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政略結婚のススメ  作者: プラスティック
記念日は祝うべきか、祝わざるべきか 
42/76

朝、いつものように自身の部隊に宛がわれている部屋に着いたギルバートは、自分用の机に置かれた

例の週報のでかでかと書かれた見出しについ目が奪われた。

『ハイライド侯爵のお誕生日まであと1週間!!!

よって、以下のファンクラブ会則を遵守した上での祝賀を心がけるべし

その1.プレゼント抜け駆け禁止

ハイライド侯爵に不快に想われない全うなプレゼントならば、個人の思い思いのものを渡しても可とするが

順を争うなどしてハイライド侯爵に直接手渡す等の迷惑行為は堅く禁ずる。

よって、手渡しではなく、ハイライド侯爵の住まいに持って行くか宅配するべし

その2.誕生日当日の侯爵主催のパーティには招待されていない者は速やかに退去すべし

公式な招待状がない者は、プレゼントを渡しに当日侯爵邸を訪れるのは可とするが、

それ以上の長居は固く禁ずる。

万が一、当日のパーティにて侯爵が男性と一緒にいらっしゃる光景を目の当たりにしたからといって

その男性を付け回してぶちのめす等の暴力行為もある程度は禁ずる。

その3・・・』

そのあとも延々と禁止項目が続いていく。正直よくぞここまでといった感だ。

カリナのことを狙う男はこの宮廷内でも掃いて捨てるほどに多い。

それは爵位継承者の身でありながら、彼女が独身で、婚約者は愚か恋人の気配すら見せていないことに因る。

とはいえ、ギルバートはそんな彼女と極秘で結婚した夫であり、本当のところ誰彼憚ることなく

彼女を独占できる身分であるはずなのだが、色々な事情のせいでそれは無理に近い状況だ。

カリナの誕生日を、結婚後5回目であるのに反して、今まで一度もギルバートが祝ってあげたことがないのが

その最たる証拠ともいえる。

つい先年までギルバートは、精鋭が集うと言われる情報部に所属し、各地を転々としていたため、

カリナと会える機会は1年の内片手で足りるほどだった。

『それでよく夫婦なんてやってたな!』とどやされそうだが、実際仮面夫婦で居続けているため、

二人はお互いの距離を測りあぐねていた。

それが急速にギルバートの本部勤務によって変わってきていた。

色んなカリナの表情と、周りのカリナを独身だと思っている男どもの飢餓にも似た焦燥を見ていると

なにかと理由をつけている現状が酷くもどかしかった。

しかしこの状態で5年もやってきたのに、今さら変えるのも難しいことは重々わかっていた。

――そんなふうに、あれやこれやと黙って考え込んでいたギルバートの前に、

いつの間にか大柄な人影がいくつも差し込んでいた。

「……ん?…うわぁあああ!お、お前たちな、なにやってるんだ!?」

「主任、やっぱり気になるんですね、ハイライド侯爵のお誕生日。」

「俺らは、一同でプレゼントするつもりなんっすけど、主任はいかがなさるんっすか?」

「もう用意しちゃってるとかっすかねえ?いいんですよ、抜け駆けじゃなければ…抜け駆けじゃ、ね…」

なんなんだこいつら、うららかな朝っぱらから完璧に目が据わってるぞ、とギルバートは思ったが

自分よりもなまじっかガタイのいい男たちに対して、なんとなしに文句を吐けるほど状況は良くなかった。

「しっかし、主任はいいっすよね~?俺らみたいに巷で

『筋肉ダルマ』だとか『脳みそまで筋肉で詰まってる』だとか

