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なぅ、ぷりんてぃんぐ! ~二次元美少女を実体印刷!!~  作者: 小峰史乃
第一部 第一章 二次元美少女を実体化!!
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第一部 二次元美少女を実体印刷!! 第一章 1

第一章 リアル戦乙女の実体化方法、教えます



       * 1 *



 やるべきことはそう難しくない。

 俺はリビングにある人が実物大で映るほどの大型平面モニタに、身体を丸めて眠る女の子の姿を映す。

 ミニスカート丈の薄手のワンピースを身につけ、背の半ばほどまで伸びた金色の髪を乱し、悲しげな表情で目をつむる彼女は、写真でも映像でもない。

 戦乙女エルディアーナ。

 俺が描いている同人マンガ『放浪の戦乙女』の主人公だ。

 たいして帰ってこない割にテレビ好きなお袋がこだわったリビングは、総床面積の割に広かったり床暖房入ってたり、一般家庭では珍しいサイズの大型平面テレビが置かれていたりする。少し前に描いたエルディアーナの姿をそのモニタに映し出した俺は、メジャーを当てて慎重に表示サイズを調節していく。

 たぶん、鍵になるのは表示サイズだ。

 いくら画面が大きいとは言え、人ひとりの全身を実寸サイズで表示することはできない。バストアップとか身体が切れていたらどうなるかわかったもんじゃない。新規で描いても良かったが、早く試してみたかったし、少し前に描いたものだが自分でも上手く描けたと自賛するほどの絵を、俺は選んでいた。

 調節を終えた俺はテレビに近づき、テレビ台の上に置いたプラ製の箱に手を伸ばす。

 立方体をちょっと前後に伸ばしたような形で、レンズがついていて、テレビの映像出力から伸ばしたケーブルを接続しているその機械は、小型プロジェクターにしか見えないが、違う。

 リアライズプリンタ。

 取扱説明書の言葉を借りるなら、『想像を実体化リアライズ』するプリンタだ。

 リアライズプリンタ上部のボタンを指で触れ、俺は唾を飲み込む。

 稼働開始ボタンを押し込もうとして、俺はためらいを感じていた。

 ――本当に、いいんだろうか。

 リアライズの結果がどうなるかは、正直なところわからない。稼働自体開始できないかも知れないし、想っていた通りのリアライズ結果にならない可能性もある。

 でももし、思っていた通りの結果になったのならば、俺の想像と、マンガと、イラストの中にしかいなかった彼女は、現実の世界の存在となる。

 彼女はファンタジー物語の登場人物らしく、長い間旅をし、様々な困難に出会ってきた。

 時には怪我をし、時には悩み、そして時には、泣くこともあった。

 それはあくまで俺がマンガの中に描いた彼女の姿に過ぎないが、それでもある意味では俺の分身で、娘と言っても過言ではない、エルディアーナ。

 自分の中から生まれた存在ながら、俺は彼女のことが好き、と言うか、尊敬の念を抱いていた。

 完結していない物語ではこの先、彼女にもっと大きな苦難が待っている予定だった。

 そんな彼女をリアライズしてしまっていいのか、俺は迷う。

「……いや、だからこそ、か」

 呟いて俺は、画面の中のエルディアーナを、しばらく切ってなくて鼻の近くまで垂れ下がってきている前髪の間から眺めて、笑む。

 決意をし、指に力を込めた俺は、叫ぶ。

「リアライズ!」

 エラー音ではなく、稼働開始のビープ音が鳴り、リアライズプリンタのレンズから紅い光が照射される。

 ローテーブルなんかをどかして場所を広くしたリビングの床に照射された光の中に、うっすらとエルディアーナの寝姿が見える。平面ではなく、立体で映し出されたその姿は、徐々に輪郭が確かなものになっていく。

