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アンリーシュ=クロニクル『旧』  作者: 榎原優鬼
第2幕 カズマと銀色の狼人【前編】
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第17話 「疑念」

【前回のアンクロ】


狼人からルーファスを救うため、戦いを挑むカズマ。激しい攻防の末にあと一歩のところまで狼人を追い詰めるが、謎の黒マントの妨害を受ける。


狼人ーー銀狼は夜空に向け、自らの名と、虐げられる狼人の解放のために戦う闘士であると宣言、黒マントが巻き起こした霧に紛れて逃走した。

 「どうだい? 『力』の使い心地は 」


 深く、押し潰されそうな暗闇。


 その少年はその暗闇から浮き上がったように、仄かな光を纏って微笑みを浮かべていた。


 濡羽色の髪、透けるような白い肌。少女のように整った顔立ちに蒼と紅の異色眼(オッドアイ)


 「お前は……」


 ヴォーダンーーそう続けようとして、俺は眉を顰めた。頭の芯に鈍痛が走る。


 くそっ! 何だ?


 「くくくっ! いきなりの実戦はやはり負担が大きいみたいだね」


 ……負担って何だよ。とんでもない副作用とかあるんじゃないだろうな?


 「そりゃあ、多少の副作用はあるだろうさ。まあ、命に関わる程じゃないから安心して。それに、この力は君が望んだもの。今更文句を言うのは無しだよ……でも、良かっただろう?」


 前髪を弄びながら厭らしい笑みを浮かべるヴォーダンに、俺は舌打ちをした。


 命に関わる程じゃないにしても、リスクがある事には変わらないだろうが。畜生。それに、良かっただろうって、何がだよ。


 「神のような存在から圧倒的な力を与えられ、強大な敵を叩き伏せる優越……君の世界にはそんなものを題材にした物語が人気だそうじゃないか。好きなんだろう? 君も」


 ヴォーダンは、いつの間にかそこにあったアンティーク調の椅子に腰掛け、足を組んで目を細める。


 ……神様から力を与えられ、敵を圧倒する主人公の物語? チートもののラノベか? 何故お前がそんなものを知っている?


 大体な、俺はチートは嫌いなんだ。自分の人生の中で積み重ねてきた時間と努力の結果が『自分の力』ってんだ。何も苦労せず、誰かに与えられた力なんてのは、身を滅ぼすんだよ……貴様、カミサマの真似でもしているつもりか? ふざけるな!


 苛立ち混じりに吐き捨てる俺。すると、ヴォーダンの表情からすぅっと笑みが消えた。


 「分かったような事を言うね、君は。それに、神なんてものは、人間が世界の摂理から目を逸らし、生の不条理の責任を押し付けるために造り出した偶像(まがいもの)に過ぎない……そんなものを僕と同じにしないで欲しいね」


 少年が初めて見せる苛立ちの表情。だが、次の瞬間にはいつもの余裕に満ちた微笑みを浮かべる。


 「まあ、いいさ。時間だ……次も楽しませてくれよ? カズマ」


 何が『楽しませてくれ』だ! 何様だ畜生!


 だが、俺の叫びは漆黒の闇に呑まれて消え……そして俺の意識も急速に薄れていくーー


 ……


 ……


 ……


 ……


 ……ま


 ……さま


 「カズマさま」


 「う……ん?」


 俺は小さく呻くと、ゆっくりと目を開いた。カーテン越しに射し込む陽の光が眩しい。


 眉を顰めて首を巡らす。見慣れた景色……メアリム爺さんの屋敷の俺の部屋、そのベッドに、俺は横になっていた。


 帰ってきた……のか?


 何だか長い夢を見ていた気がする。


 「良かった……酷くうなされていたので心配しました。ご気分はいかがですか?」


 ベアトリクスさんが安心したように微笑んで俺の顔を覗き込んできた。


 彼女の栗色の髪がひと房頬にかかり、ふわりと香るシャンプーの香りに思わずドキッとする。


 「だ、大丈夫です。ありがとうございます」


 慌てて顔を背ける俺にベアトリクスさんは小さく吹き出すと、側のワゴンに載せられた水差しから明るい黄色の飲み物をグラスに注いだ。


 「喉が渇いたでしょう? 葡萄柚パンペルムーゼの果汁と蜂蜜ホーニヒのジュースです。二日酔いの頭痛に効きますよ」


 俺は『ありがとうございます』と頭を下げると、黄色のジュースを一口飲んだ。


 おっ、こりゃ美味い。グレープフルーツに似た苦味と蜂蜜の甘味が絶妙でスッキリとした味わい……飲み過ぎの体に染み渡るぜ。


 そのままジュースを一気に飲み干したとき、両の二の腕や太股に引きるような痛みが走った。


 これは、筋肉痛……? なんかしたかな、俺。


 俺は膝の上で左手を握ったり開いたりしながら記憶を遡る。


 ……思い出した。昨夜、例の連続強盗殺人犯ーー『銀狼』に出会でくわして、ルーファスを助けたい一心で奴と斬り合ったんだ。


 惜しいところで奴に逃げられたあと、ルーファスやロベルトの無事を確認したら急に気分が悪くなって……それからどうなった?


