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アンリーシュ=クロニクル『旧』  作者: 榎原優鬼
第3幕 カズマと銀色の狼人【後編】
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第49話 「帝都大火を阻止せよ~前編~」

【前回のアンクロ】


 ゲルルフが銀狼団を前にして出陣の演説をしている頃、ウラハ公もまた、狼人の反乱に対する構えを整えていた。

 カズマはステラからゲルルフとの出合いの話を聞く。


 戦いの火蓋は静かに切られようとしていた。

 獅子月(レーヴェ)の31日、夜の19刻半過ぎ。


 「そこの荷馬車! 停まれ! 停まれ!」


 帝都シュテルハイム西門。


 警備兵の鋭い命令に、幌馬車は軋んだ音を立てながら停車する。すぐに鉾槍(ハルバード)を手にした兵士が数名、門の詰め所から飛び出して、馬車を遠巻きに囲んだ。


 二頭立ての幌馬車を先頭に、布がかけられた大きな馬車が3台。行商にしては規模が大きい。


 隊長格の兵士が先頭の幌馬車の御者台に座る男に問う。


 「貴様、狼人だな? この荷馬車、何処に行く」


 「へえ……帝都貴族街、ファルシュ侯ナールラント様のお屋敷まででございます。私はナールラント様にお仕えする狼人。怪しいものではございません」


 御者はフードを目深に被っているが、突き出た鼻先や毛並みから狼人であることがわかる。大柄な体は御者台に収まりきらず、とても窮屈そうだ。


 狼人の御者の答えに、兵士は顔を顰めた。


 「……ファルシュ侯という家は聞いたことがないが?」


 「言っちゃあ何ですが、辺境のとても小さなお家でございまして……しかし、警備が随分と物々しいですな」


 御者は少しおどけた調子でそう答え、馬車の隊列を囲む兵士を見渡した。


 「うむ。帝都を騒がす悪党、銀狼が今夜手下を率いて攻めてくるとの情報があってな。よって閉門時間を早めた。この門を通ることはできぬ。引き返して明日出直すがよい」


 「お役人様、そんな話は聞いちゃいません。今更引き返せと言われましても困ります」


 兵士の言葉に、御者は慌てた様子で、後ろに並ぶ馬車を指差した。


 「ワシらは本日中にこの荷物を旦那様にお届けせねばならんのですよ、旦那。それができなければ、あっしらご主人様から酷い罰を受けます……通行手形もございます。何卒」


 御者はすがるように懇願し、懐から取り出した『手形』を兵士に押し付ける。押し付けられた兵士は思わぬ事に動揺を隠せない。


 「その様なことを言われてもな……まあ、身元が明らかなら通さないことも無いが……ん?」


 溜め息をつき、手渡された『手形』に目を落とす兵士。だが、その表情がみるみる強張る。


 「なんだ、これはーー!」


 だが、兵士は言葉を最後まで言うことはなかった。御者が外套から抜き放った剣を兵士の首に振り下ろしたのだ。


 刎ねられた兵士の首がドッと地に落ち、胴が血を吹きながら崩れ落ちる。


 「なっ! く、曲者っ!」


 突然の事に固まった他の兵士がハッと我に帰って警笛を鳴らそうとした。しかし、黄昏の闇に紛れた何者かに背後から襲われ、次々に喉笛を掻き斬られ、血を吹きながら倒れていく。


