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――果たして、ダメダメな部下とは。
副司令官へのあいさつが済んだあと、再び事務室に戻ってきてみれば、さきほどは司令官一人しかいなかったのに急に4,5人の若者が増えていた。
しばし固まっていると、やはりずっと書類を眺めていたらしいチェンバーが戻ってきたギルバートに気づいて
「あ、帰って来た帰って来た」
と軽いノリで若者たちに知らせていた。
「今部屋に入ってきたのがギルバート・フェルディゴール大尉だ。
うちの駐屯地に今日付けで配置されて、前任地は本部の警備部警備隊のエリートだ。
お前たちの上司だからな。俺よりも彼の言うことを絶対的に聞くんだぞ。」
司令官が何てことを言ってんだ、と呆れて苦言を呈したくなったが、若者たちが、ギルバートの前任地が本部付きだったというくだりあたりから目の色が一気に変わったのが見てとれた。
ひじょうに、好ましくない展開である。
ああ、どうしようか…と既にめんどくさい気分に陥りながら表面に出さず改めて自己紹介をした。
「え、えっと、ギルバート・フェルディゴール大尉だ。
これから君達の上官としてここに着任する。よろしく頼む。」
「「「「はい!」」」」
4人が一斉に敬礼をする。ギルバートもそれに倣う。が。
「まぁ堅いことはおいといて、これから追々大尉から色んなことをご教授してもらいなさい。」
と余計な茶々をチェンバーが入れてくる。
なんだか嫌な予感がしたが、このくだけた司令官の態度を見て、部下たちはそれぞれ顔を見やって、一人が意を決して手を挙げた。
「はい!大尉に質問があります。」
「なんだ。」
「大尉はどのような理由でこのエーリフの地にやってこられたのでしょうか?」
いきなり核心を突く質問で思わずギルバートは噴いた。
「そ、それはいわなきゃいけないのか?」
「えーっと…言わなければならないという決まりとかはないのですけど、
フェルディゴール大尉のようなエリートコースを歩んでおられる方が、
こんな寒村にやってこられるなんてよほどの理由がないと考えられません。
それに今暇ですし。な、おまえら。」
「うん。
正直小競り合いすらないこの地区だと、大事件と言えば山の方で誰かが遭難しただとか、
クマに襲われた、とか、柵が破られて羊が逃げ出した、なんていう
治安維持とはかけ離れたことしか起こらない上に、そんなに件数も起きないんで。
だから、こうやって色々話することの方が多いんですよ。」
だからといって雑談ばかりするのもどうか、とギルバートは思ったが、ここで彼らと仲よくする景気を逃して嫌われてしまえば、
こんな寒村では村八分もたやすいだろう。
辛抱を重ねて、なんとか雑談に加わることにした。
「…なら、俺に聞く前に、お前たちがどういう理由でここにきたのか聞かせてもらってもかまわないだろう?」
「そうっすね、質問したほうからこういうことは明かすべきっすね」
あっさりと了解してのけた部下たちは、順々に己の所業をのたまい始めた。
「俺は大尉とおなじ警備部隊にいた伍長であります。
で、あれっすね。借金がふくらんじまって、給料を前借にしたら、査定がぐんぐん落ちて異動ってことになりましたっす。」
軍の内規には、借金をしてはならない、というものはないのだが、度を越した場合はやはりギルバートと同じく軍法会議にかけられる寸法だ。
査定が落ちた、ということは、軍法会議にかけられるほどではなかったけれど、左遷されるに足る程度には借金をしていたと言うことである。
今後こいつの金使いも握らないといけないのかと思うとギルバートはため息をつかざるを得なかった。
「次はですね、技術支援部隊にいた曹長であります。
私は前任地で、ちょっといい感じの熟女がいたんで逢瀬を重ねていたら、
実は上官の奥様だったということで、ふふ、左遷をされたんです。」
男だらけの軍隊である。
外で女と遊ぶ遊ばないは日常茶飯事だが、さすがに不倫やら駆け落ちやらは内規に抵触する。
上官の妻と遊んで免職にならなかったのは奇跡的のように思えたが、おそらく、上官のほうにも痛い腹があったかもしれない。
しかしやってきたのがこの寒村じゃ、遊ぶことも出来ないだろうなぁと、ある意味この左遷の差配には納得した。
「次の私は!後方支援部隊の二等兵であります!
