表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
政略結婚のススメ  作者: プラスティック
とある夫婦の5年にも渡る喧嘩の元凶
3/76

カリナの結婚観は貴族社会を真っ直ぐに見つめたもの、だった。

当初、彼女兄が侯爵位を継ぐ予定だったのだが

それでも彼女が政略結婚に巻き込まれるのは全て予定されていた事だった。

先王の実姉であり、現女王の叔母に当たる母親を持ち、

元々王家と縁の深かったハイライド家出身の直系の姫であるカリナは身分相応の結婚が当然の如く望まれていた。

数多ある貴族の中でも屈指の格の高さを誇るハイライド家と、同格またはそれ以上の家格で家督を継ぐ者、もしくは、

高い順位の王位継承権を保持している者を夫とすることが条件といえた。

そこに愛が生じる事なんてカリナには全く想像だにできなかったし、

ましてや、自身と年齢相応な夫であるとすら保障されていない。

政略結婚とは、跡継ぎの子どもさえ生まれれば万事OKである。

そういうこともあったせいか、カリナは巷や貴族のお嬢様方の間で流行っているような

宮廷恋愛小説みたいなのにはとんと夢を持っていなかった。

貴族のお姫様が身元の知れぬちょっとイイ男に偶然出会い、

あれよあれよと運命的に惚れ合って駆け落ち覚悟で彼と結婚する事を望む。

が、実は彼が王族の人間だったりして・・・?

―――なんてことはことごとく一笑に付していた。

カリナはただ、自分に妻としての務めを強制せず、あくまで形だけの妻であることを許し

ただ表では貴族の夫婦らしく振舞っていける、そんな夫を求めていた。

しかし、先ほどメディフィス夫人から縁談を持ち込まれるまで、

あくまでカリナが貴族らしいと思っていた結婚観もまた、

現実から乖離したあやふやな雲を掴むようなものだったと思い知らされてしまった。

政略結婚は、家名の為の利益と打算とそして犠牲になったものの妥協の産物であり、

そこには当人の選択の意思などかけらも存在しないものだと―――

『私、結婚したくない―――』

夫人の家を逃げるようにして出て行ってから行く当ても無く、カリナはとぼとぼとノースブルの舗装された道を歩く。

愛馬がヒヒィンと嘶くのを夜の仕事終わりで疲れている娼婦達に聞こえないように宥めながら、

雲ひとつ無く晴れきった春の麗らかな空を見上げた。

『ここ最近ずっと田舎暮らしだったから気付いてなかったけど、

わたしって、恋みたいなこと、ひとつもしたことなかった・・・』

都会にいるから恋ができる、というわけではないのはカリナにもわかっている。

でも、世捨て人のように田舎の領地に隠遁していたカリナにとって、恋は、一度もすることもなかった。

王都に住んでいた頃、交友のあった子たちから

貴族社会は大人たちの汚い賭け事が横行しているところよ、とか

醜い闘争が激しく繰り返されている、と聞かされていた

それだけでも十分恐怖なのに、そこに政略結婚までもが追加されてしまっては、一体、どうなってしまうのだろう?

