エルザの死
地面が揺れたような気がして、クルトは目を覚ましました。
クルトは魔法使いです。
クルトはとても耳がよく、とても遠くの音を聞き分けることができます。
エルザも起きていました。
この時は、クルトだけに聞こえていたわけではないようでした。
地面を揺らすほどの音を上げながら、何かが近づいてきていたのです。
エルザは怯えていました。
エルザは耳をふさいで、震えていました。
エルザは音の正体を知っているようでした。
クルトはエルザに尋ねました。
「あいつらが、戻ってきたのよ」
エルザは声も震えていました。
会ったことがあるようでした。
クルトは、震えているエルザを見ているのが嫌でした。
クルトは、エルザに逃げるように言いました。
「無理よ。すぐに追いつかれる。殺されなくても、捕まって……死ぬよりもひどい目にあわされるの」
エルザの目には涙がたまっていました。
クルトは、エルザがどんな体験をしたのか知りませんでした。
クルトは、泣いているエルザを見ていたくありませんでした。
クルトは、エルザに尋ねました。
エルザは答えました。
「楽に死ねるの?」
クルトは請け負いました。
全く苦しむことなく、眠るように死なせることが、クルトにはできると思いました。やったことはありません。クルトは魔法使いです。安らかな死を与えることが、できるはずだと思いました。
「……お願い」
エルザはクルトの手をとって、クルトの手に顔を埋めました。
クルトは、エルザを優しくいざないました。
エルザには、安らかな死が訪れました。
クルトは、まだ温かいエルザの死体を抱きとめました。
テントが風で飛びました。
ただの風ではありませんでした。
クルトとエルザが休んでいたテントは、暴力的に投げ出されました。
砂漠の強い太陽が降り注ぎ、クルトの周りを砂ぼこりが渦巻きました。
砂ぼこりを上げていたのは、ただの風ではありませんでした。
風を起こしていたのは、騒々しい道具でした。
鉄の塊の下でゴムの輪が回り、ラクダより早く走る人間の道具です。車というのだと、クルトは知っていました。
たくさんの人間が乗っていました。
たくさんの車がありました。
クルトの周りをぐるぐると回りました。
クルトがじっとしていると、たくさんの車が周りでとまりました。
車から、たくさんの人間が降りました。たくさんの人間は、人間が銃と呼ぶ武器を持っていました。
砂漠の民も人間でした。
砂漠の民も銃を持っていました。
でも、砂漠の民はクルトを笑いませんでした。
砂漠の民はエルザを笑いませんでした。
砂漠の民は、エルザを抱いたクルトを笑いませんでした。
クルトは砂漠の民が好きでした。
砂漠の民は死んでしまいました。
砂漠の民は赤の旅人の栄養になりました。
いま、クルトは人間に囲まれました。
人間はクルトを笑い、エルザを笑い。エルザを抱いたクルトを笑いました。
車を降りて歩いて近づいてきた人間の一人が、クルトが抱いているエルザに手を伸ばしました。
エルザが奪われると思いました。
嫌でした。
クルトは、人間の動きを止めました。エルザに向けて伸ばした手に触れ、そのまま、死にいざないました。
クルトは、自分の体を直すことができました。他人の体も直すことができました。
壊すこともできたのです。
エルザに安らかな死を与えました。
エルザを奪おうとした人間の、体の一部だけに死を与えました。
人間は苦しそうに膝をつきました。
人間の内臓の一部が、動きを止めていました。
クルトを取り囲む人間たちが騒ぎました。
クルトのお腹に、小さな穴が開きました。
クルトは後ろから、銃で撃たれたのです。
クルトは怒っていました。
クルトはお腹から大量の血を流したまま、エルザの死んだ体を自分の血で汚しながら、後ろを振り返りました。
クルトを撃った人間が、細長い鉄の道具を持っていました。
クルトは胸を撃たれました。
腕から胴体を貫通し、反対側の砂漠に弾が落ちました。
クルトの体から、大量の血が流れました。
クルトは倒れませんでした。
次々に、体を弾が貫通しました。
クルトは倒れませんでした。
クルトは魔法使いです。
クルトは、魔法で湯気をもやもやさせることができます。
湯気は水蒸気です。
血は水をたくさん含んでいます。
クルトは、自分の血で湯気を作り、もやもやさせました。
あたりが、赤いもやもやに包まれました。
人間たちを、あかいもやもやで包みました。
赤いもやもやには、クルトの血が混ざっていました。
クルトの血には、クルトの細胞が入っていました。
赤いもやもやには、クルトの細胞が入っていました。
クルトは、自分の体を直すことも壊すこともできました。それは、細胞に言うことを聞かせることができるということでした。
クルトは、もやもやの中にいる細胞たちに命じました。
――人間を壊せ。
砂漠に生まれた赤い小さな竜巻が、人間たちの命を奪いました。




