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アンリーシュ=クロニクル『旧』  作者: 榎原優鬼
第2幕 カズマと銀色の狼人【前編】
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第14話 「三騎士」

【前回のアンクロ】


クリフトの使いで酒屋兼居酒屋『蒼き牡鹿亭』を訪れたカズマ。その帰り、犬耳の少女と出会う。


怯える少女に戸惑うカズマだが、彼女を追う一団ーー護衛隊のリーダー、ウラハ公の息子ハンスの横暴に立ち向かうことに。


ゴタゴタの中で少女が逃げ、カズマは軍務を妨げた罪で護衛隊に連行されそうになるが、そこにロベルトら騎士団3人が現れる。

「しかし、ハンス=フォン=ウラハを向こうに回してあそこまで堂々とできるとは、大したもんだな、あんた」


琥珀色の髪の若者ーールーファス=フェーベルはそう言って笑うと、一気に麦酒エールあおった。


酒屋兼居酒屋、『蒼き牡鹿亭』。


俺は今、騎士団の3人とテーブルを囲んで酒を酌み交わしている。


ルーファスは見た目によらずよく飲む。飲み会が始まってからそんなに経ってないのに、もう麦酒を3杯空けている……しかも顔が変わっていない。酒に強いんだろう。


「そんな……知らなかっただけですよ。公爵の息子だと最初から知ってたら、あんなことしません」


ルーファスの誉め言葉に俺は苦笑して頭を振る。謙遜とかではなく、相手が上級貴族の息子だと知っていたら、腰が引けて同じことはできなかっただろう。


俺だって権威とか血筋とかには弱い……ごく普通の人間だからな。


「しかし、だからといってあの娘をあのまま連中の好きにさせるつもりは無いだろう?」


「それは……まあ」


ラファエルはワインを少し揺らしながらニヤリと笑う。俺は曖昧に頷いて麦酒をあおった。


「ところで……貴方達はいつから俺を見ていたんです?」


「ん? そうだな。護衛隊があんたを取り囲んだ辺りからか」


ルーファスがテーブルの上の大皿に盛られた豚の肉かまぼこ(パテ)を摘まみながら笑う。


ロベルトは割って入るタイミングを待っていたと言っていたが、結構最初から居たのな。





ーー護衛隊が立ち去ったあと。


『君は……確かアジム=カズマだったか。酷い目にあったな。どうだ、良かったら一杯付き合わないか』


ようやく拘束から解放された俺は、騎士団の3人から飲みに誘われた。


彼等は元々、仕事を終えて行き付けである『蒼き牡鹿亭』に飲みに来たところだったという。そこで俺と護衛隊が少女を巡って言い争っている場面に出会でくわしたのだそうだ。


『一杯付き合えって、どうしてです?』


『まあ、助けに入るのが遅れた詫び、だな。俺達も割り込む切っ掛けが無かったんだ。いくら護衛隊相手とはいえ、むやみやたらに突っ掛かるわけにはいかないからな』


突然の誘いに訝しむ俺に、ロベルトは俺の背中を叩いて笑った。


確かに、何の理由もなく突っ掛かったらハンスが言うただの粗暴者になる。やけにタイミングが絶妙だったのは、タイミングを図っていたからか。


『それにな。大貴族の息子にも道理を曲げない君の気概が気に入ったのだ。駄目かな?』


気概とか……そんな大したものじゃないんだけどな。でも、真正面からそう言われて悪い気はしなかったし、それに申し出を断る理由もなかった。


そのあと、簡単に自己紹介を交わして店に入り、今に至っている。





大皿にはパテの他に豚の赤ソーセージ、羊の塩漬け肉、鶏やうさぎの焼き肉が盛られていた。全部店主(マスター)おごり(・・・)だ。


実はおやっさんも店の中から俺の騒ぎを見ていたらしい。『なかなか良いもん見せてもらった礼だ。食っていきな』と出してくれたのだ。


まあ、それはよしとして。


「……結構長く見てたんですね」


「まあ、そう言うな。俺達もあの娘が逃げる隙を作るので手が一杯でな」


俺がルーファスをジト目で睨むと、ロベルトが済まなそうに言った。


「そうそう。気付かれないように見張りの肩を叩いて気を逸らせたりとかな。大変だったんだぜ?」


「何が。随分楽しそうだっじゃないか。ああいうのは得意だろ? 手癖の悪さは騎士団一だからな、貴様は」


得意気に胸を張るルーファスを、ラファエルはニヤリと意味ありげに笑ってからかう。ルーファスは『手癖が悪いんじゃなくて器用なんだよ』と笑って4杯目の麦酒を飲み干した。