 「あの、ベアトリクスさん……誰が俺をここに連れ帰ってくれたんですか?」


 遠慮がちに問う俺に、ベアトリクスさんははちみつグレープフルーツジュースのお代わりをグラスに注ぎながら答える。


 「昨夜遅く、騎士団のルーファス様と部下の方がお屋敷まで送って下さいました。皆様とても心配されていましたよ?」


 「そう、ですか……」


俺は肩を落としてため息をついた。わざわざ送ってくれたのか……ルーファスにはすごく迷惑かけちまったな。


 ……それにしても。


 ヴォーダン……あのくそガキ。ルーファスを助ける為とはいえ、あんなあからさまに怪しい誘いに乗っちまった……これが切欠でヤバイ事にならなきゃいいが。


 それに、途中で横槍入れやがったあの黒マント……あいつ、日本語を話していた。日本人の俺があの言葉を聞き間違える筈がない……つまり、あいつは俺と同じ異世界人で、しかも日本人だ。


 銀狼からクルスと呼ばれていたが、偽名か。最近は外人みたいな名前の日本人も多いから、本名かもしれないな。


 何であいつが強盗の片棒を担いでいるのかはどうでもいい。問題はヤツが俺を知ってるっぽい事だ。何者だ? あいつ。


 くそっ……疑問ばかり色々浮かんで頭がまとまらない。何だかモヤモヤする。


 「カズマさま、これを飲んだら顔を洗ってお召し替えをしてください。旦那様が目が覚めらた書斎まで来るようにと仰ってましたよ」


 「じいさ……メアリム様が?」


 ベアトリクスさんからグラスを受け取りながら、俺は眉を顰めた。


 目が覚めたらすぐに来いなんて……何だか嫌な予感がするぜ。朝から小言かな。それは嫌だな。





 屋敷の廊下。俺は書斎の前で溜め息をつくと、ドアを4回ノックして声をかけた。


 「メアリム様、カズマです」


 「うむ。入れ」


 ドアの向こうから老人の声。俺は短く息をつくと『失礼します』といってドアを開けた。


 天井まで届く本棚が壁を埋めつくし、床には棚に収まりきらない書籍や地球儀みたいなもの、よくわからない道具の類いが乱雑に置かれている。


 一見すると物置のようだが、床の道具は無規則に置かれているようで入り口から机までの動線はしっかり確保されている。しかもこれだけ物が溢れているのにホコリが溜まっていない。


 これを掃除するのか? すごいな、クリフトさんは。


 「なにボサッとしとる。こっちに来んか、馬鹿者」


 「は、はい」


 老人に手招きされ、俺は床に積み上げられた本や道具を避けながら書斎の奥、老人の机の前に立つ。


 「昨夜はお楽しみだったようだの……帝国騎士団に担がれて帰宅とは」


 「……ご迷惑をお掛けして申し訳ありません」


 皮肉げに俺を見上げるメアリム老人に俺は素直に頭を下げた。迷惑かけたのは事実だからな。


 「酒で失敗できるのは若いうちだけじゃ……ま、以後気を付けるようにの。それよりも、じゃ」


 老人はそう言って肩を竦めると、机の引き出しから一枚の紙を取り出し、俺に突き出した。


 「今朝早く、ウラハ公から使者が来てこれを突き付けて行きおった」


 「ウラハ公、ですか」


 俺は紙を受けとると、文面に目を通す。そこには綺麗な文字で、昨日の護衛隊にーーというより、その隊長のハンス対する無礼と任務妨害を糾弾する内容が書かれていた。


 やっぱり爺さんに抗議が来たか。しかし翌朝とは早いな。


 「その内容は事実か」


 「……はい。大方は」


 俺の答えに、老人は『ふむ』と口髭を撫でて思案気な表情を浮かべる。そして俺から紙を受け取り文面に目を通すと、視線を俺にむけた。


 「全く、公爵の息子といざこざを起こすとは……保護者であるワシの迷惑も考えんか」


 「すいません」


「で? 護衛隊は何をしておった?」


 「それは……」


 老人の問いに、俺は昨日の事を搔い摘まんで話した。


 酒を注文した帰り、犬耳の少女が護衛隊に追われているのに遭遇したこと、隊長のハンスが少女を斬ろうとしたので止めに入ったこと、揉めているうちに少女が逃げ、護衛隊に捕らえられそうになった所を騎士団に助けられたこと……


