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政略結婚のススメ  作者: プラスティック
家族の破綻
52/76

面会は相手の都合で短縮させられた。

ジェイドは、おおよそ相手が探られたくない痛い腹があるのだろうと予想をつけていたが、だからといってどうにかなるものではない。

用心深い相手に用心深く迫って行けば、さらに警戒されるのがオチだ。

しかも相手は…おそらく、カリナの母親であるニムレッドと先々王の御代から共謀し続けていると思われる人物。

今回の件にも大いにかかわっているだろう、黒幕的な存在である。

しかし、相手は公爵位を賜っている。それを矍鑠として対応できるような黒い過去があるだろう。

だから、たとえ、王族相手だろうとジェイドのような若者に簡単に口を割るような人物ではない。

今までにない緊張を覚えながらジェイドは約束の相手の指定した部屋にたどりついて、そのまま静かに入室した。

「…これはこれは殿下。ようこそいらっしゃいました。」

「いや、こちらこそ急に尋ねることになって申し訳ない。」

ドアから入った音に気付いたその人物は、窓の外を見つめていた視線をくるりとジェイドのほうへとやる。

そして、とりあえずは形ばかりのあいさつを交わす。

立ったままこちらを見ているその相手は、少しも表情を変えずに言った。

「なにしろ時間がないものですから…単刀直入に申し上げますが、私に何を聞きに来なさった?

ハイライド侯爵一家にまつわることでしょうか?

それについては私の独断で話せることではない、としか言いようがありませんな。」

思いがけず切り出されたことにジェイドは息を呑んだ。まるで、門前払いを食らったも同然だ。

ジェイドは紅茶や茶請けが置いてあるテーブルとは打って変わって、今すぐにでも終わりそうな気配の会談に珍しく焦りを覚えた。

「ニーゼット公…それはあまりにも無責任ではないのだろうか?

今、貴公が言ったことはつまり、『自分も関係している』といったも同然だ。

独断で話させないなにかをしっているのだろうから。

しかし、ここまできて貴公は何も言えないとしらを切りとおす。

いいか、公よ、今、ハイライド侯爵当人がが行方不明だ。

一侯爵家の家長が行方知れずなど、おおよそあってはならんことだ。

そして、今までの経緯から察するにあなたは大いに今回の件に関わっていると類推される。

多くの人の命運がかかっているんだ…貴公が秘密の保持をすればするほど、事態は時を追って重くなってゆく。

未曾有の混乱を招く前に、今、ここで話すべきことを話すまでではなかろうか?」

「では、何を私にお聞きなさりたい?殿下が今おっしゃったことはだけではあまりにも抽象的すぎる。」

ジェイドは逡巡した。

確かに、ニーゼット公爵の影が色濃く残っているのは火を見るよりも明らかだったが、

しかし、本人が直接的に関わった事実も、誰かに指示を出したという事実もない。

疑惑段階のことを言ってしまえば、ねつ造だと言ってこちらが上げ足を取られかねない。

慎重に、確実に彼を攻められることを探した。

「…今年の夏だったか、私の知人の女性が貴公の邸宅を見学に行った際のことだ、

貴公の一室でニムレッド夫人に非常によく似た人物の肖像画があったと言っていた。

貴公とニムレッド夫人はどちらも貴族の中でも上位にあるが、しかし、二人のあいだは何親等も離れている。

貴公一族の人間で夫人と縁をもったものもいない。

通常、血族でも姻族でもない相手で、特に今まで接点もない人物の肖像画を、特に大きなカンバスで描かせて

本宅に飾るようなことはないだろう?」

「殿下、先ほど接点もなにもないと仰いましたが、私めは若かりし頃、ニムレッド夫人の実弟であらせられた先王陛下の侍従を務めておりました。

夫人に直接面通り適った機会は指を折るほどしかございませんでしたが、しかし、同じような貴族連中の子息よりは格段に縁があったといえるでしょう。」

侍従、という立場は特別だ。

王族の近従中の近従で、未婚の王族の女子は結婚まではほぼ後宮内で男性と触れ合うことなく過ごす慣習がある中、彼女たちに最も近いところにまでいける男性ということになる。

過去の歴史を紐解いても、法度ではあるものの、侍従と懇意になった王族女子がそのまま結婚した例がある。

おそらくそういうことを言っているのだということはジェイドは容易に読みとれた。

「だが、指折るほどしか会ったことのない人物を絵にまで描き起こそうとするか?

