第二話
飛び込む前に隊長に一言礼でも言ってやろう。そう思って隊長の方へ身体を向けた。
しかし口を開く前に、隊長の後方に敵の魔装歩兵が二人こちらに向かっているのを発見した。
ラメラー型だ。小さい札のようなものを連ねた鎧である。
安価で運動性がよく、防護魔法も刻みやすいが、その構造から、どうしてもプレートアーマーからパワーアシストを受けにくい。
準備が終わって兵器庫からでてきたのだろうか。魔装歩兵は、その鎧を身に着けるためにある程度の時間が必要なのだ。
とっさに持っていた斧を投げつける。
腕をしならせて投擲した斧はブーメランのように回転して勢いよく飛んで行った。
あっという間にラメラー型のヘルムに着弾すると、火花を散らした。
ひどい衝撃に襲われて、脳を揺らしたのだろうか。そのままその敵兵は倒れた。
隊長もすぐにもう一体のラメラー型の対処に移る。
「さっさと行け!」
隊長は敵が振り下ろしてきた斧を、棍が一つ減ってしまった三節棍の鎖部分で受け止めながら叫んだ。
ラメラー型に隊長操るフリューテッド型が遅れをとることはないだろう。あのまま斧を絡めとって、打撃で打ち殺すつもりに違いない。
俺は胸甲をガンッと叩いて返礼すると、建物に入っていった。
腰につけた予備の斧を取り出す。
両手に斧をもって二刀流で戦うやつも仲間にはいる。
俺は左手にもつ小型ナイフに信頼を置いている。こいつ幾度となく危機をしのいできた。
斧は軍の標準装備だから使っているに過ぎない。いつも投げたり壊したりする。
よって、近接戦には絶対的な自信をもってはいるが、仲間がいない状況は予想以上にプレッシャーがかかる。
緩衝材として鎧の下に着用する木綿のギャンベゾンが、重く素肌に張り付くのを感じた。
建物の中には誰もいなかった。
おそらく部屋の中には補給計画や兵士の管理書などがあるのかもしれないが、一切の価値はない。価値がないから打ち捨てあるのだ。
それよりも、結界魔法陣だ。
あれを敵に壊されては困る。
結界魔法陣などの魔力を大量に必要とするタイプは、地面に設置されることが多い。
しかし地上階を探すが、それらしい部屋は見つからない。
基本的に砦内部は簡素なつくりのはずだ。隠し部屋などはないだろう。隠したところで情報が漏れてしまえば意味をなさないからだ。
一通り回ると、入れない空間があることに気が付いた。
間取り的にどう考えても部屋があるはずなのだが、壁に仕切られていて行き着くことができない。
いっそのこと壊すか……?
そこではたと思いついて、急いで二階に上がる。
指揮官と書かれた部屋も会議室と書かれた部屋も素通りする。ガシャガシャと、控えめに言っても賑やかな音を立てて、建物内を疾走する。
ぐるっと回るように廊下を進むと、上がってきた階段の裏側に下りる階段を見つけた。
予想通りだ。一度二階に上がってから降りる構造にするなんて、やはり奴等はひねくれたくそったれだ。
急いで階段を下ると、立派な木造の扉があった。
階段から降りる勢いそのままに、蹴破るようにしてなかに入る。
中は、よくある石壁と木の床で構成された部屋だった。天井と壁の角には斜めにつっか棒のようなものがたくさん並んでいる。
会議程度ならできそうな広さだが、物は何も置かれていない。
部屋の真ん中に蒼銀の鎧を身にまとった男が、こちらに背をむけてしゃがみ、何か作業をしていた。
「ちっ、もう来やがったか。あと少しだってのに」
結界魔法陣が敷かれているであろう床の上には、別の種類の魔法陣が書かれた布がかぶせてあった。
さらにその上に魔石と触媒が数個置いてある。
蒼銀の鎧の男が復旧に手間取るように破壊するつもりなのは明らかだ。
普通に魔法を加えただけでは、結界魔法陣自身がもつ力場に反発して、変質するだけで終わってしまう。