 リアライズプリンタなんて、俺はつい二時間ばかり前までは、ただのジョークガジェットだと思っていた。

 でもそれは、冗談でもネタでもなく、本当に想像を実体化するプリンタだった。

 いよいよ実体化が完了しつつあるエルディアーナのことを見ながら、俺はいま起こっていることを、今日これまで起こったことを、一生忘れないだろうと思っていた。



          *



「本当に来るとはな……」

 手製カルボナーラで昼食を摂り終えたときに鳴らされた呼び鈴。やってきたのは宅配業者で、持ってきたのは両手だとちょっとはみ出るくらいの小さな茶箱。

 差出人は「ナイトメアエレクトロニクス」という名前を見たのはこれで二度目になる、どう考えても怪しい会社名。

早乙女和輝さおとめかずきさんでよろしいでしょうか?」

「……あ、はい」

 箱には必ず本人に手渡すよう注意が印刷されたテープが貼られていて、あんまり気にしていなくて目まで掛かっている前髪越しに配達の小父さんのことを見ながら、俺はパーカーのポケットから取り出した携帯端末に識別情報を表示して見せる。

 そのまま携帯で受け取り確認を小父さんの端末に送って、茶箱を受け取った。

「スパムだと思ってたんだけどな」

 扉を閉め鍵も掛けて、家に入った俺は、リビングを通り抜けて飾り気もメーカー名も印刷されていない簡素な箱をダイニングテーブルに置く。

 携帯を操作して表示したのは、何日か前に届いたメールの本文。

 ナイトメアエレクトロニクスから届いたメールは、新型プリンタのモニター募集という、普通に考えればただのスパムにしか思えないものだった。

 でもそこに書かれた、想像をそのまま現実に印刷可能なプリンタ、という言葉に、どうしても我慢し切れずにアンケートに答え、抽選となるモニターに応募していた。そのうち架空請求のメールでも届くようになるかと思っていたら、日曜の今日になってこの箱が届いたという顛末。

 何が出てくるのかと思いながら俺はテープを剥がし、箱を開ける。

「……なんだこりゃ」

 入っていたのは、緩衝材に包まれた、小型プロジェクターっぽい黒い樹脂の外装をした箱と、「リアライズプリンタ取扱説明書」と印刷された小冊子だけ。モニター募集するようなものだから試供品なのかもしれないが、あまりに簡素すぎる中身だった。

 ネットで検索しても出てこない会社名だったこともあって、詐欺か冗談でなければ新興メーカーの立体プリンタか何かかと思ったが、受け取った時点で箱が小さすぎた。まさかジョークガジェットだとは思っていなかった。

「はぁ……、なんだって?」

 小さい割にそこそこ重量のあるリアライズプリンタを手の平の上で弄びながら、ダイニングの椅子に座った俺は、たいしたページ数のない取扱説明書を開く。

 どこかの説明書からそのままコピペしたんじゃないかといった感じの接続方法の解説や、やる気がないんじゃないかと感じる概念の説明とトラブルシューティング程度しか書いていない取扱説明書で、一応は概ねの使い方はわかった。

 それよりも目を引いた一文。

『リアライズプリンタはあなたの想像を現実に実体化するプリンタです。あなたの想像を、想いをリアライズしてください』

 ジョークガジェットにしては心くすぐられる文章だった。

 最低限の使い方はわかったものの、謎だらけのリアライズプリンタを手に、俺は冬もそろそろ本番になってきて寒いので閉めていた、ダイニングとリビングを仕切っている引き戸を開け、大型平面モニタのあるリビングへと入る。

 中学に入ってからは手が離れたとか言って両親ともに仕事ばかりで家にいる時間が少なく、最近じゃアニメとゲームくらいしか映した憶えのないモニタの上にリアライズプリンタを置き、テレビ台の引き出しから引っ張り出してきた映像ケーブルでテレビの映像出力をプリンタの入力コネクタに接続した。

