと楽しめるかと思います。
陽射しが強くなってきた・・
助手席に座り左腕に日焼け防止の為にタオルをかけた。
「暑いなぁ〜 北海道なのにこんなに暑いのって住んでいる意味ないよね?」
運転席で同じように暑さに顔を歪める健吾を見た。
「だよなぁ〜 この時期は南極くらい行きたいよな〜」
「いや。そこは行きたくない」
そんな冗談を言い合いながら仕事の打ち合わせの為に
朝から車を走らせていた。
運転席の健吾は約4年前に別れた元彼。
けど、今では一番の仕事での理解者としていつも一緒にいる。
基本的に二人一組として進むこの仕事でのパートナーが健吾で
よかったといつも思う。
冗談を言ってばかりだが、仕事の時は尊敬できるくらい真面目だし、
この仕事に異動させてくれたのも健吾のおかげだった。
「で。どうなのよ最近は?向田さんとは」
付き合って1年半になる彼氏の直樹のことを聞かれた。
「別に〜相変わらず・・・・ かな?最近あんまり会ってないけど」
「なんで?同じ会社だものたまに顔合わすじゃん。俺だって会うぞ」
「いや、顔は合わすけどさぁ。プライベートじゃ会ってない」
「なにそれ?もう倦怠期かよ」
「いや、ただ直樹が忙しいだけ」
付き合って最初こそはいつも一緒にいたけれど、だんだん時間が経つにつれ
お互い自分の時間が多くなっていた。
1年以上も経つと、そんなもんだな〜 そんなことを思っていた。
「ふ〜ん。あんなに劇的に付き合ったくせにな〜」
そう言って健吾はなにかを頭に浮かべて笑った。
劇的かぁ・・・・
遠距離恋愛をしていた彼がいたのに、直樹の出現ですっかり気持ちが
直樹に傾き、そのまま直樹にいってしまったのは自分だった。
今でも当時の彼氏には申し訳ないことをしたと思っている。
直樹の存在があったからこそ、結婚まで考えてくれた彼を
捨てた形になっってしまった・・・はず。
けれど、やはり距離の壁に寂しさや不安があったのも実際問題本当の所。たぶん・・・
「仕方無いじゃない・・・ あの時あっちに行ってたら今ごろ仕事
大変だったんじゃな〜い?健吾一人じゃ」
「まぁ・・・それはそうかもなぁ〜」
「もっと感謝してもらわないとな〜。お昼オゴリね!お寿司にしようか?」
「高いっつーの。ソバだな」
「うわ!やすぅ〜 だから出世できないんだよ。部下を大事にしないから」
「うるせぇな。俺はこれからの男なんだって。わかってねぇな〜」
仕事もそれなりに上手くいき、ちょっと忙しすぎるが素敵な彼氏もいた。
そんな毎日にそれなりに満足していた。
彼氏の直樹のことは入社以来、5年間も憧れていた存在だった。
たまたまタイミングが悪く、当時の彼氏を悲しませることになったが、
時間が経てばいつも側に憧れていた人がいてくれることが嬉しかった。
友達に紹介する時も自慢の彼氏で、
少し歳は離れていたが、かなり若く見えるその外見にみんな実際の
歳を聞くと驚いた。
みんなが驚いて「いいな〜」と言ってくれる時、いつも心の中では
(いいでしょ?)と思って嬉しくなっていた。
元々直樹は仕事中心の生活だった。
暇な時があれば一緒にいてくれるが、仕事が詰まってくると
徹夜のように会社にいる人だし。
そんな仕事一筋な直樹に入社当時、素敵な人だと憧れていたのに、
付き合うとなると、仕事より一緒にいてほしいという気持ちに変わっていった。
もともと付き合う前からだって直樹はそんな人だった。
そこが<仕事に責任感があり大人の男で格好いい>と思って
いたはずなのに、あまりに仕事ばかりな直樹に
最近ではちょっとだけ不満に思っていた。
けど・・・文句を言えないのが世間で言う「惚れた弱み」な訳で。
夕方になり会社に戻り、出張先での仕事の整理をしていた。
健吾も結構な仕事人間だったが、やはり直樹よりは
プライベートを大事にする人だった。
「さてと・・・・ そろそろ帰るかな〜もう8時じゃん。 まゆはもう終わるか?」
「うん。あたしもそろそろ終わる〜。暑かったから早くお風呂入りた〜い」
「だなぁ・・・ ベッタベタだよ。まいったな〜」
そう言いながら帰り支度をした。
ふとちょっと離れた直樹のデスクを見ると書類の山に埋もれた頭が見えた。
(今日も遅いのかなぁ・・・・)
会社のほとんどの人があたしと直樹のことを知っていた。
けど、お互い会社ではあまり仕事以外の会話はしなかった。
「公私混同してると思われると仕事しずらいと思うんだ」
直樹そうが言うから、直樹から話かけられる以外は、
あたしからは仕事以外のことでは話しかけにはいかなかった。
担当が違うこともあり、そうなれば会社で直樹と話すことはほとんど無かった。
ちょっと寂しい気持ちのまま、健吾と会社を出た。
自分の家に戻り、直樹にメールを送った。
<まだ終わらない?明日休みだから今日はうちに来ない?>
ちょっと時間があき、15分後に返信がきた。
