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今までずっと孤独の臭いにまみれていた自室が、久しぶりにそこから解放された雰囲気で充満していた。
仲よく二人でベッドの上に座って壁に背を預けながら、ギルバートの傍らで肩に頭を預けて目を閉じているカリナが呟いた。
「……ねぇ…もう一度ほんとうの夫婦になれたらいいのに…」
それにはにべもなく賛成だったが、現実に有り得ないことは分かっていたのでギルバートは返事をしないでおいた。
カリナはもともと返事を期待していなかったのか、
今度は全く関係のないことを突然、ぽつり、と呟きを続けた。
「うちの兄と話をしたの…なにもかも事件当時のことは忘れてるって言ってたわ。」
「らしいですね。相当なショックがあったのは想像に難くないですが…」
「…こんな具合に精神的ショックを受けてるのは、自分が凶行を起こした証左だって。
でも、軍としては、うちの兄を犯人に仕立てるのは難しいと考えてるみたい…」
「どうも、うちの母親に動機がある、と証言した者がいるらしいですね。」
カリナの母・ニムレッドの父親である先々王が生きている時代をよく知る人物が、
ニムレッドとメディフィス夫人の隠され続けてきた確執をこのタイミングで表沙汰にし始めたようで、
今まで誰に対しても白とも黒ともつかなかったことが、一気に夫人が黒であると言う風に傾き始めていた。
これもまた、誰かの仕組んだ罠のような気がしてならない。ここまで振り回されるとは思っていなかった。
「私たちを結びつけてくれた恩人がそんな風になるなんて…悔しい。
でも、私にはこれ以上どうすればいいのかわからない…!」
さめざめと泣き始めたカリナを見て、ギルバートは優しく指の腹で頬に伝った涙をぬぐってやった。
「多分…うちの母は全部背負う気なんです。
クラウスさんがどうして全部を忘れてしまったかということは勿論、俺たちのことに関しても…
むしろ、俺とあなたの接点を隠すために、うちの母がニムレッド夫人と関係があったと言うことを広めているのかもしれない。
俺も自分の母親ながら、どうやって借りを返せばいいかわからない。」
「そうはいっても、あなただって左遷されるのに。
私だけがのうのうと無傷でここに生き残ったみたいに見えるわ。」
ギルバートは相変わらず歯を食いしばって悔しそうに呟くカリナの脇に手を差し入れて、
ぐいっと自分の正面に向けさせる。
いきなりの強引な行動に、一瞬カリナは戸惑っていたが、近づいてくる顔から背けることはしなかった。
ギルバートは反応が悪くなかったのでそのままこつんと額に額をぶつけた。
「俺の希望はあなたです。
あなたがこうやって、失脚することもなく、色んな人の羨望を集めて世の中を渡って行く。
その姿を見るためなら、左遷ぐらい何ともない。
ちょっと閑職に追いやられると言ったって、劣悪な環境に放り出されるわけでもない。
俺の処遇なんて、軍をやめさえしなければどうにだってなるんです。
いつかはあなたとまた離ればなれになるときが来るはずだったのだから、
こうなるという覚悟はできていたんです。」
「でも……今は違う。少なくとも、この1年の間は、今までどおりの私たちとは違う。
色んなことを、『政略結婚だから』っていって、なかったことになんかできない。」
そういって、カリナは自分からギルバートの頬に手を伸ばして、自分の唇を相手のそれに重ね合わせた。
ギルバートも、それに応える。
――さきほどから、すこし話をしては、触れ合い、を続けていた。
今まで何もしてこなかったことで溜まった焦燥や鬱憤や激情が堰を切ったように溢れている。
これまでからすれば有り得ないぐらいに密着して相手に触れている。
お互い、頭の中では自分たちが最早なんの関係もない他人になり済まそうとしていることぐらいはわかっていた。
紙切れ一枚の関係が、紙切れ一枚でなくなった。
だから、これ以上深入りしてしまえば、その建前がうすっぺらにもろくも崩れ去って行くこともわかっていたのだった。
ギルバートは霞んで行きそうになる理性をすんでのところで取り戻して、カリナの身体をぐいっと引き離した。
「すみません…!カリナさん、いや…ハイライド侯爵、これ以上はダメだ。お互いのためにもう別れましょう。
もう、これ以上あなたに傍にいられると…独りで生きて行く自信が無くなる。
お願いです、早くここから出て行ってください…!」
「そんな!……このまま私も連れて行ってくれたらよかったのに、
一言、ついてきてくれ、っていってくれたら、わたし、何もかも捨てるのに…!」
言ってはいけない一言が、カリナの口から紡ぎだされた。
ギルバートは泣きながら叫ぶカリナを見て、自分もまた同じように泣いていることに気付きながら繰り返した。
「俺は、あなたが輝いているところを見るのが一番の希望なんです。
だから…っ、あなたが俺の傍にいるよりも、ハイライド侯爵として溌剌と生きるあなたを守りたい…!