「完全にプロジェクターだな」

 テレビからの電源供給で稼働できるのか、電源ケーブルがないのが謎だが、このリアライズプリンタと称された箱は、見た目には小型プロジェクターにしか見えない。

 映像を現実に実体化できるものらしいので、とりあえず俺は携帯端末を取り出して適当にネットを検索する。

 探し出したのは山と積まれた札束の写真。

 億の桁はありそうなその写真を平面モニタに転送して表示し、リアライズプリンタ上部の稼働開始ボタンに触れる。

「リ、リアライズっ!」

 叫ぶ必要なんて取扱説明書には書いてないが、なんとなくお約束として声を上げながらボタンを押す。

 しかしながら、レンズから光が照射されることはなく、連続したビープ音がするだけだった。持ってきていた取扱説明書を開いてみると、適切なリアライズ対象でない場合のエラー、となっていた。

「何が悪いってんだ」

 文句を言いながら俺は、改めて金塊の写真を探し出してモニタに映し、稼働開始ボタンを押す。

 今度も同じエラー音。

「わからん……」

 所詮ジョークガジェットか、と思いつつ、腕を組む格好で取扱説明書を開き、たいしたことのない内容を読んでいく。

「あなたの想像を現実に実体化する、か……」

 気になっていた一文を口に出して読み上げて、俺は少し考える。

 札束や金塊は確かにほしいものだが、俺の想像かと言われれば違うと否定できてしまう。ならば何が俺の想像か、と考えたとき、思い浮かぶものがあった。

 携帯端末を操作して家のファイルエリアに接続する。

 探し出したのは一枚の画像。

 剣の画像だが、それは写真じゃない。

 金属の鞘に収められた刀身は長い上に、幅が普通の剣の二倍以上もある。装飾も華美で、ファンタジーアニメなんかに出てきそうなその画像は、俺が描いたものだ。

 幼稚園の頃からアニメやマンガにはまり、小学校の頃から絵を描き始め、中学ではマンガを描くようになった俺は、高校に入った現在はすっかり同人漫画家だ。

 アニメなんかをモチーフにした二次創作は遊び程度にしかやらず、印刷所に頼んで自費で本をつくって同人誌即売会なんかのイベントで頒布しているオリジナルの作品は、大人気とは口が裂けても言えないものの、機材を買ったりオタクグッズを買い集めるのの足しになる程度には好調だ。

 そうやって描いている「放浪の戦乙女」というマンガシリーズの設定として描いた剣。神の手によってつくられ、作品の主人公である戦乙女エルディアーナが出会った第一部のボス、黒体無貌の魔神ゾディアーグと戦うために貸し与えられた「剣帝フラウス」。

 同人誌の中にイラストとして収録するのにカラーで描いたフラウスの画像を、モニタに転送した。

「……でかいな」

 設定上は剣先から柄先まで百センチ程度だが、画面がでかいために百七十センチを超える俺の顎くらいまで届きそうなサイズで、剣帝フラウスは表示されていた。

「まぁいいか。……リアライズ!」

 改めて小さめに叫び声を上げつつ稼働開始ボタンを押すと、今度はエラー音はせずにリアライズプリンタから紅い光が照射された。

 意外と稼ぎがいいらしい親父とお袋の収入と、お袋の両親の援助で建てられた俺の自宅は割と広く、テレビ鑑賞用のソファとローテーブルの手前辺りの、寝転がれそうなくらい空きがあるスペースに光は照射されていた。

「な……に?」

 立体プリンタではなくプロジェクターなら、立体映像でも見られるのかと思っていたが、違った。

 最初のうち光の中にうっすらと見えるだけだった剣は、まるで印刷されるように、徐々に輪郭をはっきりとさせていく。

 稼働終了のビープ音が鳴る頃には、実体としか思えない質感を備えるようになっていた。

「……これは、魔法か?」

 プリントが終了し、紅い光の照射が途絶えても、フラウスの姿は失われない。

 二十一世紀ももういい年になったとはいえ、素材を削るか樹脂を溶かして成形する立体プリンタや、かなりリアルな映像を表示することができる立体プロジェクターはあっても、想像を実体化できるプリンタなんて聞いたことも見たこともない。

 魔法としか思えない奇跡の技だが、夢でも幻でもなく、俺が絵に描いた通りの、――いや、頭に想像していた通りの、金属の質感とはめ込まれた宝石の煌めきのある剣帝フラウスが、いま俺の目の前にあった。