<まだかかるかな〜。たぶん明日も仕事になりそうなんだ。ごめんな>
その返信を見て(やっぱりなぁ・・・)そう思いながら携帯を置いた。
そんなことは付き合う前からわかっていたのに、あまり一緒に
いてくれない直樹のことが寂しくなった。
仕事に波があり、集中して忙しい時もあれば時間に余裕のある時もある。
メーカーによっての締日に左右されながらの仕事だから、仕方が無いといえば仕方ない。
(それでも・・・最初の頃は無理してでも側にいてくれたのになぁ・・・)
慣れと欲を感じた。
それでも我慢をしているのは直樹のことが好きだったから・・・
付き合ったばかりの頃は、側にいることが緊張した。
5年も憧れていた直樹の側にいられることに毎日がワクワクした。
そのワクワクが少しづつ消えかかっている。
自分の側から離れてしまうんじゃないかという恐怖感に、
結局あたしは何も文句が言えなかった。
翌日。一人の土曜日が過ぎようとしていた。
メールや電話をしようと思ったが、邪魔をしてはいけないと思い、なんとなく家にいた。
直樹の家の鍵は貰っていたが、疲れていて迷惑なんじゃないかと思うと
その鍵を使うことができなかった。
きっと直樹から
「今日はうちで待ってて」と言ってくれるのを待っていたんだと思う。
もっと最初の頃は付き合った嬉しさで
「今日は家で待ってます!」と言って彼よりもちょっと下手かもしれない
料理を作って家で待っていたこともあった。
けど時間が経つにつれ、なんだか自分だけが空回りしているような気が
してきて、いつも顔色を伺うようになっていた。
思い過ごしかもしれないけれど、自分から何も言わない直樹に
何を考えているのか不安になった。
(あたしと仕事・・・どっちが大事なのかなぁ・・・)
そんなことを思いながら黙ってソファーに座っていた。
そんなこと・・・昔の彼氏のカオルに言われたな・・・・
今になってきっと同じくらいカオルも寂しかったんだと思った。
あの頃のあたしは、仕事が異動になり早く仕事を覚え
なんとかみんなに追いつこうという気持ちで焦っていた。
そんなことを当時のカオルにわかってと言っても無理なことで、
仕事を辞めて自分の元に来てと言う彼にちゃんとした
自分の思いを伝えることができなかった。
今でもそのことは少し後悔してた・・・・
けど、もう会うことが無い人だし、
(あれが若気の至りってやつなんだなぁ〜)そんな風に懐かしんだ。
ここのところ忙しくて
まともな料理を作っていなかったし、たまにはなにか作ろうかと、
閉店ギリギリのスーパーの中に入った。
カートを押しながら品定めをしていると後ろから、無駄に大きい声が聞こえてきた。
「あ・・・土曜の夜に寂しい女発見!」
その言葉に振り向くと健吾がいた。
「自分だって!なにしてんのよ。家から遠いじゃない?ここ」
「実家の帰り。今日はうちのお袋の運転手だったんだ」
「そうなんだぁ〜。で、お弁当でも買おうとしてたの?」
「そんなとこ。俺が作るわけ無いだろ?コンビニも飽きたしな」
「じゃ、うち来る?一緒に食べようか」
「え〜いきなり向田さん来て誤解されないかぁ?俺、嫌だぞ、修羅場とか」
「ばっかじゃないの。直樹だって健吾のことなんか、なんとも思ってないよ」
「知ってるけどさ・・・「なんとも」って言い方酷くねぇ?」
文句を言いながら後ろを着いてきた。
「一応、直樹にメールしておくよ。もしかすると来れるかもしれないし」
「あぁ。そうだな。誤解されたら困るしな」
「だからそれは無いって!管理人のオジさんのほうがまだ誤解されるよ」
「ちょ・・・お前人をなんだと思ってんだよ。ちきしょう・・」
お互いワーワーと悪口を言い合いながら家に着き、直樹にメールをした。
<スーパーで健吾に会ったの。独り者に食事をご馳走することに
なったので、終わったら直樹も来ない?待ってるね>
「よし。たぶん今日は休日出勤だから、早く終わると思うから
きっと後から直樹来るね」
そう言って健吾に笑いかけた。
「向田さんも仕事人間だよなぁ・・・ なにも休みまで仕事しなくてもな〜」
「昔からじゃない。そんなとこに憧れてたのもあるんだもん」
メールを送ったことで、久しぶりに直樹に会えると思うと、
ちょっと嬉しくなっていた。
一人でいるから来て!と言うよりも健吾もいるからと言えば、
きっと気を使って直樹は来てくれると思った。
「俺、今になって向田さんが結婚できない訳がわかった気がする・・・」
そう言いながらTVを見て言った。
「え?なにが?」
「あの人さ、ルックスはいいと思うよ。優しいし、話も上手いしさ。
けど、仕事になると周りが見えないんだよ。だから女に
逃げられるんじゃないか?最初はそんなのどーでもいいじゃん。
だけどさ、長く付き合うとやっぱり側にいてくれる人がいいもんじゃね?
