第一部 二次元美少女を実体印刷!! 第一章 2
* 2 *
「嘘だっ。信じられない……」
呆然とした顔で、まだ鎧も脱がず、剣も膝の上に乗せたままのエルディアーナが呟くように言った。
さすがに巨大ロボットのアルドレッド・ソフィアは家の中に入れないから、千夜の家の広い庭で、姿を隠せるインビジブルモードで待機してもらっている。俺と千夜でもって、現実に実体化した戦乙女に、状況の説明をしたところだった。
四人掛けのリビングテーブルには、何故か俺の隣に千夜が座り、ふたりで対面する形でエルディアーナと対峙している。
説明したのは、この世界がエルディアーナが生きていたミッドガルドやアースガルドではないこと、彼女は俺が描いたマンガの登場人物であること、そしてヴァルハラは存在せず、彼女の親に当たる神々も存在せず、それと同時に、戦乙女の使命でもある勇者の探索、魂の伴侶の探索も、この世界では意味がないこと、などだ。
綺麗な顔を驚愕に染めているエルディアーナは唇を震わせたり、聞こえないくらいの声で何かを呟いていたりして、さすがにショックが大きすぎるらしい。
隣に座る千夜もまた、俺を非難するような視線を向けてきていた。
沈黙に堪えきれず、俺はキッチンに行って湯飲みと急須を持ってきて、お茶っ葉とお湯を入れ、いいタイミングを計ってそれぞれの湯飲みに注いだ。
無意識なのか、呆然としながらも湯飲みに手を伸ばしたエルディアーナは、お茶をひと口飲み、それまでと違った驚愕の表情を浮かべてもうひと口湯飲みを傾ける。
ぐいぐいとお茶を飲み干してから、いまの状況を思い出したのか、「あっ」と声が出てきそうなほど口を開けている彼女に新しく湯を注いだ急須を示してやると、悔しそうに顔を歪ませながら湯飲みを差し出してきた。
――これは……。
その様子が、なんだか妙に可愛らしい。
勝てるはずのない敵にも信念を味方に立ち向かい、気丈で、諦めを知らない彼女が、口を少しすぼめながらうっすらと顔を赤く染めている様子は、俺の知らない戦乙女だった。
――そう思えば「放浪の戦乙女」で食事シーンってまともに出したことないなぁ。
一話三二ページ、第一部八話、第二部六話までが同人誌で刊行済みで、最新第七話まで描き上がってるシリーズでは、酒を飲む場面は幾度かあったが、食事をする場面は一回くらいしか出したことがなかったと思う。
エルディアーナの食事に関する嗜好もとくに考えたこともなかったが、もしかしたら意外と美味いもの好きなのかも知れない。俺がけっこう美味いものに目がないから、彼女もまた同様なのかも、と思っていた。
――もしかしたら、いろいろ食べさせてみたらおもしろいかもなぁ。
熱いお茶をすするようにして飲みながら、いろんなことを考えているらしく俯いて難しい顔をしているエルディアーナ。
彼女のことはとりあえずということにして、俺は千夜に向き直る。
「ソフィアはそういうの、大丈夫なのか?」
「うん、ぜんぜん。っていうか、ネットに接続する許可出したら、すごい勢いでいろんなこと調べて『状況を把握しました』って言っておしまい。いいよねぇ、やっぱりロボットは! そういうとこは本当に便利!!」
原作アニメでは軍事兵器であるアルドレッドシリーズがそんなことでいいのか、と思わなくもないが、嬉しそうにニコニコと笑っている千夜には突っ込まないでおく。
「でもなんでソフィアなんだよ」
「なんでって?」
「お前が一番好きなのって、ソアラだろ。アルティメットモデルでもないノーマルソアラ。それが何でソフィアなんだ?」
長期ロボットアニメであるアルドレッドシリーズは、初期シリーズとは設定や時代が異なる派生作品も含めて二〇を超える回数アニメ化がされている。
千夜が一番好きなのは初期第二シリーズの最初に出てきた初代アルドレッドの発展型、アルドレッド・ソアラで、番組後半に登場した新開発強化型のアルドレッド・ソアラ・アルティメットや、他のシリーズの登場ロボはものは好きであっても一番じゃない。親が厳しくて大半は隠してある彼女の家のアルドレッド関連グッズも、ソアラのものが中心だ。
ソフィアは俺がせがまれて描いたものだったが、俺の趣味で雌型にしたり、エルディアーナの世界に出てきそうなファンタジーな設定を数多く追加してて、千夜にはけっこう不評だったはずだ。
パイロットがいなくても自律行動ができたり、光学迷彩のインビジブルモードがあったり、他にも核融合炉搭載の原作ロボを改変して、人間の想いをエネルギーにするハートフルジェネレータとかいろいろ追加してて、リアルロボであるアルドレッドが、ソフィアではほぼスーパーロボットになってしまっている。
「なんで、って言うか、最初はソアラをリアライズしようと思ったんだけど、できなかったのっ。いくつか試してみたんだけどダメで、試しにソフィアをやってみたら成功した感じ?」
「なんだそりゃ」
俺も札束や金塊では失敗したが、エルディアーナも絵だったことには変わりない。千夜がソアラをリアライズできず、ソフィアでは成功した理由がわからない。
――何か、写真か画像かとかとは別に、リアライズの条件があるんだろうか?
