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アンリーシュ=クロニクル『旧』  作者: 榎原優鬼
第3幕 カズマと銀色の狼人【後編】
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第54話 「銀灰の嵐~黒衣暗躍~」

【前回のアンクロ】


 護衛隊の先鋒、ソレン隊は銀狼団の策に全滅、後詰めのファーレン隊も撤退を余儀なくされる。

 そして、主戦場の外でも違う戦いが始まろうとしていた。

 「報告します。予定の時間を過ぎましたが、貧民窟(スラム)に火の手は見えません。作戦は失敗したものと思われます」


 伝令の報告に、集まった戦士長の間から低いどよめきが起きる。


 「まさか、しくじったのか。あのアネルが」


 「アネルらの消息は?」


 「不明です。ビックスとヤーンの班も行方がわかりません」


 「なんと……」


 兵の報告に、黒い顔に鼻先から眉間まで白い筋が走った狼人が驚愕に顔を強ばらせた。


 帝国軍の一部隊を壊滅させたあと。


 ゲルルフら銀狼団は次の作戦に向け部隊の立て直しを急いでいた。その際中に帝都大火作戦失敗の報告が飛び込んで来たのである。


 「斥候からの報告によりますと、貧民窟(スラム)に騎士団が展開しているとのこと。それと……狼人(ハウド)が騎士団と共に行動しているようです」


 「帝都の居留地が裏切ったか」


 「ヨルクめ、己の命惜しさに人間に尻尾を振るとは、狼人の風上にもおけぬ」


 口々に失望の嘆きや怒りの呻きを上げる戦士長達。が、彼等の中央に座る灰色の大柄な狼人ーーゲルルフが手を上げると彼等は口をつぐみ、ゲルルフに視線を集める。


 「長老ヨルクにとって我が種族の誇りより、帝都居留地に住む狼人の安寧が大事であっただけの事だ。集落の長であれば、仕方のないことであろう」


 「しかし、御大将、帝都を焼き尽くす計画は『次の段階』の要。それが失敗したとなると……」


 ゲルルフの言葉に、傍らに座る赤毛の狼人が表情を曇らせる。だが、ゲルルフはゆっくり頭を振って笑みを浮かべた。


 「どんなに緻密に策を練っても、想定外はある。だが、どのような想定外が起きようと我々の作戦目的は些かも揺るがん。ヨルクの事は、この戦が終わった後考えればよい」


 「……御意」


 赤毛の狼人が胸に拳を当てて頭を下げ、他の狼人もそれに倣う。ゲルルフは鷹揚に頷くと、顔に白い筋のある狼人に問うた。


 「トルゲ、敵の本隊の現状は」


 トルゲと呼ばれた白筋の狼人は、『はっ!』と答えると、地面に帝都の地図を広げる。かなり書き込まれた詳細な地図で、本来彼等のような身分の者は持つことが許されないものだ。


 「大将旗を掲げた部隊はライン通りの中央に布陣してからは動いておりません。現在兵を散開させており、『残党狩り』の為部隊を展開していると思われます」


 トルゲはライン通りの周りを丸くなぞった。


 ライトマイヤー伯爵には、未だソレン隊の壊滅とファーレン隊の後退の情報は伝わっていない。


 その為、『敵は戦意を喪失して逃亡中』との情報に功を焦る伯爵は、直衛の部隊を除く全てを掃討作戦にあてて部隊を展開したのである。


 「また、ダッカ通りの部隊は現在真っ直ぐ西に進行中。その意図は不明です」


 「ライン通り近辺で索敵攻撃を行った部隊の報告によると、敵の大将は老若男女問わず狼人の首に賞金をかけているようですな……全くおぞましい」


 トルゲの報告に、赤毛の狼人が苦々しい表情で吐き捨てた。


 「となれば、ダッカ通りの部隊は居留地が狙いか」


 「戦場(いくさば)で戦士ではなく女子供や老人の首を刈ろうとは……」


 戦士長達も赤毛の狼人同様に表情を歪める。


 この時、居留地には騎士団第12騎士大隊大隊長ロベルト以下100騎によって、防衛のため陣地が構築されている。だが、勿論銀狼団、護衛隊ともにこの事実を知らない。


 トルゲの報告を瞑目して聞いていたゲルルフは、徐に目を開けると戦士長達を見渡す。


 「トルゲ」


 「はっ!」


 「ツェーザルと共に兵800を率いて敵大将の部隊を討て」


 「はっ! お任せください」


 トルゲとツェーザルと呼ばれた黒毛の狼人が、獰猛な笑みを浮かべてゲルルフの前に跪く。


 「ロートは兵200をもって後退した敵部隊を牽制し本隊との合流を遅らせろ」


 だが、ロートと呼ばれた赤毛の狼人はゲルルフの指示に表情を曇らせた。


 「しかし、それでは総兵力の7割を当てることになります。次の段階を考慮した残りの兵力では、ダッカ通りを進行中の敵部隊が転進した時、敵を支えきれず挟み撃ちされる恐れがありますが……」


