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アンリーシュ=クロニクル『旧』  作者: 榎原優鬼
第1幕 カズマと大賢者の弟子
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第3話 「尋問」

【前回のアンクロ】


大地震に巻き込まれ、意識を失った一馬。目が覚めたのは皇女が湯浴みをしている最中の湯殿であった。


慌てた一馬は脱出を試みるが叶わず、侍女に殴られて気絶してしまう。


目が覚めた彼は身柄を拘束され、二人の男から尋問を受けるのだった。

「さて、これが何か分かるか?」


ラファエルは手にした『膝砕き器』を俺に突き付けた。


鉄の歯が付けられた木の板をボルトで縦に連結したシンプルな造りの器具だ。ボルトを締めると連結された板の間隔が狭まり、間に挟んだ物を圧迫する。簡単に言えば大きい万力。


何に使うかは……名前の通りである。イラストはネットで見たことがあるが、実物は初めてだ。


俺は軽く身震いを感じると、俺は小刻みに頷いた。


「やはり言葉は理解できるな? 一応説明してやる。これは『膝砕き器』。名前の通り膝はもちろん、あらゆる関節に使う」


ラファエルはそう言うと、俺の右足を掴んで押さえ付け、膝に巨大万力をはめる。


うわっ! ちょっと待て……!


思わず体を逃がそうともがくが、椅子に縛られていて動けない。右足の脛も手早く椅子に縛り付けられてしまった。


「関節にはめた後、このハンドルを回すと歯の間隔が狭まる……最後には鉄の歯が肉を突き破り、膝の関節の骨を砕く。そうなると治癒は不可能。この足は一生使い物にならなくなる」


ラファエルはそう言いながら膝砕き器のハンドルを回し始めた。金属の軋む嫌な音と共に、歯の間隔が狭まっていく。


鋸のような歯が俺のスラックスに突き刺さった。冗談じゃないっ!


「分かったっ! 分かったよっ! お願いだから止めてくれ!」


俺は左足をばたつかせて叫んだ。痛みと恐怖に涙だけじゃなく鼻水まで垂れ流しだが、気にしている余裕はない。


「下手に動くと傷口が広がるぞ……いつまで話せない振り(・・)をするつもりだ? 言葉が話せるなら話したらどうだ」


ハンドルをさらに回すラファエル。軋む音が重くなり、スラックスに血の染みが浮かぶ。


ーー痛いというより熱い!


振りなんかしてないっ! マジで喋れないんだって! このままじゃ膝の皿が割れる! 止めてくれっ!


頭の中では必死に叫ぶが、口から出るのはよだれと叫び声。


なんで俺がこんな目に遭わなきゃならないんだっ……!


「ラファエル、こいつは演技じゃないぞ? これ以上の責め苦は意味がないんじゃないか」


ロベルトがラファエルの肩に手を置き、顔をしかめて言った。


ラファエルは『ふむ』と小さく頷くと、膝砕き器のハンドルに手を置いたまま俺を見る。


「言葉は話せない、か。なら、首の動きだけで構わん。俺の質問に正直に答えろ。場合によっては処刑以外の刑罰で済むかもしれん」


ラファエルの言葉に、俺は頷いた。


処刑以外の刑罰がよくわからないが、殺されずにすむなら、分かる範囲でなんでも答える。だから右足の拷問具を外してくれ……さっきから血が止まらない。


そう目線で訴えてみたが、ラファエルは気付いてないのか、敢えて無視したのかハンドルから手を離す気配すらなく俺に質問を始めた。


「では、皇女殿下の湯浴みの時間を狙ったのは、殿下を害したてまつるためか?」


俺は強く首を振った。彼女に会ったのは今日が初めてだし、この国の皇女だというのも知らなかったんだぞ?