これでは二人の間に何かあるということを知らしめるも同義であろう?」

「そうお思いになりたければそうお思いになればよろしいのです。

…殿下は、ニムレッド夫人が御婚前に懐妊なさった時の相手が私だと仰りたいのでしょう?

ならば、そういうことになさればよいのです。そのほうが、なにごともすっきりするはずですから。」

更に相手に思っていたことをすかさず読まれていた。ジェイドは痛い腹を突かれた格好になる。

しかし、ここで怯んでしまえば相手の思う壺というか、なんの成果もあげられないままになる。

それではまったく意味がない。カリナを救う手立てが閉ざされる一方になる。

「貴公はさきほどからぽろぽろと抜けたことを仰ってるな?

今もまた、貴公自身がニムレッド夫人とは関係を持った相手ではないと否定なさった。

ならば、真実は別にあると簡単に知らせるようなものではなかろうか?」

「それはそうでしょう。事実を言っているのみですから。

ただ、真実をそっくりそのまま述べるとまではいってませんから。」

その事実がまたしても痛かった。今のところ、公爵から引き出せた有益な情報は何一つない。

老獪な紳士は、そうそう若造に尻尾を見せるわけがない。

ならば、自分が尻尾を見せておびき寄せるまで、と覚悟を決めてジェイドは口を開いた。

「確かにそうだが、私は貴公にとって益になる情報を持っている。

それと引き替え、というわけにはいかないだろうか?」

「…どういう風の吹き回しでしょうか、殿下。」

公爵の瞳が息を吹きかけたように見違えて見えた。

果たして、面白く思われているのか、食いついてくれているのか、見定めてやろうと息巻いているのか、

そのどれなのかはわからないが、ただ、もしかしたらという可能性がでてきたことには間違いなかった。

「貴公がひとつ御存じでない情報がある…

おそらく、貴公にとってこの国で最も王位継承権が高い人間は、カリナの兄であるクラウスだろう?

クラウスを要に我が母上を筆頭とする現王家を揺さぶりにかけるのを一端に、様々なことを企図しているのだろうが…

申し訳ないが、それには重大な誤謬が混じっている。」

「誤謬…?はて、それは…」

「貴公が用いられている血統と言う尺度において、クラウスよりも継承権が高い人間がいる、ということを。」

あまりにも馬鹿げたジェイドの発言に公爵はにたりと笑った。

「王子殿下ともあろう御方が何を馬鹿なことを仰いますか…!

先王陛下御一家が既に亡いことは、御自身が今王子であらせられることで証明しておられましょうに!」

「いや、私がここにいることはその者が継承権を放棄しているがゆえ。そうともいえるだろう?」

真剣に言うジェイドの表情を見て、公爵はさすがにジェイドがいっていることが『全くの嘘』ではないことに徐々に気付き始めたのか顔から嘲笑の色が剥がれている。

少し間をおいて公爵は表情をゆがめて尋ねてきた。

「…そんな事実はついぞ私めの耳には入りませんでしたな。

この国の者はみな、あなたがた女王陛下御一家が筆頭となった王家支配であることが常識であり当たり前であり、それ以外の可能性は全くないとの認識でいます。

なぜ今までそれを公になさらないでいるのでいらっしゃった!?」

「貴公らのような輩が現れる可能性があるからだ。

継承権を放棄したに等しいクラウスを見つけ出したのと同じことをかの者にもしかねない。

その意を汲んだ以上は、公にすべきでないとの見解に至ったまでだ。」

「それは女王陛下か、あなたが継承権を放棄するようその御方に勧めたからではないのですか!?