よくわからないもやもやとはっきりしないものを感じる俺は、腕を組みながらそろそろ剃らないといけないくらい髭が伸びた顎を手でさすりながら、考え込んでしまっていた。
「でもソフィアでよかったよーっ。インビジブルモードあるし、言えばちゃんとその通りに動いてくれるから操縦する必要ないし、自己修復機能あるからメンテ不要だし、空飛べたり燃料不要だったり、実物見たらけっこう可愛いし!」
ソフィアの画像自体は立像を描いただけだったが、ファンタジックな機能なんかについては画像の横なんかにコメントとして文章を書き添えていた。どうやらそのすべてがソフィアには搭載されているらしい。
「だけどあれは問題だろ。あのでかさはいつまでも隠しておけるもんじゃないし、インビジブルモードもエネルギー食う設定だからいつまでも隠しておけるってもんじゃない。それにあの角はなぁ」
「何が問題だって言うの? アルドレッドシリーズの一番の特徴じゃない!」
「いや、そうなんだが、ソフィアの画像って前にネットで公開したことあったろ? どこかで見られたり写真撮られたりしたら、そのうち所有者特定されるかもしれないぞ」
「あぁ……」
実際そんな事態になるかどうかわからないが、警察でも動くようなことになったら、画像の出本特定くらいはしてくるだろう。そんなことでバレるのは避けたかった。
――そもそも、戦乙女とか巨大ロボットがいるって時点で頭おかしい事態なわけだが。
嬉しさにまだ酔っているらしい千夜はまだその辺考えてもいないだろうが、徐々に現実感が戻ってきた俺はそんなことを思っていた。
剣帝フラウスに続いてエルディアーナのリアライズに成功して浮かれてしまっていたが、これからのことを考えると問題が山積みだ。
戦乙女がよほどの大食らいでもなければ、農家をやってる母方の親戚が多すぎるくらい送ってくる農作物があるから大丈夫として、客室は使ってないからとりあえずの部屋はある。しかし服と言われてもどうにもならないし、彼女はいま戸籍もないし、俯いて顔にかかっている金糸のようなあの髪、思い悩むような深い色を湛えた碧い瞳は外に出れば目立つこと請け合いだ。
そして何より、お袋にバレるのが一番面倒臭そうだった。
アニメやマンガだとたいていその辺のことは誤魔化して適当にしてあるから参考にはならないし、立場もなく生い立ちも特殊な女の子が目の前に現れる事態なんて、想定して生きてる方がおかしい。エルディアーナのことだけじゃなく、ソフィアのこともある。
小さくため息を漏らした俺は、成り行きに任せることに決めて、考えることを放棄した。
「じゃあどうすればいいって言うの?」
頭を抱えたい気分だったところを千夜に声をかけられて現実に引き戻される。
「……一部デザインの変更とかした方がいいと思うんだ」
「そんなことできるの?」
「うん。上書きリアライズってのができるらしい」
きょとんとした顔で首を傾げてる千夜は、取扱説明書をちゃんと読んでいなかったらしい。
リアライズした物体の形状を変更したいといったときには、上書きリアライズができるというのは、説明書の中に書かれていたことだ。かなり不親切な書き方しかしてないから、どの程度のことができるのかはよくわからなかったが。
「描いてくれるの? 和輝が」
「まぁ、最初にソフィアを描いたのは俺だしな。それに千夜は絵が描けないし、俺がやるしかないだろ」
「そっかー。ちょっと惜しいけど、仕方ないかぁ」
口を尖らせつつも、首を左右に傾げさせてなんだか楽しそうにしている千夜は上書きに同意してくれた。
残っていたお茶を飲み干して、俺は椅子から立ち上がる。
まだ考え込んでいたらしいエルディアーナの方を見ると、彼女は顔を上げ、俺に向かって言った。
