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TWO DEVILS

魔界でのワンシーン。

特に意味なし、オチなし。


拍手用に書いたやつです。

 褐色の肌の剣士は、彼らが『現世界』と呼ぶ人間たちの世界から帰ってきた。

 途端に肌に触れる空気が冷たくなり、光量が減る。

 薄暗く肌寒いこの土地が彼の住処だった。

 他に生き物の気配はない――果たして彼を生き物と呼ぶかどうか、その点から考えねばならないが。

 全く動きのない岩石のみが永久に続くかと思われるような大地に彼は一人佇んでいた。

 炎妖玉ガーネット碧光玉サファイアが一つずつ嵌め込まれた眼には光が溢れている。まだ少年のあどけなさを残した顔に不釣合いに鍛え上げられた褐色の肢体。黒髪から短い角が飛び出しているが、頭上に戴いた金冠と背に湛えた二枚の純白の翼は明らかに天界に端を発するものだった。



 この世界を支配するのはすべて精神だ。イメージと意志の強さがそのまま力の強さにつながる。武力はもちろん、何かを生産する事も破壊する事も簡単だった。

 ただ、願えばよいのだから。

 そうやって魔界屈指の剣の使い手と呼ばれたマルコシアスは魔界の西方に屋敷を建てた。彼が最も大切に思っていた女性が住んでいた家に似せて。

 現世界の「王都」と呼ばれる都市にあるその屋敷には今、彼女の子孫が住んでいる。子孫の中でも最も濃く血を受け継いだ青年が苦悩しながらも「生きている」。

 だが、マルコシアスたち悪魔に生命活動という概念はない。

 気がつけばそこに「在った」。

 それが自分の始まりだった。それ以前も、その瞬間も記憶にはなかった。誰かに作られたのかも分からなかった。



 一人で住むには大きすぎる屋敷の壁は、魔界では珍しい白だった。褪せることのないその色ははるか遠くからでも目視できる。敵視する者がいればすぐに発見されてしまう。マルコシアスはこれまで何度も敵対する悪魔を撃破してきた。退けた悪魔たちは彼に忠誠を近い、いつしかそれは30もの軍団になっていた。

 翼があるので玄関から入る必要は全くないのだが、いつも地上に降りて扉から入る事にしていた。

 白い壁に浮かびあがるような黒塗りの扉を手で開ける。

 正面に飛び込んでくるのは大広間だ。真っ赤な絨毯を敷き詰めた玄関ホールは吹き抜けで、天井を見上げれば大きなシャンデリアが目に入る。また、真正面に6枚の翼を湛えた純白の天使像が安置してあるのが目を惹いた。

 この屋敷には彼以外誰もいない。

 朝も夜もない魔界、生命活動を行わず翼で自由に飛び回る悪魔たちにとって「家」という概念は薄い。

 マルコシアス自身もここを「家」だと思ったことはあまりない。

 ところが、その時は迎えてくれる声があった。


「よ マルコ」


 吹き抜けになった二階のバルコニーの金色の手摺に、天使が腰掛けていた。

 金髪に碧眼、切れ長の眼の整った顔立ちをした美しい男性は蒼を一滴溶かし込んだ色の翼を二枚背負っていた。一枚の布を巻きつけただけの姿で、均整のとれた肢体がいくらかあらわになっている。

 口元に湛えた笑みから、どうやら上機嫌である事が分かる。


「珍しいな クローセル」


 マルコシアスは突然の訪問にもさほど驚かなかった。

 天界にいる頃からの友人であるクローセルは、見た目にそぐわぬ子供のような心を持っている事を熟知していたからだ。


「黄金獅子の末裔に 会っただろ?」

「ああ」


 マルコシアスは鷹揚に頷いた。

 黄金獅子の末裔――黒髪と漆黒の瞳を持つまだ少女と呼べる年だった。利発そうな眼と誤魔化しを知らない心がゲーティア=グリフィスによく似ていた。先祖にあたる男と同じ鋭い洞察力と物事の本質を瞬時につかむ才能を持っている。

 今はまだ少女の領域を出ないが、もうしばらくすれば極上の美女へと変貌を遂げるだろう。


「あいつ 俺を見て 何て言ったと思う?」


 にやにやと口元に笑みを湛えたクローセルはひどく嬉しそうだった。

 付き合いの長いマルコシアスでさえこんなクローセルの姿を見るのは、現在の使い手ファウスト家の長女と契約した時以来だ。あの少女に一体何を言われたというのだろう。

 バルコニーからふわりと降りてきた天使は褐色の肌の剣士の顔を覗き込むようにして言った。


「『天使さんみたいだ』 だぜ? 信じられるか? マルコ」


 天使。

 それは彼ら堕天の悪魔がはるか昔に捨ててきた称号だった。

 魔界屈指の剣士も思わず口元を綻ばせた。


「ふふ 堕天した我々を未だ 天使と呼ぶ者がいたか」

「信じられないがきんちょだよなぁ」


 そう言いながらもくすぐったそうに笑うクローセルは心の底から喜んでいるように見えた。

 マルコシアスの心にも温かな明かりが灯る。

 クローセルもマルコシアスも主を追って慣れぬ魔界へやってきた。それからもうどれだけの時間が流れたか知れない。感情の起伏に富む人間の精神では耐えられぬほど長い時間を、ただ「存在してきた」。


 気の遠くなるような時間の中において感情など必要なかった。


「アレイとの出逢いを 思い出す」

「お前 嬉しそうだったもんなぁ あの時」

「お主もだ クローセル」

「俺 ねえさん 大好きだから」


 二人の悪魔は、人間との出逢いを通して少しずつ感情を作り出していった。

 それは初めて触れるものだった。





 クローセルの去った後、マルコシアスは一人屋根の上に立ち魔界を見下ろした。

 動くものなどない岩石だけが永遠に続いている大地。

 この世界を今は少し違った目で見下ろす事が出来る。


「レティ」


 感情を知らなかった当時は、何もかも分からないことだらけだった。

 どうしてあんなに彼女を欲したのかも、彼女が傷つくことをあれだけ厭うのかも、そして彼女が消える最後の瞬間に瞳から零れ落ちた温かな雫の正体も――


「我等の息子は 真直ぐに育っている」


 マルコシアスの炎妖玉ガーネットとレティシア=クロウリーの碧光玉サファイアを受け継ぎ、紫水晶アメジストの瞳を授かった青年。最も血を濃く受け継ぐ、悪魔と人間の直系の息子。

 あの結晶に出会った時、マルコシアスの中に感情が芽生えた。

 今なら分かる。

 あの時涙した理由も、彼女に向けた温かい心も。

 大切なものを自覚した時、ただ「在る」だけだった悪魔は生きる事を覚えた。


「最期まで 我が守ろう」


 この先どんな事があろうとも。

 彼女が残してくれた唯一の忘れ形見を守り抜いて見せよう。

 碧光玉サファイアの瞳を瞼の上から撫で、マルコシアスは目を閉じた。

 大切な息子の姿を脳裏に描きながら。

マルコシアスとクローセルは仲良し。


レティとマルコの番外はいつか書いてみたいなあ……。

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