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アンリーシュ=クロニクル『旧』  作者: 榎原優鬼
第3幕 カズマと銀色の狼人【後編】
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第39話 「丘の上の決闘」

【前回のアンクロ】


 ロベルト隊のメアリム邸捜索は僅かな手懸かりを手にしただけで終わった。カズマはロベルト達から騎士団が人手不足になっている原因を聞く。


 騎士団は帝国直轄領を荒らす狼人の盗賊団を掃討するため、その兵力の殆どを投入しているというのだ。


 中央本庁に戻ったカズマはクリフトから妻エルザの墓参りに付き合ってほしいと頼まれる。妻との思い出やその最期を語るクリフト。そのとき、ステラが現れ、母を殺したのは父クリフトだと詰る。


 気まずい雰囲気を変えたのは怪しげな狼人の集団だった。彼らの正体は?

 風渡る夏の丘は、その風景に似つかわしくない張り詰めた緊張感に包まれていた。


 剣や短槍、戦斧で武装した狼人20人が丘を取り囲む。その様子はまるで狩りをする狼の群れを思わせた。


 戦士(ウールヴヘジン)と言ったか……殺意があからさま過ぎて狂気すら感じる。


 「ギーゼルベルト、それにカズマ……二人揃っているとは好都合よ。貴様らは俺にとっての妨げとなる。よってここで消えてもらう」


 ゲルルフは低くそう告げると腰の長剣に手を掛けた。それに呼応するかのように、背後に控える狼人達の殺気がさらに膨らむ。


 彼我の間は目測で15エーヘル(約5メートル)程。それでもゲルルフの圧迫感(プレッシャー)にサーベルの柄を握る俺の手が汗ばんでいる。このひりつくような緊張感……こいつ、以前やりあった時より力が増している?