それでは復旧は容易い。そこで男は確実な方法で破壊しようと工作していたのだ。
間に合って良かった。
あそこで壁を壊す選択をしていたら確実に間に合ってなかった。
男はよいしょ、と声をだしながら立ち上がった。
すこししゃがれた、低い声である。
おそらく隊長クラスだ。
指揮官は声を張るために声が枯れやすいし、なにより、その男が身に着けている蒼銀の鎧は見たこともないタイプだ。
きっと新型を優先的に回してもらえる立ち位置にいるのだろう。
溝があるところ見ると、おそらくはフリューテッド型なのは間違いない。
フリューテッド型は、重いプレートアーマーを軽くするために薄くし、凹凸をつけることで強度をあげた鎧だ。
俺たちの装備には反応式魔力装甲という技術も導入され、より一層防御力が増している。
しかし相手の鎧は、それに加えて妙な丸みと厚みがあった。
とくに胸甲と脛当においてその特徴が顕著だ。
が、じっくりと観察している暇はお互いになかった。
蒼銀の男にとっては、さっさとこの魔法陣を壊して撤退することが重要なのだ。
男はベルトから二本の剣を取り外して両手に構えた。刃渡り60センチほど。
こちらも斧と小型ナイフで構えを取る。腰を少し落とし、左足を一歩前にだし、足は肩幅に開く。
斧は腰の高さで水平になるように持った。
手の甲が下を向き、腰骨あたりに握った手が来る位置だ。
何が来ても対応できるように、小型ナイフは目の前で水平にして構える。
こちらの息が整う直前に、蒼銀の男は飛び出してきた。
来る剣を小型ナイフでいなし、更に続くであろう斬撃の位置にナイフを移動させる。
予想外の斬撃の重さに弾かれそうになるが、なんとか左半身ごと外に泳がせて、そのまま下から斧を振りぬく。
体勢を崩さないように、受け止めるときに後ろに下げた左足は、すでに前に出ている。
下から襲い掛かる斧を男は、俊敏に後ろへ下がって避けた。
そのバックステップは、見た目とは裏腹に、かなりの距離を生み出していた。
「良い反応してるじゃねえか」
こいつバトルジャンキーか?
戦闘中に不必要に喋るなどありえない。
喋りは呼吸を乱し、集中を乱し、精神を乱す。
だが戦場にはハイになってべらべらしゃべる奴がいた。当然、呼吸や考えが伝わりやすくなり、敵味方なくそういう奴はすぐ死んでいく。
しかしそれきり男から言葉が聞こえてくることはなかった。
今度はこちらから突っ込むことにする。
浮遊魔法陣の出力を上げ、蒼銀の男に迫る。
左肩の高さまで持ってきた斧を男に向かって水平に振り抜く。小型ナイフを死角から向かわせ、その間に斧は腰骨の位置に戻らせる。
これが斧を隙なく振りまわす方法だ。左肩と右腰骨にまたがる8の字を書くようにすることで、最小限の動きで多く斬撃をだすことができる。
もちろんこの重量の斧を魔装のアシストなしで加減なく行えば、こちらが振り回されてしまう。
蒼銀の男は一瞬双剣を交差させて斧の勢いを殺し、左手の小型ナイフを素早く片方の剣で対処した。
同時に半身を引きつつ、斧を回避したうえで、片手の剣で反撃までしてきた。
ギャリギャリと剣に手甲の溝を削られる。
「つッ……」
思わぬ斬撃の重たさに息が漏れる。
右手に一文字が彫られてしまった。次受ければ腱が切られるかもしれない。
急いでバックステップで距離を取る。
なんだこの重さは。
相手の持つ武器はせいぜい60センチ。短剣に属するようなものだ。
こちらの斧の振りぬきを剣で受け止める、というのも不可解だ。
蒼銀色のフリューテッド型はここまでパワーをもっているのだろうか。
いや、だとしたらここまでの速度は出ないはずだ。
ではやはり武器に秘密が。
こちらに考える暇を与えない、とでも言うかのように、蒼銀の男は襲い掛かってくる。
二本の小ぶりな剣は暴風のような斬撃を繰り出してくる。
小ぶりな剣……?
