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政略結婚のススメ  作者: プラスティック
浮気の季節
34/76

――ギルバートが謎の女性と出くわす羽目になったのは、かれこれカリナが二人を目撃する数刻前にさかのぼる。

ギルバートは、しこたまアドルフの部屋で酒を飲んでいた時に、

ポロっとカリナに何をプレゼントすればいいだろうかと相談したことから端を発する。

『そんなに自然が好きな人だったらプレゼントも自然派なもんがいいんじゃねーの?

例えば植物っぽいのとかさ。』

と勧められたのが、首都の花街のほど近くにあるという、植物ならなんでもござれの問屋と小売りを兼ねている

【ジョナス】という店だった。

どうも店主が無類の植物好きで、ひとたび気に入りの植物が売りに出されると店をいちいち閉めて買いつけにいくほどの

好きっぷりらしい。

植物ならなんでも、というぐらいなので、樹木から蔓系のもの、果ては毒草まで幅広く扱っている。

万が一店頭になくても、頼めばたいがいの植物は手に入れてくるらしいので、相当植物に精通している人物らしい。

そして最近その店主は色んなハーブを使って喫茶のようなものを始めたらしく、

取り扱うハーブも一級品ばかりとのことで、知る人ぞ知る隠れ家的スポットとして一部の人に人気があるらしい。

勿論そのハーブも品物として売りに出されているらしいのでそれを買えば?とアドルフは勧めてくれたのだ。

・・・付け加えて

『そこの店主は相当な美人らしいぞ?なんでも、毎日交際を申し込みに来る男が絶えないっていうぐらいらいしぜ。

客筋もハーブとか取り扱ってる割に男が多いらしいからあながち嘘じゃねえかもな。

ギルバート、お前もその美貌を拝んできたらどうだ?

