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第一話

 まだか。まだ号令はかからないのか。


 数秒に一回、魔法弾が盾に降り注ぎ、ガツンという衝撃とともに緑色の燐光が散る。

 装備の耐久テストを見学した時はずいぶんと綺麗なものだと感心した覚えがあるが、命を奪いに来ているとなれば話は別だ。


 砲弾が盾を叩く衝撃が両手に伝わるたびに、逃げ出したくなる思いがどんどん蓄積されていく。

 こちらからはひしゃげたであろう砲弾を確認することはできないが、足元には今まで撃たれた砲弾が転がっていた。


 砲弾と装甲の表面にある魔力が反応して張り付き、その中の砲弾が装甲に衝撃を与える、という仕組みだ。魔力抵抗を持つ装甲板には有効な弾である。

 盾ではなく鎧に受けてしまえば傾斜に関係なくダメージを受けてしまうが、盾であれば衝撃を受けるだけで、浸食は防げる。


 敵陣に近づけば近づくほどその衝撃は強くなってきている。



 だが、今自分が逃げ出せば、左のやつを守る盾がなくなって、その隣のやつも、その隣もと、まさに芋づる式に全員がここで死ぬことになる。


 だいたい逃げ出すっていったってどうすればいいんだ。後ろを向いた瞬間、背中に敵の魔法弾が飛んでくるだろう。

 背負っているエーテルパックに被弾して魔力が漏れ出しでもしたら、そこで終わりだ。


 今は頼もしいこの金属の鎧が、あっという間に棺桶に早変わりだ。



 俺たちは今、オストブラオアーベルク要塞の一角を攻撃している。

 オストブラオアーベルク(東の青い山の意)一帯に敵が陣地を設けており、幾度となく攻撃を跳ね返されている。



 いくつもの山道、高台に何重にも砦を設けられていて、山岳地帯全部が要塞、といった感じだ。

 一つ一つの砦は、長距離魔導砲で武装していて、四方が壁で守られている。近づけば、至る所に立っている塔や、でかい鍋をひっくり返したようなところから、銃で容赦なく打たれる。


