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小話

〜第6章その8でカリナにうっかり泣かれた際のギルバート氏の心中〜

『あ、な、泣かせてしまった…!どどどど、どうしよう…!!

俺、ほんっと女の人に泣かれるのはダメなんだよ!

それで今まで何度うっかり罠にはまってきたことか…!』

ギルバート氏、過去の後ろ暗い思い出のせいもあってひたすらに焦る。

『何か泣かせることとか言ったか!?全く思い当たる節がない…

それより、こういうときのフォローってどうすればいいんだ!?

大概女の人が泣くのは男に何か不満があるときの常套手段だ。

だからひたすら謝るべきか…!』

そのあと、カリナがこの涙は嬉し泣きだと答える。しかし、つい冷静に言葉を返してしまったギルバート氏。その心中はというと…

『ヤバい…!ここで二人きりだってことこの人忘れてるよ…!い、今、手なんか出したら、まずいよな?絶対、

「なにこんなとこで手ぇ出してんのよこの色欲魔!」

       とか罵られて嫌われるに決まってる!!!ここは我慢我慢我慢我慢…



~第9章その4.直後の御夫婦~

「…さっき、命に代えてでも、とか言ってくれたわよね。」

「はい。それがどうかしましたか?」

「あ、あなたの命なんかと代えられちゃ困るのよ!」

「それだけ俺の命ってちっぽけってことですか?まあ実際あなたに比べりゃ俺はちっぽけですが…」

「違うわよ!私のためなんかに死んだりしたら、ゆ、許さないって言ってんのよ!」

「許してくれなくていいですよ。むしろ、俺が死んでも恨んでくれてる方がいい。

忘れさえしてくれなかったら、俺の死も無駄じゃないですね。」

「だから、簡単にし、死ぬとか言わないでよ!

調子乗ってそんなこと言ってあとで痛い目に遭っても知らないんだから!」

「いいんですよ。俺、十分調子乗りたいんですから。姫、さっきクラウスさんに言ってくれましたよね?

『この結婚で良かったと思ってる』、って。

これ聞けただけで死んでもおつりは十分きますよ。」

「・・・え、そ、そういう意味じゃなくって…!あくまで私は、ハゲでデブで脂ぎったおっさんと

政略結婚なんてせずに済んでよかったっていう意味で…!」



夢編~ギルバート氏の妄想~


「ねえ…ギルバート…?」

今一番心の中で想っている人のうっとりとした甘い声が響く。

あまりにも近いところから聞こえたので、思わずギルバートは視線を彷徨わせた。

「カ、カリナ姫…?どこにいるんですか?」

「ここ、ここよ。」

その声に誘われて少し目線を下げたところ、思いがけないところに麗しの人はいた。

「ひひひひひひひひ、姫!!!なななな、なんでこんなところに…!」

「?どうかしたの、ギルバート?挙動が不審よ。」

ふふ、と笑うカリナが収まっていたのは、なななんとギルバートの腕の中だった。

そういえば、と意識するとギルバートの腕はちゃんとカリナに絡みついている。

いつも、見た目に少し抱くには細すぎるかもしれないと思っていた胴周りは、思った以上に存在感があった。

というより、もしかしたら、まかり間違って胸囲の方を抱いてるのかもしれない…!

