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なぅ、ぷりんてぃんぐ! ~二次元美少女を実体印刷!!~  作者: 小峰史乃
第一部 第二章 三人目のリアライザー

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第一部 二次元美少女を実体印刷!! 第二章 3


       * 3 *



「そんな情けない顔してると、またファンクラブの連中に写真撮られるよ、チョコ」

「だってー」

 ソフィアにつくってもらった弁当を箸でつつきながら、千夜子は唇を尖らせる。

 千夜子のことをチョコと呼ぶのは、同じクラスの篠宮恵鈴しのみやえりん

 純和風のすっきりとした顔立ちと短めの髪をし、女子としてはそこそこ身長のある千夜子と違って小柄な彼女とは、クラスメイトというだけでなく、幼稚園の頃からつき合いのある親友と呼び合える存在だった。

 和輝も彼女のことは知っているし、話すこともあるが、幼稚園の頃にはアニメ好きとそれに伴う面倒臭い病、人見知りを発症していた彼は、よほど用事があるとき以外逃げていくのが常だった。

 千夜子にとってはそこが素敵に感じるのだが、恵鈴の唐突に確信を突く発言が、和輝は怖いらしかった。

 輝美から依頼されて小さな頃からファッション雑誌を飾ることがあった千夜子は、高校ではついにファンクラブが結成されるに至り、割と面倒臭い自体が発生することもあったが、そんなことがあっても変わらぬつき合いをしてくれる恵鈴は、千夜子にとって和輝とは別の意味で無二の存在だった。

「どうせまた早乙女君のことでしょー」

「うっ」

 昼食のサンドイッチをつまんでいる恵鈴に言われて、千夜子は卵焼きを喉に詰まらせそうになっていた。

「チョコが暗い顔してるときはたいてい早乙女君のことだしねぇ。あぁあと、テストが終わった直後もそうか。テスト前と結果出た後は、早乙女君に勉強手伝ってもらったりおさらい一緒にしたりでウキウキしてるのに、けっこう勉強できないよね、チョコ」

「ううぅぅ。別に、悪いってほどじゃないし」

「でも早乙女君ほどじゃないでしょ? ってか、私も今度一緒に勉強させてよ。早乙女君、教え方上手いっていつも言ってるでしょ」

「いや……、あいつが嫌がるし」

「嫌なのはふたりっきりになれなくて不満なチョコの方でしょ。――んで、今回はどうしたの? 喧嘩でもした? それともついに告って振られた? 押し倒したら拒否られた?」

「いや、えぇっと……」

 畳みかけられるように言われて、千夜子は返事をすることができない。

 斜め前に立つソフィアは、マスターである千夜子にはうっすらと姿が見えていたが、恵鈴の様子に声を立てずに口元を手で押さえて笑っていた。

 ――説明、しにくいよなぁ。

 リアライズプリンタやソフィア、それにとりあえずの問題であるエルディアーナのことは、恵鈴には説明しづらかった。

 ネットで調べてみた限り噂になっている様子は見られず、絵を実体化するという非現実的な機能は、信じてもらうのが難しそうだった。

 ――恵鈴のことだから、そのうち気づくと思うけど。

 何かに着けて鋭い恵鈴は、具体的なことはわからないまでも、何かがあったかは早々に気づいてしまうだろう。そのうち説明する必要が出てきたとき、どう説明するかを考えて残り少ない弁当を食べ勧めていたとき、千夜子と恵鈴のを寄せた机の脇に立つ人影があった。

「あの、椎名さんっ。今度の日曜日、空いてますか?!」

 そうずいぶん威勢の良い声をかけてきたのは、確か隣のクラスの陸上部に所属する男子。

 運動部の割に細身だが痩せているわけではなく、女の子が好きそうな甘い感じの顔立ちとさっぱりとした髪をし、廊下の扉のところから顔を覗かせている友達らしい男子の声援に頬を赤く染めながら、恥ずかしそうに怒る仕草を返していた。