「やはり、わたしは自分が貴方のマンガ? というものに出てくる登場人物だとは思えない。巨人族の魔法にでもかかって、夢でも見せられているのではないかと考えている」
「そりゃまぁ、いきなり現実に出てきても、エルは信じられないよねぇ」
「え、エル?」
「エル、か。うん、いいな。エル、これからその疑問に関して、信じられるかどうかわからないけど、証拠を見せるよ。一緒に来てくれ」
まだ疑惑の目を向けてきながら渋い顔をしているエルディアーナだったが、俺の言葉に席を立ち、ちらりと湯飲みを見てそれを飲み干した後、二階の部屋に行く俺と千夜の後に着いてきてくれた。
部屋の扉を開け、携帯端末で照明を点けた途端、背後から息を飲み込むような音が聞こえた。
気にせず俺が部屋に踏み込んでいくと、千夜に続いておそるおそると言った感じでエルが入ってくる。
「いったい何なのだ、この部屋は……」
驚いているのか呆れているのか、微妙な声音のエルの言葉は気にしないことにする。
部屋の両サイドの壁のほとんどは天井まである棚が占有し、部屋の奥手の窓には最近開けた憶えのない分厚いカーテンが引いてあって、照明を点けても薄暗さを感じる。
窓の前に置いた天板の広い机の上には、据置端末用のモニタが三枚、横につなげる形で並べてある。
何よりエルが呆れているのは、机の上と言わず、分類ごとに整頓して棚に納めてある本の前と言わず置いてあるものだろう。
いろんな場所にクリスタルケースに入れて飾ってあるのは、様々なフィギュア。
美少女ものを中心に、ロボットやアメコミものなど、素材もつくりも様々なフィギュアたちが、俺の部屋の中には溢れていた。
「この人形たちはなんなのだ……」
「あんまり触らないでくれよ。けっこう壊れやすいから」
左の棚に近づいて、並んだ美少女フィギュアを顔を顰めて眺めているエルに、一応注意しておく。
「けっこう散らかってるんだね。和輝らしくない」
「そりゃあな。今朝方まで原稿にかかりきりだったからな。……誰かさんのせいで」
「うっ……」
次に参加する同人誌即売会の原稿は、今朝方上がって印刷所にネット経由で送信したばかりだ。原稿が当初の予定より遅れて、机の上や床に整理が追いついていない紙や資料が散乱しているのは、千夜が関わってる部分に時間がかかったからだった。
目を逸らして知らない振りをする千夜にため息を漏らして、俺は右の棚から何冊かの本を取り出す。
それは俺がつくった「放浪の戦乙女」の同人誌。
二次創作ではなく、俺オリジナルの本であるそれを、エルに手渡す。
「信じてもらえるかどうかわからないけど、これが一応エルが俺の作品の登場人物である証拠。ひと通り読んでみてくれ」
「他に確か、設定絵とか新刊の下絵を印刷したのあったよね?」
「それはそこ。後で順番に渡してやってくれ」
神妙な顔で受け取ったエルに、千夜が部屋に入り浸る用に持ち込んだクッションを示してやると、彼女はそれに座って、膝の上に置いた本を開き始めた。
読んでもらってる間に、俺は据置端末の電源を入れ、ソフィアの上書きリアライズ用の絵を描く作業を始める。
落書き程度に描き溜めていたロボットのストックから千夜に好みのものを選んでもらい、希望する感じにアレンジを加え、以前彼女に送信したソフィアの立像画像を修正する形で新しい頭部に変更する。他にも言われた希望を取り入れて、俺はボディの変更にも着手した。
――そう思えば。
思いの外手を加えるところが多くて時間の掛かった作業に終わりが見えてきたところで、ふと思い、俺は顎髭をさすりながら考える。
――ソフィアの機能とか、エルの能力は、どうやって得たんだ?