…継承権を放棄するなど、そうあってはならないことでありまするぞ!?」

「貴公よ、この国ではあってはならないことがあった。

ひとつ。『和国』の手引きによって、王位闘争の果てに先王陛下御一家が惨殺され、

これをきっかけに戦争状態にまで陥り、国の疲弊をもたらした。

ふたつ。貴公がまたその状態を作り出そうとしている。…継承権欲しさに、だ。

過去の先例を見るに、継承権なぞ要らぬという意見があってもおかしくないだろう。」

「しかしそれは…!」

「貴公のことならば誰がその者なのか調べる気でいるだろう。

というか、おそらく思いあたっているかもしれぬ。

しかし何度も言ったが、かの者は既に継承権を放棄している。

そして、貴公は勿論、その他貴族にもそれがどの者かわからぬように生活している。決して見つからぬ。」

「殿下、ほんとうにそんな者なぞいるのですか!?そのようなことは私の目を眩ます言葉のあやでは…」

「虚言にはあらぬな。かの者は一度ここへ来た時に、【花園】を鍵なしに開いた。

その上、棺に納められている自らの血縁の者の弔っている。そのこと自体は記録にも残っていることだ。

そして、陛下に対してあの者は宣誓をした…自らの継承権を放棄した、と。」

王族の墓場は血縁者、つまりは王族以外は立ち入ることができない神聖な場所である。

片時も厳重な警備が解かれることがないこの城の中でも随意一の禁断の場所である。

そこに入った者は皆誰であるか確実に照合されるため、記録にも残される。

ということは、王族と所縁があるという事実以外のなにものでもないことだった。

「貴公が信ずる『血の正当性』やらを必要とするのならば、

未だ生存中のかの者を差し置いてクラウスを王位に召し上げるのは甚だおかしいことといえるだろう。

だが、かの者は決して王位を得ることはない。

それなのにまだ貴公はクラウスに固執するのか?クラウスもまた、継承権を放棄したにも等しいのに。」

突き付けられた事実に未だ茫然となっている公爵だったが、少し血の気の返ってきた様子で口を開いた。

「…ならば、殿下の御望みのこととはなんなのですか?

そこまで仰って、私めにやらせようとしていることは…」

「単純なことだ。クラウス・カリナ両人の居所を教えてくれ。

そして、二人の実母であるハイライド前侯爵夫人の暴走を一刻も早く止めてくれ。」

それだけがジェイドがここへ来た理由だった。


「【花園】…わたくしには、あれはただの箱庭にしか思えませんでしたわ。」

何十年か前、まだリチャードとも出会う前に、たった一度だけ、継承権の問題で王宮に出向かなければならなかったときに、メディフィス夫人は【花園】を目の当たりにしていた。