 ――あー。こんな感じの男子とつき合ったら、楽しいんだろうなぁ。

 興味がなかったので名前すら知らないが、よくいる告白すればつき合えるとか、男らしさは強引さと勘違いしている男子と違って、真面目で、誠実そうで、少し不器用そうなところは可愛いと思えた。

 オタクで引きこもりで愛想もなくて、その上いつも側にいるのに千夜子の想いに気づきもしない和輝とは大違いだった。

 視線を感じて恵鈴を見ると、彼女は唇の端をつり上げて何かわかっているような笑みを浮かべていた。姿を消したまま男子の隣に立つソフィアも、彼をちらりと見た後、同じような笑みを浮かべた。

「ゴメンね。日曜は一日予定が入ってるから」

「じゃあその次の日曜でも! 土曜の放課後でもっ」

「んー。当分予定は空きそうにないから」

「そう、ですか……」

 それまで緊張に怒らせていた肩をがっくりと落とし、男子はとぼとぼと廊下の方に歩いていく。友達らしい男子連中に慰められつつ、退出していった。

「たまにはあんな感じの子と遊びに行くくらいいいんじゃない? 自分から押せないなら、気を惹いてみる戦術とか。まぁ、つき合わされる男子にとっては迷惑な話かも知れないけど」

「そんなことしてる余裕、いまはなさそうだもん」

「何? もしかしてついにライバル出現?」

「いや、そういうんじゃ、ないと思うけど……」

 説明を避ける千夜子は言葉を濁す。

「そりゃそうよねぇ。早乙女君って自他共に認めるオタクだし、猫背だし、目が隠れるくらい髪ぼさぼさで見た目に気を遣ってないし、話しかけようとすると逃げるし、孤立してても気にしてないっていうか、そっちの方が好きみたいだし、本当にいいとこないよね。早乙女君を狙う女子なんていないよねぇ」

「悪いとこばっかじゃないよっ。確かに重度って言えるくらいオタクだけど、猫背なだけで本当は一八〇くらい身長あるし、気を遣ってないからアレだけど、お父さん譲りのすごくくっきりした顔立ちで格好良いし、そりゃあ人見知りするし、慣れた人以外と話すの苦手だけど、勉強できるし料理も美味しいし、絵だってプロレベルだし、あいつにもいいとこあるもんっ」

 悪いところはそれはもうたくさんあるが、和輝にも良いところがあるのは産院の頃からつき合いのある千夜子はよく知っていた。

 身だしなみなどはすぐに直せるところであるのはわかっていたが、実は俳優並みの顔立ちをしている和輝は、猫背を治して髪を整えればものすごく見栄えするが、それを知っているのは自分だけで充分だと思っていたから千夜子がうるさく言うことはなかった。

