第20話 「白き民」
【前回のアンクロ】
炊き出しがはしまり、カズマは手際よくスープを配る。その時、銀髪の半狼人ーーステラが姿を見せた。
「呪い子」と呼ばれ忌み嫌われる彼女にもスープを差し入れようと彼女を追ったカズマの前に、銀狼が現れる。
「……貴様、ここで何をしている」
銀狼は腰からもう一本ナイフを抜きながら俺を睨んだ。それはこっちの台詞だ。なんで連続強盗殺人犯がここにいる?
「別に俺がどこにいようが、あんたには関係ないだろ。お前こそ、よく太陽の下を歩けるな」
「帝国の走狗が。利いた風な口を」
銀狼は低く唸るように言うと、ナイフを構えて腰を落とした。
ちっ……軽口を叩いたものの、刃物を持ったこいつと丸腰でやりあうのは分が悪すぎる。それに、ここではステラを巻き込んじまう。
どうする? 不意を突いて逃げるか。
「ゲルルフ……そのくらいに……んぐ……してあげて」
俺と銀狼の間に張り詰めた空気は、少女の一言で不意に緩んだ。言葉がくぐもっているのが気になってステラにちらと目線を移すと、彼女はスープでふやかしたパンを頬張りながら銀狼を睨んでいる。
一歩間違えれば人一人殺されてた状況でよく飯が食えるな。この娘、見掛けによらず肝が据わってやがる。
「……なに?」
少女の言葉に、ナイフの切っ先を俺に向けたまま銀狼が胡乱げな顔をする。ステラは椀から顔を上げると俺を一瞥した。
「 だから、殺さないでってこと。私が護衛隊に乱暴されそうになったところを助けてくれたのはこの人」
「……この男が昨夜お前の言った命の恩人か」
「そんな大袈裟に言ったかしら。兎に角、同胞の恩人に向ける牙はないのよね?」
「……むう」
ステラの言葉に、銀狼ーーゲルルフは眉間に皺を寄せて唸った。が、すぐに舌打ちをして肩を落とす。
「ちっ……命拾いしたな、人間……だが、見逃すのは一度限りだ。次に俺の前に立ち塞がったときは殺す」
ゲルルフはそう吐き捨てるように言って舌打ちをすると、ナイフを鞘に納めた。
「……そいつはどうも」
悔しいが、確かに命拾いしたな……俺は溜め息をつくとスープを食べ終わったステラをジト目で睨んだ。
「君はこの男の仲間だったのか、ステラ」
「だったらなに? 私を護衛隊から逃がしたの、後悔した?」
そう、からかうように言って笑うステラ。口調とは裏腹にその表情はどこか寂しげに見える。
  
彼女が銀狼の一味で、ゲルルフの殺人に関わっていたとしても……多分俺は彼女を放っておけなかっただろう。
「いや。後悔はしないさ」
「……そう」
肩を竦めて答える俺から、ステラは目を逸らした。
そんなステラと俺の間にナイフに手をかけつつ、ゲルルフが割って入る。
「貴様、騎士団や護衛隊でないなら何故ここにいる」
「さっき言ったろ。あんたには関係ない」
「彼、あの人の炊き出しの手伝いに来たのよ……お椀、ここに置いてくわ。美味しかった」
ステラはさらりとそう言うと、椀を置いて木箱から飛び降りた。ふわりと銀の髪が風に舞う。手入れをしたらきっと美しいだろう。
「炊き出し? 人間が、狼人にか」
「……悪いかよ」
少女の言葉にゲルルフは眉間に皺を寄せて俺を睨んだ。人間が狼人の炊き出しを手伝うのがそんなに奇妙か?
「行こう、ゲルルフ。もうここには用はないでしょ?」
ステラがそうゲルルフを促した時、バラックの向こうから聞き慣れた声がした。
「カズマ様、何かありましたか? 随分と……」
心配げにそう言いながら顔を覗かせたクリフトさんの表情が、ゲルルフ達を目にして一瞬固まり、みるみる厳しく変わる。
「……貴方は、ゲルルフ=バルツァー」
「久しいなギーゼルベルト……いや、今はクリフト=フェーベルだったな? 裏切り者」
ゲルルフが牙を剥き出し、敵意と憎しみが隠った目でクリフトさんを睨み付けた。
クリフトさんとゲルルフは顔見知りなのか。しかし、『裏切り者』って……?
