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政略結婚のススメ  作者: プラスティック
その結婚、早まること無かれ 
8/76

王家とも縁を持てぬ子――――

貴き王家の血筋を引くはずの姫に、まるで侮蔑しているかのように吐かれた言葉は

ギルバートの耳にも、冷たく鋭く抉るような痛みで突き刺さった。

現時点で何の関係もないハイライド親子の会話だというのに、である。

おそらくカリナにはギルバート以上の痛みを持って突き刺さっているのだろう、

表情をなくした白い頬に一筋涙の跡が這っていた。

「カリナ姫・・・?」

ギルバートは突然の嵐が去った後のように静まり返った室内でカリナに近付いた。

そして何の気なしに、肩に手を置こうとした途端・・・

「触らないでいただけるかしら、破廉恥男さん。」

といって、しおらしくさめざめと泣いているはずだった可哀想なカリナに

冷たく苛立ち混じりだとありありとわかるような言葉であしらわれた。

『紛れもなく、この二人は親子だよ・・・!!』

ギルバートの心の中で同情が一気に萎れて逆に怒りが持ち前の短気によって湧き起こった。

そんな心の中でコロコロと感情が変わっているギルバートをよそに、

端で親子のやり取りを見守っていたメディフィス夫人が心配げにカリナに近付いた。

「カリナ嬢?大丈夫?」

「大丈夫よ、メディフィス夫人。それより夫人のほうこそ、

うちの母さんざんに言われてたけど・・・本当に・・・ごめんなさい。

あの人、箱入りだから、周りの人の事ってにっちもさっちも聞いてないの。

それにあの人、たった一人の弟が王になったのに結局は降嫁させられてその上

異母姉の家系に王家が移ってしまったから、色々結婚については恨みが深いみたい。

・・・許してあげてくれませんか?」

カリナの口調は軽やかだったが目つきは真剣で、

それも必死に懇願するかのようにメディフィス夫人を見ていた。

メディフィス夫人は重く考えちゃダメよ、とでもいうように苦笑した。

「わたくし長く首都にいたから、あなたのお母様の評判もちょくちょく耳にしていたわ。

やっぱり噂どおりの人物だったわ、って思うのだけれど世の中には

・・・言い方は悪いかもしれないけれど、もっとあくどくって意地の汚い貴族は沢山いるわ。

わたくしはそういう方たち相手に商売をやってきたのよ?

あれくらい、どうとも思わないわ。カリナ嬢も、気にすることないわよ。」

そういってとりなした。それに対してカリナはあからさまにほっとした様子を見せた。

すると突然メディフィス夫人は息子であるギルバートに向き直って

カリナとはうってかわってつっけんどんに言った。

「それで、ギルバート、そこでずっとつっ立ってるけれど、汚名を払拭したいと思わないのかしら?」

と突然メディフィス夫人がギルバートに話を振った。

「汚名を払拭って・・・何が?」

「何がじゃないわよ、カリナちゃんに無体を働いたんでしょう?