【花園】とは、王宮内でもただの噂だと信じられているものだった。

「ほんの入り口にだけしか入ったことはありませんでしたけど…

わたくしが先ごろまで住んでいた田舎家の近くにあったような風景が、こんな都会の王宮の中にもあるものかと感心した覚えがありますの。

もっと奥の方にはこの世のものとは思えない千々に乱れる花花が咲き誇っているとお聞きしましたけど、

わたくしはそういうものは冥土に行った時のお楽しみですから、と遠慮申し上げました。

でも…奥様はそれを酷く渇望してらっしゃる。

わたくしには、あれがそんな価値を持つものとは全く思えませんの。一体どういうことなのです?」

尋ねた夫人に対して、ニムレッドはあらぬほうを見ながらまるで【花園】を反芻するように話し始めた。

「かつて、神々の力が強かった時代に築かれた現在の王宮は今もなお人知を超えた力が働くと言われている。

そのひとつが、【花園】だ…

王宮では俗に【花園】といえば、後宮のことを指す。後宮すなわち、王の持ち物。

ただ、後宮が王の公的な持ち物だとすれば…あの【花園】は王に許された数少ない私的な持ち物といえる。」

「ただの箱庭ですのに?」

信じられないと言った口調で夫人は聞き返した。

本当に、ただの殺風景な枯れ草と枯れた木のある庭が広がるだけの場所だったのだ。

大勢の庭師が仕えている王宮の中にあって、ここまで人の手が入れられていると感じさせられない場所があるものかと思うほどに。

しかし、他の者に言わせると、それはほんの一風景に過ぎず、奥に行けば行くほど景色は移ろい、

ある場所では極楽とも見紛うような極彩色豊かな花が咲き乱れているという。

ただ、そこまで色んな景色を目の当たりにするほど奥に行くことができるのはただ一人王のみだ、と。

ニムレッドはかすかに苛立ちを含めたように首を振った。

「あれはただの箱庭ではない。そもそも、あそこの構造にあれだけの面積の庭が広がるとはいくらメディフィス、お前でも考えるほどおめでたくはないだろうな?」

「…確かに、あそこは本宮と奥の宮をつなぐ廊下の中ほどにあって、二つの宮の間にはいくらかの空間があるとはいっても、あんなに果てが見通せない場所があるのはおかしいと思ってはおりましたけど…」

「そう、あそこは常人の知識を超えた力を持って存在している場だ。

だから、入れる人間も選ばれる。

あそこが普段王宮の者達によって何と呼ばれているか知っているか?」

「え?…【花園】ではないんですの…?」

確かに夫人が見た光景は【花園】とは言い難い光景だったものの、庭もしくは園であることには間違いのない広さである。しかし、予想された答えはそのどれもでもなかった。

「あそこは普段常に閉じられている『開かずの扉』だ。」

「開かず…?!あそこは、わたくしは自分でドアノブを捻って入りましたわ。

継承権の問題で一度だけ参内させていただいたときに、王宮の方に言われて、その手で開けてくれないかと言われて、そのまま開けましたわよ?」

「鍵は使ったのか?」

「いえ、誰もそのようなものをお持ちではなかったですわ。」

「ならば、メディフィス、お前自身の血が鍵となって開けられたのだろう。」

「血?…そんなことがあるんですの?」

特別なものとは思っていなかった【花園】に隠されていた秘密を30数年経ってのちに知らされて夫人は疑問しかでてこない。

ニムレッドは不思議なことをさも当たり前のように語った。

「あそこを開けられる鍵はきちんとある。それを使えば誰でも開けられる代物だ。

だが、それは誰にも持ち運べない。

なぜなら、王の継承の儀で王位の証として神器として使用されるもので厳重に管理されているからだ。

それゆえ、儀式の時以外には王ですらそれに触れること叶わない。

だから、あそこは開かずの間になっている…しかし、開かずの間は時折人を選んで扉を開ける。

神器ゆえに合鍵も複製できないというのに。」

「その人間と言うのが…王家の血筋なのですか。」

「そうだ。だから、お前が参内した時に典礼官が言ったのだろう、この扉を開けてくれないか、と。

王位継承に関する一切を取り仕切る典礼官は、表向き継承に関与することは無い、と言われている。

だいたい、王位と言うのは生まれた時に順位付けされているものであるし、

政争が起こって継承に政治的関与があるにしても、典礼官の選定にそこまでの影響力はないだろう。

しかし、真実は、典礼官によって内々に継承者はあそこで試される…

メディフィス、お前は継承権を放棄したことに書面上はなっているだろうが、

何らかの有事があった際は、おそらく典礼官の推薦の可能性があるだろう。」

「そうなのですか。なら、奥様は…」

普段はめったに悲しむような表情を浮かべることのない不遜なニムレッドが、

そのときただ一度だけ、夫人に向かって、切り刻まれたような痛々しい表情を見せた。

「そう…わたしがドアノブを捻っても、あそこは決してその中を見せてくれなかった…

だから、今表向きにわたしにも継承権は付与されている形になってはいるが…

典礼官によってそれはおそらく抹消されている。わたしは、なにがあっても、王位にはつけない。」


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