ソフィアのハートフルジェネレータやインビジブルモードはあくまでコメントとして書き添えたもので、絵に反映されてるものじゃない。さらには自律行動については書いていたが、どの程度のことができるかについては書いてなくて、しかし千夜の家の庭へと移動するときのソフィアは、千夜の言葉以上の意図を汲んでいるような、人間と遜色のない判断能力があるように見えた。
エルに至っては、リアライズしたのはあくまで寝姿の絵で、コメントすらなかった。それなのに彼女は作中の能力である鎧の召喚をやってのけていた。
そもそも絵をリアライズしたはずなのに、生きている人間――戦乙女だが――を生み出すなんてことは、描いていない内部構造、さらには記憶までを反映していないとできるものじゃない。
――リアライズプリンタはもしかして、絵を現実に実体化させるだけのものじゃないのか?
そう思った俺は、ソフィアの立像画像に、ストック絵から新たな画像を呼び出して重ね、コメントを付け加えてみる。千夜にも確認し、設定追加のことを告げる。
作業が終わり、画像の送信が終了した後、エルの方を見ると、読み終えたらしい本や資料をクッションの上に積み重ね、立ち上がってフィギュアの一体に注目していた。
「これは……、わたしか?」
「そう。知り合いになった造形師から造りたいって話があったから、こっちから設定画像を送って、販売を許可する代わりに一番出来がいいのをもらったんだ」
エルが顔を近づけて見ているのは、エルディアーナのフィギュア。
けっこう有名な同人造形師に造ってもらった、第一部のクライマックスで仮とは言え魂の伴侶を得、秘められた力を発揮し、剣帝フラウスの力を引き出したときの姿。ハイ・ヴァルキリーとなったエルディアーナのフィギュアだった。
家の中だと邪魔なのでいまはアーマーだけを解除して最初のアンダーウェアの上に上着などを重ねた普段着スタイルの彼女だが、ハイ・ヴァルキリーの彼女は鎧を纏った姿とも違い、より神々しい印象があった。俺が設定絵を描いたものとは言え、造形師の腕が光る素晴らしい出来だと思う。
「やはりわたしは、貴方の生み出した想像上の存在なのだな……」
何かを堪えるように、エルは唇を噛む。
「本を読んで、どうだった?」
「わたしが旅をした様子が描かれていた……。それだけでなく、途中からはまだわたしが経験したことのない時間、次に行こうと考えていた場所で起こる話になっていた」
リアライズしたあのエルの寝姿は、第二部の第二話と第三話の間の時間と設定して描いていた。
第一部のラストで魂の伴侶として決めた勇者を、魂を砕かれて失い、悲しみに暮れて眠る彼女の姿だった。
だからだろう、最新は今度出る新刊で第二部七話になるが、彼女の記憶は二話の後までしかない。
フィギュアから目を離し、俺を見たエル。
でもすぐに視線を外して、泣きそうでも、悲しそうでもなく、困惑とやるせなさと、諦めが綯い交ぜになったような瞳で言う。
「和輝。貴方が言った通り、わたしは貴方の物語の登場人物だ。――しかしわたしは、まだ信じられない。いや、信じたくない。本当にわたしは、そのリアライズプリンタというもので実体化した存在なのだろうか? と思っている」
「いまからどうやっていまのエルが生まれたのか見せるよ。千夜」
「うん。取説は読み終わったから、やり方は大丈夫だと思う。できるかどうかはちょっと不安だけど、ねぇ……。まぁともかく、暗くなる前にやろ」
俺の部屋のマンガを読んでいた千夜がぴょこんと立ち上がって言う。
ふたりを伴い、俺はソフィアが待つ千夜の家の庭へと向かった。
*
「ぐっ。その手があったか」
千夜が頭に被っているものを見て、俺は思わずそう呟いていた。
道路側は駐車場とポーチになってる俺の家の裏庭は、いまのところただの更地になっているが割と広いスペースがある。千夜の住む家とはコンクリートの壁に扉があって、玄関を出なくても行き来することができるようになっていた。