 俺はさっと周囲を見渡して舌打ちをした。ここは見晴らしのよい高台。背後は急な崖。一本しかない麓への小道はゲルルフ達が塞いでいる……つまり袋のネズミって訳か。


 くそっ! 最悪だな。


 「なにそれ……ゲルルフ。そんな話は聞いてない」


 「お前には関係ない。父親の道連れになりたくなければ去れ」


 ゲルルフの前に立ち塞がり、不審げな表情で彼を睨むステラ。だが、ゲルルフは少女に冷たく言い捨てた。


 ゲルルフの答えが思いもしないものだったのか、ステラの表情に動揺が走る。


 「パ……あの人と道連れ? なに言うのよ。それに、この場所は……ママが眠る場所はあんたに教えていない筈よ?」


 「お前が父親(ギーゼルベルト)と二人きりで会うと、張り付けた部下から知らせを受けた。申し合わせもせず同じ日に墓参りとは、やはり父娘(おやこ)よ。」


 僅かだが意味ありげな笑みを浮かべるゲルルフ。ステラは憮然としてゲルルフから目を逸らす。


 「別に好きで同じ日にした訳じゃないし。冗談じゃないわ……そんな事より。ゲルルフ、あんた、私を監視してたの?」


 「……俺が気紛れや酔狂でお前のような『穢れた血』を拾うとでも思ったか? 手懐けて、いずれギーゼルベルトを誘い出す餌にでもするつもりだったが、手間が省けたわ」


 「……! 私の血は穢れてなんてない! あんただって言ったじゃない。『半分流れている狼人の血を誇れ』って! あれは嘘? 私を利用していたの……?!」


 「思い上がるな小娘。二度は言わぬ……お前は用済なのだ。父親の道連れになりたくなければ去れ」


 「ゲルルフ……」


 ゲルルフの答えにステラは愕然として言葉を失った。


 「ゲルルフっ! 貴様は!」


 「……黙れっ!」


 俺の叫びは、ゲルルフの咆哮のような一喝に掻き消された。怒鳴り返そうとして、俺はゲルルフの一喝から感じた違和感に口をつぐむ。


 さっきのやり取りを聞く限り、ゲルルフはステラを利用するため、彼女の「狼人と人間の混血」という悩みに付込んだ悪党だ。


 だったら何故、彼女を用済みだと突き放すゲルルフから、辛さと寂しさを怒りで覆ったような複雑な感情を感じるのか。


 ゲルルフとステラがどんな経緯で出会ったのかは知らないし、二人が今までどんな時間を過ごしてきたのかも知りようがない。


 でも、あの違和感に間違いがなければ……勿論、だからと言ってゲルルフを肯定することは出来ないが。


 俺が察したのが気に食わなかったのか、ゲルルフは苛立たしげに舌打ちをすると俺と立ち竦むステラから目を逸らし、クリフトさんに目を移した。


 「ギーゼルベルト。英雄広場では無様を曝したな」


 「……娘から聞いたのですか」


 うって変わって静かな口調のゲルルフ。クリフトさんはゲルルフを睨み返して低く答える。


 英雄広場……やっぱりあの日擦れ違った少女はステラだったか。


 耳と尻尾を隠せば人混みに紛れる事ができる彼女は、街の様子を探るのに適役かもしれない。


 しかし、だからって実の父親が処刑される様子を娘に見に行かせる……ステラがどんな気持ちであの場所にいたのだろう。


 やっぱり悪党か。


 「ふん。万目に醜態を晒して生き恥を曝すなど、誇り高き狼人(ハウド)にとって許されざること」


 ゲルルフは腰に佩いた大振りの短刀を鞘ごと外してクリフトさんに放った。短刀は放物線を描いてクリフトさんの前に転がる。


 「貴様も狼人(ハウド)ならここで自害して恥を雪げ。俺が見届けてやる」


 クリフトさんはナイフを一瞥すると、ゆっくりと頭を振って言った。


 「お断りします。自ら命を絶つ事は狼人の誇りを守ることにはなりません」


 「……咎人が、恥より死を恐れるか」


 「罪は生きてこそ償える。恥を雪ぐ機会も有るでしょう……私は死を恐れているのではない。生きる覚悟をしたのです。ゲルルフ」


 ゲルルフを真っ直ぐ見据えるクリフトさん。ゲルルフは全身の毛を逆立て、牙を剥き出し唸り声を上げる。


 「モノは言い様よな……あの女に牙の根元まで抜かれたか! 俺の知っている誇り高き義兄、ギーゼルベルト=ベッカーはそんな軟弱な言葉は吐かぬっ!」


 ゲルルフは長剣を鞘から抜き放つと、クリフトさんに突き付けた。


 「貴様は狼人(ハウド)の誇りを捨て、人間の(メス)に現を抜かすに飽き足らず、狼人の血を混ざり者で穢した。その為に数多の同胞(はらから)を殺されながら、己を裁かず、復讐もせずのうのうと生きている。ギーゼルベルト、いや、クリフト! やはり貴様は狼人の未来の為にならん!」


 「自分の野心の為にステラを誑かし、利用して傷付けるような下衆が誇りを語るのですか! ゲルルフ!」


 「黙れ! 貴様に何がわかる!」


 長剣を振るい、吠えるゲルルフ。それが死闘の始まりを告げる合図となった。





 戦斧が風を切る重い音が頭上をかすめる。俺は体を沈めて狼人の懐に飛び込むと、印を組んだ手を腹に叩き付け叫んだ。


  「吹き飛べ! 『疾風(ヴェントゥス)』っ!」


 巻き起こる疾風に、戦斧を持った狼人が吹き飛ぶ。だが、思ったよりダメージは無いようだ。さらに3人、剣と槍を構えた狼人が迫る。


 「ちぃっ! 唸れっ! 『突風よインペトゥス・ヴェンティ』!」


 空気の壁となって狼人達に襲い掛かる突風……だが、やはり3人とも体制を崩しはするが、吹き飛ばすには至らない。


 くっ! 人間より重いから風圧ではダメージが出ないのか? いや、それだけじゃない。こいつら、何かが違う。


 唸りと共に振り下ろされる重い剣撃をサーベルで弾き、突き出された短槍を身を捻って躱しながら、俺はクリフトさんを探す。


 クリフトさんは素早い身のこなしで相手を翻弄しながら拳ひとつで武装した狼人の相手をしていた。


 凄いな……元銀狼の名は伊達じゃないってか……しかし、流石に数が多い。徒手空拳では限界がある。


 くそっ! 何とか……


 「ゲルルフ……戦士(ウールヴヘジン)を使って、貴方は何を企んでいるのです!?」


 長剣を手にした狼人の顎を打ち抜いて沈黙させたクリフトさんが、腕を組んだまま動かないゲルルフに叫んだ。


 「牙を捨て、帝国の狗に成り下がった腑抜けどもと、我らを虐げ、搾取してきた人間ども……それら全てに鉄槌を下し、狼人の誇りを奮い起こす。銀狼の奇跡を今の世に再び起こすのだ」


 「『銀狼の奇跡』など……そんな事のために、貴方は多くの人を殺め、娘の心を引き裂いたのですか? ゲルルフ! 血に濡れた手で奮い起こされる誇りなどありませんよ!」


 「黙れ。俺が同胞と認めるのは純血種だけよ。売女の血が混じった小娘など、取るに足らぬ」


 ゲルルフの答えに、クリフトさんが全身の毛を逆立て吠えた。


 「……私を蔑むのは構いません。しかし、妻と娘を辱しめるのは許しません!」


 「女を貶め、娘に穢れと罪を着せたのは貴様だろうが! クリフト!」


 咆哮をあげてゲルルフに殴りかかるクリフトさん。しかし、槍を構えた二人の狼人に行く手を阻まれる。


 俺も加勢に行きたいが、剣と槍を持った二人組を抜けることができない。さらに戦斧を構えた一人が背後に回り込もうとしているのが見えた。


 やらせるかっ!