「ゲルルフ……何故貴方がここに?」
「ふん。貴様に語る舌など持たぬ。知りたければ力ずくで聞き出せ……かつて貴様がしていたようにな」
「……」
ゲルルフの嘲笑じみた言葉に、クリフトさんはなにも言い返さず厳しい表情のまま押し黙ってしまった。
「ゲルルフ、この人達の相手をしている暇はないでしょ?」
そう言ってクリフトさんに冷めた視線を向けるステラ。今度はクリフトさんが苛立ち混じりの声を上げた。
「ステラ、何故貴女がこの男の側に居るのですか! 戻りなさい! この男は貴女の為にならない!」
「……私が誰と何をしようとあなたに関係ないわ。こんな時だけ父親面しないで」
「なっ……」
冷めた声でそう言い放つステラ。クリフトさんは顔を歪めて絶句する。
……って、いま、彼女何て言った? 『父親』?
ということは、ステラとクリフトさんって父娘なのか。
俺は思わずステラとクリフトさんを2回見比べた。
俺達に背を向けようとするステラに、クリフトさんが何か言おうと口を開いたその時、広場の方から女性の絹を裂くような悲鳴が上がった。
なんだ!?
俺とクリフトさんは思わず顔を見合わせ、悲鳴の方を向く。悲鳴の他に怒号や激しい物音が聞こえてきた。ただ事じゃなさそうだ。胸騒ぎがする。
「貴様……カズマとか言ったな。命が惜しければ、俺やクリフトに関わらぬことだ」
「……なんだと?」
ゲルルフの声。ハッとして振り向くが、そこにゲルルフとステラの姿は無かった。
『命が惜しければ関わるな』? どういうことだ?
「カズマ様、ゲルルフは置いておきましょう。声は広場から聞こえます。早く行かねば」
「わかりました……その前にひとつ」
「……何でしょうか」
駆け出そうとしたクリフトさんは、怪訝そうな顔で俺を振り向く。
「ステラ……彼女はクリフトさんの?」
「……娘です」
「そう、でしたか」
少し寂しげに答えるクリフトさん。さっきのやり取りの雰囲気だと、上手く行ってないみたいだな。
それにしても、ゲルルフの奴。追われる身の筈なのに真っ昼間からこんなところを彷徨いて……何をしてやがったんだ?
「穢れた獣ども! ここは貴様ら獣人の住む場所ではない!」
「この世界は白き民の為にこそある! 呪われた亜人は去れ!」
口汚く罵る声が広場に響く。
突然現れた闖入者は異様な姿をしていた。
白い三角頭の目出し帽に白のローブを身に付けた人物が9エーヘル(約3メートル)程の白い十字架を手にして立っており、その両脇を同じ服装をしたゴツい男達が固めている。
3人の白服の後ろには20人近くの男達が手にピッチフォークや大鎌、棍棒を持って広場に集まった狼人達を睨み付けていた。
なんだ、こいつら。カルトか何かか?
「貴様ら、何をしに来た? ここに居るのは腹を空かせた女子供や老人だ。貴様ら『純白の民』が探しているような奴は居らぬぞ」
前に進み出たヨルク老が鋭い目線を男達の先頭に立つ白装束に向ける。
「我々は貴様ら狼人に裁きを与えるために来たのだ。そんなことは関係ない」
十字架を掲げて先頭に立つ白装束の男が、広場に集まっている狼人達を見渡してそう言い放った。
「裁きだと? ふん……儂らは貴様らなどに裁かれる覚えは無い。早々に去れ」
ヨルク老がそう吐き捨てると、白装束に率いられた男達が色めき立つ。
「しらばっくれんじゃねえ! お前達狼人が何をしたか! 知らねえ訳がねぇだろうが」
「俺はコイツらに雇い主を殺されて仕事奪われた!」
「俺の娘はアジッチの店に奉公に出てたんだ。ただそれだけなのに、貴様ら狼人は娘を食い殺した!」
「ワシの息子も殺された! この人殺しども!」
「血に飢えた狼は去れ! 人食いの犬どもを皆殺しにしろ!」
白装束の後ろに控える男達が手にした鎌やフォークを振りかざして興奮ぎみに叫ぶ。
皆口々に、狼人に親族や雇い主を殺されたと訴えている。でも、それは銀狼ーーゲルルフがやったこと。ここにいる狼人達には関係ないだろう?