夫人は、カリナを助けたいといった。

でも・・・

『助けたいという夫人の考えている事が、わたしにはわからない・・・』

その時点でカリナは、誰も彼もが敵のように見えていた・・・


一方ギルバートも夫人邸から出てとぼとぼと町中を歩いていた。

「いきなり結婚しろ、だ?何を考えてるんだあの人は・・・」

早朝で誰もいないことをいいことに悪態をつく。ギルバートも政略結婚に関しては諦観していた。

新興貴族と呼ばれる部類であるギルバートの生家のフェルディゴール家は、なるべく強い血の繋がりを持つ縁故を必要とした。

特に、ギルバートの父方の祖母、フェルディゴール家の重鎮・クラディスが、そんな凝り固まった考えの持ち主だった。

公爵家出身の彼女は、フェルディゴールと比べるとはるかに格上の女性だった。

そんな彼女が屈辱的にも新興貴族のもとに嫁入りしなければいけなかった理由はただ一つ

クラディスの生家は財政難だったのだ。

そんな彼女は結婚したことによる身分の低さにはコンプレックスだったようだ。

彼女の一粒種であるリチャードが、よりにもよって妓女であったコンスタンスを

最愛の女性に選んだのも相当不味かったようである。

家督を継ぐギルバートの兄にもクラディスは、血筋の貴き身分の女性を婚約者として推薦し見事結婚までさせた。

つまりはフェルディゴールで誰もクラディスには逆らえなかったのである。

けれど、そんなクラディスも今から2年前にあれほど元気だったのに、あの世へぽっくりと逝ってしまった。

今はもう、血の濃さうんぬんかんぬんで文句を言われる必要は無い。なのに。

「どうしてまたハイライド侯爵と縁故なんて持ちたくなるんだ・・・!」

ギルバートは、自慢でなく昔から女に不自由した事は無かった。

街に繰り出しては適当に女性に手をつけたりする事が習慣化していたギルバートにとって、結婚ほど窮屈なものは無い。

何しろ、遊べなくなるのだ。

いや、結婚しても遊べる人は遊んでいるだろう。

でも・・・

「ハイライドってことは、どう考えても俺が婿養子だよな・・・?」

どちらかというと、ギルバートが操を立なければならない婚姻を結ぶことになる。

つまり、浮気をして別れ話になった時に

高い慰謝料を払って更には家を出て行かなければいけないのは、ギルバートのほうなのだ。

『なんだってこんな縁談が持ち上がったんだ?!』

怒りが次から次へとこみ上げてくる。しかし、ハタとギルバートは願ってもない事実に気付いてしまった。

ここはそういえば、娼館街ではなかったであろうか・・・?