 「ダッカの敵はこちらに帰ってくることはない。(よし)んば兵を返したとしても、それまでに大将の首級を挙げれば、この戦にケリがつく」


 ロートはゲルルフの言葉に顔を顰めた。


 「……居留地を誘い餌とするわけですか」


 「バルバ獣人居留地の同胞には気の毒だが、ヨルクには貧民窟(スラム)のツケを払ってもらう」


 ゲルルフは、議論はここまでと言うかのように強い口調でそう告げ、ロートら戦士長を見渡した。


 もう走り出したのだ。如何なる犠牲を払おうと最後まで走り抜く。残された道はない。


 その事を確認し合うように、戦士長達も互いに目を合わせ、頷きあった。


 「では、各自の奮戦を期待する……次は戦死者の王宮(ワルハラ)で会おう」


 ゲルルフのその言葉を合図に、戦士長達は其々の持ち場に散っていく。


 一人残ったゲルルフに、先程の伝令が歩み寄り、小声で告げた。


 「貧民窟(スラム)にて、斥候の一人が騎士団の中に銀の髪と赤い瞳の半狼人(ハーフ・ハウド)を確認しています。恐らく……」


 「……そうか。あれも道を選んだのか」


 ゲルルフは表情を和らげて静かに呟き、すぐに表情を引き締める。


 「オイゲン、このままヨルクの元に走り、人間の軍隊が攻め寄せて来る旨を伝えてやれ。女子供が逃げる時間はある筈だ」


 「御意」


 オイゲンは深く頭を下げると、音もなく走り去り闇の中に消えた。


 ゲルルフはゆっくりと立ち上がり、夜空を埋める満天の星を見上げる。


 「ギーゼルベルト。早く来い。お前の信念で俺を止めて見せろ……!」


 ……


 ……


 ……


 ……


 同時刻。


 「ったく、護衛隊だっけ? 大口叩いた割りにゃ呆気ねぇ」


 深い漆黒の髪を(たてがみ)の様に立たせた、鋭い面持ちの男が、屋根の上から足元に広がる惨状を見下ろし舌打ちした。


 「貧民窟(スラム)の犬連中も失敗しやがったって話だ。折角取って置きの玩具をくれてやったってのに。ああ、つまんねぇ……なあ、どっちかに加勢して面白くしてやろうぜ? シノ」