 頭に血が上って一気に反論の言葉を口にしてから、ぷるぷると頬を震わせている恵鈴の様子に気がつく。

 もういつもやられている攻撃なのに、和輝のこととなると千夜子はすぐに我を忘れてしまって、言い返さずにはいられなかった。

 すぐ隣に立つ半透明のソフィアも、両手で顔を隠して肩を震わせていた。

 鋭い視線でソフィアを睨みつけた後、立ち上がってしまった千夜子は椅子に座って唇を尖らせたまま、残りの弁当を口に運ぶ。

「そこまで早乙女君のことが好きなら、さっさと告っちゃえばいいのに」

「それはそれで、なんて言うか、怖いし……。あいつ何考えてんのかとか、あたしをどう想ってるのかとかわかんないし……」

 幼い頃から一緒にいるのに、和輝のことはつかみ所がなくてよくわからなかった。

 二次元の女の子が好きなのは昔からだったが、それが恋と違うものであるのはわかっていたし、しかし彼が現実の女の子に強い興味を示したことはないようだった。

「あいつの側にいられなくなるの、嫌だし……」

「そんなこと言ってると、そのうち早乙女君がチョコ以外の女の子に目を向けちゃうかも知れないよ」

「うっ……」

 サンドイッチを食べ終えランチボックスを片付ける恵鈴に言われて、千夜子は飲み込もうとしたお茶を吹き出しそうになってしまっていた。

 エルディアーナのことは、正直脅威に感じていた。

 和輝が執拗にこだわって描いていた戦乙女の彼女。

 これまで理想の女の子かも知れないとは思っていても、現実に現れることがなかったから、気にもしていなかった。

 しかしいまはリアライズプリンタによって実体化し、彼の側にいる。

 和輝がエルに向けている想いが恋情とは違っていたのはわかっていたし、おそらくこれからもそこの部分はそう大きく違わないのではないかと思っていたが、心配なことがあるのも確かだった。

「和輝が好きになる女の子はいないかも知れないけど、和輝を好きになるかも知れない女の子は、いるんだよね……」

「何それ? やっぱりライバル候補がいるの? それじゃあいよいよチョコはヤバいんじゃないの? 側にいられなくなるかも、なんて言ってられないじゃん」

「うぅーーっ」

 多くの人には嫌われていても、いいところがたくさんある和輝。

 和輝自身の気持ちも問題だったが、彼のいいところにエルディアーナが気づいた場合、彼女がどうなるのかが、千夜子にとって一番怖かった。

 姿だけは絶対に和輝の理想だろう彼女に迫られたら、これまで現実の女の子に興味のなかった和輝も、変わってしまうかも知れない。

 ――あたし、どうしたらいいんだろ。

 昨日エルが和輝の隣にいるのを発見してからずっと考えていて、でも答えは未だに出そうになく、千夜子はただため息を漏らすしかなかった。

「想いってのは、言葉がなくても伝わることもあるけど、そういう関係を築くまでは、やっぱり口にして伝えないと伝わらないよ」

「うん、そうだよね……」

 恵鈴とは言葉がなくても仕草や表情だけでもたくさんのことが伝わる関係になっていたが、和輝については自分も彼も、そこまでの関係になれていないことはわかっていた。

 喉の奥でうめき声を上げつつ、弁当箱を鞄の中に仕舞ったとき、ブレザーのポケットに入れてあった携帯端末の振動を感じた。

「どうしたの?」

「和輝からメール」

 取り出した携帯端末の表示を見ると、和輝からのメール着信を伝えていた。

 内容を確認し、ソフィアに目配せをした千夜子は席を立つ。

「献身的ねぇ、相変わらず」

「そう言うんじゃないって。なんかトラブルだって。ちょっと行ってくる」

「行ってらっしゃい、早乙女君の王子様」

 にんまりとした顔をしている恵鈴に見送られて、千夜子は不満の顔を帰しつつ、和輝から指定された場所へとソフィアとともに急いだ。



          *



 校舎裏のベンチから眺める青空は、すっきりと晴れ渡っていたが、寒々しくもあった。

 裏庭というには狭く、日向を花壇が占拠する校舎裏は、夏場は涼しさを求めて人が集まるが、冬のいまは俺たちの他に人っ子ひとりいやしない。

 いつもなら購買辺りで買ったパンを頬張って済ませる昼休みに、わざわざこんなところに出張っているのは、お袋がつくってくれた弁当を食べるためだ。それも俺が食べるためではなく、エルが食事中は隠形の術が使えないからだった。

「冷めても美味しいとは……」

 最初は手こずっていた箸をすでに器用に使いこなしているエルは、そんな呟きを漏らしつつ弁当に集中している。

 けっこう大きい俺の弁当箱と同じサイズのものが、エルはふたつ。片方にはおにぎりがぎっしりと詰め込まれ、もう片方には俺よりも種類の多いおかずが入っていた。昨日の食べっぷりを見て朝からお袋が頑張ったらしい。