と、カリナのゆるやかに絡みつく豊かな長髪のお陰でそのあたりが見れないギルバートは、

見えないがゆえに不埒な方向に解釈をしてしまって、首から真っ赤になるほど焦ってしまった。

「す、すいませえん!ど、どうしましょう!」

「なにがどうしましょうなのよ…なんでそんなに、焦ってるの?もしかして、恥ずかしい、とか?」

「そそそ、そうであります!」

思わず変な口調になってしまったギルバートに、くすっとカリナは笑みを漏らした。

「やだ、こんなところまで軍人として改まらなくていいのに…だって、私たち、夫婦でしょ?」

「ふ、ふう、ふ…」

見る者すべてを蠱惑的に魅了して堕落させてしまいかねないような瞳を向けるカリナに、背筋が思わずぞぞぞとする。

決して、寒いからではないことは重々ギルバートはわかっていた。

今まで、夢物語としてですらまったく有り得ない幻だからと言ってあまり想像してこなかったのに、

いきなりそれが目の前で展開されてしまって、ギルバートは初めて大人の女性に翻弄される少年のようにうろたえてしまったのだ。

本当のところはギルバートのほうがずっと色ごとには慣れているはず、なのに。なのに…

「ね、いいことしましょ…?」

手練手管を備えたカリナがそう囁いてくる。おかしい、という想いはあったけれど、魅惑には抗えない。

近づいてくる、綺麗に色づいたカリナの唇に向かって―――


「だはーっ!え、あれ!?夢!?」

がばっと軍人らしく手もつかずに上半身を起きあげたギルバートは呟いた。はあはあと息が切れて全身が汗にまみれている。

辺りを見回すと…やはり自室だ。男ばかりの軍用独身寮にカリナがいるはずもない。

朝日が差し込む窓を見て、ギルバートは悲しいため息をついた。

「やっぱり、夢か…」

わかりきっていたこととはいえ、リアルすぎる夢を見た後の現実に直面すると落胆も甚だしかった。

ようやくおちついてきたギルバートは、布団に入ったままの下半身が何かに当たることに気付いた。

「なんだ…?何か入ってるのか?」

つんつん、とつつくと、それはもぞりと動いた。

「まさか…!」

がばっと布団をめくりあげると…そこにいたのは、隣室の同期で腐れ縁のルドルフだった。

気持ち良さそうに猫がごとく丸まって寝ている。どうも、寒くて布団の中に潜り込んでいたようだ。

「いや、まて、なんで俺がルドルフと共寝してるんだ…しかも、同じベッドで…うそだろ…?」

混乱の極みに再び叩き落されたような心地だった。

ぐるぐると渦巻く思考を整理していると、どうも昨日の夜、ギルバートの自室で二人酒盛りして、

正体をなくしたルドルフの弛緩した身体があまりに重すぎて彼の自室に運べなかったので、

そのままベッドにつっこみ自分も一緒に入って寝た、ということが思い出せた。

どうも、腕の中に合った確かな存在感を持つカリナは、ルドルフだったようだ。

「さ、最悪だ…」

二日酔いでずきずき脈打ち始めた頭を持て余しながら、その日のギルバートはほぼ一日使い物にならなかったという。






第十章後日談~贈り物~


朝が来た。分厚いカーテンの隙間から光が差し込んでいる。起きる時間が近い。

「はぁ。なんだかよく眠れなかった…」

カリナは目をごしごしこすった。いつまでも瞳の奥のうずく部分が治まらない。

…原因はわかっていた。

――昨晩、突然ギルバートが部屋に現われてカリナの唇を奪って行った。

ずっと仮面夫婦で過ごしてきた。唇はおろか手を繋ぐことも、身体のどこかが触れ合うことはまずなかった。

でも、段々と色んなトラブルに巻き込まれながらどんどんと距離が縮まっていくのが目に見えてわかっていた。

これが他の男性となら戸惑いや、下手をしたら嫌悪すら抱いていたかもしれない。

それが、ギルバート相手となると、不思議とマイナスの感情は浮かんでこなかった。

むしろ、もっとその距離が縮まったところが見たいとさえ思えてしまっていた。

『でも、ちょっと急すぎたかもしれないわ…』

心の中で一人ごちていたとき

「お嬢様、朝でございますわ。起きてくださいまし」

と容赦なく部屋に入ってくる古参の使用人の大声ではね起きた。

「もう起きてるわ。それより顔を洗う洗面器の用意をして頂戴。なんだか冷たい水で目を覚ましたいの。」