 まさに一瞬の出来事であった。


 兵士が全て沈黙したのを見届けた御者の男は、フードを脱いで御者台に立った。


 銀の毛並みと黄金の双眸を持つ、巨体の狼人……ゲルルフ。


 ゲルルフは血に濡れた剣を天に掲げ、無言のままそれを振り下ろした。


 幌馬車の荷台や荷車の布の中から音もなく狼人達が飛び出していく。10人ほどの狼人はゲルルフの馬車を守るように囲み、残りは城門と、兵士詰め所を兼ねた通用門へ走る。


 夕闇にぼうと浮かぶ帝都の城門。


 シュテルハイムに帝都が定められて千余年。狼人戦争末期、英雄ヴィルヘルムがその爪痕を刻んで以後、戦火に触れる事なく威容を保ち続ける鉄壁の門が目の前にそびえている。


 「だが……戦いを忘れた城は、脆いものだ」


 千年の間に帝都は広がり、やがて城壁から溢れた。鉄の守りを誇った門もまた、その役目を城内市街と城外市街を分かつ関所に変えた。


 故に、抉じ開けることは造作もない。


 警備兵の詰め所と通用門を確保した狼人が城壁に張り付いた狼人に合図を送る。


 合図を受けた城壁側の狼人数人が、城壁に鉤縄を掛け、その縄を伝って壁を登っていく。やがて城壁の上から合図。


 それを受けて残りの狼人が縄を伝って城壁を登り始める。


 それにしても……城門を守る兵が少ない。


 別動隊を使って派手に盗賊行為を行い、討伐に出た騎士団を帝都から引き離す策の成果か?