同じ分隊だった者が私を除いて全員賭博をしていたのが運悪く見つかって、私はここへ飛ばされた始末であります!」
「なにもやっていないのに飛ばされたのか?それは濡れ衣だと主張しなかったのか?」
「いえ!私が胴元だっただけであります!」
…賭けに参加していないだけで、主催者だったというわけである。
賭けごとは内規で厳重取り締まり対象である。
しかし、現実は男どもの娯楽の一つとして野放図状態だ。
なので、時折見せしめがてらにちょっとしょっぴいて、適度にガス抜きを行う手法がとられている。
おそらく、この者がいた分隊はその運悪く見つかってしまった部類なのだろう。
しかし胴元だったくせにやはり免職にならなかったとは珍しい。
よっぽど賭けをしていたといいつつ大したことではなかったのかもしれなかった。
「それで、フェルディゴール大尉はなにをなさったのですか?」
するとギルバートにお鉢が回ってきてしまった。
わりとお気楽愉快な感じで自らの所業をのたまった者の前で、
自分のことをいうかいうまいか、一瞬悩んだが、ギルバートはやがて口を開いた。
「俺は…身内が、元・王族の貴族を殺したんだ。
そのせいで、軍法会議にかけられて、免職までは行かなかったが、ここへやってきたというわけだ。」
その言葉で一瞬にして場が静まり返った。
チェンバーも、ギルバートの左遷理由を詳しく知らなかったのか、ギルバートが想像以上の経緯を辿っていたと思ったとみえて、目を丸くしている。
部下となる者たちも、自分たちが想像していたのよりもハードだったと見えて、衝撃におののいているように見えた。
やっぱりこういうことを親しくもないうちから言うんじゃなかった、とギルバートが後悔しつつあったそのとき、
チェンバーが零れ落ちるようにいった。
「やっぱり…フェルディゴール大尉は左遷理由も我々の軟弱な理由とはちがう…!!
エリートだ…!!!!!」
「そうっすね、司令官…!!やっぱりフェルディゴール大尉は、エーリフの救世主だ!!」
「やった!!!」
「万歳…!!!」
は?なにが?わけがわからない?????
その後も、やれややれやという具合に意味のわからない熱烈な歓迎を受けて、帰る頃にはぐったりしているギルバートにむかって、
厩舎での格闘の末に駐屯地に戻ってきた、藁を全身にくっつけてやぶ医者度満開の副司令官が、ぐったりしているギルバートに向かって笑顔でいってのけたのだった。
「やっぱり、大尉はエリートなんだよね~。
『きちんと』軍法会議にかけられた上で、堂々と左遷されてきた人って初めてなもんだからな~。
やっぱり大尉がこんなところにくるのは勿体ない勿体ない。」
世間の常識、軍隊の常識からかけ離れたところにあるエーリフに異動してきてから1年と少しの間、ギルバートはいろんなことを経験した。
王都にいた際は、やれ不審者をひっとらえろー!とか、訓練じゃー!といって、毎日あらゆる肉体運動をし続けていたのだが、
こちらにきてからはそれがパタリとなくなってしまった。
軍人としていざというときに動けなくなるのは困るので、ギルバートは個人的に朝に走り込みをしたり、筋トレをしたり、
王都時代と遜色ない体つきを維持し続けているが、
他の者たちがそんな自主トレをしているわけがなかった。
そのため、抜き打ちで体力テストをするという羽目に陥り、みな脱落していくという事態も起こってしまったので、
一々ギルバートがその日の筋トレメニューを組んで課す始末だ。
そして、やはりというか、その筋トレをした結果である実働はほぼなかった。
王都時代に行っていた王宮の警備も、警邏の際にたまにあった取り物も縁はない。
たまに起きる事件と言えば、やれ牛が逃げた、羊が逃げた、である。