「わかりました。今すぐご用意いたします。」

そう言ってそそくさと使用人は小間使いの部屋に下がって言った。それを見てカリナはほっとする。

『早く顔を洗いたいみたいに言ってしまったけど…ほんとは火照りが見られたくないだけなのよね…』


朝の支度を終えて、朝食も食べ終わった後、出仕まで暫く時間があったカリナは、自室に戻って昨日プレゼントされた贈り物の前にいた。

使用人たちが、カリナに差しだしてもいいと判断したものが厳選されて置かれているはずだが、それでもうず高く積っていて、まるで小山のようだ。

カリナはため息をついた。

「よほどの御方のものじゃない限りは使用人のみんなで分け合ってもらっても結構よ。

開封するだけ時間かかるんだから、それが手間賃ってことでいいわ。」

「御館さま…しかし…」

「いいのいいの。だって興味ないんだもの、宝石とか、洋服とか、アクセサリーとか…

文房具でも、やたらと高価で使い勝手が悪いものは論外ね。日用品であっても高いものは論外。

あ、でも私の趣味に合いそうなものがあったら渡して頂戴。」

「でも、御館さまの御趣味に適うものとは、一体なんですか?」

使用人の問いかけはもっともだ。確かにカリナの趣味は余人にはあまり知られていない。

うーん、何といえばいいのかしら、と思い悩んでいる時、一番手前にプレストンソン男爵のプレゼントの包みが目に入った。

これはいい、と思ってそれを開ける。

中から出て来たのは、海岸の砂が敷き詰められて貝殻などが散りばめられた、砂浜の小さなレプリカだった。

「綺麗……私が、海に行ったことがないのを御存じなんだわ…」

たぶん、クラウスから聞き出したのだろうけれど、趣味が良い。

さすがだわ、男爵、と思いながら、カリナはすぐ横にあった小さな小包を開ける。

きっとクラウスのものだと思ったのだ。

しかし、開けた瞬間。

「う、うぇ…なにこれ、く、臭い…」

「お、お嬢様、どうなさいました!?毒物ですか!?」

慌てて匂いに気づいた使用人が駆け寄ってくるが、

「大丈夫よ、嫌がらせでもなんでもないわ、ただ人のことをからかうのが好きな方からのものよ。

それでも私のとても大事な方からの贈り物なの。」

「そうでございますか…」

そういっても使用人は疑り深い目でカリナを見てくる。確かに、びっくりするほど臭うのだからわからなくもない。

カリナは、兄様め、なにをしてくれるのよ…!と怒りながら、臭いの元である薬草を再び袋に包み直す。

するとぽろりとメッセージカードが零れ落ちた。

『なになに…【すごい臭いだけど、切り傷、打ち身とかのときにこれを患部に貼るとたちどころに治る。ギルバート君に塗ってもらいなさい。ひひひ】って…!何を書いてるのこの人は…!』

キレつつも大事にカードをチェストの引き出しにしまっておく。

しかしなんとも人をおちょくるのが好きな兄である。

そのとき、チェストの上になにか小包があるのが見えた。昨日の夜には気付かなかった。

他のプレゼントに比べて簡素な包装だ。手にとって見ても差出人の名前がない。

カリナは、すぐに、もしかして、という想いがよぎった。

開けてみると、果たして、中からは良い匂いがするポプリの包みが2,3個と、これまた先ほどのクラウスからのプレゼントとは比にならないほど清々しい匂いの大袋に入ったハーブが出て来た。

そして一緒に入っていたカードにメッセージが認められていた。

『お誕生日おめでとうございます。21年前の今日のこの日にあなたがこの世に生まれてきてくださったことに感謝して。――G』

…見るまでもなく誰からのものなのかわかった。筆跡で余計に信憑性が与えられたようなものだった。

「はぁ…」

「?どうかされたましたか御館様…?」

いきなり湿ったため息をついたカリナに気付いた使用人がすぐさま尋ねるが、

「ううん、なんでもない、大丈夫よ。ちょっと、嬉しいことがあっただけ。今からちょっと席外すわ。」

そういってカリナが懐に何かを抱えて寝室の方に入っていってしまった。

そのときのカリナの目じりが赤くなっていたことにまでは、誰も気づいていなかった。



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