もしかしたらコロっとそっちに気が向いて、移り変わっちまうかもな。』

と余計なひと言も添えてくれた。

しかしアドルフの情報はなんとなく興味を持たされた。店が花街のほど近くなのだ。

治安や、花街独特の空気が流れ込むような場所に、そう堅気の人間が出店しようとは思えないはずだ。

順当に考えれば、この店主は花街出身の元妓女という可能性が高い。

元妓女といえば自身の母親がうっすら脳裏に浮かんだが、妓女の誰もかれもがあの母のように

悪魔的な美貌と対男性用人心掌握術を会得した人間とは限らない。

とはいえども、大抵の妓女は話し上手だし、男のあしらい方をよく知っている。

そんなところに出入りしたとカリナにもし万が一知られたら、というリスクはあったが、

他に女性に喜ばれるようなものが置いてある店の情報なんて

ついぞ知らないギルバートはアドルフの勧めに従うほかなく【ジョナス】に出向いたのだった。

アドルフにメモ書きしてもらった地図を頼りに辿りついた場所は、ほんっとうに花街のほど近くだった。

その日は今まで休んでいた分溜まっていた書類を書きに書きあげなければならなかったので

予定の勤務時間を少々オーバーしていたため、時間帯は既に夜半になっていた。

花街界隈からの煌びやかな光が、零れ落ちてくるように降り注いでくる。まるで昼間のような明るさだ。

【ジョナス】は立地上花街に合わせた営業時間だそうで、おそらく今も営業中なのだろう。

しかし、花街と打って変わってその店の表側は店の小さな看板の前に一本の細い松明が置かれているのみだった。

『ほんとに・・・営業中か、これ?』

普通の住宅とそう変りない間口で、正面には窓もない。ただ、人一人分の木製の扉がどんと構えているだけで

何の商いをしているかぱっと見だとさっぱりわからない。

隠れ家とは言い得て妙だなとギルバートは納得した。

ギルバートは意を決して真鍮でできたドアノブをぐるりと回した。

案の定それはカギがかかっておらずギギギと古びた音を立てながら開いた。

一歩中に足を踏み込んでみると、そこはやはり暗かった。

転々とろうそくの明かりがついているだけで、外の花街から洩れてくる明るさとは比べ物にならないくらいに暗かった。

そして異様な匂いが立ちこめている。

刺激臭ではないけれど、甘いやら酸っぱいやら色んな匂いが混じっている。

けれど不思議と気にならない。

植物独特の水分の混じった清涼な空気もまた身をまとっているのが多分に影響しているのだと思われた。

薄暗くてはっきりと店内の様子がうかがえなくて入口でまごついているとき、

ぬうっと人影が近づいてきた。

誰だ・・・?と身構えた時、明かりをともした蝋燭立を手にした女がギルバートに対して言った。

「いらっしゃいませお客様。お買い上げの方かしら、それとも御一服?」

目の前に現れた女は、この国の平均的な身長に比べて高かった。

大抵の女性に対してギルバートはかなり目線を下げなければならなかったのに対し、

この女に対しては若干顎をしめる程度で目線が合う。

そして、スレンダーな身体が非常に目立っている。

花街だと胸を強調した女だとか、尻のラインを強調させる女が大半を占めるのに対し、

この女の場合はあまりでっぱりが見当たらない。しかし、ぽきっと折れそうな細腰や、ひざ丈のスカートの下から

ちらりと覗く足の細さが目を引く。

豊満な女性に見あきた花街の男たちがこちらに流れてくるのも無理はない、とギルバートは冷静に考えた。

「ハーブティーがおいしいと聞いたので、そちらでいいですか?」

「ええ、どうぞ。たいしたもてなしもできませんが、ごゆるりとおくつろぎくださいませ。」

にこりと、女が笑うのが空気の波長のようなものとして伝わってきた。

顔のほうに光が向かないから女の顔は見えない。

けれど、薄明かりでぼんやりと見えたシャープな身体のラインから、

多分すっきりとした顔立ちなんだろうなということは容易に想像させられた。

「どうぞカウンターにお座りになって。すぐに御出ししますわ。」

そういって女はカウンターを指し示す。ギルバートは丁度真ん中あたりの背もたれのない椅子を選んで座った。

カウンターは店の奥まったところにあり、そこには他の席とは違って重点的に明かりが灯されている。

木製のしっかりした色味のカウンターで、頭上にはずらりと枯れ草がかかっている独特の雰囲気だ。

カウンターの向こうはキッチンになっていて、竈や調理用の台、他には果実酒らしき実が入った酒瓶などが

ずらずらと並んでいるのが見えた。

「一応うちはハーブティー目当ての方が多いんですけど、果実酒も自家製で作ってるんで、

もしよかったらいかがです?」

「じゃあ、いただこうかな・・・何がお勧めですか?」

「丁度、先年漬けた杏子酒がいい具合なの。水割でどうかしら?」

「じゃあそれをいただきます。」