インビジブルモードを解き、片膝を着いた姿勢で上半身も下げているアルドレッド・ソフィアは、それでも二階建ての上に屋根裏部屋がある俺の家よりも高いくらいのでかさがあった。
ソフィアの前に立ち、左手にリアライズプリンタを乗せている千夜が頭に被っているのは、スマートギア。
額と後頭部のバンドで頭に固定し、顔をけっこう覆うサイズのヘッドマウントディスプレイとヘッドホンが合わさったような水色のそれは、脳波を受信してポインター操作や応用してキーボード入力までこなせる多機能インターフェースだ。
携帯端末の汎用コネクタに接続して使うスマートギアは、発売されてからけっこう経っているが普及してるとは言えず、価格もサラリーマンの月収くらいするため持っている人も少ない。けれど少し前から始まったフィギュアサイズのロボットが人間サイズになって戦うアニメ『ピクシードールズ』の主人公やヒロインが使っていることもあって、マニアアイテムとしてロボットオタクの千夜はアニメコラボモデルを買っていたし、絵を描くのにはどうにも慣れなくて使っていないが、俺もひとつ持っている。
何よりの特徴は、俺がテレビでサイズ調整を慎重にやっていたのと違って、実投影サイズはともかく、見た目のサイズはかなり自由が効くことだ。リアライズプリンタで巨大なものを実体化するには最適なものと言えるだろう。
「よっし、いくよ! リアライズ!」
その辺は俺と同じなのだろうか、やっぱり叫びながらリアライズプリンタの稼働開始ボタンを押した千夜。
しかししばらく待っても、ソフィアに向かって光が照射されることがない。少ししてから、エラーのビープ音が鳴った。
「んー。もう一回っ。リアライズ!」
不安そうに表情を曇らせているエルにちょっと注意を向けながらも、俺はリトライでも成功しなかった千夜に近づいていく。
「どうしたんだ?」
「んー。よくわかんない。ってか、この設定がよくわかんない」
外部カメラがあって俺のことも見えてるんだろう千夜は、スマートギアを被ったまま右手につかんでいた携帯端末を見せてきた。
俺が送った画像を拡大して表示したその部分は、ソフィアに新たに追加することにしたレディモードのところ。
いくらなんでも全高十二メートルのアルドレッド・ソフィアはいつまでも隠しておけるもんじゃないと思って、どうせもうスーパーロボットみたいなものだからと人間サイズへの変身機能を追加してみていた。
「どこがわからないんだ?」
「ロボットが人間サイズになるのはいいとして、なんで人間の女の子になるの?」
ゴーグルの下では俺のことを睨んできてるだろう千夜は、唇を尖らせる。
アニメなんかではよくある設定だと思ったが、彼女はお気に召さなかったらしい。
「どうすりゃいいんだよ」
「ロボットなんだから、ここは人間サイズのロボットでしょ! 人間サイズになるにしても、ロボットがいいよー」
「あー、わかった。このロボフェチめ。スマートギア貸してくれ」
小学校の頃にはアニメやマンガにはまっていた俺の影響もあってか、千夜もアニメ好きマンガ好きだが、主に美少女系のものが好きな俺と違って、彼女はロボットマニアだ。それも重度の。
手渡してもらった、微かに千夜の香りがするスマートギアを俺に合うサイズに調節して被り、自分の携帯端末に接続して自宅の画像倉庫にアクセスした。
ストック絵から見つけたロボットメイドの画像をちょっと調節して差し替え、コメントも変更して千夜に送信した。
「もう一度やってみてくれ」
「うんっ」
どうやら今度は満足したらしい。スマートギアを被った千夜が三度目の上書きリアライズに挑戦する。
「リアライズ!」
叫びながら千夜が稼働開始ボタンを押すと、今度はすぐさま紅い光がソフィアのボディ全体を包むようにに照射された。
――でも、なんでだ?