わかってください…!」
嗚咽するように言葉を絞り出す。
初めてみっともない姿を見せてまで懇願するギルバートに心打たれたのか、カリナはそれから一言も話すことなく、
少し乱れた着衣を直して、ベッドを下りた。
そして、無言で、失意のままに部屋を出て行った。
あとにのこったのは、濃密な孤独の気配と、人生で初めて嗚咽しながら泣きすさぶギルバートの姿だけだった。
「主任…ほんとうに異動されるんですか?なんにも抗議しないまま?」
「そうするつもりだ。お上に逆らっていいことなんて一つもないからな。」
「そんな、主任が悪いわけじゃないのに…!」
「どうして、御母堂がしたことについて、ご子息の主任が会議にかけられるんですか!?」
「おかしいですよ!」
正式な辞令が出て1週間。あっという間に異動の期日を迎えた。
荷物はあらかた搬出して、あとはギルバートが手続きをすれば身一つで出立するだけだった。
結果的にほんの1年ほど所属していただけということになる警備局の隊員室で、一言挨拶だけしていくつもりだったが、なぜだか筋肉だるまの部下たちが口々に文句を垂れてきて仕方ない状態に陥っていた。
確かに彼らの発言はギルバート自身御尤もだ、といいたいところだったが、軍の規定に抵触してしまったという事実を変えることはできない。
そもそも、左遷ですんだだけマシだったのだ。
「まぁ…俺自身には確かになにもないのかもしれないけれど、
さすがに所属隊員の直系の身内に重大犯罪者が出てしまったら、軍も厚顔無恥ではいられないだろうから…
辞めさせられないだけ俺は幸いだと思ってるよ。」
「そんなっ…!主任健気すぎます…!!!」
「寒村ばかりの地方に行くなんて、拷問に等しいじゃないですか!!」
「ハイライド大臣の週報すら受け取れなくなるんですよ!!!」
……最後の最後で、今ここで言うか、そのセリフ、という発言がやってきた。
そういえばこいつらの認識では、一応自分も熱烈ファン第何十号とかいう扱いだったな、と少し感慨深く思いだした。
「ハイライド大臣…そ、そうだな。彼女の噂すら届かないところにいくことになるんだな、そういえば。」
「週報転送しましょうか?!それぐらいなら俺にも…!」
「いや、でも生のハイライド大臣の噂が一番この軍本部にいるメリットだったのに、それがなくなるなんて、耐えられるんですか!?