狼人の女性や子供達は怯え、男達は困惑しているじゃないか。
その時、クリフトさんが白装束達とヨルク老の間に割って入り、両手を広げて訴えた。
「待ってください! 銀狼を名乗る狼人とその郎党が多くの人間を殺めたのは事実です! しかし、それは銀狼一党の罪。我々を責めるのは筋違いではないですか?」
「……関係ないと言った。我々には銀狼も貴様らも同じ犬よ。それに、我々は貴様らがその銀狼一党と手を組み、さらに大規模な暴動を企てているという確かな情報を得ている……故に裁くのだ」
「何を……馬鹿な!」
白装束の言葉に、クリフトさんが絶句する。
コイツらの理屈は完全な言い掛かりじゃないか。ゲルルフと同じ狼人ってだけで無関係な彼らに報復しようってのか?
無茶苦茶だ。
「有り得ぬか? だが、銀狼が貴様らを使役する商人を殺して回る様を聞き、密かに喝采したであろう?」
白装束の男はクリフトさんを蔑むようにそう言いうと、右手をスッと掲げた。
「……身の程を知らぬ家畜は鞭打たねばならぬ! 我ら『白き民』の導きが必要なのだ」
その刹那、狼人側で悲鳴が上がり、一人の女性が倒れ伏した。見ると頭から血が流れている。
アイツら、石投げやがった!
狼人たちはざわめき、女子供は悲鳴をあげて逃げ始める。人間の男達はそんな彼らに向けて続けざまに石を投げつけた。
「やめてください! 無抵抗な女子供に石を投げて……貴殿方には恥というものがないのですか!」
絶叫するクリフトさんの頭や肩に石がぶつかる。クリフトさんは一瞬膝をつくがすぐに立ち上がって男達に立ち塞がった。
くそっ! 何でこんな……俺はどうしたら? トロンベで走って騎士団に通報する? いや、そんな時間は……こんなときに携帯が有れば……
「ったい!」
「馬鹿っ! 何やってるんだ!」
子供の叫び声。振り向くとディモが地面に倒れ、それをダニーが助け起こそうとしている。逃げようとして転けたか。
このままじゃマズイ。俺が二人に駆け寄ろうとしたとき、視界の隅に二人に石を投げつけようとする男が見えた。
野郎! 子供にも容赦しねぇのかよ?!
くそっ! 間に合うか?!
「ダニー! ディモっ!」
俺が子供達の側に駆け寄ると同時に、頭に激しい痛みと衝撃が走った。脳が揺れ、俺は地面に膝をつく。
思ったより痛い……畜生。
「にいちゃん! 血が……!」
「馬鹿野郎! 早く家の中に逃げろ!」
泣きそうな顔のディモを立たせ、ダニーに預けた俺は、石を投げた男を睨み付けた。
「貴様、人間の癖に犬の味方をするのか!」
「子供に人間も狼人もあるか!」
向こうで狼人の若者達が石を掴んで投げ返そうとしている。だが、若者が石を投げようとしたその腕をヨルク老が掴んで止めた。
ヨルク老も何発か当たったのだろう。頭や肩から血を流している。
「止めよ! 投げ返すな!」
「しかし、老! このままじゃ死人が出る……!」
「力では我らが上。だからこそ、投げ返せば奴等の思う壺だ! 15年前と同じことになるぞ!」
ヨルク老の言葉に、若者達は悔しそうに表情を歪めて石を手放した。
「飼い主に抗う家畜に調教を! 二度と抗えぬよう体に刻め!」
白装束の男の号令に、男達は手にした棍棒やフォークを構えた。その表情は虐待の喜悦に歪んでいる。
このままじゃマジで死人が出る。これ以上いいようにされてたまるか! 狼人達が抵抗できないなら、俺がコイツらを何とかする!
その瞬間、俺の頭に『ことば』とイメージが浮かんだ。
俺はそのイメージをなぞるように印を組んだ腕を突き出して『ことば』を叫ぶ。
「『焔よ……』!」
「待てぇっ! 何をやっているか! 貴様ら!」
その時、地響きのような大音声が響いた。今度は誰だ!?
 