 いや……これも『奴等』の御膳立て(・・・・)だろう。


 しばらくして、城門の向こう側から剣戟の響きや怒声、断末魔の悲鳴が聞こえてきた。それに呼応して通用門側の狼人が門を破って突入する。


 ゲルルフは目の前にそびえる城門を見上げ、鼻を鳴らした。


 重厚な構えの城門には、帝国の象徴である薔薇をあしらった紋章と、旅人を迎える言葉が彫られている。


 「『訪れる者に平穏を、立ち去るものに安全を』か……平穏など、我等に望むべくもない」


 やがて再び静寂が訪れ、重く厚い城門が軋む音をたてながら開いてゆく。ゲルルフを囲む狼人達に緊張が走った。


 少しの間を置いて、門の向こうから一人の狼人が現れた。制圧隊の隊長を任せている狼人だ。彼はゲルルフに跪き、誇らしげに告げた。


 「報告します。門の制圧、完了しました」


 「うむ。見事」


 ゲルルフは頷くと、天に向かって吠えた。


 「見よっ! 英雄ヴィルヘルムをも退けた帝都の城門は我が手に墜ちた! もはや我等を阻むものはない。進撃せよ! 征くぞ……諸君」


 ゲルルフの号令に応えるように、闇に幾つもの光か浮かび上がる。その数は凄まじい勢いで増え、さながら地上に現れた星空のようであった。


 その光は狼人達の瞳だ。狼人の瞳が爛々と輝き、闇を埋め尽くしているのだ。


 ……見るがよい。この大軍勢を。我等はお前達の掌などには収まらぬ。我等狼人を侮ったこと、必ず後悔するだろう。


 ゲルルフはニヤリと笑うと、夜に呑み込まれていく帝都へと足を踏み出した。


 ……


 ……


 ……


 ……


 「おい! ビックス、早くしろや。もう御大将が帝都に入られる時間だぞ!」


 薄暗い路地裏の一角。一人の狼人が忙しなく辺りを見渡しながら相方の狼人を急かしている。


 「わかってる。そう急かすなよウィッジ」


 ビックスはそう言いながら藁の束をバラックの壁に置いて油を撒いた。


 「……?」


 ふと視線を感じたビックスは、火打石を取り出す手を止めて辺りを見渡す。すると、路地の隅の暗がりに光る黄金(きん)色の瞳と目が合った。


 まるで夜の闇を切り取ったような漆黒の黒猫。そいつがじっとビックスを睨み付けている。


 「ちっ……仕事の邪魔だ」


 ビックスは『しっ! しっ!』と手を払って黒猫を追い払う。猫は不満げにひと鳴きすると、路地の奥に消えた。


 「ナニやってんだよ。ヤーンの班とアネルの班が痺れ切らして火を付けちまう」


 「すぐ付くからぐだぐだ言うな」


 押し殺した声でなおも急かすウィッジを睨み、ビックスは火打石を打った。油が染みた藁束はみるみるうちに燃え上がり、バラックの壁を炙る。


 「よし! とっととずらかるぞ。巻き添えは御免だ」


 「おう」


 二人が炎を背に路地を出ようとした、その時、背後で大声が上がる。


 「火事やっ! 付け火やぞっ!」


 「ヤバイっ! 気付かれた?!」


 大声に慌てたウィッジが逃げようと駆け出す。


 「馬鹿っ! 慌てるな! 余計に怪しまれ……!」


 ビックスは、ウィッジを呼び止めようとして息を飲んだ。ウィッジが通りに飛び出した途端に何者かに組み付かれ、押し倒されたからだ。


 「騎士団だっ! 放火の現行犯で逮捕する!」


 「き、騎士団だって?! 何で!」


 組み敷かれ、縄を掛けられながら悲鳴を上げるウィッジ。ビックスは舌打ちをすると踵を返して反対側に逃げようとした。


 しかしーー


 「うわぁぁ?!」


 ビックスは突然路地の闇から咆哮をあげて飛び掛かってきた黒い獅子に押し倒され、駆け付けた兵士によって捕縛されてしまう。


 「よし、火を消せっ! 家に燃え移る前に早く!」


 「おうっ!」


 黒い詰め襟の軍服を着た騎士が指事を飛ばす。黄色い布を腕に巻いた狼人が3人ほど路地に飛び込むと、燃える藁を鍬やフォークで取り除き、足で踏んだり布で叩いたりして火を消し止めた。


 被害は外壁が僅かに焦げただけだった。


 「あと2ヶ所は何処だ?! 話せっ!」


 「馬鹿か?! 『はい分かりました』と喋る訳ないだろうが! 聞き出したければ拷問でも何でもしてみやがれ!」


 襟を掴んで詰問する騎士をビックスは牙を剥き出して睨み付ける。騎士は舌打ちをしてビックスを突き放した。


 取り調べや拷問をしている時間はない。既に狼人達は動き出している。情報を吐き出させた時には貧民窟は火の海だ。


 「言わせておけ。時間の無駄だ」


 黒獅子ーーフェレスが兵士たちに倒れたままのウィッジを背中に縛り付けてもらいながら吐き捨てた。


 「兎に角、コイツらを中隊長のもとに引き渡した後、貴官らは引き続き周辺を捜索せよ」


 「はっ!」


 「なに。先程の小火(ボヤ)の煙で他の賊が動き出す筈だ。挙動の怪しい狼人を片っ端から改めればいい……決して効率のよい方法ではないが」


 フェレスが焦げた壁を顎で指し示して苦笑いを浮かべる。





 「ここに火が付けられた、ということは、風向きからしてこの辺りが火元になるか?」


 貧民窟(スラム)捜索中隊前線本部ーー


 ルーファスは中隊のテントを貧民窟と中層地区の境界となっている小さな運河の袂に張っていた。


 運河といっても広めの用水路のようなものだ。水は少なく、おまけにゴミやヘドロが溜まって流れが澱んでいる。そのせいかドブのような嫌な臭いが辺りに漂っていて不愉快極まりない。


 ルーファスは、帝都の地図を睨んで頭を掻いた。彼が印を付けた貧民窟の部分はほとんど白紙だ。帝都の管理外の区域だから当たり前だが。


 「ったく、外からじゃ中の様子が分からないってのは厄介だな」


 運河の対岸には、折り重なるようにして身を寄せあう貧民窟の建物が見える。夕方の茜色が群青に塗り変わろうとする空に幾筋もの煙が揺れていた。


 貧民窟も食事時か。


 「焦るな。他に火が付けば煙も臭いも出る。それを小さいうちに確実に消せば、帝都大火阻止は果たせる……賊の掃討は事が済んでからでもよいだろうよ」


 先程捕らえた賊を、縄で縛った上で『蜘蛛の巣(アラーネウム)』の魔糸でぐるぐる巻きにしていたフェレスがルーファスの傍らに座って顔を顰める。


 「そりゃ最悪の場合だ。火なんて付かないに越したことはないよ。大賢者の使い魔のさん」


 ルーファスはそう言ってテントに戻ると、地図の白紙の部分を睨み付けて溜め息をついた。


 「何にせよ、突っ込んじまったら捜索隊に任せるしかないか。待ってるだけってのは性に合わないんだよね」



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