いや、俺なら耐えられない…!」
「…い、いや、君らね…」
「ああああああ主任が御可哀相!!!!」
「本当にどうやってこれから生きがい見つけて行くんですか!?」
「主任はまったく、健気すぎるんですよ…!!!」
いや、なにこれ、惜しがられてるのかどうか、という意味のわからなさである。
こいつらの上司やってるけどやっぱついていけない、と思っていると、部下の一人がそれもありますけど、と付け加えた。
「やっぱエーリフなんて主任みたいな前途洋洋とした人が行くところじゃないですよ。
いくら紛争がない、王家直轄地だから厄介な貴族の介入もない、だからやることなくて給料もらえて万々歳、っていいますけどね、
やっぱりなにもないのは辛いですよ。」
「そうっすよね。俺の姉の婿がエーリフの近くで商いしてたんっすけど、曰く、誰もかれも農業をやってるから、外からの新しい文化が入るのは遅いし、
冬が厳しいところだから娯楽もあんまりねえもんだから、若いやつはみんな都会に出ていくっつってましたよ。
年寄りばっかりのところで主任みたいな人が何年も赴任するなんて、俺には想像しただけで耐えきれないっす…」
「主任って独身でしたよね?お独りで同年代の人は少ないし、軍の人間も大概がもうすぐ定年の者か、やんごとない事情で左遷されてきたような者しかいないところで
主任みたいな、入隊してから本部付のエリートできたような方がなじめるだなんて…」
みながみな、悲愴な顔でギルバートの処遇を憐れんでいた。
ギルバートは同情されていることに関してむしろここまで考えてくれているのかと感心するほどだった。
しかし、やはり仕方のない運命なのだ。
誰に何と言われようが、一度そうなってしまったことが元に戻ることはない。
いくら慰められてもそれだけは動かしがたい一点だった。
ギルバートは少しため息をついた。
「心配してくれるのは有り難いけれど…俺は今回色んなことを失ったけど、得られるものもあると思っているんだ。
エーリフに行くのもそうだ。
今までここにいて得られなかったことを、これまでとは全然違う環境にいることで得られるはずだ。
今は独身だけど、向こうに行ったら年寄りばっかだと言うけど、都会に出そびれたすれてない純朴な女の子だっているだろうし、
そういう人と一緒になれるチャンスだってあるかもしれない。
今まで軍一筋できたけど、農業が身近な環境にあったら覚えられるかもしれない。
心配には及ばないよ。」
「しゅ、主任……」
そういうと、一斉に筋肉だるまたちが肩を震わせてぽろぽろと泣き始めた。
男がさめざめと泣くなんて女々しくて気持ち悪い、と思ったけれど、一方で
こいつらとここにいれるのはこれが最後なのだ、ということが身にしみて迫ってくるようだった。
出立しようかと、気持ち悪く泣きやがる部下たちを放って軍本部を出ようとした時、突然ギルバートは呼び出された。
相手は…アドルフだった。
今拘禁の真っただ中で取り調べを受けている。
ギルバートの母親であるメディフィス夫人も相変わらず拘束を受けて事情聴取を受けているが、夫人は未だ証拠がなく自供のみという状況であるのに対し、
アドルフの場合は現行犯逮捕なのでなにを犯したのか明白である。
カリナと言う証言者もいるので、このままあっさりと裁判に持ち込まれて刑罰が確定する身の上だ。
だから、軍としてもメディフィス夫人ほど接見に制限をかけていないらしい。
しかし、いくらギルバートがアドルフの捕縛に立ち会ったとはいえ、既に捜査権限は軍から司法へと委ねられている段階で
さらには、もうすぐ田舎に異動するギルバートを呼びとめる理由がさっぱりわからない。
しかも、アドルフはカリナに対してなんの反省の弁もないらしい。
今更ギルバートに会わせる顔もないはずなのだ。
とはいえ、アドルフが掴まってから一度もギルバートは彼とは会っていないし、詳しい動機なども聞き及んでいない。
この機会に聞かないと、永遠にアドルフとは会えないような気がしていた。
だから、ギルバートは釈然としないながらもアドルフとの面会に赴いた。
「左遷されるんだってな。」
「…どこで聞いたんだ、そんな話。」