未来の奥様に向かってまずお許しを乞うのが普通でしょう?」

「無体って・・・大袈裟だな。」

「あら、わたしくしの可愛い可愛いカリナ嬢を汚した男に

これくらいの文句を言っても神は許してくださるわ。」

と、実力主義社会で高見に上り詰めた無神論者であるメディフィス夫人は言ってのけた。

ギルバートは全く反論する余地がなかったのでとりあえず悔し紛れに確認した。

「で・・・そのお許しを乞うってのは何なんだ?」

すると底意地の悪い笑みを浮かべて『うふふふふ』とメディフィス夫人は笑い出した。

思わずカリナ共々ギルバートは後ずさった。

「ふふふふふ、二人きりで散歩って、どう?勿論、

ギルバート、あなたがエスコートして、ひたすら平謝りし続ける、のよ?」


―――そんなわけで二人はフォンディーヌ城の庭園を歩いていた。

散歩とはいっても、最近足の調子が悪く、

この日も普段は使わずにも何とかいれるはずの杖をカリナはついていた。

それを慮って『自宅散歩』ということになった。

カリナは少々フリルがついているものの、

主都にいる殿方へ豊満な肉体を熱心に晒す貴婦人方とは180度正反対の

首元まできっちり締まった清潔で楚々とした白いドレスを着ていた。

装飾類もイヤリングと小さな宝石のついたネックレス以外は特に何もつけていない。

しかし、太陽の下蜂蜜色に光る髪に、深い夜空のような紺碧の瞳が

どんな宝石よりも強い輝きを放っている。

ギルバートが今まで出会ってきた女性の中でも筆頭にあがるほどの美姫である。

そんな滅多にない女性との散歩に恵まれたとは言っても・・・

・・・二人の間に『それ』らしき会話は生まれるはずもなかった・・・

「先日の無体は・・・すみませんでした、カリナ姫。

ほんの出来心というか・・・ちょっとした好奇心でした。・・・申し訳なかった。」

「・・・・・・」

ギルバートはとりあえず母に指令されたとおり謝ってみるが華麗にスルーされる。

「メルシーの事後は・・・どうですか?」

今度は話題を転換して攻め方を変えてみたつもりだ。

しかし、フォンディーヌの庭園はカリナの杖をつく音と、ギルバートの靴音と、

春の青空の下でチュンチュンと小鳥が囀る声だけしか聞こえない静寂に包まれる。

ギルバートは内心2歳も年下の姫の機嫌を懸命にとっている自分に焦った。

しかし暫く無視していたカリナだが、気詰まりになっていたらしく巡ってきた会話の糸口に

口を開いた。

「・・・メルシーは元気よ。あなたに教えていただいたとおり、夫人を頼って

いい獣医を紹介していただいたお陰で、後遺症もなく回復するだろうって。

で、でもあの後のあなたもあなただわ。見知らぬ女性にあんなことをなさるなんて

信じられないですもの。

あなたにとって私は田舎者の貴族の姫だから初心だって思ってるのはわかるわ。

でも、わたし、そういう方を夫にするのって、嫌よ。」

「・・・やはり、俺と結婚したくないんですか?」

すぐにギルバートは聞き返した。

そしてそれが自分でも思ってもいなかった質問で、無意識に出た言葉だったので

訂正を入れようとしたが、カリナはそれを言わせる前に返事をした。

「・・・したい、と思ってないのは・・・事実よ。

でもこれは、政略結婚だもの。仕方ないわ。

わたしには結局お母様には逆らえる力がない。だから断る事も出来ない。

あなただって、そうでしょう?」

そう、まっすぐに見つめ返してくる紺碧の瞳はギルバートの瞳を射抜いた。

紺碧の瞳は一歩間違うと、黒にも見まがう深い色味をしている。

けれど、本当の『洋国』で忌み嫌われる黒とは違う、澄んだ空気を纏わせている

―――それが、王家の血を引く姫の証とでも言うように。

ギルバートはその瞳に暫し魅入られた。

しかし、その様子にまったく気付いていないのかカリナは溜息一つついた。

「でも、あなたも大変ね。情報部の将校だなんてリスクも大きい事でしょう。

今日もわざわざうちの領まで来てるみたいだけれど

わたしとの結婚で、仕事の方に支障は出ないのかしら?」

ギルバートはその言葉でようやく現実を取り戻して

―――危うく、脳裏で思っていたことを口走りそうになっていたが―――

わたわたとどもりながら言葉を繋げた。

「あ、そ、そうですね・・・

確かに暫く結婚式とかで仕事はできない事にはなりますが

情報部の人間は大体が単独行動ないし数名の少ない人数で全国各地を動きますから

こうやって好き勝手にやってても案外支障は出ませんね。

それに仕事内容については極秘なので話す事は出来ませんが

今回はハイライド領内の調査も兼ねてるんで、心配には及びません。」

「そう・・・」

カリナは一言呟いた。

そしてまた沈黙が二人の間に流れた。

そのままゆっくりとあてどなく歩いているうちに、大きな人工池の傍に差し掛かる。

そこにヒヤシンスや蓮がぷかぷかと水面に浮いている。

傍には大きなパラソルがあって、木目のテーブルとチェアがその下に設置されていた。