 「リュウ、尊師から不必要な介入を戒められているのを忘れたか」


 苛立った様子で腰の大剣の柄を叩くリュウーー烏丸 龍二に、フードを目深に被った男ーー来栖 仁が苦笑いを浮かべた。


 仁の言葉に、龍二は『クソっ』と吐き捨てると仁に背を向ける。


 「……何処に行く?」


 「あ? 小便だよ、ションベン。心配しなくても一人で突っ走ったりしねぇ……ったく、折角カミサマから新しい(スキル)を貰ったってのに、結局使えず仕舞いかよ」


 ぼやく声と共に、水が瓦を打つ音が仁の耳に届く。仁は肩で溜め息をつくと龍二から目を背けた。


 「神の力(スキル)は無くなるわけではない。いずれ振るう機会もある」


 「左様。場を徒に掻き乱しては意味がない。力も使う場所を弁えよ」


 唐突に聞こえた嗄れ声に、二人の異世界人は弾かれたように振り向いた。


 「尊師」


 恭しく跪く仁に、尊師ーー黒衣の老人オージンはゆっくり頷く。


 「貧民窟(スラム)の犬どもが騎士団の手に落ちた。カラスマ」


 「あん?」


 メンチを切るようにオージンを睨む龍二を老人は軽く一瞥して告げる。


 「彼奴(きゃつら)の口を封じよ……方法は問わぬ」


 「へっ……じゃあ、好きにするぜ。騎士団も一緒に始末するかい?」


 「……儂は何と言った?」


 「ちっ! 分かったよ」


 横目で鋭く睨むオージン。その圧力に一瞬怯んだ龍二は、強がるように舌打ちをして引き下がった。


 「クルス」


 「こちらに」


 「引き続き銀狼を監視せよ。奴が己の分を弁えぬようなら……よいな?」


 「……御意」


 含むような老人の言葉に、仁はニヤリと笑みを浮かべ、深く頭を下げる。


 「では、各々疾く務めを果たせよ……」


 老人の姿は言葉と共に闇に消える。現れたときと同じように。


 「へっ! じゃあ、俺は気張らししてくるぜ。暴れられなくて残念だったなぁ、シノ?」


 龍二はそう鼻で笑うと、屋根の上を音もなく駆けていく。彼の姿が闇に消えると、仁は興味を無くしたように地上に目を移し、誰かに語りかけるように独り呟いた。


 「どんなに運命を変えようと永劫回帰エーヴィヒ・ヴィーダーケーレンへ至る道は変わらん。せいぜい足掻くことだ。カズマ」


 ……


 ……


 ……


 ……


 「どうしたんです? 星なんか睨んで」


 「……!? いえ」


 足を止めて夜空を厳しい表情で睨んでいたクリフトさんは、俺の問いに頭を振って言葉を濁した。


 貧民窟(スラム)と中層地区の境を流れる運河のたもと。


 俺達は、拘束した銀狼団の放火部隊をロベルト達の元に護送する馬車と共に居留地に向かっている。


 「……しかし、『(スルト)の炎』か。こないな物騒な物をどこで手に入れたやら。銀狼団、何とも不気味な連中や」


 フェレスの言葉に、彼を抱いて灯火が揺れる硝子玉を弄んでいたステラが首を傾げた、


 「物騒って、危ないの? この硝子玉」


 「うむ。そこに込められた火のマナが解放されたら……そやな、帝都の半分は一瞬で灰になる」


 「うそっ!? それってすごく危ないじゃない! 何てモノ持たせるのよ?!」


 ステラは悲鳴をあげて俺を睨むと、手にした『(スルト)の炎』を俺に押し付け、俺を盾にするように背中に回った。


 「ったく。自分で拾って『綺麗な硝子玉』って喜んでたくせに」


 俺は呆れながら硝子玉を覗き込んだ。ビー玉の大玉くらいの大きさに、それほどの力を圧縮して込めるなんて、どんな魔法使いがこれを作ったのだろうか。


 メアリム爺に見せれば何か分かるかもしれない。


 と、俺は前を歩くクリフトさんの様子が少しおかしい事に気付いた。頻りに市街地の方を気にしている。


 「……やっぱり何か変ですよ? クリフトさん」


 「……そうでしょうか? 何でもないですよ」


 背中越しに俺を振り向いて微笑むクリフトさん。彼はそれ以上何も言わず歩きだしたが、少しして立ち止まる。


 小さく息をついたクリフトさんは、俺を振り向いて表情を引き締め言った。


 「……ゲルルフの声が聞こえたのです」


 「ゲルルフの?」


 俺の隣をくっついて歩いていたステラがクリフトさんに問い返す。


 あの狼人から助けた後、ステラはずっと俺の側にいた。彼女にとっては危険から身を守るためなのだろうが……正直言って少々近い。


 クリフトさんはそんな彼女に少し苦笑するとスッと表情を引き締めた。


 「カズマ様、申し訳ございません。私は行かなければ、彼を……ゲルルフを止めなければならない」


 「え……?」


 クリフトさんの突然の言葉に思わず聞き返す。行くって、一人で? 俺がそう口を開こうとしたとき、背中に引っ付いていたステラが鋭い声をあげた。


 「……! 嫌な臭い! 気を付けて」


 「……っ!!」


 クリフトさんが素早くステラの視線の先を振り向いて身構えた。


 「ちぇっ! もうバレちまった。こんなんじゃ、かくれんぼもできねぇな」


 視線の先に立っていた男……抜き身の処刑人の剣(リヒトシュヴェーアト)を肩に担いだ、獅子髪(ライオンヘア)の若者はそう言って芝居がかった仕草で肩を竦める。


 「……烏丸……龍二!?」


 以前爺さんの屋敷を襲った……異世界人。あの野郎、こんな時に何しに来やがったんだ、畜生!


 龍二は俺と目が合うと楽しそうに口許を歪めた。


 「よぉ、大賢者んとこのご同輩……名前覚えてくれてて嬉しいぜ……でもよ、残念だけど今日はあんたらに用はないんだ」


 「俺は何時だってお前に用なんてねぇよ!」


 サーベルを抜いて切っ先を龍二に向ける。だが、龍二は処刑人の剣(リヒトシュヴェーアト)を肩に担いだまま。


 「つれないねぇ……まあ、折角再会したんだし? こいつらと遊んでいなよ」


 龍二はそう言って指を鳴らした。すると夜の闇から滲み出たように黒い外套に身を包んだ男達が現れる。その数、10人程。


 龍二もだが、こいつら、どっから沸いて出た? 全く気配がしなかったぞ?!


 黒ずくめの男達は無言で抜刀すると、音もなく俺達に斬り掛かってくる。


 くそっ! 前振りも何もあったもんじゃない! 大体、俺が狙いじゃなかったら何が……


 正面から斬りつけてきた一人のサーベルを体を半身ずらして躱し、擦れ違い様に斬り捨ててハッとした。


 まさか、放火犯として捕らえた狼人達か?!


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