あの調子でずーと来てるんだも、そりゃ結婚できねーよ。38にもなるな」
痛い所を突かれた気がした・・・・
「なんだかんだ言っても、まゆもそんな気がしてんじゃねーの?
最初はお互い新鮮で、仕事より相手のこと考えるけどさ〜」
「でも・・・あたし達、付き合う前だってそうだったもん。
健吾だって知ってるじゃない」
「いや、知ってるけどさ。俺からしたら暇な時にだけお前に会うとか
そんな風に見えるってこと。あんまり大事にしてないなってさ」
「そう見えてたんだ・・・・」
最近どうよ?とか言ってたくせにシッカリと見ていたんだ・・・・
なにも気にしていないフリをして、料理を始めたが、
本当は(ウッ・・・)と胸が痛くなった。
「なぁ〜?」
能天気な声で煙草を吸いながら健吾が言った。
「ん?」まだ軽く動揺しながら健吾のほうを向くと、
「返信こないな・・・・」と言ってまた前を向いた。
傷口に塩を塗られた気分になった・・・
料理ができても直樹からメールの返信は来なかった。
気にしていないフリをしていながらも、テーブルの上にはしっかりと
携帯が置いてあった。
「あ〜。久しぶりに手料理って食べた。まぁまぁだな。
ちょっとは料理上手くなったんじゃない?俺と付き合ってる頃より」
「そんなに昔、酷かった?美味しいって言ってたじゃない!」
「マズいなんて言えないだろ?一生懸命作ってるの見て〜」
「マズいまでいかないでしょう!まぁ、、確かに美味しいとも
言えなかったかもしれないけどさ・・・・」
それほど得意じゃないことは自分でも分かっていた。
けど、面と向って言われると、ついムキになった。
「嘘だって。たまには美味しいのもあったって!」
全面的にと言わないとこが憎らしかった。
けど、なんとなく落ち込んでいるあたしを元気づけようとする
健吾の優しさなんだと本当は知っていた。
「俺の時もこんな感じだったんだな〜。そう思うと反省するよ」
健吾との別れは、入社して健吾も仕事が少し慣れてきて
毎日、忙しかった・・・
休日もほとんど出勤し、二人の時間が減っていた。
何度か電話をしたが、忙しそうな健吾を少しずつ遠く感じ、
自分からの連絡を途絶えた。
昔から仕事のセンスがある健吾は、上司に見込まれ付き合ってから
2年目の春に道外に転勤になった。それで本当に終わったと思った・・・
その2年後に今の本社に戻り、こうして一緒に仕事をしている。
けど、もう健吾への恋愛感情は無く、
お互い仕事の良きパートナーとして、最高だと思っていた。
「もう忘れちゃったよ。でも、たぶん・・こんな感じでフェイドアウトしたんだと
思うな〜 連絡もくれなかったしね」
そう言って横目で睨んだ顔をした。
「そう思うと俺も向田さんのこと言えないな」
「本当だね。「お前だけには言われたくない!」って言うと思うよ?」
そう言って二人で笑った。
「けど、そうやって失敗しながら良い相手探すもんだしな。
俺もあの頃には、そんなにまゆの存在は大きくなかったけど、
別れて人の物になって初めて気がついたこともあったしな」
「つーか、本人前にして「存在が小さい」とか言うか?普通・・・
最低〜 よかった〜健吾と別れて」
「俺はカオルとまゆは絶対上手くいくと思ってたんだよな〜
でも大穴のダークホースに取られちゃったけどな。
あいつも馬鹿だよ。本当に・・・」
久しぶりに「カオル」という名を聞いたような気がした。
ちょうど夕方にカオルのことを考えていたが、人からその名前を言われると
懐かしさが現実になった。
「カオルとまだ連絡とってるの?」
「あぁ。今となってはあのチャット部屋は無くなったけど、