カウンター内に入った女がニコリと微笑んで尋ねてきたのでギルバートも答え返す。

美人に微笑まれるのは既婚と言えどまんざらではない。

そしてそのとき、ようやくまともに物が見える程度の光量のもとでギルバートは女を正面から見ることが叶った。

想像通りシャープな顎のラインで、世の貴婦人たちのふくよかさからは程遠い。

それと同様に切れ長の瞳とすっと一本通った鼻筋が美しかった。

うっすらと紅を乗せた唇は薄く、もう少しぼてっとしていたほうが女らしいとは思えたが、

すっきりとした面立ちにはよく似合っている。

髪が長いらしく後ろで一本にまとめて結んでいて、

ギルバートのための水割りを作るためにくるくる動くとそのたびにしっぽのように揺れている。

針金のようにまっすぐな髪色は、錆の混じらない銅のようにつやつやとしている。

鮮やかな金属質の茶はこの国の人間でもかなり珍しい色合いである。

そして、そんな色素の持ち主なのに、目は濃い藍。いや、黒に程近いといってもいいほどだ。

うっすらと光の加減で、ちらちらと水面が揺れた時のように碧が垣間見えるが、通常時は底なしの色だ。

不思議な人だ、と直感的にギルバートは思った。

ギルバートがそんなふうに思案を巡らしている間に、さっさと水割りは出来上がったらしく、

女がギルバートに差し出してきた。

「どうぞ。」

「あ、ありがとうございます。」

差し出されたものに早速口をつける。甘い味が口いっぱいに広がった。

「・・・すごく、甘いですね。」

「そりゃ、砂糖をいっぱい入れるもの。でも、ちょっと酸っぱいでしょ?」

「ええ。でも、あんずって食べたことないんですが・・・」

「あれは生食できるようなものじゃないわよ。干したりジャムにしたりしてようやく甘くなるの。

だからこうやって果実酒にして飲むのも一つの手なのよ。」

そういって女は自らもあんず酒を口にした。ギルバートにはその光景がひどく美味しそうに見えた。

ひとしきり二人無言で呑みあった後、女は突如切り出した。

「それで、こんな辺鄙な店に殿方が一人でやってきたのか、お聞かせ願えないかしら?」

「え?」

ギルバートは目を丸くした。

アドルフから男性客も多いと聞かされていたのでどうして目立ったのだろうと?と思った故だった。

その動揺を見抜いたのか、女は『大したことじゃないわよ』と前置きしたうえで言った。

「ここに来る殿方って、大抵花街で一線交えた後、とか、これから行ってきますっていう人ばっかりなのよ。

私目当てっていう人でも、なかなか花街で遊んでないっていう男性はいないもの。

その点であなたは全然匂いがしないの。

すごく珍しい。ここで店を開いてからは数えるほどしかないお客さんだわ。」

「そうなんですか・・・」

ギルバートが思っていた以上に客筋は固定のようらしい。それも花街関連の人ばかりという。

女はふーっと息を吐いた。

「まあ、ここに店を開いた以上は覚悟の上だったけどね。

でも私自身、この店を開くまでは全然花街とは縁もゆかりもない人間だったものだから、

時々、もうちょっと色んな客筋の人が来てもいいなって思うの。そんなにここって敷居高いわけじゃないし。

こういうのって我儘かしら?」

「いえ、そうは思わないです。それとお言葉ですが、俺は花街と縁もゆかりもないと思われてるみたいですけど

全然そんなことないです。

俺は母親が昔妓女をやってました。

普段は父親のもとにいたけど、たまに母親のところにも行っていて、出入りもしたことがあります。

俺はあなたが思ってるような綺麗な人間じゃないですよ?」

「でも、今あなたは色を買わなくてもいい人間でしょう?少なくとも私にはそう見える。」

何を根拠にかわからないが、女はそう断言した。

実際花街を利用することなんてここ数年ついぞなかったギルバートにとってはある意味での真実ともいえた。

そんなとき、女は少し表情を歪めて複雑そうな顔をした。

「でも、花街と縁もゆかりもないって私も言ってしまったけど、あんまりそうも言ってられないのよね。」

「どうしてですか?」

「私がここ始める前、何やってたと思う?」

「・・・植物採集家、とか?」

「ひねりなさすぎよー!せめて阿片密売業者ぐらいなこと言ってちょうだいな。」

そういってバンバンカウンター越しにギルバートの肩を叩いてきた。

女の人がテンションをあげてくると人のことをばしばし叩くのは万国共通のようだ。

ギルバートはやや気圧されつつも尋ねた。

「じゃあ、なんなんですか?まさかほんとに阿片密売業者?」

「ちがうわよ。法は侵してないわ。うん、多分ね。」

「それって、どういう意味ですか・・・?」

「わたし、とあるお金持ちのボンボン相手に愛人やってたの。短かったけどね、2年くらいのあいだだったと思うわ。」

「え・・・?」

キリっとした造作からは全く想像の出来ない職業だった。

ギルバートにとって愛人という言葉は、愛嬌があって、男に『庇護してもらえる』というキャラクターがないと