 ――なんかやっぱ、違うな。

 唇の端に笑みを零しながら唐揚げを味わっているエルディアーナ。

 俺の中で、彼女は力強く、気丈で、でも儚さと脆さを持った女の子だった。

 マンガの中ではそうした部分を中心に描いていたからだが、いま横にいる彼女は、俺の中のイメージと違っている部分が多かった。

 違うことが、嫌なわけじゃない。

 でも俺が一番彼女のことを知ってると思っていたのに、可愛らしさすら感じるいまのエルは、俺の知らない女の子としてのエルディアーナだった。

 ――補完されてるってことなのか、無意識を反映してるってことなのか……。

 ボォッとそんなことを考えながら、俺は俺に料理の腕の半分を仕込んでくれたお袋の久しぶりの弁当を味わっていた。

「ごちそうさま」

 俺たちがそうしていたように、弁当を食べ終わったエルはそう言って、結局弁当のためだけに担いできた鞄に弁当箱を仕舞った。

 水筒から注いだお茶を飲んでいるとき、エルは俺に語りかけてきた。

「この世界は、本当に平穏で、平和なのだな」

 両手でカップにした水筒の蓋を包み、深緑のチェック柄のスカートに押さえるようにしながら、エルは青空を仰ぐ。

 朝から四時限目の授業までの間、時折どこかを歩き回っていたようだが、だいたいは俺と一緒にいたエル。

 まだまだ彼女が知らないことは多いはずだが、街の雰囲気や、校内の様子は、不良程度はいても、概ね平穏で、命を脅かすような明確な脅威はなく、平和だ。そのことを、この短い間に感じたのだろう。

「それはまぁ……、日本は島国で、隣の国とは海で隔てられてるってのも平和な理由のひとつだと思うけど、ね」

「あぁ。そうした理由もあるだろう。――本が多くある部屋に行って、いくつかの本を読んでみたが、この世界の歴史は争いは本当に多いが、神族や巨人族は神話や伝承という創作のような話の中にしかいないのだな。わたしや、わたしの魂の伴侶となる勇者が戦うべき敵は、ほとんど現れることのない世界なのだな、ここは」

「……強さって意味では、格闘家とかスポーツ選手とかはいるけどね」

「そうした本も少し読んでみた。朝に和輝がやっていた剣道の他にも、柔道や空手や合気道、他にも様々な武道や格闘技、運動競技があるのはわかった」

 エルが俺の側を離れていたのはそんなに長い時間じゃなかったと思うが、その短い時間に図書室だろう場所でどれほどの知識を詰め込んできたというのか。

 仰いでいる空の色よりもさらに深い碧色の瞳が、悲しげな色を湛えて、ゆっくりと俺に向けられる。

「戦乙女が――、わたしが求める勇者とは、ただ強いというだけではない。身体能力の高さだけを求めるものではない。強い心を持つ者だ。信念を、勇者としての心と想いを持つ者なのだ」

 わずかに目を細め、冬空よりも寂しげで、どこか泣きそうにも見えるのに、口元には微かな笑みを浮かべている戦乙女エルディアーナ。

 彼女が求める勇者がそうした者であることは、彼女の創造主でもある俺は知っていた。そして彼女のような存在も、彼女が求める勇者も、この世界ではほぼいないことも、わかっていた。

 まだ勇者探しを始めて一日と経っていないのに、諦めを感じ始めているらしい彼女に、俺は精一杯の言葉を掛ける。

「あー。その、エルの勇者と言えるかどうかはわからないけど、強くて、信念を持ってる人なら、ふたり知ってるよ」

「誰だ?」

 悲しげだった瞳に強い光を宿して、食いつくように身を乗り出してくるエル。

 前のめりになって上目遣いに俺の顔を見つめてくる彼女から漂う、微かな甘い香りに言い知れない心地良さを感じつつも、俺は言葉を続ける。

「ひとりはお袋。早乙女輝美。男の二、三人くらい目じゃないほどに強いし、心の強さも俺が知る限り断トツだ」

「確かに輝美殿は勇者と呼ぶにふさわしい方だ。あのしなやかで柔軟な心は、わたしが出会った人々――、貴方が描いた物語の中や、この世界で見た人々の中でも素晴らしいものだ」