 「……護衛隊が白い半狼人ハーフハウドの娘を、のう。成程、成程」


 俺の話に、なにか納得したように頷くメアリム老人。あの娘、ハーフなのか。そう言えばハンスも彼女を『混血種まざりもの』って言ってたな。


 「半狼人……人と狼人の子供ですか」


 「うむ。人と狼人は理が近い故、子を為すことが出来る。聞く限りではその娘、人の理が強く顕れておるな」


 へぇ……半狼人って、みんな彼女のような『犬耳』タイプじゃ無いのか……少し残念だな。


 「まあ、よい。カズマ、護衛隊の連中が気に入らぬのは分かるが、いたずらに喧嘩を吹っ掛けるのはよせ……あやつらは根に持つからな」


 「……心に留めておきます」


 「うむ。話は以上じゃ。さっさと朝餉あさげを済ませて仕事をせよ」


 割りとあっさりとメアリム老人は話を終わらせた。公爵の息子に歯向かったのだから、もっと叱責なり折檻なりされるかと思ったが。


 「……どうした? いつまで案山子みたいに突っ立っておる」


 「いえ……そういえば、今朝はまだクリフトさんを見ていませんが、どうしたんですか?」


 訝しげに俺を見る老人に、俺は少し気になったことを聞いてみた。


 ベアトリクスさんに見送られて部屋を出てから、書斎に行くまで屋敷でクリフトさんの姿を見ていない。毎朝見掛ける場所で姿を見ないので気になったのだ。


 見掛けたら昨夜の事を聞いてみたかったのだが。


 「今日は暇をやっておる……あやつに何か用か」


 「……いえ。そういうわけでは」


 俺の返事に、老人は髭を撫でながら片眉を上げてニヤリとしたーー爺さんがこんな顔をするのは、大概碌でもないことを思い付いた時だ。


 「そうじゃな。カズマ、ワシに迷惑を掛けた罰じゃ。今日一日クリフトを手伝え」


 「はい?」


 思わぬ指示に、俺は思わず素っ頓狂な声で聞き返した。


 「しかし、厩舎の掃除は……」


 「一日くらいやらんでも馬は死にはせん。前にも言ったが、お主に許される答えは『はい』か『了解アインフェアシュタンデン』か『かしこまりました(ヤ・ヴォルー)』じゃ。わかったな?」


 有無を言わさぬ口調でそう言いきるメアリム老人。つまり拒否権は無いって事ですね。


 「……かしこまりました(ヤ・ヴォルー)。メアリム様」


 「まあ、世の中を知る良い機会じゃ。屋敷に籠っていては見えぬものが見えてこよう」


 溜め息をついて頷く俺に、幾分柔らかい口調で老人が言う。世の中を知る良い機会って、何をするんだろう? クリフトさんのすることだから無茶なことじゃないだろうけど……?





 「手伝い、ですか? それは有り難いですが……」


 クリフトさんが、タオルで汗を拭いながら戸惑いぎみに首を傾げた。


 彼は、いつものビシッとした燕尾服ではなく、ラフなシャツにズボン姿で、屋敷の厩舎の前で荷車に木箱を積んでいたところだった。


 荷車には既に大きな寸胴に似た鍋や大量の薪、水が入った木樽が積まれている。因みに木箱の中身は人参や馬鈴薯に似た野菜、そして干し肉の塊だ。


 「メアリム様から、クリフトさんを手伝えば世の中を知る良い機会になると言われたんです。ということで、お手伝いさせてください」


 「成程……では、お言葉に甘えるとしましょう」


 俺の言葉に、クリフトさんはにっこり笑って頷いた。昨日掛けた迷惑の罰、とは言えないよな。


 「でも、これだけの食材……どこかで振る舞いでもするんですか?」


 野菜の詰まった木箱を荷車に積みながら聞いてみる。なかなか重いが、重い荷物を扱うのは引っ越しのアルバイトで慣れたもんだ。


 「振る舞い……そうですね。私が生まれ育った街で皆さんが日々の食べ物を買えずに困っていると聞いたので、栄養のあるものを食べてもらおうと思いまして」


 「へえ……」


 日々の食事にも事欠くほど困窮している街の人々に食べ物を振る舞う……つまり炊き出しってやつか。でも……街まるごと食べ物に困ってるって、どういう状況だ?


 「クリフトさんが生まれ育った街って、何処ですか?」


 「……帝都の外れにある、バルバ獣人居留地です」


 俺の問いに、クリフトさんが少し寂しげな顔で答えた。


 居留地……横浜や長崎の外国人居留地みたいなものだろうか? でも何となく今までの話の流れでそこがどういった場所なのか想像できるな。


 ……できれば想像で終わってほしいけど。


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