軍人が女の子一人に隙を突かれるのはどうかと思ってたけど、成程。そういうことか。


「まあ、彼女を逃がすために、君がハンスに突っ掛かるのを放って利用したのは事実だ。あの人数、俺達だけでは難しかったからな」


「だから、詫びにこうやって一杯ご馳走してるだろ? あ、ブリギッタちゃん、麦酒もう一杯!」


山盛りの料理とビアジョッキを抱えて店内を走り回る給仕の少女が『はいっ! ただいまぁ!』と元気な声をあげる。


「詫びだなんて……最終的に俺も助けてもらったんですから、感謝してます。来てくれなかったらどうなっていたか……」


俺も咄嗟にハンスを止めに入っただけで、後の事を考えていた訳じゃない。俺だけだったら少女は連れていかれ、俺もただでは済まなかっただろう。


今回のことは運が良かっただけだ。


「まあ、お互い様ということだ。さあ、飲もう」


ロベルトはそう言うと、陶器製のビアジョッキを掲げて豪快に笑った。


「……では、君の勝利に」


「勝利って、誰にも勝ってないですよ? 俺は」


ロベルトのジョッキに自分のジョッキを合わせながら、俺は苦笑いを浮かべた。


「いや、カズマは勝ったさ。ハンスの去り際の顔。あんな苦り切った顔はなかなか見れるもんじゃない」


「全くだ。おまけにあの無理矢理な捨て台詞。愉快だったね」


ラファエルはワイングラスを軽く掲げて、ルーファスは既に空になったジョッキの縁をなぞりながら楽しそうに笑う。


3人とも護衛隊には何かと積もるものがあるようだ。確かに、連中の人を見下した態度には俺も苛立ちを覚えた。そんな連中の悔しがる顔を見てスッキリする気持ちは分からんでもない。


「でも、それを言ったら皆さんだって護衛隊やつらの鼻を明かしたでしょ? あの子が逃げたって聞いたときの坊やの顔、なかなか見物でしたよ」


「そうか。そいつは見たかったな」


ロベルトがそう言って豪快に笑う。


「だから、勝利に乾杯するなら『俺の』じゃなくて、俺達の(・・・)ですよ」


酒が回ってきたのか、口が滑らかになってきた。普段言わないような言葉がポロリと口から零れる。


ロベルト達3人は一瞬呆気に取られたような顔をした。あ、やっぱり呆れられたかな?


「フッ……誰が気の利いたことを言えと言った?」


ラファエルは前髪を弄りながら。


「『俺達の勝利』か。悪くねぇな」


ルーファスは摘まんだソーセージを揺らしながら。


「まあ、勝利というにはささやか過ぎるがな」


ロベルトはジョッキを片手に。


それぞれ笑顔を浮かべて俺に頷いた。


「じゃあ、『俺達の勝利』で乾杯をやり直すか。カズマの音頭で」


「え? 俺が?」


ルーファスが冗談めいた調子で俺を指差す。ちょっと待て。何で俺の仕切りなんだ?