カオルとは電話とかしてるぞ。会社でもメッセで仕事中とか
ちょこちょこ話してるしな」
「そんなことして遊んでるの?あんた達!真面目に仕事してると思ったら」
「いや、仕事のこと聞いたりとかな。あいつPC関係じゃん。
だからたまに聞くことあったりな」
「そっか。元気なんだね。よかった」
目の前にある健吾のPCの中にいつもカオルがいたとは知らなかった。
けど、チャット部屋が無くなっていたことにも驚いた。
「そっか・・もうみんなチャットとかしてないんだぁ・・・
なんだか寂しいね。みんな元気かな?」
「まぁ・・・原因は男と女がくっ付きすぎたんだろな。
カオルとお前が別れたことで、みんな驚いてたけど、
それからしばらくして、ラビとヒデも別れちゃったし、
ミライだっけ?それとハヤだかってのも別れてさ、
それで人がめっきり減ってな。新しい人も何人かいたけど、
最初からやってる奴等にはなんだか、つまらなかったみたいだな」
「そっかぁ・・・・ あの頃は楽しかったなぁ〜
仕事も暇だったしね。毎日定時だったし彼氏もいなかったし。
毎日やってたもんな〜」
「何事も最初は楽しいんだよ。深追いすると飽きるもんだしな。
今じゃカオルとヤスくらいかな〜俺が連絡とってるのは」
ヤス・・・・ その名前を聞いて可笑しくて吹きだした。
チャットを始めたのもヤスが作った部屋にたまたま入ったことからだった。
そこにいろんな人がいて、友達になり、カオルにも会えた。
ヤスの女癖の悪さにカオルと気まずくなる事件もあった。
でも、どんな時でも女遊びを中心とした生活をしているヤスを
憎めない所があった。そんなキャラの人だったから。
「来週さ、ヤスこっち来るぞ?まゆも会うか」
「まだあの仕事続けてるんだ?頑張るねぇ・・・・」
「来週なら少し早く帰れるんじゃねーか?ヤスなら会ってもいいだろ?
一緒に行かないか」
「うーん・・・でも、一応直樹に聞いてからにする。
心配かけるの嫌だから」
その言葉を聞いて、真面目な顔をして健吾が言った。
「お前はいつも相手のことを気にしすぎるんだよ。直樹!直樹!って
お前が思ってる以上のことしてくれてるか?
なにが「遠距離は壊れやすい」とか言っちゃってさ、今だって
遠距離みたいなこと平然としてるじゃん。自分だって・・・・・」
「別に健吾が怒ることないじゃん・・・・」
「いや、俺は未だにあの時、向田さんさえ現われなければ
お前とカオルはうまくいってると思ってるんだって。
けど、お前が憧れてたって聞いて、一旦は納得したけどよぉ・・・
それがこれだぞ?納得いかね。絶対!」
「だからお前が言うなと!同じことしたくせに〜」
そう言って健吾を見て笑った。
健吾も笑ってはいたが、そんなことを考えていたと知ってちょっと驚いた。
「なんだかさ、俺にとってお前は妹みたいなもんなんだよ。
悪いとこあったらガンガン気にしないで言ってくれるし、
仕事だってサポート以上のことしてくれてる。
もう一度、今度こそ幸せにしてやりたいって思ったけど、
俺じゃないなと思ったしさ。もうそんな関係じゃないって・・
さすがに真面目に笑わないでお前のこと抱け無いしな」
「まだ抱くとか言ってんの?なんか気持ちわる〜」
「気持ち悪いとか言うなよ!人が良いこと言ってるのに!」
二人で声を出して大笑いをした。
けれど、そんな笑いの裏であたしは直樹からのメールの返事を待っていた。
健吾が帰った後、黙って携帯の<AM0:05>の表示を見ながら
ため息をついた。
(まだ仕事なのかなぁ・・・・)
気になるのなら電話をすればいいのに・・・
そんな遠慮が二人の仲を遠ざけているとは思っても、
行動にうつせない自分がいた・・・・