『横にいたら用心棒替わりで心強いかもしれないけど、暑苦しさのほうが勝っちゃうかも』なんて言われなくて…」

「しかも、第二王子殿下付きになったお陰でしょっちゅう【奥の宮】を出入りしてるっすもんね…

変人で有名な王子殿下付きは確かに気の毒ではありますが、侯爵と出会うチャンスは俺らの数倍でしょう…?」

一斉に三人がため息を突く。あまりの辛気臭さにギルバートは総毛立つほどだった。

「お、お前たち、べ、別にハイライド侯爵自身に嫌われてるってわけじゃないんだから、なあ…?」

まだ望みもあるだろ、とは、一応夫の立場もあって意地で言わなかった。

そんなギルバートの内心の微妙な葛藤もいざ知らず、筋肉三人組は、再び盛大にため息を吐いて

おもむろに筋肉でパッツンパッツンになった胸元から何かを取りだした。

「「「主任、これをご覧ください。」」」

一様に言われ、仕方なくギルバートは紙を受け取る。それは例の週報で、でかでかとした見出しが躍っていた。

『ハイライド侯爵のお誕生日会に、あの、プレストンソン男爵も招待!断固接近を阻止すべし!』

プレストンソン男爵とは、カリナがこそこそと自身の出奔した実兄を探すために嗅ぎまわっていた相手だ。

いわゆる成金だが、他の腐敗した生粋の貴族たちよりもよっぽど清潔で、容姿も端麗である。

バツ一子持ちとはいえ、他の補って余りある諸所の要素のお陰で、ここ最近の下馬評で一気にカリナの婚約者候補に伸し上がった男である。

ギルバートは、事情を全く知らなかったため、このぽっと出の男に対してかなり警戒感を持っていた。

しかし、本人に接触してから驚愕の真実が明らかになる。

なんと、プレストンソン男爵は出奔したカリナの実兄であるクラウスが身を匿うための手助けをした張本人であり、

さらにはそのせいなのかまではわからないが、なんとクラウスの恋人だった。

あまりにも予想外の話に、ギルバートはともかく、ある程度の事情まで把握していたカリナまでが面喰った。

お陰で、なんとも意外な形でプレストンソン男爵とカリナの疑惑については丸っとすっきり解消されていた。

が、それはあくまで内輪の話であり、カリナの信奉者は知る由もない。

身内の優越感を味わいつつ、ギルバートはふっと余裕の笑みをもらしながら答えた。

「大丈夫だ、プレストンソン男爵はまったくの真っ白だ。大臣は彼に親しみを持っていてもそれ以上はない。絶対な。」

「主任…えらく余裕ですね?もしや男爵ルートで何か伝手でもあるんですか?」

ギルバートが【奥の宮】に行っているという事実は思いの外周囲に貴族たちとのかかわりが増えたと思わせているらしい。

とはいえ、ギルバートが仕えている相手が変人の極みとも言われるジェイド王子ということもあり、

むしろその関わりすら『主任、お可哀そうに…』とまったくもって同情的で、僻まれたりはしない。

事実なので、つくづくジェイドの人望のなさには呆れるばかりである。

「まあ、そうといえばそうかもな。男爵はちゃんと決まった御相手がいるそうだ。だから、大臣に惑わされることはない。」

ただしその相手が、昔はカリナよりも社交界の羨望を一手に集めていた美貌のクラウスだとは誰も夢にも思わないだろうが。

「そうっすか。…割と最近の週報は飛ばしが多いっすね。誰っすか、これ書いたやつ…」

「むやみやたらにいい男ばっかり持ってくるからって、大臣が御相手になるかどうかなんてわかんねえっすからねえ。

これ書いたやつはほんと、何考えて生きてるんっすかね?」

「今度の定例集会で意見書出して見ますか、…あんま舐めくさった真似しやがるとてめぇどうなるかわかんのか!?あ?

