「終焉」
「怪物と戦う者は、その過程で自分自身も怪物になることのないように気をつけなくてはならない。深淵をのぞく時、深淵もまたこちらをのぞいているのだ」
ーーフリードリヒ=ヴィルヘム=ニーチェ
ーー腹が、熱い。
右脇腹に違和感……肝臓をやられたか。
「……俺の……勝ちだ。一馬……!」
俺に刃を突き立てた男が嘲笑う。
だが、俺もその男の首元に剣を斬り下ろしていた。その傷口からはおびただしい量の血が流れている。
ーー相討ち……と言いたいところだが。
「術式は……完成して……いる。永劫回帰に至る運命の歯車は回り始めた……もう誰にも……止められん! 時間を……掛けすぎた」
「そんなの……関係あるかぁっ!」
俺は絶叫すると、力を振り絞って剣を斬り下ろした。男の体が崩れ落ち、俺は大きくよろめく。
なんとか踏ん張るが、揺らぐ視界に込み上げるものを堪えきれず、思わず嘔吐した。
吐いたのは大量の血。
ちくしょう……まだ……まだ俺はっ!
視界が霞む。心なしか地面も揺れている。いや、遠くで地響きのような音が聞こえる……急がなきゃ。
俺は剣で体を支えながら歩いた。目の前……眩く光る石の柱へ。
十字の形をしたその柱には、布にくるまれた赤ん坊ーー俺の娘がいる。
あんな場所に縛り付けられて……今助けてやるからな……
世界の意思? 永劫回帰? 腐った世界を壊す?
どいつもこいつも……好き勝手言いやがって。
俺には……娘が……娘しか……居ないんだ。
光が強さを増した気がする。揺れもさっきより強い。歩くのが難しくなってきた。
……ちくしょう。あと少しなのに!
娘の名を呼ぼうとして、俺はハッとした。
あの子の名前、何て言ったっけ?
はは……父親なのに……俺は自分の娘の名前も……
脳裏に浮かぶ娘の母親の顔。
輝く亜麻色の髪の……哀しみと嬉しさがない交ぜになった笑顔を血と涙に濡らした少女。
話したいことも、聞きたいこともたくさんあったのに。
「……さあ、一緒に帰ろう。お母さんの所に」
杖代わりにしていた剣を投げ捨て、俺はすがるように石柱に取り付く。
何もかも掻き消してしまうほどの輝きの中で、赤ん坊が俺を見た。
黒と青の異色眼。彼女に良く似ている。
俺は既に感覚の消えた腕を無理矢理上げて、娘の頬に触れた。彼女はにっこりと微笑んだように見えて……
刹那、弾け飛んだ。
まるで水風船が破裂するように。
俺は絶叫した。多分絶叫したんだろう。
もう、何も見えない。何も聞こえない。
ーーああ、まただ。また、守れなかった。救えなかった。
愛しい人も、娘も、俺を好きだと言ってくれた女性も、親友達も、俺に尽くしてくれたあの子も……なんで……どうしてこうなった?
運命?
違う。これは俺の……
次の瞬間、俺は全身を引き裂くような衝撃を受けて。
そして、全ては光に呑み込まれた。