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アンリーシュ=クロニクル『旧』  作者: 榎原優鬼
第3幕 カズマと銀色の狼人【後編】
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第35話 「女騎士と元不良貴族」

【前回のアンクロ】


 メアリム爺の託けと密書を預り、中央本庁(ツェントルム)にたどり着いたカズマとフェレス。


 しかし、メアリム邸爆破をうけて、中央本庁(ツェントルム)は厳戒体制にあった。小細工は通じないとみたカズマは、単身副長官への面会を申し出る。しかし……

 「その男を拘束せよ!」


 女騎士の号令一下、俺を囲んでいた兵士たちが鉾槍を構えて迫ってくる。


 相手は正規の騎士団だ。下手に抜いたら本当に賊になってしまう。


 俺はサーベルの柄から手を離すと周囲に目配せをしながら舌打ちをした。何とか切り抜けてここを脱し、別の手を考えねば。


 数は……8人。一人で相手ができる人数ではない。


 と、正面の兵士が鉾槍(ハルバード)の柄で俺を打ち据えようと殴り掛かってきた。さらに後ろから一人、石突きで腿を突いてくるのが視える(・・・)


 くそ……! やるしか!


 俺はサーベルを鞘ごとベルトから引き抜くと、肩口目掛けて振り降ろされる鉾槍の一撃を弾き、背後から腿を狙った突きを身を翻して躱す。


 そのまま突きを外した兵士の鳩尾を鞘の(こじり)で突き返してやった。急所を突かれた兵士は『ぐえっ』と呻いて踞る。


 だが、次の瞬間俺は背中を強かに殴られ、息を詰まらせて膝を突いた。


 ちぃっ! 流石に連戦で反応が鈍ってやがる。


 動きの止まった俺を取り押さえようと、一斉に掴みかかる兵士たち。


 ちくしょう! そう簡単に捕まってたまるか!


 カッとなった俺は、印を組んだ手を振るって叫んだ。


 「唸れっ! 『突風よインペトゥス・ヴェンティ』!」


 瞬間、俺を中心に爆発的な突風が吹き荒れ、俺を抑えようとしていた兵士数人が風圧をまともに食らって吹き飛ばされる。


 だが、まだだっ!


 「絡め取れっ! 『蜘蛛の巣(アラーネウム)』っ!」


 『ことば』によって生成された糸玉が音もなく弾け、千筋(ちすじ)の糸の如く兵士たちに降り注ぐ。


 兵士たちは『ぎゃっ!』『なんだ? これは?!』と口々に叫びながら糸を引き千切ろうとするが、もがけばもがく程糸が体を絡めとる。


 空気に触れると硬化する強粘性の魔糸。そうそう外せない!


 よし、この隙に……!


 「カズマっ! 手紙を出せ!」


 フェレスの鋭い声。俺は言われるままに懐からメアリム爺の密書を取り出した。その瞬間、黒い塊が弾丸のように俺の前を通りすぎる。


 なっ! なんだ!?


 慌てて塊の飛んだ先を目で追った。黒い塊ーー黒猫(フェレス)は俺からかっさらった密書を口にくわえ、中央本庁(ツェントルム)の水堀を一気に飛び越えてそのまま城門の闇に消える。


 一瞬の出来事。


 フェレスは闇に紛れる直前、俺を振り向き、金色の瞳を細めて笑った……ように見えた。


 ……あの駄猫(バカ)、俺を(踏み台)にした……っ!?


 しかし、俺の思考は凄まじい勢いで迫ってくる圧迫感(プレッシャー)に掻き消される。


 空を疾る稲妻のような光の奔流に、咄嗟に体を投げ出す様にして上体を反らす。刹那、俺の鼻先を銀光が切り裂いた。


 ……速いっ!