てな具合に。」

「おお、いいな、それ!やるか!」

なにやら危険な雰囲気が強まってきて、余計なひと言を言ってしまったかもという虞を抱いたギルバートはそそくさと

その場から逃れようと徐々に後ろに退いていたが、

突如、マッチョ達の目がキランと光って、がしっと腕を掴まれた。

「な、な、なにするんだ!?」

「主任、まだまだ話は終わってませんよ…」

「そうっす、大事なのが一つ残ってますよ…」

「な、なにかまだあんのか…!?」

こいつらとの縁を切りたい!と、普段の業務では心強い部下たちに対して戦々恐々し始めた時、ぬぅっと部下たちは

ギルバートに顔をくっつけた。

「主任…大臣になにをプレゼントされるんですか?」

「ぷ、プレンゼント…?」

「そうっす。大臣の20歳の誕生日プレゼントっすよ!」

そういえば、今の話題はカリナの誕生日が近いということに端を発していたのだった。ギルバートはようやく思いだす。

「な、なにって…大したもんじゃない。」

「ってことは主任あげるんっすね。ほんと、主任があれほど頑なに大臣に対する恋心を否定してたというのに…」

ほんと、主任ってツンデレなんだから…と意味のわからない単語が聞こえてきたがギルバートは無視をしておく。

確かに、熱烈なカリナ信奉者である彼らに対して、決して知られないようにしてきたつもりだったが、

済し崩しでファンクラブ会員に入会させられてしまった。それからギルバートは開き直るしかないと半ばあきらめの境地に至っている。

近いのに遠いカリナへの距離を会員にむやみに悟られるよりは、明らかに遠いとしか思えない距離を持つ彼らを

隠れ蓑にした方が今後何かと有利なのかもしれないという打算もあるにはあるのだが、

強引すぎる彼らに逆らえなかったというのが本当のところの理由である。大変悔しいが。

「俺らは三人で合同同人誌を作ったんすよ。詩に、絵に小説とそれぞれ得意ジャンルを担当して、

総ページ90にもなったんっすよ。お陰で単価があがってあがって…」

「あと、俺は個人的に木彫り時計を用意したんっすよ。丁度いいヒノキが寮の裏手に生えてましてね

それをちょちょいとのこぎりで切って彫って仕立てたんっすよね。我ながら会心の出来です。」

「あ、お、俺も自分で用意したやつがあるんっすよ!あんまり大臣は貴金属類がお好きじゃないと聞いたんで

バラの花束を100本、当日に送るつもりなんです。

この2年間、俺が丹精込めてバラ園を整えてきて、大臣の誕生日に丁度初収穫できる算段になったんっすよ…

超感動ものっす…!」

しかし、一番彼らで下っ端のマッチョが、どこの夢見る乙女なんだというプレゼント内容を話した時、

突如として年長のマッチョがぶち切れた。

「って、おめえ、いつのまにそんな手の込んだもの用意してやがんだ!?ぇえ?!」

「い、いや、せ、先輩、ちょっとした、家庭菜園の延長線上で…」

「じゃかあしいぃぃいい!一人だけ抜け駆けしよう立って、世の中甘くねえんだぞぉお!?あぁあ!?」

な、なんだこの内部分裂、とギルバートは思いっきりどん引く。

彼らのプレゼントはどれもこれも手が込んでいて、正直ギルバートのプレゼントは人から買っただけの

大変手抜きな調達である。

このまま三人がいい争いをしてギルバートのことなど忘れてくれてたらありがたいなあ、と思って

抜き足差し足で三人から距離を測っていたところ、

目敏く見られていた。

「…で、主任はなにを用意されたんです?」

「え?なにが?」

「なにがって、大臣へのプレゼントっすよ。まさか、俺らと被ってたりとか…!?」

ギルバートの顔色は、ひぃぃい、という擬音が点きそうな青ざめっぷりである。

確かにモノ自体が被ることは止むを得なさそうだが(同人誌はともかく)、ハンドメイドへのこだわりは真似しがたい。

たぶん大丈夫だろうという、非常時故の根拠のあいまいな自信で、恐る恐る白状した。

「ええっと…薬草と言うか、ハーブというか…そんなものだ」

「微妙に要領を得ない答えですね。」

「でも、今までにないプレゼントというか。」

「乙女ちっくですね。」

口々に三人衆は言って来る。どうも、意外で拍子抜けしたらしい。

確かに、女性へのプレゼントと言うと金目のものが多い。ハンドメイドはともかくとして。

特にカリナに捧げられるものといえば、非常に高価なものが多いと予想し得る。

そんな中で、ハーブとなると、いささか場違いなのかもしれなかった。

だからか、三人衆の表情は真剣さから一転して安堵に包まれた。

「そうっすか。いやいや、お互いこれからもファンクラブでしのぎを削りましょうや。」

「そうっすそうっす。いや~なんかよかったっすねー。」

「俺どきどきしましたよー。安心しましたー。」