「うぉ、重っ。つか、でかい」

 触れてみた金属製の鞘の質感も想像していた通りで、しかし設定とは違い、一四〇センチほどの長さと、モニタで表示したのと同じサイズのフラウスを持ち上げてみたが、剣というにはあまりに重い。たぶん一〇キロ近くあるんじゃないかと思う重量に、俺は苦労して絨毯から持ち上げる。

「抜けは……、しないか」

 設定上、巨人と同じ身長の神が使うために力を引き出せればサイズは自由で、同時に神の血を引く者にしか抜くことができないことにしてあったフラウスは、柄に手をかけて抜こうとしてもビクともしなかった。

「すげー、すげー、すげー、すげー……」

 いったいこんな重量のものがどうやって光を照射しただけで実体化できたのかとか、どういう技術を使ってるのかってことよりも、ただ凄いという思いに捕らわれた俺は、とにかく一端フラウスを隠すことを考える。こんな物騒なもの、お袋にでも見られたらヤバイ。

 一階の倉庫から持ってきた発送用のエアパッキンのロールでフラウスを包み、見つからないように倉庫の隅に隠しておき、俺はリビングに戻った。

 そして次に携帯端末で探し出したのは、女の子の画像。

 放浪の戦乙女の主人公である戦乙女、エルディアーナ。

 最新の画像ではなく、サイズの問題が出ないよう、身体を丸めて眠っている彼女の画像を選び出し、はやる鼓動を押さえながら、俺は平面モニタにそれを転送した。



          *



 プリント終了のビープ音が鳴り、紅い光の照射も終わった。

 リビングの絨毯の上に身体を丸めて寝ているのは、確かにエルディアーナ。

 戦乙女の、エルディアーナだった。

 フラウスをリアライズしたときと同じで、見た目には本物としか思えない質感をしていた。

「くっ……」

 笑い出したいのか、息を飲みたいのか自分でもわからず小さく息を漏らし、俺は彼女の元へと近づいていく。

 純白のワンピースに包まれた、細身ながらも戦乙女らしく引き締まった身体つき。

 太股までのタイツとミニスカートの間の絶対領域は輝かしいばかりで、人肌の血色を保ちながらも白い。

 金色の髪は輝きを放っているみたいに美しく、閉じられたまぶたに見える長い睫毛もまた、金色だった。

 絵として描いたときにも会心の出来だと思ったけど、リアライズによって現実となったその横顔は、描いた自分が言うのも何だが、芸術的な造形をしていた。

「……い、生きてるのかな?」

 見ている限りは生きていてもおかしくなさそうだけど、彼女はリアライズプリンタで実体化した、俺の想像の産物だ。

 確認してみなければならない。

 足先の方から近づいていって、太股に触れてみる。

 絹のような触り心地のタイツと、その下の肌は人間のものと遜色のない柔らかさがあった。

 手を伸ばして触れてみた髪は、本当に繊細で美しく、音もなく指の間を流れていった。

 静かに肩に触れる。

 少し力を込めると、抵抗もなく、人形のように硬直も感じずにエルディアーナの身体は仰向けになった。

 大きく、しかし大きすぎない白い服に包まれた胸は、仰向けになってもその美しい形を崩すことはない。

「……確認、だよな。生きてるかどうかの」

 唾を飲み込んで、俺はそびえ立つふたつの膨らみを両手で包む。

「う、おっ……」

 柔らかい。

 が、それだけじゃない。しっかりとした弾力が指を押し返してくる。

 初めて触れる女性の胸に、俺は興奮と、言い知れない何かこみ上げてくるものを感じていた。

 触れているだけで気持ちのいい手の感触をもっと味わおうと、指を動かし、手で覆い、揉む。

 柔らかさと弾力のバランスが素晴らしい。どんな素材でつくればこんな神の産物のような心地良さが得られると言うのだろうか。顔を近づけて鼻を刺激する、微かに感じる甘いような、爽やかなような香りに酔いそうになる。