続かないものだという想像を抱かせる。

この女の場合、そのどちらにも欠けるように思えた。

女性にしては高い身長と、キリっとした面立ちは、

愛らしさや可愛らしさの前に、美しさとか、近寄りがたいイメージを先行させる。

そして、店を一人で切り盛りする様子からいって、到底、人に縋って生きるタイプには思えない。

特に、何かをねだるといった甘えた様子が一切ギルバートには想像がつかないタイプである。

今日知り合ったばかりの女に衝撃的な過去の告白をされてパクパクしているギルバートを見て、

女は少し気まずそうな表情を浮かべた。

「ごめんなさいね、こんなこといきなり言っちゃって。

でも、あなたになら話してもいいかなっていう気になったのよ。お酒も入ってるし。」

「でも・・・あなたが愛人をやってただなんて、全然想像もつかない・・・」

「みんなから言われるわ、それ。」

そういって女はぐびっと酒を飲みほしている。ギルバートの倍はピッチが早い。

果実酒は甘さがあっても、麦酒の数倍ものアルコール濃度である。

ギルバートですら既に軽い酩酊感を覚えていたが、女はさすが慣れているようだった。

「のっぴきならない状況だったの・・・あの頃はね。

でも、多分普通の愛人関係とはちょっと違ったように思うわ。

私は金品を欲しがらなかったし、相手も十分わかってたから何かを買い与えてくれるなんてこと殆どなかった。

だから、愛人としては多分、劣等生だったと思うわよ。」

「そうなんですか・・・」

しんみりとした空気に満ちる。女はそれに気付いて、さっさとギルバートの空になったグラスに追加を注いだ。

「もっと呑んでちょうだい。じゃないと、暗い店内がますます暗くなっちゃうわ。」


それからしばらく二人はお互いの素性に触れない程度の他愛もない話をしながら、酒を飲み進めていた。

ギルバートがこの店に来た目的もそのときに話し、店主の女はカリナのために特別なブレンドでハーブティを調合してくれた。

忙しくて、重責も担ってる人だから、せめて家で過ごす時間はゆったりしてほしいというギルバートの意見を組んで

清涼感を重視したハーブを何種類か入れてくれているらしい。

ギルバートはなんとかこれで夫としての面目が立つと思っていた。

その間、来客は無く、ずっと楽しく二人は喋りあっていたのだったが、一つだけギルバートには気になることがあった。

それは・・・

「・・・ずっと奥の方のテーブルからこっちを見てるお客さんがいるんですけど・・・」

ギルバートが店に入って、カウンターに連れられた時から感じていた。

ずっと絶えまなく視線が注がれている。

ちくちくと背中を刺すようなそれは、恨みが籠っているような感すらあって不気味だ。

店主の女―彼女は会話の途中でクリスと名乗った―は、その指摘に途端眉根を寄せた。

「ああ・・・彼ね。うちの常連。ついでにいったら、私のストーカー。」

「ストーカー!?」

またしてもの衝撃的な彼女の言葉にギルバートは驚く。

しかしすぐにアドルフのいっていた『男が交際を申し込みにやってくる』の言葉を思い出して納得してみるものの、

こんなにすぐそばにストーカーを寄せておいて平気なクリスの豪胆さに再度驚いていた。

「あんなの気にしなくていいのいいの。もうあれは”あってないようなもの”と思って。

じゃないと、不快感が一層増すわ。寒気がしちゃいそう!」

「そ、そこまでいったら・・・」

「かわいそうって?やだやだ、犯罪者に同情なんてかけるもんじゃないのよ?

特に、ああいうしつこい粘着系のやつなんかにかけたらそれこそ終わり、よ。

つけあがりまくって『おれの気持ちを受け止めてくれる・・・!』なんて誤解された挙句に

本腰入れて付け回されるのがオチね。

こういうときは徹底的な無視。で、機会があれば、報復。この二択しかないわ。」

「そ、そうなんですか・・・」

ギルバートは女のしたたかさを目の当たりにしてごくりと息を呑む。

目の前のクリスはその細腰に手を当てて力説した。

「ああ、あなたはそんなふうにならないでね?・・・そうなったときに罰が当たるのはもちろん、犯罪者のほうなんだから。」

「大丈夫です、それだけは。」

「そう?それならいいけど。」

そういってクリスはギルバートにソーサーの上に乗ったカップを差し出してきた。ほかほかと湯気が立っている。

「なんですか、これ?」

スーッと鼻の通るいい香りがする。先ほどカリナのために調合してもらったハーブティの余りのようだ。

しかし、頼んでもいないものを出してきたので素直に疑問を呈する。

クリスはしっ!と口に人差し指を立てながら言った。

「これから言うことちゃんと聞いて、その通りにして頂戴。そしたら今日のお題はチャラにしてあげる。

今日はもうお客もないし、早めに店を閉めるからそのときうちまで送ってくれないかしら?