『婚前最後の遊びだ!!』

頭の上がらない相手を奥様に迎える前に少しぐらいの遊びをしたって咎められるいわれは無い。

もう既に日が高くあがった頃だったが、

適当に女を漁る為、売春婦を求めてギルバートは急に元気になって歩き始めた。


その頃、カリナはそろそろ市が開く時間だったので路肩をとぼとぼと歩いていた。

道を馬に乗って走るには人にぶつかる恐れがあったので手綱を引いていた。

今、家に帰ったら、激しく母と口論するに違いない。

自分自身がいぬ間に勝手に結婚話をメディフィス夫人と進めていた事に対して。

箱入り娘で常識が通じない母と、カリナは今までにも何度か衝突していた。

どれもこれも、我の強い母に対して泣く泣くカリナが折れてなんとか治まっていたが、今回だけは多分折れられそうにも無い。

それだけ、カリナにとって事態は大きかった。

『・・・野にでも出て行って馬を駆って気分を落ち着かせてようかしら・・・』

―――そう思案していた為か、

カリナはその時まで目の前に大きな男の影が迫っていることに気付くのに遅れた。

男達が突然立ち止まったのでカリナはぶつかりそうになる寸前で立ち止まった。

「ようようお嬢さん、こんな朝早くから一人で何やってるのかい?」

「そこの馬、いい栗毛だねぇ。相当な駿馬だろう?羨ましいぜ」

げへへへ・・・と男達はニヤニヤと下卑た笑みを浮かべながらカリナに近付いてきた。

黒い影が突然前に立ちはだかる。カリナは不穏な空気を感じて男達を強くにらみつけた。

「・・・何の用ですか?」

「何の用って、だからその馬いい種類だろうっていってるだけだよ、なあ、お前?」

「そうだぜ、げへへへへ・・・」

気味の悪い笑みと底の知れぬ暗い目で相変わらずカリナの前を立ち塞がるようにしている。

どちらも横にも縦にも大きく毛むくじゃらで、そうそう女が相手に出来る人間ではない。

カリナは無視して強引にその男達を超えて通り過ぎようとするも、

急に肩をぐいと掴まれて向こうにいかせまいとさせられる。カリナは先ほどより更に語気を強めた。

「やめてください!此処を通しなさい!」

「・・・嬢ちゃん、結構強気?強気な女は嫌いじゃないぜ。しかも顔もかなり可愛いよな。」

「げへへ、この嬢ちゃんもしかしたら、むちゃくちゃ俺らの好み?」

これは上玉だぜげへへへへと意味の分からない言葉を呟き始めたので

カリナは気持ち悪さが全身を駆け巡るのと冷たい汗が背中に流れるのを感じる。

男達はかなり大きな体格で腰には何かを佩びているのか、

着古した汚いコートの上からも形がくっきりと浮かび上がっている。

そこでようやくカリナは男達にはめられた事に気付いた。

―――男達は最初からカリナ目当てにやってきたのだ、女を引っ掛ける目的か何かで。

よくないことが起きる予感が頭の中でぐるぐる駆け巡った。カリナは焦燥感に駆られる。

「早く通してください!私は家に帰りたいだけなんです!!」

「そんなこといわないで俺らと遊んでいかねえか?

此処は丁度そういう宿屋が揃ってるから、嬢ちゃんもきっと満足するぜ?」

「するわけないわ、ふざけた事言わないで!!!」

「・・・生意気だなあ。そういうところ、直した方がいいって今まで誰かに言われなかったのかい?」

「・・・あなた方とこれ以上話なんてしたくない。邪魔よ、どけなさい。」

高圧的にカリナが言ったせいか、

先ほどまでげへへへ、と下卑た笑みを浮かべていた男達の表情が一変していく。

みるみるうちに形相が怒りに向かっている事を感じたカリナは咄嗟に叫んだ。

「メルシー!前足を振り上げなさい!!!!!」

傍に控えている栗毛の駿馬に向かってカリナは命令する。

メルシーはすぐさま大きく上体を持ち上げて、足を振り上げた。

カリナは男達にまっすぐとそれがめり込むと確信していたのだが・・・

「ヒィイイイイイイィィィンンンン!!!」

馬の常には無い嘶きが辺りに響き渡る。

そしてドターンと派手な音と共に馬が地面に横向きに倒れていった。

「メルシー!?」

慌ててカリナはメルシーに駆け寄る。

するとメルシーの両足から夥しい出血が地面を赤く染め上げていた。

「・・・あ、あなたたち、メルシーを斬ったわね!?」

しきりにカリナに話しかけていた男の片割れが赤い血脂のついた長剣を掲げ持っている。

その男も相変わらずげへへと笑っているが、目だけが死んだ人間のように暗い。

罪人にはそんな目をしたものが多いと聞くが、

実際にそんな人間がいる事実を温室育ちのカリナは目の当たりにした事がなかった。

今更ながら、強い恐怖感に襲われる。だからといってこの現状が窮地に陥ったものだという事には変わりない。

「嬢ちゃんや・・・大人しく俺らの事を聞いてりゃ良かったものを・・・

この馬も傷つく事無かったんだぜ?」

「・・・そんなこといってもどうせ剣を振り翳したわよね?」

「そうでもねぇぜ?」

カリナに話しかけてきた男がイヒヒヒヒイヒヒヒと何が面白いのか腹を抱えている。

そして暗い眼をした片割れの男が、地面で傷ついたメルシーの横に座っているカリナの顎に、

明らかに今吸い込んだ血脂だけでない―――明らかに柄に巻かれた包帯の黒が、

変色してどす黒い――長剣をするりと滑り込ませた。

「嬢ちゃん、俺達の言う事大人しく聞いて着てくれりゃ、さすがにこれ以上の無体はするつもりねえぜ?」

カリナは刃物が頚動脈のすぐ傍、

一振りで首の骨すら断ち切られそうな長剣を顎の真下に添えられて微動だにできなかった。

彼らの誘いに応じなければ、薄皮一枚隔てた所にある長剣はすぐさまに上下してたちまちにカリナの細い首を断ち切るだろう。

『どうしよう・・・!!!!』

心の中でそうつぶやいたとき、思っても見なかった方向から見知らぬ若い男の声が響いた。

「おや・・・御嬢様、そちらで何をなさっておいでで?」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