 たとえ一つが落ちたとしても、三方からフォローされるように作られている、というのが偵察部隊によって明かされた。


 良いところまでいって、砦が二つ。

 その後息切れを起こしてる間にやつらは攻めてきて、あっという間に取り返されてしまう。


 今回俺たちは初めての攻略戦に参加しているが、なんだかんだでもう2年ほど東方攻略は止まっている。




 一歩敵陣に近づくたびに、1時間ほど経つような感覚を味わう。身体の芯を揺らすような衝撃にその間じっと耐える。

 俺たち重魔装歩兵は、体の鍛錬だけではなく、精神的な鍛錬もいやというほど積まされる。確かに慣れてなければ気が狂うだろう。


 同期には頭がおかしいやつもいて、飛んでくる攻撃がすべて好きな女からの罵声だと思う術を開発した、と自慢してきた。

 近づくのも楽しいし、そこからアタックするのもワクワクすると。たぶん、戦場に行くより先に狂ってしまったのだ。


 ちょうどそいつは俺の右半身を守っているが、バイザーの下では、どんな顔をしているのだろうか。もしかしたら興奮で息を荒げているかもしれない。

 幸い、敵の魔法弾と盾の防御魔法が反応する音が甲高く鳴り響いているので、確かめずに済んでいる。



 そんなことを考えながら、気を紛らわせた。

 もうそろそろ、強射砲を操る射撃兵の顔が見える位置まで近づいてきた。100メートルを切っただろうか。



 そろそろだ。

 手に伝わる魔法弾の強さや、敵との距離。そこから予感が生まれる。


 もう隊長から合図が来る頃だ。



 ピピーピーと耳元で笛のような音がなる。


 きた。突撃準備の合図だ。


 歩みを止めて、がん、と盾を地面に打ち付ける。先がとがった盾は、自重もあって勢いよく地面に突き刺さった。


 微妙なタイミングの差はあれど、仲間たちも全員盾を地面に刺す。


 鈍い光を放つ鉄色の壁ができた。



 その後ろで、俺たちは浮遊魔法陣に魔力を注ぎ込んだ。

 発動しないように魔力を注ぐことで、ぎりぎりまで魔法陣に魔力が貯めることができる。


 耳元で隊長の合図が始まる。合図は笛のような音で行われる。


 ピーピーピー、ピーピー、ピー、とカウントが進むはずだ。

 その音が、連打された時が突撃の合図だ。それまでは魔力制御に全力を注ぐ。


 敵は盾で作った壁にむかって、最後の抵抗といわんばかりに魔法弾や魔法で乱打してくる。

 この盾は最近採用が決まったばかりの最新型の盾で、重い分、相手の魔法弾に対して絶対的な防御力を誇っている。


 強射砲程度ではそうそう撃ち抜かれたりしない。



 盾には信頼を置いているが、問題は魔力制御だ。

 魔力の制御は、片手にどんどん物を積み上げていく感覚に似ている。もしくは尿意をこらえるときだ。


 はやくしてくれ。

 嗜虐的な笑みを浮かべる隊長の顔を思い出す。


 隊長は敵の攻撃タイミングと、こちらの魔法陣の魔力容量を見極めるのが異様にうまい。という事はつまり、訓練も厳しい。限界を攻めてくるのだ。しかも悔しい事に手練れの戦士だ。