あのストーカーはいつもいつもついてくるのよ。・・・ほんと、ストーカーらしさ満開って感じでしょう?

あなた、見た感じ腕が立ちそうだから、護衛してくれたらありがたいんだけど・・・いいかしら?」

悪だくみするような顔をクリスは見せた。

そのときの、皮肉気に歪んだ唇と、切れ長の瞳がいつかの何かを彷彿とさせた。

誰のことを思い浮かべたのかギルバートにはさっぱりわからなかった。

けれど、途端に彼女の提案に乗りたい気持ちがむくむくとわいてきた。

彼女の家までついていきたい。それは、浮気がしたいというわけではない。

純粋に『愛人』だった経歴だとか、この店を花街のすぐそばで持ったという、

彼女の他の人にはない何かと、今しがた見せられた表情に途轍もなく惹かれていたからだった。

『カリナ姫、本当にごめんなさい・・・!でも、すごく気になるんだ・・・!』

恋、といわれたら、十中八九その定義に当てはまりそうな口実だということはギルバートもわかっていた。

でも、本当にただ興味があるのだ。女だから、男だからという性別は全く関係のないところで。

「いきます。あなたを無事送り届けます。」

「ありがとう!そういってくれると思ったわ!」

そういってクリスはそそくさと店じまいの準備を始めた。その間、ギルバートはハーブティで喉を潤す。

その合間に、ちらっと奥の方のテーブルを見た。

店の内部は様々な植物が置かれている。大きな葉をもった鉢植えの樹木や、窓際には蘭の花が垂れさがってたり、

何の用途があるのかわからない乾燥した葉などが所狭しと壁にかけられていたり

さながら森の中に迷い込んだような雰囲気である。

そんな森に彷徨ってきたかのようにただ一人でずっと座っていたらしい客は、

中肉中背、のようで、さして体格に特徴はない。

うっすらとした明りから見える服装は、鼠色のサマーコートで、中は薄手のシャツを着ているようだった。

カジュアルな服装だったが、しかし、夜の街に紛れ込むにはいささか清潔すぎるように思えた。

『どうしてこんな堅気っぽい人が、クリスさんのストーカーなんて・・・』

世の中、人間見た目じゃわからないな・・・と、格言のようなものを脳裏で呟きながら

ギルバートは最後の一口を飲み干す。

そのとき、テーブル席の明かりを消しに行ったクリスが男に退席を促した。素直に男は従って立ちあがっている。

その背はクリスよりも頭一つ分上で、おそらくギルバートよりも若干高いようだった。

ちらっと、明かりが反射して顔が見えた。

―ギルバートは、ストーカーといわれると、自らの欲にくらんだ男というイメージがあったので、

そのままその『歪み』が表情に現れるものだと思っていた。

しかして、その男は全くその点において、らしくなかった。

暗めの茶髪を耳の下で切りそろえ、清潔感に溢れている。笑うと目尻に皺が寄りそうな柔和そうな目でクリスを見下ろしている。

『いったい、彼はほんとうにストーカーなのか・・・?』

ギルバートにそんな疑問がわいた頃、男は勘定をすませて店を出て言った。未練がましさなんて、微塵も見当たらなかった。

「じゃあ、ギルバートさん、帰り、お願いできるかしら?」

クリスが振り向いてそう言った。ギルバートを護衛につけたいと言った意味。

それが今、急に芯をなくしたように軸がぶれている。

ギルバートはそんな不安を出さないように気をつけながら言った。

「わかりました。行きましょう。」

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