 俺はもう一度印を組むと、一回小さく深呼吸して『ことば』を叫んだ。


 「『暴風(フラートゥス)よ』っ!」


 風が轟と唸りを上げて吹き荒れる。大型台風並みの風圧を叩き付けられ、俺に向かった3人が吹き飛びさらに後方の数人が体制を崩して動きを止める。


 すかさず俺は印を組み換えて次の『ことば』を叫んだ。


 「絡め、封じよ!『蜘蛛の巣(アラーネウム)』っ!」


 狼人のど真ん中で魔法の糸玉が爆発、強粘性の糸が網のように狼人を絡め取る。全身毛並みに覆われた狼人とって、動く度に絡み付く魔糸は人間以上に厄介だろう。


 案の定、狼人達は絡み付いた糸を引き千切ろうとして更に悲惨な状態になっている。時間稼ぎにしかならないだろうが、今は動きを封じられれば上等!


 俺はクリフトさんの方に走りながら三度印を組み直した。


 「撃ち抜け! 『(サブルム)』っ!」


 目標はクリフトさんに立ち塞がる短槍使い二人組。『ことば』によって生成された十数の石礫を、マシンガンのように打ち出す!


 「ガァっ!」


 礫は一人のこめかみ辺りに命中。だが、さらに体に数発浴びてもそいつは動きを止めただけで倒れない。


 人間なら昏倒する一撃の筈だ。やっぱり普通じゃない。


 そいつはクリフトさんの掌底で顎を打ち抜かれ、もう一人も礫を鳩尾に喰らって動きを止めたところをクリフトさんの回し蹴りで倒された。


 まさに瞬殺。アクション映画のワンシーンを観ているようだ。


 「助かりました」


 「いえ……大丈夫ですか?」


 「ええ。それなりに」


 クリフトさんは身構えたたま軽く肩を竦めた。口では軽く言っているが、肩や二の腕、胸を斬られていて血が流れている。息も上がって辛そうだ。


 「しばらく実戦から遠ざかっていましたからね……体が鈍ってしまったようです」


 自嘲気味に笑うクリフトさん。俺は足元で気絶している狼人に目配せして問うた。


 「こいつら、なんか普通じゃないです。戦士(ウールヴヘジン)って何です?」


 「……戦士(ウールヴヘジン)狼神(ヴァナルガンド)の祝福を受けた戦士たちです」


 息を落ち着かせたクリフトさんが忌々しげに吐き捨てる。


 「狼神(ヴァナルガンド)の祝福?」


 「祝福によって神の(たましい)を分け与えられ、死の恐怖や痛みから解放された勇者……と言えば聞こえはいいですが、要は薬物によって恐怖心や痛覚を麻痺させられた狂戦士です。狼人が帝国臣民となって以来禁じられ、喪われた過去の遺物です」


 うへぇ……こいつら、クスリをキメてやがるのか。道理で。そんなのを20人。一人あたり10人か?


 「話は済んだか」


 ゲルルフが長剣で肩を叩きながら言った。俺とクリフトさんの話が終わるのを律儀に待っていたのか。


 いや、今の間に蜘蛛の巣から脱した狼人達が再び俺達を取り囲み、間合いを詰めてきている……第2ラウンドの準備が整っただけだ。


 ゲルルフの側には複雑な表情のステラが立っている。人質……というより、突然始まった戦闘に、どうしてよいか分からず立ち竦んでいると言ったところか。


 どちらにしてもこのままじゃ迂闊にゲルルフを攻撃できない。


 「カズマ様」


 「何です?」


 俺が横目で問い返すと、クリフトさんは大きく肩で息をして言った。


 「ステラを……娘を頼みます」


 「貴方はどうするんです」


 「……道を開きます」


 クリフトさんは大きく息を吸い、空に向かって遠吠えした。次の瞬間、彼の雰囲気が一変する。


 静かな闘志から、烈火の怒りへ。まるで静かに燃える炭火から炎が立ち上がったように。


 『クリフト』から『ギーゼルベルト』に変わったのだ。


 「漸くか! この瞬間(とき)を待っていた! それこそ誇り高き狼人の姿よ!」


 津波のように叩き付ける圧迫感(プレッシャー)にゲルルフが喝采をあげる。


 手にした長剣を地面に突き立て、咆哮をあげてクリフトさんに飛び掛かるゲルルフ。クリフトさんも激しく吠えてゲルルフを迎え撃つ!


 「オオオォぉン!」


 「がぁぁっ!」


 拳と拳がぶつかり合う轟音が空気を揺らした。


 ……凄い、いや、凄まじい。


 その刹那、視界に光る煌めきを俺は咄嗟に躱した。そうだ。敵はゲルルフだけじゃない!


 二人の闘いの決着を、狂戦士(ウールヴヘジン)どもが大人しく待ってる訳がないじゃないか!

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