「すごい……。すごいぞ、これはっ」

 思わず声を上げ、当初の目的を忘れていたとき、ふと顔を上げて見えたもの。

 海よりも深い色を湛えた、碧い瞳。

「あっ……」

 閉じられていたはずの目が開かれ、驚いたような表情のエルディアーナが俺のことを見ていた。

 その碧い瞳がわずかに細められたと思った瞬間――。

「ぐおおぉぉぉぉぉ!!」

 視界が真っ暗になって、香しい匂いとともに、こめかみに細く、しかし力強い何かが食い込んできた。

 おそらく彼女の指だろうそれを外そうともがくが、万力のように俺の頭を潰すほどの強さで食い込む指はビクともしない。

「清純なる戦乙女の身体を汚らわしい手で犯すとは、恥を知れ!」

 溢れんばかりの怒気を含みながらも、どんな音楽よりも美しい声に震えそうになるが、いまはそれどころじゃない。

 頭をつかんだまま立ち上がったらしいエルディアーナは、そのまま俺の身体を宙吊りにする。文字通り床に足が着かず、割れんばかりの頭の痛みの他に、全体重がかかった首の骨が嫌な軋みを上げる。

「この罪、死を以て贖ってもらおう」

 言って俺の身体を投げ捨てたエルディアーナ。

 高温の炎のように燃え上がる碧い瞳が俺を睨みつけ、さっきまで白かった肌は怒りと羞恥にだろう、赤く染まっていた。

 そんな姿も美しいと思ってしまう俺だったが、「はっ」という気合いの声と同時に彼女の身体が光に包まれ、その中から現れたものに、年貢の納め時であることを知った。

 一瞬だった光が消えたとき、彼女の身を包んでいたのは純白のワンピースだけではなく、桜色の鎧だった。

 大きな胸を強調しつつも、傷ひとつ着けないよう覆い隠す胸当て。腰や腹を守る鎧もまた、短いスカート丈を隠すものではなく、彼女のボディラインを強調できるように、俺がよく考え抜いたものだった。

 少しごつ目の手甲と脚甲。飾り立てられた桜色の兜の下では、俺のことを碧い瞳が射抜いてきている。

 腰に佩いた装飾のあまりない長剣に手を添えたエルディアーナは、俺を睨みつけたまま抜き放つ。

「ま、待ってくれ!」

「言い訳とは見苦しい。自分が犯した罪を認め、素直に首を差し出せ」

 長剣をかざすように両手で構えた彼女は、尻餅を着いた格好で後退する俺にじりじりと近づいてくる。

 ――絶対、いまの状況がわかってない!

 怒りに支配された彼女は、俺以外のものが見えてる様子がない。

 いま自分がどこにいて、どんな状況にあるのか、理解しているはずがない。……説明し、理解したとして、俺のやったことが許されるとは限らないが。

「観念しろ、下衆め」

 エルディアーナが大きく一歩踏み出し、いままさに剣を振り下ろそうとしたとき、食器の立てる音が聞こえてきた。

 いま家には俺と、エルディアーナの他には誰もいない。誰かが洗い物をしてるとかそんな音ではなく、食器同士がぶつかり合う音が、キッチンの食器棚の方からしてきていた。

 そればかりか、家のいろんなところで軋んだ音とかぶつかり合う音が、だんだんと大きくなってくる。

「何かヘンだっ。待ってくれ!」

「そんな手入れもしていない長い髪をしていても、お前は男だろう。自分の犯した罪くらい認めたらどうだ!」

「違う!! 周りを見ろ! 音を聞け!」

 言われて周囲を見回し始めるエルディアーナ。

 そうしている間にも音は大きくなり、本格的に家が揺れ始める。その揺れはただの地震って規模ではなく、地震対策を施していない小物たちは踊り始めるほどだった。

「一端外に逃げるぞ。家に潰されて死にたくはないだろ!」

「いや、しかし……。わたしはっ」

 さすがに騒がしいでは済まない様々な音と激しい揺れに恐ろしさを感じてるんだろう、剣の構えを解いたエルディアーナの思ったより小さな左手を、立ち上がった俺はつかんで玄関に向かって走り出す。