それに、丸腰で暗殺なんかできるか。


「皇女殿下が目的でないなら、何が目的だ? 宝物庫でも狙ったか」


いや。俺はどこぞの怪盗紳士の3代目じゃない。当然ノーだ。


「……王宮に侵入するため、お前に協力した人間は居るか」


この問いにも首を振る。そもそも、気が付いたら風呂場に居たんだから、協力者も何もない。


「……お前はなぜ王宮に侵入した? 誰かの指示または依頼か?」


まさか。風呂場を覗きに入る依頼って何だよ。


俺が首を振ると、ラファエルは呆れたように溜め息をついた。


「誰の協力もなく、一人で王宮に侵入しながら、皇女殿下を害し奉るつもりはなく、泥棒でも間者でもない……ではお前は何のためにあそこに居たのだ」


それは俺が一番知りたいよ。言葉が通じないのがもどかしい。


俺の表情から何かを感じたのか、ラファエルは複雑な表情で問うた。


「まさか、貴様……何故あそこにいたのか、自分でもわかってないのか」


俺はゆっくり頷いた。ラファエルは一瞬固まり、やがて額に手を当てて頭を振る。


「それを素直に信じろと?」


眉を顰めて俺を見下ろすラファエル。疑うのも分かるが、本当に何も分からないのだから仕方ない。


部屋に重く冷たい空気が立ち込めたその時、入り口のドアが軋んだ音を立てて開き、別の男が入ってきた。


彼は部屋に入ってラファエルとロベルトに敬礼すると、二人に何やら耳打ちする。


「……メアリム様が?」


ロベルトが困惑した表情で俺を一瞥した。ラファエルは前髪を弄りながら何かを考えている。


何だろうか。何か状況が変わったんだろうか……悪い方じゃなきゃいいけど。


「貴様、大賢者メアリム=イスターリ様を知っているか?」


ラファエルの問いに、俺は戸惑った。メアリム……イスターリ? 知らないな。


「そうか……解せんな」


俺が首を振ると、ラファエルは髪を掻き上げて顔を顰めた。


なんだよ……すごく不安になるじゃないか。


「先程、大賢者様より貴様の身柄を引き受けるとの申し出があった旨、連絡があった。今より先、貴様の処遇は大賢者様に委ねられる」


ロベルトが憮然とした表情で言う。


え? つまり、どういうことだ? 俺は処刑されずに済んだのか?


「あの方が見知らぬ咎人とがにんの身柄を預かる、か。まあ、あの方の事だ。考えがあっての事だろうが……それにしても貴様、何者だ?」


訝しげな目で俺を見るラファエル。


そんな目で見ないでくれ。本当になにも知らないし、何が何だかさっぱりなのは俺も同じなんだから。


僅かな沈黙のあと、ラファエルは小さく溜め息をついて入り口に控える男達に声を掛けた。


「まあ、いい。お前達、こいつの縄を解いてやれ」


「はっ!」


ラファエルの指示に、男達は素早く俺の縄を解き、右足の膝に食い込んでいる拷問具を取り外す。


良くは分からないが、取り合えずこの場は助かった……のか?


