7
カリナの目の前の光景は、煌煌と爆発による炎上で燃え盛る堅牢な二ーゼット邸だった。
カリナの記憶が正しければ客間の辺りで爆発が起こったようで、
盛んにそこから煙と紅い焔が空中へと噴出していた。
火山の噴火を思わせるようなすさまじさだったが、火薬の香りがこれは人為的なものであり
明らかに混乱を招く意図と二ーゼット家への何らかの悪意が含まれていることを名実なものにさせていた。
既に馬車から下りたって炎の様子を見ていたテレーバーは呆然としていた。
「・・・なん、なんだ・・・?燃えている・・・?嘘だろう・・・?」
信じたくはないが目の前の光景を否定する材料はカリナにはなかった。
そうしてる間にも強固に固められているはずの外壁の煉瓦が、
ぼろぼろとささくれた皮を爪で掻いて落とすように剥がれていく。
この10年余りで二ーゼットが作り上げてきた構想を真正面から打ち砕くような有様だった。
カリナは衝撃を受けはしていたが、もしかしたらこれが好機に変わるかもしれないという期待も無意識にあったのか
冷静にテレーバーに尋ねていた。
「どうします?確たる原因はわからないけれど・・・どう見てもこれは作為的なもの。
二ーゼット家を脅かすような悪意を含むものでもある。
ここは早く逃げないとあなたが一番危ないでしょう?」
「あ、ああ・・・わかってます。ここから早く脱出しなければ何が起こるか分かったものではありませんね。」
青ざめた顔でテレーバーは頷き返したが、顔に惑ったような表情は見られない。
カリナが思っているほど我を失っているというわけではないようだった。
テレーバーは御者台で同じく呆然としている家令に向かって
「今すぐここから脱出する。一旦ノートニアの別荘に・・・
いや、あそこはここから近すぎるから似たようなことが起こらないとは限らない。
・・・ヒースランドの2番街の隠れ家に今から向かってくれ。」
と頼んだ。家令が頷き返して再び馬の背の手綱を握ったのを見てからテレーバーは再び馬車の中に乗り込んだ。
そして未だに降り立ったままのカリナに明らかな焦燥を含んだ声音で話しかけた。
「早く馬車に乗ってください。そこにいるだけでも危ないんですよ!?」
「・・・私はあなたとは行かないわ。ここで、お別れよ。」
決然としてカリナは言い放った。
一瞬、テレーバーは何を行っているのか分からないと言った困惑気な表情だったが
言葉の意味に気付いたようで、眉を顰めて低い声で聞き返した。
「・・・もしかして、あの従者を助けに中にまで行くつもりですか?」
「もしそうだったとして、それがいけないことなのかしら?」
強気なカリナの発言が気に食わなかったのか、本邸が崩壊するだけでなく、求婚したことによって
野望にまた一歩近づいた自身の計画にもヒビが入りかねない意志表示に怒ったのか
急にテレーバーは言葉に軽い怒気を滲ませた。
「あの中に行けば確実に無傷じゃすみませんよ?
さらに言えばここで私の手を離せば、あなたの経歴に汚点がつく。
二ーゼットの御曹司を振り回した揚句、求婚を断った、とね。」
振り回したのはあんたのほうじゃないのよ!とカリナは言いたくなったが
自分より地位が上のテレーバーの発言のほうがより社交界ではより重要視され信頼も高いと思われる。
そんな格差がある中でテレーバーが嘘の発言をしたとしてもそれは信用される。
たとえ、それがカリナを故意に貶めようとするものであっても。
しかし臆することなくカリナは毅然として言い放った。
「いくらでも言ってくれて構わないわ。それで私の心証が悪くなったって別に痛くもかゆくもないわ。
ここで私が逃げ出すことよりもずっと、ね。」
その態度を傲慢ととったのかテレーバーは鼻で嗤った。
「五公爵家のうちに喧嘩を売るとはいい度胸ですね。
そのうちそうといってられないことになりますよ。それでもいいんですか?」
「だから構わないと言ってるでしょう?それよりこの状況下から鑑みて
あなたのほうがよっぽどこれからにっちもさっちも言ってられないことになるでしょう?