 玄関の扉を開けてルームシューズのまま寒々しい冬空の下に飛び出した。

「ふぅ……。これで大丈、夫?」

 家の門の外まで走り出て、俺は違和感を感じていた。

 あれだけの地震だったというのに、俺と同じように家から飛び出してきてる人が誰もいないし、少し離れたところに見える幹線道路では普通に車が行き交っている。

 まるで地震なんてなかったかのように、街は日曜の午後の静けさを保っていた。

「やーっと出てきたっ。リビングで居眠りでもしてたの?」

 そんな呆れ返った声に振り向くと、千夜がいた。

 十一月も半ばですっかり寒くなってきているというのに、生足をさらす赤いミニスカートを穿き、地味目のセーターの上に落ち着いた色のジャケットを重ね、どこのアニメキャラだという感じの濃い茶色に染めたツーサイドアップの髪を揺らして、俺にいたずらな笑みを投げかけてきているのは、椎名千夜子しいなちよこ

 俺の家に接した裏手のでかい庭と大きな家の住人である彼女は、幼稚園に入る前から付き合いのある腐れ縁の女の子だ。

「あれ? 千夜。いま地震が――」

「何にもないよーだっ。すぐ飛び出してくるかと思ったのに、意外としぶとかったなぁ」

 千夜が何を言いたいのかよくわからない。

 地震がなかったと言ってるのに、家が揺れたことは知ってるっぽい。

 どういうことなのかわからず、中三の頃から急速に膨らんできた胸を強調するかのように、少し前屈みになって上目遣いに俺のことを見つめてくる彼女に首を傾げるしかなかった。

「ってか、その子って……」

 わけがわからなくてすっかり忘れていたが、そう思えばエルディアーナの手を引っ張って家を飛び出したんだった。

 彼女のことを千夜にどう誤魔化せばいいのか思いつかない。ばっちり見つかってる現状、いまさら隠すこともできない。

 そして、振り返って見た彼女は、辺りを見回しながら、呆然とした表情をしている。

「えぇっと、この子は、その、何て言うか……」

 リアライズプリンタで実体化した戦乙女だ、なんて説明が通じるはずもなく、俺は何と言えばいいのか言葉が思い浮かばずにひたすら慌てるしかなかった。

 しかし、その悩みは千夜の言葉で消え失せた。

「和輝もリアライズプリンタのモニターに応募してたんだ? その子、エルディアーナだよね?」

「へ? 俺も、って?」

「あたしも応募してたんだ、モニター。ほら」

 言って千夜は俺の家の方を手で示す。

 振り返ったそこには、青空を背景に見慣れた二階建ての家があるだけだったが、見ている間に変化が現れた。

 空気から滲み出るかのように、家よりも高さのある何かが、輪郭を現してくる。

 白を基調にして青や赤、黄色などで彩られた装甲。

 立ち上がると確か十二メートルになる人型のそれは、頭部に特徴的な二本の角状のアンテナを備えた、巨大ロボット。

 名前だけなら日本では知らない者がいないだろうリアル系人気ロボットアニメ、アルドレッドシリーズの主役ロボをモチーフにした機体。

 細身ながら男らしいフォルムの原作アニメのロボと違い、膨らみや丸みのある雌型ボディのそいつは、少し前に千夜にねだられて俺が描いた、軌道戦士アルドレッドの第二シリーズに登場する、アルドレッド・ソアラをベースにした俺の二次創作絵、アルドレッド・ソフィアだ。

 跪いた格好で、伸ばした両腕で俺の家を抱えるようにしているソフィアが、たぶん局地的な揺れの原因だったんだろうと俺は気づいた。

「お前……、あんなのをリアライズしたのか?!」

「ふっふーんっ。いいでしょ? リアル巨大ロボ! 女のロマンだよ!!」

 何かちょっとズレてる気がしないでもないが、千夜は興奮したように鼻息を荒くしている。

 呆れて俺が何も言えなくなっているとき、つないだままだった手をふりほどき、よろけるように数歩歩いて辺りを見回すエルディアーナが言った。

「ここは、いったいどこなのだ?」


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