 俺のことは呼び捨てなのに、お袋には尊称がついていることに気づいて、いつの間にそんなに仲良くなったんだろう、と思うが、気にしないでおく。

 勇者の話となると食いつきのいいエルは、お袋のことを思い出しているらしく、何かを呟きながら何度か頷いていたが、また俺に鋭い視線を向けてきた。

「しかし輝美殿はわたしが求める勇者とは違う。勇者であると感じることができない。もうひとりというのは誰なのだ? まさか自分だと言う気ではないだろうな? 和輝」

「まっ、まさか。俺はエルの勇者に選ばれるような心の強さとかはないよ……」

「では誰なのだ?」

「俺の親父。早乙女蔵雄さおとめくらお

「和輝のお父上?」

 お袋のときと違って、訝しむように金色の眉と眉の間にシワを寄せるエル。

 それも仕方ないだろう。早乙女家の男と言ったら、いまのところ俺しか会ったことがないんだから、それを基準に考えてるんだと思う。

「まだお会いしたことはないが、どのような方なのだ?」

「んー。紛争地域で戦場カメラマンを……、争いしてるところでその記録を取る仕事をやってる」

「戦争の記録を? 従軍記録官というわけではないのだろう? 危険ではないのか?」

「危険は危険だけど、俺もお袋もあんまり心配はしてない。怪我をしてくることはあっても、絶対に帰ってくるし、帰ってくると信じられるからね。強さだけなら、人間最強かも。そんな親父相手に、運動だって言ってルール無用の格闘戦でいい勝負しちゃうお袋もけっこう凄いんだと思うけど」

「ふぅむ。どれほどの方かは会ってみなければわからないが、凄い方がいるのだな。和輝のお父上ということは、あの家に帰ってらっしゃるのか?」

「あー。いまは海外出てるからしばらくは帰ってこないけど、早ければ年末には帰ってくるんじゃないかな?」

「そうか……。輝美殿よりも強いとは、早くお会いしてみたいものだな」

 俄然元気が出てきたらしいエルは、水筒からお茶を注いで一気に飲み干し、楽しそうな笑みを浮かべていた。

 そんなとき、誰かのか細い悲鳴が俺の耳に聞こえてきた。

 弁当箱をベンチに置いて立ち上がり、周囲を見回してみるが、裏庭には人影はない。

 女の子のものだろう、微かな悲鳴が聞こえてきたと思う方向には、校舎と倉庫があって、くぐもった感じではなかったから、たぶんそこの隙間のところからだったのだと思う。

「エルは隠れていてくれ」

「……わかった」

 不満そうな顔をしつつも、エルは隠形の術によって存在が薄くなる。

 そんな彼女とともに、俺が校舎と倉庫の隙間に足音を忍ばせながら向かうと、そこには何人かの人影があるのが見えた。

 人目につきにくい隙間にいるのは、女子が四人。全員たぶん俺と同じ一年生だ。

 後ろ姿だけでは判断つかないが、スカートが恐ろしく短かったり爪のデコレーションがすごいことになってる三人が、尻餅を着いて頭を両腕で覆っているひとりを蹴りつけていたりするシチュエーション。

 ――いじめ、か。

 割と面倒臭い現場に出くわしたなと思う俺は、怒りの表情を浮かべているエルを手で制する。

「何もしないでくれ。これ以上エルに目立たれると色々面倒臭くなる」

「しかし和輝。弱い者いじめを見過ごしては……」

「こういうことは適任の奴がいる」

 言って俺は携帯端末を上着から取り出し、メールを作成して送信する。

 二分と経たずにやってきたのは、千夜だった。

 たぶんソフィアもいるはずだが、インビジブルモードの彼女は俺の目には見えない。

「わかった。ちょっと行ってくる」

 状況を説明すると、千夜はそう言って隙間へと入っていった。

「何故貴方は助けに行かない」

「……学校には学校の特殊なルールとかやり方ってのがあってね。たぶん、いまのは日常的ないじめだろうし、ヘタに俺みたいな校内の底辺が手を出すと後を引くんだよ。その点、千夜は女子にも男子にも人気があるし、好かれているから、恨まれても周囲がブロックしてくれる」