あとは、勝手に人の畑に入って作物を盗んで行く不届きな輩を追いかける程度である。
少しだけ達成感があるとすれば、王都時代に犯人を捕まえた場合は、犯人は速やかに司法関係へと引き渡されてしまって、捕まえた、という実感があるだけだが、
こっちで畑泥棒を捕まえた場合は、大抵大盛りのお礼という名の作物を貰える。
しかも採れたてである。
そういうわけで、王都にいた時分から寮住まいで殆ど支出の無い生活を送っていたが、エーリフに来てからは娯楽が無いことも加えてより一層支出が減って行く日々だった。
「ああ、そういや大尉、副司令が話があるらしい。」
「?話ですか?」
「たしか今日も厩舎に行ってそうだな。どうも民家の種牛の具合が悪いっていって、付きっきりで看病させられてるらしい。」
「……」
相変わらず軍医は獣医をしているらしい。
とはいえ、呼びだされるようなことは何もやってないぞ、と思いながら厩舎に足を向けることにした。
この軍医が診察をしている厩舎は、実は軍付属のものではない。
駐屯地に隣接している直轄地を運営する行政支所が保有する厩舎である。
行政自体が酪農をするわけではないが、
万一有事があった際、それぞれの家畜の種が途絶えることは、すなわちその地での農業の枯渇を招きかねないため、
種牛や種馬などを保有しているのだ。
あとは、その年の農作物の作付動向を調べるために、行政側でも実際に育成したり、品種改良も行っていたりする。
そして、余ったスペースで民間の病気の家畜などが持ち込まれて軍医が視察をするというわけである。
ギルバートが厩舎にたどりついて早々、厩舎の片隅で、恨めしく牛の様子を見たあとに、はぁぁーと年相応のため息をついた軍医は愚痴った。
「行政が保有してる厩舎なのに、なんで私が一々呼び出されるのかほんと謎ですよもーほんとにもー」
「こっちの行政支所には医師がいらっしゃらないそうですよね。」
「でも、研究員はいるっていうのにさぁ、君達で診られないのかー!って思うんだけど、大尉はどう思う?」
「…それはなんともいいようが…」
果たして動物の身体と人間の身体とで医師が診る・診ないの差があるのかどうかはギルバートにも疑問があるが、
正直どっちにおもねってもあまりいい結果を得られそうにないと思ったので答えは濁しておいた。
「はぁ…で、大尉は司令官殿から伝言を聞いてきてくれたんだよね?」
「はい。で…なにか、私が呼び出されるようなことってありましたか?」
「君じゃないよ君じゃー。君に伝言を頼みたいんだよ。
もうそろそろいいころ合いですから、今週か来週の間に一回俺のところに来て下さい、って伝えておいて。
こないだ診てからもう1ヵ月経ってるし。」
丁寧な口調で伝言を伝えてくれと言うので軍医の意図が今にして理解でき、ギルバートは少し機嫌が悪くなった。
「…副司令官、そんなに毎月毎月診察なさる必要があるんですか?」
「当たり前じゃんー!大事なんだよ、この積み重ねってやつが!」
「…どう考えても、会う口実にしか……」
「ノンノン!違う!正当な医療行為!!」
いくらいっても撤回できそうにない。ギルバートは渋々ながらため息をついた。
「…わかりました。でも、伝えておくだけですからね。どうするかは本人の判断にゆだねますから!」
失礼します、と多少ぶっきらぼうにいって、ぶりぶり怒り気味のオーラを発散させながらギルバートは帰って行った。
その後ろ姿を見ながら、軍医は誰も見たことのないような笑みを浮かべた。
「この件になればなるほどほんと人が変わっちゃうなー、大尉は。
でも、この国の王位争いに一石を投じる手札を持っていることには変わりないし…まぁ、暫くは傍から楽しませてもらうに留めておくけれどね。」