束縛から解放された俺は全身の力が抜けて椅子から崩れ落ちそうになり、男の一人に支えられた。そして、そのまま男達に脇を抱えられるようにして立たされる。


「取り合えず貴様はここに留め置く。指示があるまで大人しくしていろ」


そう言ってロベルトは部屋を出ていった。


え? 解放されるんじゃないの? しかもこのまま? 足の怪我は? 血が沢山出てるんだけど。


言葉が通じないのは分かっているから目線やジェスチャーで訴えてみるが、俺を抱える男達も、ラファエルも理解してくれない。


結局、俺は一人冷たい石の牢獄に取り残されるのだった。






眩しい……


瞼を照らす光に、俺は眉をしかめた。


やっぱ遮光カーテン買わなきゃな……そんなことを考えながら……俺はハッとして目を開けた。


木の板を並べた天井、剥き出しの石の壁……昨日の牢屋だ。どうやらあれは夢じゃなかったらしい。


しかし、いつの間にか寝てしまったのか。


よく眠れたよな……この状況で眠れる自分の適応力を誉めてやりたい。まあ、それだけ疲れていたんだろう。


石畳の上で寝てしまったため、体中が痛い。


上体を起こして周りを見渡す。昨日は気付かなかったが、牢獄の壁に鉄格子つきの小さな窓が開いていて、そこから日の光が差し込んでいた。


ってことは、朝か。


ふと右膝を見ると、膝上からスラックスが切られ、きちんと包帯が巻かれていた。寝ているうちに手当てしてくれたんだろうか。


出来れば一張羅のスラックスを切って欲しくなかったけど、贅沢は言えないよな。


「牢屋でイビキをかいて眠るとは、余裕じゃのぅ」


いきなり声をかけられ、俺は慌てて声の方を振り向いた。牢屋の入り口に開いた格子窓から誰か覗いている。誰だ? いつから覗いてたんだ。


扉の鍵が開き、木戸が軋んだ音を立てて開く。部屋に入ってきたのは二人。ロベルトと胸元に届くほど立派な白髭を生やした老人だ。手には節くれだった木の杖を持っている。


この爺さんが大賢者メアリム=イスターリなんだろうか。ゆったりとした灰色のローブに身を包み、獅子のたてがみのような髪は絹糸のように白く、顔には深い皺が刻まれ、高い鷲鼻と鋭い目付きをしている。その風貌は賢者というより魔法使いといった感じだ。


「老師、この者が昨夜王宮に侵入した賊だが、老師の仰る男で間違いないか?」


「ふむ……間違いない。この者は我が弟子じゃ」


老人は顎髭を撫でながら俺を頭の先から足の先まで見ると、鷹揚おうように頷いた。


弟子? 俺が?


いきなりの事で困惑する俺に老人は大股で近付くと、いきなり手にした杖で俺の頭を叩く。


「いってぇ! いきなり何しやがるっ!」


「黙れっ! この愚か者がっ! ワシに恥をかかせおって!」


メアリム老人は俺の抗議を遮るように一喝すると、更に肩を打ち据えた。俺は呻き声を漏らし、肩を押さえて老人を睨み付ける。


何で顔も知らない爺さんにいきなり殴られなきゃならない? 昨日から理不尽な事ばかりだ。


何なんだ。俺が何をした!?


「何じゃ! その目付きは? それが師に対する態度か!」


老人は俺の髪を掴むと、その細腕からは想像できない力で俺を引き寄せ、ニヤリと笑みを浮かべた。


「……ワシに合わせよ。上手く収めてやる。お主はワシの弟子じゃ。よいな」


「……え? 」


低い声で呟く老人に、俺は思わず聞き返した。


この場を収めるから合わせろ……つまり芝居をしろってことか? 勧進帳の弁慶と義経じゃあるまいし。ってか、芝居のつもりなら本気で殴らないでほしい。場が収まる前に死んじまう。


「この馬鹿弟子がっ! 未熟者の癖に研究中の転移魔法なぞに手を出しおって……その上、皇女殿下の湯殿に落ち、御心みこころを騒がせるとは何事かっ! 貴様のせいでワシがどれだけ苦労したか……今日という今日は赦さぬぞ」


老人は俺を突き放すと、杖で俺の鳩尾を何度も突いた。だから少しは加減してくれっ! 冗談抜きで痛い! 反射的に体を庇うが、杖で脇腹を突かれて激しくむせる。


さらに杖を振りかぶるメアリム老人を、ロベルトが制した。


「老師、そこまでにされよ。大賢者様と言えど、騎士としてこれ以上の暴力は容認できぬ」


メアリム老人は杖を下ろすと、肩で息をしながら俺を睨み付けた。


うう……やっと終わったか。酷い目に遭った。


「ふん。今日のところは騎士殿に免じて堪忍してやる……見苦しい所を見せたな、ロベルト卿」


「いえ……こちらこそ出過ぎた真似を致しました。しかし、メアリム様が御弟子にこのような折檻をされるとは、意外です」


苦笑するメアリムに、ロベルトは困惑した表情を浮かべる。


「いや。魔法とは不心得者が不用意に使えば大事故に繋がるもの。ことの大事を思い知らせねばならぬ。それより、ワシは陛下より、今後この件についての処遇は任せるとのちょくを戴いておる……ということで、この男を連れて帰るぞ?」


「伺っています。勅令とあれば従わぬ理由はありません」


ロベルトはメアリム老人の言葉に頭を振る。老人は満足げに頷くと、俺を振り向いた。


「では、帰るぞ……ん? どうした」


床に座り込んだまま動けずにいる俺に、老人が眉を顰める。


「膝の傷が開いちまったみたいだ。身体中が痛いし……もう動けない」


「……全く、情けない奴じゃのぅ」


息も絶え絶えで訴える俺に、呆れたように頭を振るメアリム老人。ったく、誰のせいだと思ってるんだよ! この暴力ジジイっ!


ん? ちょっと待って。今話が通じてなかったか?


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