 バランスを失い背中から石畳に倒れこむ俺の目に映ったのは、風に舞い踊る黄金の髪と、鋭く刺すような氷の瞳。


 俺は慌てて起き上がろうとして……動くことができなかった。


 俺の鼻先にサーベルの切っ先を突き付けた女騎士は、その形のよい唇に冷たい微笑を浮かべ、俺を見下ろして言う。


 「私の初太刀を躱したのは誉めてやろう。だが、これでチェックメイト(シャッハマット)だ」


 ……くっ! 不意討ちとはいえ何もできないなんて……でも、ここまで圧倒されると、負けても悔しさが湧いてこないものなんだな。


 「……降参します」


 俺は溜め息をついて体から力を抜くと、仰向けのまま両手を上げた。


 ……


 ……


 ……


 ……


 「随分な活躍じゃないか? カズマ」


 ……またか。


 俺は心の中で嘆息し、目を閉じたまま少年の言葉を無視した。相変わらず耳障りな声だ。こいつの声を聞くと胸がむしゃくしゃする。


 「酷い言い様だね……鐘楼で助けてあげただろう? 少しは感謝してくれてもいいんだよ?」


 耳元で囁くように笑う声に、俺は舌打ちをして目を開けた。


 深い霧が立ち込めた森の中。場違いなアンティーク調の椅子に、長い足を見せつけるように組んで腰掛けた黒髪の少年が、ニヤついた笑みを浮かべてそこにいる。


 ……あれはお前の悪戯だろう? ヴォーダン。まあ、結果的に助かったのは事実だが。


 「素直じゃないな。変に意地を張ると損するよ?」


 白くて長い指で前髪を弄び、ヴォーダンは大袈裟に肩を竦める。


 うるせぇな……で? 今回は何の用だ。まさかそんな事を言いに降りてきた訳じゃあるまい。


 「くくっ! そう急かさないでよ……その『力』、随分使いこなしているじゃないか。どうだい? 君が望めば更なる力を与えてあげるよ?」


 邪悪さすら感じられる笑みを浮かべて俺に手を差し伸べるヴォーダン。


 更なる力……だと? そんな見え透いた悪魔の誘いに乗るものか。分を弁えない力は自分を滅ぼすんだよ。


 「へぇ……君も無欲だね。彼ら(・・)は喜んで受け取ったのに。まあ、いいや。君の好きなようにしなよ」


 頬杖をついて意味ありげに笑うヴォーダン。


 ちょっと待て。今なんつった? 『彼ら(・・)』だと?


 まさかお前、来栖と烏丸に力を……!


 「くくくっ……さあ? どうだろうね? ああ、時間だ。さあ、再び幕が開くよ。役者は舞台に戻らないとね……まあ、精一杯踊って見せてよ」


 ヴォーダンの声が霧の向こうに消えた瞬間、俺の意識は暗転した。


 ちくしょう……答えやがれ!





 ……息苦しい。


 俺は小さく唸って眉を顰めると、うっすらと目を開けた。


 外から射し込んだ柔らかな陽の光が俺を照らしている。


 干し草の香りがする枕、暖かな布団。遠くて馬の(いなな)きが聞こえる、心地よい朝。


 ……の筈なんだが、なんだこの息苦しさは? なんだか胸が重い。


 「いつまで寝とる。起きんか馬鹿者」


 「……うぐっ?」


 顎を引いて胸の辺りを覗くと、黒猫が一匹、胸の上で香箱座りをしている。


 「フェレス……! 貴様、どこに座ってやがる!」


 ムカついた俺は、フェレスを払い除けて起き上がった。邪険にされた猫が抗議の鳴き声を上げるが無視。


 全く。夢見は最悪だし、目覚めも悪い。最悪な目覚めだ。


 俺は髪を掻きむしりながら窓の外をみた。警戒体制は解除されたのか、早朝の中央本庁(ツェントルム)は昨日のことが嘘みたいに静かだ。


 しかし、なんか厄介なことになったな。俺は肩を落として溜め息をつくと昨日のことを思い返した。


 ……


 ……


 ……


 ……


 壁の石積が露出した、飾り気の無い部屋。鉄板が鋲で打ち付けられた頑丈な木戸……あの美人の女騎士に投降した俺は、飾り気ひとつ無い部屋に捕らえられていた。


 中央本庁(ツェントルム)の別館にある八畳程の部屋である。部屋には椅子が2脚と机が1台。独房というより取調室だ。


 しかし、この閉塞感をもう一度味わうとは思わなかった。まあ、あの時と違って椅子に縛られちゃいないだけましか。サーベルは没収されたものの、体を拘束される事もなく……尋問や最悪拷問を覚悟していた俺は拍子抜けしてしまった。


 それにしても……騎士団は何をしているんだろう。


 捕らえられてから既に一刻程放置状態。流石に扉の外には見張りが居るだろうが、もしかして忘れられたんじゃないかと不安になってくる。


 ……と、扉の向こうで話し声が聞こえる。詳しい内容まで聞き取れないが、声色からして緊迫した事態では無さそうだ。


 少しして、分厚い木の扉を開けて現れたのは、四角い顔をした禿げ面の壮年男性。まるで芋虫みたいに太く濃い眉毛と、ギョロりとした目が一回見たら忘れないほどインパクトがある。


 「貴様がカズマ=アジムか? 大賢者の弟子だと言う」


 「はい」


 男性の言葉は乱暴だが、横柄ではない。俺が頷くと、男性は椅子にどかりと腰を下ろして俺を観察するように見た。


 「中央本庁(ツェントルム)の門前で兵を魔法で翻弄し、『稲妻のオリヴィアオリヴィア・デ・ブリッツ』……オリヴィア=フォン=ラウエンシュタインの一撃を躱して見せたと言うから、どんな奴かと思ったが……意外に普通の面構えだな」


 「は、はぁ」


 あの女騎士、オリヴィアって名前なのか。しかし、意外に普通の面構えって……それが誉め言葉なのか分からないが、尋問というより世間話でも始めるような雰囲気に俺は戸惑った。


 このおっさん、何者だ? 軍服の肩章や胸につけた階級章の感じからしてかなり上級の軍人のようだが……


 「そうか。俺の顔を知らんか……俺はブロンナー。この中央本庁(ツェントルム)の副長官だ。貴様、俺に会いに来たんだろう?」


 俺の表情から察したのだろう。男性ーーブロンナー氏はそう言って悪戯っぽく笑った。


 ん? プロンナーって……ブロンナー=フォン=コルネリウス伯爵か?!