「言い出した奴がやらんでどうする」


慌てる俺に、ルーファスは当然だと言わんばかりに言い切った。


俺は助けを求めるようにロベルトとラファエルを見るが、二人ともニヤニヤ笑うだけ。


面白がってんな? まあ、確かに言い出しっぺは俺だし、仕方ない。


「……じゃあ、『俺達の勝利』に乾杯っ」


俺は半ばヤケクソ気味にジョッキを掲げて音頭を取った。


「「「……乾杯!」」」


騎士団の3人は笑顔で俺のジョッキに自分のジョッキとグラスを重ねる。


うん。やってみると悪くないや。


「……しかし、奇妙なものだ。お前と飲むのは初めてだが、もう何年も付き合っている気になる」


ラファエルがワインを飲み干して肩を竦めた。


ラファエルやロベルトとは3か月前に会ったきりで、ルーファスとは初対面。それなのに妙に馴染んでいる。特にラファエルは仕事とはいえ俺に拷問もどきの尋問までした男だ。


でも、確かにもう何年も付き合っている仲間のような気分だ。一緒に護衛隊とやりあったから? 違うな。


「俺もですよ、何ででしょうね……」


「これもえにしというやつかもしれないな」


ラファエルの呟きを聞いたとき、俺の脳裏にあの亜麻色の髪の少女の言葉が過った。


『ーー人と人を繋ぐ運命の糸はね、何度紡いでも必ず同じ人と繋がるの……絡まっても絶対に切れない糸』


……もしかしたら、この3人との繋がりもそうなのかもしれないな。


俺は手にしたジョッキを一気に飲み干した。


「おっ、なかなかいい飲みっぷりだねぇ……ブリギッタちゃん! 麦酒一杯持ってきて」


ルーファスが機嫌よく給仕の子に麦酒を追加注文する。うぷっ……温い麦酒のイッキ呑みはちょっと堪えたな。


「あまり調子に乗るなよ? カズマ。ラファエルやルーファスはああ見えて底無し(・・・)だからな。こいつのペースに付き合うと地獄を見るぞ」


俺の様子にロベルトが心配そうな表情で言った。


分かってる。商社勤めをしていたとき、忘年会で死ぬ目に遭って以来酒を飲むときは自分のペースでって決めてるんだ。


「はいっ! お待ちどうさまっ!」


そんな俺の前に、なみなみと麦酒の注がれたジョッキがブリギッタの弾ける笑顔と一緒にやって来た。


「おっしゃ、カズマ。飲み比べしようぜ」


「馬鹿か。酒は嗜むものだ。酔い潰れて味もわからなくなっては、飲む意味がないだろう?」


「そうですよ。『イッキ呑みはダメ! ゼッタイ!』ですって」


「……なんだそれは。そんな言葉、聞いたことないぞ」


久し振りに大人数で飲む酒は、旨い料理とルーファスやラファエルの軽快なやり取りを肴に進み……そして夜が更けていった。





「うー……」


雲間から覗く月明かりと、ロベルトが持つランタンの灯りを便りに歩きながら、俺は額を押さえて唸った。少し足元がフワフワする。


「おいおい、大丈夫か?」


「大丈夫です……大丈夫」


苦笑しながらも心配そうに顔を覗き込むルーファスに、俺は笑って頷いた。


意識はちゃんとしている。でも少し飲みすぎたかな……メアリム爺さんの屋敷まで歩くことを考えると気が重い。


「こういうとき、大丈夫って言う奴は大概大丈夫じゃないな」


「違いない」


ロベルトの言葉にラファエルが肩を竦めて笑う。3人とも俺より飲んでいる筈なのに、何でそんなに余裕なんだ? ちくしょう。


と、何の前触れもなく俺の背筋に冷たいものが走った。頭から冷水を浴びせられたような感覚に、思わず身震いする。


「お? どうした。吐くか?」


ルーファスが俺の背中を擦った。違う。そんなんじゃない。この悪寒は……


その時、通りの向こうからガラスの割れる音と男の悲鳴が聞こえた。


なんだ?!


「ラファエル、ルーファス」


「応っ!」


「……っ!」


ただならぬ雰囲気に、ロベルト、ラファエル、ルーファスの3人は表情を引き締めて互いに目配せし、頷いた。


さっきまで飲んでいたとは思えない表情……凄いな。あの瞬間で素面しらふになったのか。俺もさっきのでほろ酔い気分も吹き飛んでしまった。まだ寒気を感じるが、二日酔いの悪寒ではない。


「カズマ、ちょっと見てくるからそこを動くな」


ロベルトは笑顔でそう言うと、ラファエルとルーファスを伴って悲鳴のした方に駆け出した。


動くなって言われても。俺も行かなきゃいけない気がする。野次馬とかそういうのじゃなくて、直感的に。このまま動かず彼らが帰ってくるのを待った方が安全なのは分かっている……でも。


俺は背中に残る悪寒を振り払うように頭を振ると、ロベルト達を追って駆け出した。



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