そう、俺は考えていた。
一度エラーで上手く行かなかった画像が、言ってしまえば細部の変更だけでリアライズが可能になった。
同時にそもそもおかしいことに気づく。
エルディアーナは俺が想像し、設定し、描いた登場人物だ。
それに対してアルドレッド・ソフィアは、俺が描いたもので、希望を多く取り入れているにしても、千夜が描いたものじゃない。
リアライズの可否について、その条件がいまひとつわからなくなっていた。
「――わたしも、こうして実体化したのだな」
エルが見つめる先では、新しい画像に添って、少しずつソフィアの形状が変わりつつあった。
ゼロから実体化していくものではないが、エルもまた、こうして実体化したことには変わらない。
「うん……。そうだよ」
ちらりとエルの顔を見ると、その瞳には困惑の色は消え、諦めに近いものが浮かんでいるのが見えた。
彼女の中で、何かが納得できたのと同時に、何かを諦めたのだろうと思えた。
――それでも俺は、君を……。
言おうと思った言葉は、声にはならなかった。
幼馴染みの千夜ならともかく、人見知りの上に人と話すのが苦手な俺は、あんまり人と話すのが得意な方じゃない。
本人以上に彼女のことを知っていても、近寄りがたい雰囲気を醸し出しているエルを慰めてやることもなく、ただ唇を引き結んでいる姿を見ているだけだった。
「ソフィア、レディモード」
『――@*$!』
千夜がそう言うと、ビープ音ともノイズとも違う、たぶんソフィアの言葉だろう声がした。
一瞬まばゆいほどの光を放ったと思った次の瞬間には、アルドレッド・ソフィアの巨体は消え、レディ・ソフィアが庭の真ん中にぽつりと立っていた。
近づいていくと、ロングスカートの地味なワンピースに飾り気の少ないエプロンと、ビクトリアンスタイルの落ち着いたメイド服を身につけ、俺より少し低いくらいの、エルと同じくらいの背丈の女の子が立っていた。
黒くしっとりた感じの髪は、肩胛骨を超えるくらいのエルよりもさらに長い腰近くまで伸び、日本人ともまた違う少し人工的な感じがする整った顔立ちは、生きている女の子と変わりがないように見える。
でも耳があるはずの場所にはアンテナ状の突き出たパーツが被さっていて、さらに長い袖口から先の手は、機械の関節を持つロボットの手だった。
「んーっ! いいっ! 凄くいい!! 想像してたのと同じで可愛いし、いいよ! レディ・ソフィア!!」
「――&#%*」
興奮している様子の千夜ににっこりと笑んだソフィアは、何かを言ってスカートを軽くつまみ上げながら深くお辞儀をした。どうやら挨拶をしたらしい。
「ソフィアは喋れないのか?」
「ん? だってロボットでしょう? マスターであるあたしはソフィアの言ってることわかるけど、ロボットらしく喋ってほしいなー、と思ってたから、こんな感じだよ」
なんで妙なところでこだわるのか、千夜の考えがわからない。
「よろしく頼む。わたしはエルディアーナ。……エルと呼んでくれればいい」
「――*$%」
「あぁ、そうだ。わたしは戦乙女、ヴァルキリーだ」
「――&%$#」
挨拶を交わしているエルとソフィア。
人間の言葉には聞こえないソフィアの言葉に、エルが応じて喋っている気がする。
「……エルは、ソフィアの言葉がわかるのか?」
「いや、言葉はわからない。けれども言いたいことの意味はわかる。彼女の意志は理解できる。わたしは戦乙女だからな」
「俺だけわからないのかよ……」
確かにエルには言葉以外にも相手の意志を感じる能力をつけていたのは確かだが、どうやらそれによって俺だけがソフィアの言葉がわからない仲間外れになったらしい。
「……わたしは、この後どうすれば良いのだろうな」
ソフィアとひと通りの挨拶を終えたらしいエルが、ぽつりと呟く。
苦しげな表情を浮かべている彼女に、俺はどうしてやればいいのかわからない。
「――夕食でも、食べよう。そろそろいい時間だし、つくってる間に暗くなる」
十一月半ばの昼間は思った以上に短く、あっという間に過ぎていく。
リアライズプリンタが届いたのは昼飯直後だったが、いまはもう空は暗くなり始めていた。
「何つくるの? 今日は」
「決めてない。もうこんな時間だし、あるものでつくる予定だけど」
「あたしも行っていい? ソフィアもだけど」
「別にいいけどな」
「よしっ。じゃあ千尋さんに夕食いらないって言ってくるー」
言って千夜は、ソフィアと一緒に家の方へと走っていった。
千夜の従姉で、いろんな事情があって千夜の家のお手伝いさんをやってる千尋さんが今日は来ているんだろう。
「……えぇっと、エルは、どうする?」
そう声をかけると、暗い表情をしてどこか遠いところを見ていた彼女は俺のことを見、小さくため息を吐いてから言った。
「わたしも一緒させていただいていいのならば」
「も、もちろん、いいんだけど。……後のことは、また食事をしてから考えよう」
「そうだな……」
下ろした左腕をつかむようにしていた右手に力を入れ、唇を噛んでいたエルは、もう一度ため息を漏らしてから踵を返し俺の家の方に歩いていく。
そんな彼女の背中にかけてやるべき言葉があるように思えたが、俺は何も言い出すことができず、後ろを着いていくように歩き始めた。