 吃驚して思わず声が出てしまいそうになるのをなんとか抑え、俺は注意深く問うた。


 「何故、副長官がお一人でこちらに?」


 「なに、大賢者の黒猫がな」


 ブロンナー卿はそう言うと、懐から手紙を取り出して俺に見せた。封は既に切られている。フェレスから受け取ったのだろうか? または、考えたくないことだが……


 「これについての詳しい話は弟子に聞け、と言いおったのでな。あのメアリムが直接伝えるよう弟子に託けするほどの事だ。出向いて話を聞くのが筋じゃろう」


 「フェレスが……」


 俺は手紙とブロンナー卿を交互に見た。彼の言っていることが本当なら、フェレスは俺がブロンナー卿に会えるよう話をつけてくれたって事だ。


 そのつもりなら、予め段取りを話してくれれば俺も賊紛いの事をしなくて済んだのに。


 ん? なんか前にも似たようなことがあったな。


 「しかし、この手紙に捺された封蝋の印を見せれば、このような面倒なことをせずとも俺に会えたろうに」


 手紙を懐に仕舞いながら苦笑いを浮かべるブロンナー卿。


 俺もそれは考えたさ。確かに普通ならそれで済むんだろうけど。


 「……手紙を預ける相手が味方として信頼できる方かどうか分かりませんでしたから」


 「ふむ。成る程な……それで、メアリムからの伝言とはなんだ? ここには俺と貴様だけだ。話が外に漏れることは無い。護衛隊の耳に入ることもなかろう」


 取調室という密室。部屋にいるのは俺とブロンナー卿の二人……状況としては理想的だ。でも、だからこそ気になることがある。


 「……貴方は本当にコルネリウス伯なのですか?」


 口に出して、我ながら疑り深いな、と思う。状況的に伯爵本人に間違いないのだろうが……護衛隊の罠、突然の襲撃と色々続いて疑心暗鬼になっているのかも知れない。


 だが、俺の不躾な問いにブロンナー卿は一瞬芋虫の下のギョロ目をキョトンとさせ、すぐに豪快に笑った。


 「メアリムの弟子が務まるだけはあるわ。なかなか用心深い。確かに、いくら名乗ったところで、騎士団の副長官が一人でこんなところに顔を出すなど考えにくい。疑われるのも無理は無い……そうだな。そこの黒猫にでも確かめてみるがよい」


 「え? 黒猫?」


 ブロンナー卿が指した先、取調室の床に一匹の黒猫が座っている。


 「フェレス……! お前、いつの間に!」


 「ワイは何処にでもおる。なにせ神出鬼没の使い魔やからな。安心せい。禿げ散らかしておるが、この小僧、コルネリウス伯ブロンナー卿に間違いないぞ」


 フェレスはそう言って得意気に鼻で笑う。その言葉に、ブロンナー卿が渋面を作って抗議する。


 「禿げ散らかしてとは随分な言い様だな? フェレス。それに、俺はもう小僧呼ばわりされる年でもないぞ」


 「ふん。ワイはお主が士官学校で一番の悪童で、暇があれば貴婦人の尻を追いかけとった小僧の頃から知っとる。ワイにとってはいくら年食って勲章の数が増えようとも小僧は小僧じゃ」


 「全く、飼い主と同じことを抜かしおる。悪童だったのはメアリムも同じだろうが」


 そう言って『やられた』と言わんばかりに禿頭をピシャリと叩き、苦笑いを浮かべるブロンナー卿。


 卿の雰囲気や態度が俺のイメージする貴族と違ったから戸惑ったが、成る程こういう人か。何となくわかった気がする。


 「今までの無礼をお許しください。ブロンナー卿……師、メアリムの託けをお伝えします。先ずはメアリムの安否について……」


 俺は爺さんから預かった託け……爺さんの無事と行方不明の真相、そして銀狼事件とメアリム爺やクリフトさんに振りかかった一連の事件の関わりをブロンナー卿に語った。


 語るほどに、体が、心が軽くなっていく気がする。意識はしていなかったが、やはり重圧を感じていたのだ。


 「……話は分かった。交換といっては何だが、俺も貴様らにひとつ情報を提供してやろう」


 俺の話を一通り聞いたあと、ブロンナー卿は俺に気になる事を告げた……帝国領内にある狼人の居留地のいくつかから、狼人が消えたというのだ。



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