どうも、『主任のプレゼントが到底大臣の目に留まらなさそう』と思われたらしい。

三人はにこやかにギルバートとの会話を辞して行った。

後に残されたのは『何を勝手に決めてくれる…?!カリナ姫はそんな風には絶対に思わない!』とこれまた根拠のない闘志を燃やすギルバートだった。


そんなギルバートと時をだいたい同じくして。

いつもと同じ時刻、いつもと同じように査察部にやってきたカリナは、どこかいつもと違う空気にさらされていた。

『なんだか視線を感じる…おかしい。』

部室を通り抜けて、カリナ専用の執務室に行くまでの道筋が、なんだか針の筵の上を歩いているような心地がする。

それは、部内の人間の視線が一手にカリナに注がれていたからだった。

普段でも、確かに視線を向けられることはあった。

それは、仕方のないことだとカリナは感じていた。

カリナの容貌は酷く目立つ。比較的貴族の匂いが薄い、この文官の集まりの中で浮くことは必至だ。

そうした意味で視線を集めることは、いたしかたないこととして受け止めていた。

しかし、この日のものは違った。

どこか、期待感というか、好奇の目にしても、浮ついた意味が含まれていそうなものだ。

それほど、粘っこくて、職場には相応しくない感じをカリナに覚えさせていた。

『嫌になるわね…どうせ、私の誕生日が近いから色々と狙ってることなんでしょうよ…』

ため息をつきながら執務室で荷物を整理する。

例年、一応貴族として最低限の持て成しをするため、自らの誕生日会だけは欠かさず開いてきた。

とはいえ、もともとああいった空間が苦手なカリナにはどうしてもという義務感がなければ逃げ出したいものだった。

そんなカリナが嫌々して開いた会でも、周囲の者にとっては、カリナと近づけるまたとない機会のため、

こぞって参加したい連中が湧いて出てきていた。

招待客に関しては信頼に足る家令に一任していて、さほど心配はしていなかったが、

招待されてなくともカリナに近づこうとする輩は必ず出てくる。

それが、何よりも怖かった。

「おはようございます、ハイライド大臣。」

「え、…あぁ、おはよう。」

そんな、思案に暮れていたカリナに突如として近づいて声をかけてきたのはゲーリー・クレメンスだった。

相変わらずの気障ったらしい振る舞いをカリナに対して見せ続けている。

名門のクレメンス公爵家の生まれで、直接的には家督に関係はない位置にあるらしいが、それでも十分重要人物である。

おかげで、カリナは彼に対して招待状を送らざるを得ない立場だった。

「本日の御公務の予定表です。何か御指摘ご意見とうございましたら、報告ください。」

いつもと同じように、まるで秘書官のようなことをしてくる。

カリナは専属の秘書がちゃんと別にいるのだが、私選のため、あまり部署に精通した人物とはいえず、

専らスケジュール管理、他への折衝等々、ごくごく限られた範囲でしか動けていないのが実情だった。

もともと、ハイライドでの秘書も兼ねているのだからそれは仕方のないことだった。

だから、ゲーリーの働きはありがたいといえばありがたい。だが…

「ゲーリー、常々言ってるけど、これはあなたの職責の範囲内じゃない。別にちゃんとやるべき人間がいることだもの。

自分の本分をきちんと全うすべきでしょう?こんな、私に構う暇なんてないはずでしょう?」

自分の仕事をしろという諫言でありつつも、本当はカリナの何を目的にしてこんなことをしているのかを問うた。

所詮カリナはお飾りである。代々名誉職として大臣を拝命しているだけ、といい変えてもいい。

大概が大臣以下の屋台骨となる部下の優劣でその部署の能力は変わってくる。

だから、カリナなんていてもいなくてもいいのだ。本当のところは。

もし、それでもカリナが大臣に収まっていることで利点があるとすれば、この国でも屈指の王位継承権の高さを誇る

カリナと縁を作ることぐらいか。

文官としての高みに登りたいなら、もっと取り入るべき人間は他にわんさかといる。

そう、ずっとカリナは考えていた。それゆえの発言だった。

しかし、そんなことを見越していたのか、ゲーリーはらしくない微笑を浮かべて言った。

「私は、大臣、あなたの資質を見込んで、お仕えさせていただいています。

そこらの媚びへつらう役人とは違うものだと思っていただきたい。」

なんとも直截な物言いだ。迂遠な言い回しが好きな文官にはかなり珍しい。

面喰っているカリナ見やりながら、去り際、ゲーリーは更に彼女を混乱の渦に叩き落す爆弾を落とした。

「今度の、あなたのお誕生日は、私も祝わせていただきますね…楽しみにしています。」

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