 一歩進めるより長い時間が過ぎた、気がした。

 そして。



 ピピピピピピピピ――



 「ル゛ォオオオッ!!」



 妙な雄たけびを各々の隊員が挙げた。

 これまでのフラストレーションと、これから突っ込む恐怖、両方を打ち払うように声を上げる。


 浮遊魔法が爆発的な推進力を発揮する瞬間、俺たちは盾を地面から引っこ抜いた。タイミングよく地面も蹴る。



 そして全員がシャンパンのコルクのように敵陣に向かってすっ飛んだ。



 やはり隊長がいいタイミングを狙ったのか、飛んでくる魔法弾はない。


 俺たちは分厚い盾を目の前にかざして、突撃する。


 浮遊魔法が推進力を持っている間は、下手に制御しようと思わない方がいい。



 それより心配すべきは、盾に来るであろう衝撃だ。

 相手が陣地に張っている、結界魔法をまず破らなければ話は始まらない。


 そこにみんなで突っ込むのだ。当然衝撃はつよい。


 バリバリバリと、独特な音が鳴り響く。

 敵が構築する結界と、俺たちがもつ盾の力場が反発し、削り合うのだ。ものすごい勢いで魔力が燐光を散らして弾けていく。


 結界がなくなれば俺たちの勝ち、勢いを止められてしまえば負け。単純な図式だ。

 しかし、当然俺達はそのコツをわきまえている。


 浮遊魔法の推進力に物を言わせて、結界に盾をめり込ませる。

 結果は見えていた。


 部隊全員の盾が結界に圧をかけるのだ。



 まもなく、結界を発生させる魔法陣がオーバーフローする音が鳴り響く。

 その音と同時に、支えを失った盾もろとも、宙に放り出させるような感覚に襲われる。


 強固な外殻結界を打ち破ったのだ。


 それを理解した瞬間、俺は盾を捨てた。



 ここからはスピード勝負だ。味方のことなど気にせず、敵を一刻も早く殲滅しなければならない。


 相手は誤射を恐れ、魔法を撃てない。

 撃ってきたとして、もしそれがあたったとしても、俺たちが装備しているフリューテッド型プレートアーマーならば耐えれるのだ。


 プレートの表面に作られた溝には薄く導線が張ってある。

 それに外からの魔力が当たると、導線が反応して背負ったエーテルパックから魔力が流れて、衝撃を和らげる。

 それに対策を施した魔法弾では厳しいかもしれないが、すでに強射砲の射界からは外れている。


 溝が近接武器で削られたのちに、そこを魔法で攻撃されたらやばいかもしれないが、そんなへまをする奴はいないだろう。



 今恐れるべきは、高出力の長距離魔導砲で撃ち抜かれることだ。 


 崩れそうになる体勢を盾を捨てた反動で立てなおすと、そのまま地面をけって前に進む。

 まだ浮遊魔法の推力は残っている。



 プレートアーマーを操る最も大事なコツは、浮遊魔法がもつ魔力量の把握と操作だ。


 近くの敵兵に肉薄し、手甲を振りぬく。


 首をグルンと回転させながら吹っ飛んでいった。


 すでに砲撃戦によって破壊された長距離魔導砲にぶつかって動かなくなる。

 四肢を関節部を動かす時にも、細かい魔力操作があれば、格段に素早く振りぬくことができる。



 吹き飛ばした敵兵のことを気にしている暇はない。

 もし起き上がったらその時目の前にいるやつが、もう一度ふっ飛ばせばいいのだ。


 次の敵に向かうために一瞬、浮遊魔法陣の魔力放出をとめて、僅かに魔力をためる。


 足を回して方向転換の支柱にしながら、腰につけた斧を取り出す。左手には小型のナイフを持った。


 斧は取り回しも良く、少ない動作で切りかかることができるので、俺も気に入って使っている。

 左手用ナイフは、相手の斬撃や射撃をいなしたり、敵の鎧の隙間に突き刺す、という使い方をする。防御に不意打ちにと便利な武器だ。



 地面を勢いよく蹴ると、貯めていた浮遊魔法を再び解き放つ。


 時には、敵兵に与えたインパクトを支点として方向転換を行う。


 無我夢中で、敵に襲い掛かる。とにかく準備が整っていないうちに占拠するのだ。


 別の砦に設置されている敵の長距離魔導砲は、この砦を狙い撃つことも可能だと聞いている。

 その狙撃を潜り抜けるにはとにかく動いて、さらに結界魔法をもう一度復活させなければならない。



 俺はいくつかある建物のうちに、そこそこ頑丈そうな見た目をしている建物にあたりを付け、接近した。一番重要な建物は、頑丈に作られているはずだ。


 誰か一人でも結界魔法にたどり着いて復活させることができれば、こっちのものだ。



 その建物の扉は、やはり頑丈な造りになっていた。


 厚い木材の上に、魔法耐性をもつ毛織物を敷いて、それを金属の格子で覆う。

 軍隊の座学で学んだ造りだ。魔法、斬撃、打撃、どれにも強いといえる。



 それを確認して、小さく舌打ちした。俺が持つ装備では簡単には打ち破れないだろう。


 数メートル手前で立ち止まって、勢いをつけて突進する。手を組んで、ショルダータックルをかました。

 操縦者の体重と合わせて、総重量120キロに及ぶ、ある意味重魔装歩兵の最強打撃。


 ミャリ、と嫌な音を立てて、格子がへこんだ。


 しかし、打ち破るまでにはいかなかったようだ。


 時間がない。もう一度だ。そう思って後ろに身を引こうとすると。



 「どきな」



 涼やかな女の声がした。

 重魔装歩兵部隊の紅一点。われらが隊長のお出ましだ。


 隊長は三節棍を片手に、手でしっしっとジェスチャーをしてきた。


 確かに隊長の持つ武器こそ適任だろう。



 俺はおとなしく下がった。

 ちょっと左肩がいたくてもう一度やらずに済んで内心ほっとしている、というのは内緒だ。

 精一杯の抵抗として、舌打ちはしておいた。



 隊長は三節棍の一節を別のものに取り換えていた。

 おそらく、たたきつけた衝撃で魔力爆発を起こすタイプだ。


 その衝撃を、すべて対象に伝えるには熟練の技が必要らしいが、隊長は三節棍の名手だ。

 鎧自体もその動作を邪魔しないように、いくらか重量を落とし、関節の可動範囲も生身に近づけているらしい。


 全身を使うようにして数回両手でぐるぐると回すと(何度見ても俺の目にはぐるぐる回しているようにしか見えない)、おもむろに扉にたたきつけた。



 魔力と魔力が干渉しあう、甲高い音が鳴り響いたかとおもうと、一瞬閃光が走る。

 発光はすぐに収まり、見てみれば、見事に食い破られた防護扉があった。


 金属の格子は外側にめくりあがり、ミルククラウンのようになっていた。


 

 隊長の三節棍には訓練の時に幾度となくぶたれたが、その時にこの反則的な破壊力を体験しなくてよかった。

 代わりに三節棍は二節棍になっていた。敵にとって唯一の救いは消耗品である点であろう。

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