そんなときに私ごときの小さな問題なんて誰も気になんてしないわ。というよりも、
あなたがそんなことに構っていられるような状態にはならないでしょうに。」
カリナは馬車の中を見上げて睨みつけた。
その視線を不快そうに受け止めたテレーバーは、正論を突かれたこともあって悔しげだった。
「・・・もうどうなっても私は知りませんよ。」
そう言ってテレーバーは馬車の扉を閉めた。それを見計らって家令が馬の鞭を振るった。
ガタゴトと音を立てて吊り橋のほうへ向かうのを見ることもなしにカリナはさっさと炎のあがる本邸に歩を進める。
近づくにつれて火の粉がちらちらと舞う量が増え、焦げ臭さも度を増してくる。
事態は思った以上に深刻だ。
この状況下でギルバートが無傷だとはカリナには思えなかった。
――時は遡ること朝食時のこと。
ギルバートは言うだけ言って去って行ったヘッドドレスを着けた使用人のよくわからない指示通り
もぐもぐと朝食を食べていた。
残さず食べろ、という指令が出ずとももちろんギルバートは全て平らげるつもりでいた。
何しろ拘束されて丸一日、食事どころか水一滴すら口にしていないのだ。
いや、尋問という名の拷問の最中に気を飛ばしかけた時に、気付けのためにぶっかけられた水を含めなければ、の話だったが。
そんな久しぶりの食事にありついている間も、
見周りで看守がチラチラと鉄格子越しにこちらを覗いてくるため迂闊なことはできなかったが、
どう考えてもギルバートには使用人がなんらかの意図を持ってこの食事を持ってきたとしか考えられなかった。
『こんなどこにでもあるような平凡な献立が暗号の役割を果たす訳はないし・・・
この消毒用のアルコールが、看守を撃退できるような劇薬とかいうわけもまさかないし・・・
第一あの使用人の立場は限りなく中立に近い敵方だ。
庇うような真似をしたら今度は自分の身が危うくなる。助けるはずないだろう・・・』
チャリチャリと拘束具として手枷についている鎖を鳴らしながらスプーンを動かす。
運ばれた食事は床に置かれているため、手を伸ばして器をもって食べなければならない。
そのとき鎖が邪魔でこうしてチャリチャリと音がなってしまうのだ。
ギルバートの不快が更に増す要因になっていた。
『くそっ』
自棄になって器の置いてある床すれすれに体を折って直接口付けて汁ものを掻きこむ。
手を使わなくてすむ分、床を這うかのように食事をする格好は動物の食餌姿を連想させるがこの際構っていられなかった。
時々その姿を見る看守が鼻で嗤うかのような仕草を見せたが無視する。
そうして大きめの器を飲み終えた後、ふと、違和感があることに気付いた。
『なんでこれの中に・・・もう一つ器が入ってるんだ?』
並々と汁が注がれていたから気付かなかったが飲み干した今、ぴっちりと大きな器にはまっている小さな器が
干上がった池の底から高価な宝石が見つかるような不思議さをもたらした。
ギルバートは行動の不審さを看守に見咎められないよう、皿を重ねるふりをして器をとりだした。
その器の下には一枚のメモ書きのような紙が敷いてあった。
【本日正午前後、本屋敷にて爆破クーデター予定あり。本件発生時、混乱に乗じ貴君の解放を行う。】
とんでもない予告だった。おそらくあの使用人もこのクーデタに関連する人物なのだろう。
まさかこのような企てを行っているとはギルバートには俄かに信じられなかった。
あくまで中立にほど近い公爵家側の、敵方の人間であるはずの使用人が、テロといってもいいような混乱を招こうとしている。
その意図もまたギルバートにはわからなかった。