監視役の人間が配置された、鉄格子で真中が仕切られた接見用の部屋で、腰縄と手錠をされて連れられてやってきたアドルフは椅子に座りながら目の前のギルバートに対して開口一番にそうのたまった。
監獄で拘束されている人間には、外界からの情報は殆ど一切知らされない。事件解決のための必要最低限の事項以外のこと、それこそギルバートの左遷のような井戸端会議に出てくるような話なんて論外である。
だのに、どういう伝手があるのかそういう話を聞きだしているアドルフは、ここ数日でほんの少し削げた頬に伸び始めている髭に触れながらにやにやといった。
「あのお嬢さんとも離婚したみたいだしな。満を持してなにもかもなくなった、って感じだな。」
「…おい、どこまで知ってるんだ。」
「なに、これでも接見がわりかし自由なんだ。こういう話も出てくるさ。」
しかし、度の過ぎた情報は監視役が話を中断させるし、そもそもギルバートとアドルフの関係性など単なる隣人同士だったのだ。
なにゆえここまで漏れているのかさっぱりである。
アドルフはふふふ、と楽しそうに笑った。
「そう気を尖らせるな。別に俺だってギルバート、お前をはめる気はさらさらなかったさ。
ただな、あんたの配偶者がたまたま彼女だった。それがお前の運の尽きだった。」
「ハイライド侯爵とのこともお前は知ってたんだな。」
「ああ。勿論だ。
もしかすると、あんたたちが自分によもや結婚話なんて降って湧いてくると思いもしなかった頃から
そうなることは知ってたさ。」
「それは…もうその時点でニーゼット公の子飼いだった、ということか。」
「子飼いっていわれちゃ困るな。あの人は俺の後見人だっただけだ。」
後見人、その言葉でやっとギルバート側も腑に落ちた。
国軍の中で近衛隊といえば、花形である。
それは、実働部隊であるというよりも王家の人間の近傍で警護する役割を持っている。
そのため、多くの近衛隊の人間な貴族の息がかかっている、もしくは貴族の跡目相続と関係のない子弟であることがままある。
確かに、貴族と全く関係のない人間が近衛隊に配属されることもよくあるといえばあるのだが、そういう者達が幹部候補になることは殆どないと言っていい。
一方で、特に貴族との繋がりを見せなかった市井出身のアドルフが、ちゃらんぽらんながら順調に出世していく姿はギルバートには不思議に映ったのだが、
入隊してこのかた実働部隊にばかりいたせいか、近衛隊の独自のルールはよくわからないと思って深く考えないままにいたのだった。
それが長年内偵されていたという結果を招いたのだ。なんてザマなのだろう。
「ニーゼット公はな、後継ぎに恵まれなかったんだよ。
長男は女狂いで真面目に政治をしようとも思わないテレーバーだろ、んでひ弱でいつも母親についてまわる次男。
あとは先代と現ニーゼット公が必死で築き上げてきた公爵家って言う大看板を今か今かと狙う親族連中。
だから、ニーゼット公は自分にふさわしい後継者探しが必要になったんだよ。
で、目をつけたのが自分の異母妹であるニムレッド夫人だった。
あとは、ギルバート、あんたが考えてる通りだよ。」
「…お前がなぜニーゼット公の庇護下に入ったんだ。」
「簡単だ。金はくれるし、後見してくれることで隊での地位も約束されるからだ。
ただその分色々と向こうの言いなりになる必要はあったけどな、それでも十分すぎるほどに見返りは貰っていたからこうなっても公に対してはまったく恨みもない。
あるとすれば感謝だけだな。」
「ニーゼット公はこの国のトップを挿げ替えようとすら考えている人だったんだ。
なのに、なんでお前はそれを承服出来たんだ?!」
怒りを込めて言い放ったギルバートに対して、アドルフは、あまり深く考えていなさそうな能天気さで言った。
「いいんじゃねえのか?って思ったからさ。
実際、今の王家は和国との緊張関係を何年にも渡って解消できないままだ。
それに伴って色んなところで軋轢が生まれてるのに、誰も手を打とうとしない。
打ったとしても所詮一時しのぎだ。
それを良くも悪くもどうにかしたいって思う人間が現れたら、むしろ歓迎すべきなんじゃねえのか?