必死にかわしていると、剣が先に向かって少し膨らんでいるのを発見した。
いや、違う。
あれは鉈だ。
刃に厚みを持たせ、刀身のバランスが先に偏っている剣だ。
小柄なのに振りぬきやすく、パワーが出る。
斧と同じような理屈だ。
そうとわかれば、そのように戦うまでだ。
受け止めるのをやめて、こちらも身のこなしで対処する。
何度目になるかわからないが、斧を振りぬく。相手もこちらの攻撃をかわす。
それを見越して、振りぬいた力を利用し、すばやく右足を踏み込んで重心の移動を行う。
そのままパワーアシストも使いながら、左足で地面をこする。
靴底から火花が飛び散った。
腰のひねりを使って、さらに速度を増加させ、鉄靴を相手の腹に叩き込んだ。
しかし俺の予想とは裏腹に、奴は吹っ飛ばない。
妙な感覚が足裏に伝わる。みれば、妙な丸みを帯びた胸甲はしっかりと形を変えている。
俺の足はしっかりと相手の胸にたどり着いていた。
だがそれだけだ。
何が起こったかわからないが、何が起こるかはわかる。
血の気が引いた。
男は掬い上げるようにして左足へ切かかってきた。
裏側は表に比べて防御が薄い。
慌てて身をひねって緊急回避する。
ガシャン、と音を立てて転んでしまう。
受け身を取って素早く起きようとするが、それを逃す相手ではなかった。
右肩を踏まれ、起き上がることに失敗する。
まずい。
この男は左の小型ナイフにも、しっかりと注意を払っている。
バイザーに隠された素顔がどんなものかわからないが、男の口角がにやりと上がった気がした。
どうする――。
今までの経験から十数ものパターンが頭をよぎるが、結果はどれも絶望的だ。
しかし何もせずに殺されるつもりはない。
奴が、止めを刺しにくるその瞬間がチャンスだ。
魔力を右手甲に貯めようとしたとき。
男めがけて何かが飛んできた。
男はそれ振り払い、後ろに跳んだ。
その反動で踏まれていた右のショルダーアーマーがひしゃげる。これでは動かせない。
部屋の隅に転がったそれは、よくみれば三節棍であった。
「よお、二対一でもやんのか?」
聞きなれた隊長の声。
男はヘルムをちらりとこちらにむけると、手早く鉈剣を腰のベルトに戻した。
「こーさんこーさん、おいちゃんも疲れたし」
渋い声に反して軽い口調で男はそういうと、手をひらひらとさせた。
「魔装を解除して投降しろ。もちろん正式に捕虜として扱ってやる」
隊長は男顔負けの豪胆さでそう言い放った。
魔装とは、このくそ重いプレートアーマーのことだ。
「んー、捕まるわけにいかんのよねぇ、これでも責任ある立場だしさ」
男はそういいながら、腰につけた小瓶を素早く外した。
まずい。
俺は男の意図に気が付いて、まだ動く左手で、ナイフを投げる。
狙いは首筋だ。
しかし男はヒョイとかわして、小瓶を床に敷いてあった布や魔石、触媒にむかって投げつける。
さっきヘルムを下に向けたのは俺を見たわけではなかったようだ。
瓶が割れ、エーテル水が漏れ出して、布に浸透する。
それは布に書かれた魔法陣にも当然到達した。
魔法陣が輝きだす。
次の瞬間、頭をハンマーで殴られたかのような高音と、目が焼けるほどの閃光が室内を包む。
ナイフを投げた後の硬直で、衝撃に対してなにもできず俺はそこで気を失った。