上にはティーカップに注がれた紅茶の湯気があがっているのが見えた。

おそらく侍女が先回りしてセッティングしたのだろう。

丁度いいころあいだったので二人はどちらからともなくそちらのほうへ歩きだした。

「どうぞ、カリナ姫。」

そういってギルバートはカリナの椅子をひいてやる。

カリナは礼を言う事もなく座った。けれどギルバートは特に不快感は感じなかった。

ギルバートが向かい側に座るのを眺めもしないで、

カリナは自らテーブルに置いてあるティーポットから紅茶を注いだ。

普通こういったことは使用人や次女にやらせるのだろうが、

どうやらここの使用人にカリナは自らやると伝えてあるらしい。ギルバートには、最初から見た目の雰囲気とはまるで正反対の庶民的な行動が

ずっと目に付いていた。

カリナはギルバートの分も注いで無言でそれを差し出してから自分のカップで紅茶を一口飲んだ。「・・・それで、この結婚式が終わったら・・・

私は首都に向かう事になってるのだけれど・・・どうしましょうか?」

「どうする・・・とは、例えば?」

ようやく再開した会話だったが、ギルバートにはいまいち意味が分からなかったが

カリナは長い金のまつげを伏せがちに話し出した。

「わたしは、形だけの夫婦になることに抵抗ないつもりだけれど、

いざ現実になってみると・・・結構お互いに堪らないものだと思うわ。」

その一言はギルバートの心にずしりと重く響いた。何故だかは気づくことはなかったが。

「だから、あなたとは別居させていただいてもいいかしら?」

「別居・・・ですか。」

「ええ。丁度あなた、軍部の独身寮にいると聞いたわ。

なんとか私が掛け合ってそのまま独身寮にいれるようにしてあげることも、

別に家を用意する事も出来るから

・・・ただ、同居だけは、お願い、やめて欲しいの。」

ギルバートはそれまで結婚が一つ屋根の下で暮らす事、という意識をしたことはなかったのだが

いざ別居を持ち出されて原因不明の感情が頭の中を渦巻いていた。

そのため、多少不機嫌な声でたずねてしまっていた。

「・・・何故同居はダメなんですか?」

「だから、政略結婚だから、よ。

あなたの妻になるとはいっても、名目だけだもの。

あなたも、わたしだけに捕らわれるのも嫌でしょう?

わたしもあなたも別の方が気に入りになる時だってあるかもしれない。

だから、別居の方がそのときのためにも都合がいいわ。」

「・・・子どもはどうするんですか?」

いきなり具体的な話に及ぶとは思っていなかった純情なカリナは一気に頬を朱に染めた。

「こ、子ども・・・子どもは・・・」

「あなたがこの結婚を曲がりなりにも了承した以上、

俺達のあいだに、子どもが出切る事がまず両家にとって重要課題になるでしょう?

まあ、別居してても子どもは作れますが、家に入るって来るな、とは勿論あなたも

言いませんよね?」

軽く、怒りを交えた口調になっていたせいなのか、

考えてもいなかった具体的な結婚生活に言及されたせいなのか常は強気なカリナが急に弱弱しく反論をした。

「・・・家に入るなとは言わないけれど・・・

子どもは・・・・・・あなたが、別の女性に産んでもらってその子を私が育てる、

それでもわたしは構わないわ。」

『どうしてそんな突飛でた思考に及ぶんだこの御嬢様は!』

とギルバートは叫びたくなった。というよりも・・・いや、本当は

自分の子どもを生みたくないと、暗に示されたことにジクジクと心が痛くなっていた。

あてつけだったのかも知れない。

ギルバートは本当に言いたかった事とは別のことを叫んでいた。

「では、こちらからも提案があります。

俺との婚姻を世間から隠してください。それが、あなたとの別居の条件。

ただしあなたは俺との交流を断つことは出来ない。

それは履き違えないで下さい。」

「・・・どういう意味?」

いきなりつきつけられた提案にカリナが眉を顰めた。

こういった強気な態度の方がギルバートに余計カリナの初心っぷりとのギャップが大きくて苛立ちという名の焦燥を大きくさせた。

「俺はあなたとの結婚で不利な立場になります。

何せ、新興貴族の次男坊と、次代侯爵を担う王位継承権保持のお姫様との婚姻だ。

軍というのは、血統主義が通じない世界なんです、

確かに、幹部候補生というのは貴族の子息が占めているのも事実ですが

平民出身のその他大勢の兵士と軋轢があるのもまた事実。

俺はそのやっかみに身を突っ込むような危険を犯したくない。

あなたもこれから王宮に出仕する時に俺のような枷がないほうがいいでしょう?」

「・・・確かに、そうね。それに、この状態なら離縁しても世間には全く影響のないこと。

お互いの家に禍根は残るかもしれないけれど仕方ないわ。」

ようやくいつもの強気を取り戻したカリナが不敵に言いのけた。

「なら、結婚式当日からその契約は遂行という事にしましょう。

いいかしら?」

「・・・望む所です。」

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