だから、方法はともかくとしても、公の考え方には基本的に賛成だったから俺は乗ったまでだ。」
「お前はあくまで近衛隊の人間で、たまたま後見がニーゼット公だったというだけじゃないのか?!」
「近衛隊であるその前に、俺は憎むべきもんがあったからな。
つか、何でおれが後見人がいるつったら、孤児だからだよ。
20年前の和国との戦争で、軍人だった父親が最前線で散ったんだ。
母親も独りで子どもを育てる辛苦に耐えかねて身体壊して後を追いやがった。
そんな戦争孤児を拾ってくれたのが公だったんだ。
…俺はな、いまのどっちつかずの状況だと一色即発で何があるか分かんねえと思うんだよ。
だから荒療治でも何でもいいから、けりをつけたかったんだ。
問題が起きたとしても、大きくならないうちに収められたら、俺のような不幸な人間が巷に溢れかえらずにすむ。
その気持ちと公の目的が一致したんだ。」
「ドルフ…」
初耳のことばかりだった。
そんな壮大なことを考えて今まで能天気に自分と接していたのかと思うとギルバートは自身の読みの甘さが恥ずかしくなるほどだった。
固まっているギルバートを見て、再度アドルフはにかっと笑った。
「まぁな、そうはいっても、お前を巻き込んだのは悪かった。
ずっと横の部屋であんたの様子を探ってたんだからな…」
「…クラウスさんと引き合わせたのも、お前だろう?」
「そうだ。
お前が会う絶対的な必要性はなかったんだがな、あんたが行動すれば妹の侯爵も動く。
そうすれば、ニムレッド夫人も二人に対して手を打たざるを得なくなる。
それを狙ったんだ。」
「…そうか。」
なにもかもあちらがわの操り人形だったのか。
今更ながらに自分の至らなさが痛かった。それで、カリナを酷い目に合わせてしまったのだから。
しかし、はた、とそこでギルバートは思い出した。
そういえば、アドルフがカリナを監禁していた時に、テレーバーにしてやられかけていたカリナをまるで助けるかのような行動をとっていたことを思い出した。
なにしろ、テレーバーは今冬していたのだ。あの状況下ではアドルフが手を下したとしか思えなかった。
アドルフの真意を聞きたくて、尋ねた。
「ドルフ、どうしてカリナ侯爵を助けた?」
「んー?俺はか弱い婦女子が女狂いのテレーバーなんぞにやられかけてるのを見るなんて忍びなかったんだ。
お前だってあの状況下だったら見ず知らずの女助けるためでもやるだろ?
しかもテレーバーは今までぬくぬくの温室育ちの坊ちゃんだ。向こうの拳なんて5歳児レベルだ。」
「だけど…テレーバーの言い分はもっともだったんじゃないのか?
カリナ侯爵はこの国でも指折りの継承順位者だ。
ニーゼット公が後継者を求めているといっても、クラウスさんをわざわざ召し上げるよりも、侯爵とのあいだに次々代の後継者が生まれている方がよっぽど正統性にも適うはずだ。
だから、あの状況で放っておくのは公としてもメリットがあった。
だのに、お前はそれを反故にするような行動をした。
…なぜなんだ?」
そういうと、急にアドルフは俯いて一言も話さなくなった。
いくら声をかけても埒があかなかったので、ギルバートは痺れを切らして
「もうこれで俺は行くからな、ドルフ。」
ギルバートが部屋を出ようと扉に手をかけた時、ぽつり、とアドルフから言葉が漏れて来た。
「あのお嬢さんな…ずっと、お前が来てくれることを待ってたんだ。
肝っ玉が据わってて物おじもしないで……うちの父親が最前線で逝った報を聞いてから
崩れ落ちた母さんとはまったく真逆だな、と思ったんだよ。」
そういって、アドルフもまたギルバートの反応を待たずして部屋から出て行った。
そのあと、ギルバートは二度とアドルフと見えることは無かった。