 碧い瞳で睨みつけてくるエルに説明するが、納得はしてくれていないらしい。

 悪態を吐きながら三人の女子たちが校舎の方に歩いて行くのを素知らぬ顔でやり過ごして隙間を覗き込むと、ちょうど千夜が尻餅を着いていたショートカットの女の子を助け起こしているところだった。

 立ち上がった彼女は、見たところ大きな怪我をしてる様子はない。

 地面に落ちてしまっていた赤い丸縁の眼鏡をかけ、気弱そうな顔に悔しそうなんだか悲しそうなんだかよくわからない表情を浮かべ、乱れた髪も上履きの跡が白く残る制服もそのままに、何も言わずに千夜の隣を通り抜ける。

 出口のところに立つ俺に気づいて、一瞬立ち止まった彼女は俺の顔を見ながら目を丸くしているが、すぐに昇降口の方に走り去っていった。

「大丈夫、なのだろうか……」

「大丈夫なんじゃないかな、とりあえずは」

 心配そうな顔をするエルに、隙間から出てきた千夜はとくに驚いた様子も心配した様子もなく言う。

「あの手の女の子のいじめは他にいじめる相手が見つかったり、本人が拒否したりしたら辞めちゃうくらいのもんだし、教室でたまにいたずらされてるのは見るけど、いたずら程度だしね。本当に嫌だったら声を上げればいいんだし」

 声を上げられる強さがあればいじめられないだろう、とは思うが、いまの言葉からクラスの中でだけでも気には掛けていることはわかった。ただ、言葉の内容自体は至極千夜の性格を表してる。

 俺は女子どころか男子ともあんまり話す機会がないからよく知らないが、千夜の話を聞いた限り、女子のこういう関係は割とドライなものらしい。

「これ以上悪化するようだったらあたしも友達に手伝ってもらって何か考えるけどね。あの三人組は二年の男子とつるんでて、よくない噂も聞いてるし」

「知り合い?」

「同じクラスの赤坂このみって子。和輝ほどじゃないけどクラスでは孤立してるかな? 友達とかあんまりいないみたいだし、声小さいし、ひとりでいるのが好きみたい。休み時間とかたいてい本を読んでるか、図書室に籠もってるみたいだしね」

 学校でも人気のある上、意外と世話好きな千夜にはそうした情報も集まってくるものらしい。

 友達でもなさそうな子のことも知ってる千夜は、ひとつため息を吐いて、俺の顔を覗き込むように見つめてくる。

「んーなことよりも和輝。……週末の準備、終わった?」

「昨日で一応ひと通り。主に千夜関係の作業で手こずったんだけどね」

「うっ……。ま、まぁ終わってるならいいや。っていうか、あたしが行きたいのは同じ日にやってる未来ロボット技術展だけどねっ」

「週末に、何かあるのか?」

 俺と千夜のやりとりに、不思議そうな顔をしながら割り込んでくるエル。

「んー。ちょっと、なんて言うか、お祭りみたいなものがあってね。千夜と一緒に行くことになってるんだよ」

「お祭り、ってか、そこまで規模大きくないけどさ、今度のは」

「ふむ、なるほど」

 納得したように返事をしつつ、わかっていない様子のエルに、俺は提案してみる。

「……もしエルがよかったら、手伝ってくれないか?」

「わたしでも手伝えることがあるのか?」

「うん、ある。ってか、立っててくれるだけで充分かも」

「それでよければ、いまは貴方の家に住まわせてもらって、食事の世話もしてもらっているのだ、できる限り手伝おう」

 千夜の微妙な視線を受けつつも、まだ不思議そうな顔をしているエルの返事に、俺は聞こえないくらい小さく「よしっ」と感嘆の声を上げていた。



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