薄暗くて、濃く麝香が漂う部屋に私はいる。
「魔女殿、どうか導きを」
重厚な机を隔てて座る男は額にだらだら汗をかいている。
さっきまで熱心にあれこれ語っていたからだろう。
ふと最後にそう付け足して目線を下げた。
あっ、この人既視感があると思ったら、最近定年退職した山田のおじさんに似てる。
山田さんは毎朝スウェットで犬の散歩をしているご近所さんだ。
この人が中世ヨーロッパの軍人みたいな格好してるから今まで気づかなかったな。
ああ違うな。確かどこかの世界の軍人でお偉いさんだったな。
さっき名乗ってたし。ハリウス=ウル…なんちゃらかんちゃらだ。
いつも思うけどここに来る人の名前覚えにくい。
そんなこと考えながらも顔には少しも出さずおうように頷いてみせる。
ハリウス=ウル…ハリウスさんはほっと息を吐き出した。
私は机の上の銀製のきれいな盆に水差しから水を注ぐ。
薄く張られた水に部屋のあちこちに置かれた小さな蝋燭の火がゆらめいている。
「汝ら願いの導きを」
そう唱えて分厚い紙を水に浸す。
すると紙は水にみるみる沈む。
そして、水面に模様がじわじわ浮かんできた。
ハリウスさんはそれを恐々みつめている。
えっと、月と西と、あれこの模様なんだっけ?
めったにでないやつだ。
えーとえーと、マニュアルの三ページ位に書いてたはず。
はやく答えてあげないといけないのにな、忘れた。ま、まずいよね?
「ま、魔女殿。我が国の行く末はどうなのだ!?」
私の必死な思案顔を悪い結果と捉えたのか、ハリウスさんは焦ったような顔をした。
ごめん、思い出してたの。
そうそう、革命だ。転換期の模様だ。
こういうの国とか世界とかじゃないと出てこないマークなんだよな。
ハリウスさん無自覚ながらナイスアシスト!
「西から革命を起こせば、月の祝福をうける」
すると、ハリウスさんはかっと目を開いた。こわいよ、こわい。
「月の女神…エウリュノメ様か!我が国の女神ですな。西となると、アリッサか。なるほど、あそこは王へ反感強く女神への信仰心が強い。共に闘うのもいいやもしれん」
あ、なんだ怒ったんじゃないのか。まぎらわしい。
あと、エウリュ…そんな女神様いるんだね。知らなかった。
「魔女殿、導き感謝する。これが約束の対価としよう」
ハリウスさんがそう差し出したのは腰に下げていた剣だった。
すると導きの盆が光った。
私がコクりとうなずき、その剣を受けとる。
重っ!ハリウスさんこれ重いですね。何製ですか?こんなの腰に下げて腰痛になりませんか?
思わず口からむずっと出そうになるのを我慢する。
ダメダメ。イメージ商売なんだから。
ハリウスさんは来たときと同じドアから出ていった。
「はぁ~~」
ポケットから時計を出してみると19時45分
今日は20時までだし、今から来る人もいないだろう。
もう疲れたし、タイムカード押して帰ろう。