しかし、この情報が漏れてはおそらく自分の助かるチャンスも同時に潰えてしまう。
それだけは確かだったのでギルバートは慎重にそのメモ書きを細かく切り裂いて、部屋の隅にあるし尿を集める
トイレ壷に捨てる。
そして何事もなかったかのように皿を重ねて、トレイを鉄格子の前に差し出しておいた。
今まで絶望的な観測しか想像できなかったギルバートにとって、最後の最後にもたらされた僥倖のように思えていた。
まるで一縷の光が、差し込んできたようだった。
――そしてそれから、予告通りに爆発が起きた。
薄暗闇の地下牢では時間なんてさっぱりわからなかったが、丁度おなかが再び空き始めたころ合いだったので、
ギルバートは昼時丁度だなと感じた。人間の生理現象につくづく感謝した瞬間だった。
ゴオオオンという地震のときのような地響きにも似た音が階上で鳴っている。
パラパラと天井から衝撃で砂や小石が降ってくる。
ギルバートはよけるすべは何もないのでそのまま被る。思いがけず口の中にまでそれは入ってきた。
「ぺっ・・・このままいたらここも崩壊か?」
それよりも入口が塞がれるほうが早いような気もしていた。
爆破は階上で起こっているのだから、一番被害が多いのも階上だ。
そして地下への入口はもちろん階上だ。崩壊したら塞がれる可能性は特段に高い。
生き埋めになるのと、脱出できずに飢餓状態になるのとどっちがマシか・・・と考え始めたころ。
バタバタと走る音がギルバートに聞こえた。それは一つだけでなくいくつも連なっている。
そして「ああああああああ!!!」だの「くそおおおおおおおお!」だの、悲鳴のような叫びのような声が混じっている。
おそらくギルバートが考えていた生き埋めor飢餓状態の可能性を看守たちも思いついたらしい。
重い軍靴が床に当たる音が次第に遠ざかっていく。
ということは。
「・・・結局あいつらは俺のことを解放もせずに逃げやがった、っていうことか・・・」
自分の身にも降り注ぎかねない危機を前にして我先にと逃げ出す気持ちはわからなくはなかったが
せめて自分の存在も思い出してほしかったものだとギルバートはひとりごちた。
これで、助かる方法がまたなくなった。
いや、また爆破が起こってそのときの衝撃でこの牢屋が崩壊して鉄格子が取れるということもなくはないが
そのときの崩壊にギルバート自身が巻き込まれないわけがない。
今度こそどう考えても万策尽きていた。
ギルバートは鎖につなぎとめられた両手を頭の後ろに回して壁に背をつけた。
上を見上げてもそこは光の差すことのない薄暗闇がぼんやりと広がっているだけで、なんの慰めにもならない。
「・・・このまま、死ぬのか・・・?」
幾度となく脳裏に過っていた言葉だが、口に出したのはこのときが初めてだった。
よく、言葉には言霊が宿るという。
ギルバートはそれを正直に信じているわけではないけれど、
口に出すのと出さないのとでそのあとの気分が全く違うことはわかっていた。
もう、助からないかもしれない。
正真正銘の絶望がギルバートの身の内を苛み始めていた。
――そしてまた頃合いを見計らったように爆発が起こった。今度はさきほどのものと比較にならないほどの大きさで
地下にまでその揺れは伝わってきた。降り注ぐ天井からの落下物は、砂ではなく小石そのものだった。
ギルバートは身を庇う術がなくまたしてもそれを浴びる。
頬に特に大きな石があたったためか痛みを感じる。多分、内出血が起こって青じんでいるだろう。
もしもこのまま爆破がエスカレートして更に大きな衝撃がこの地下牢を襲えば
最悪の事態も十分にあり得る展開になってきた。
ギルバートは
『生き埋め6割、飢餓4割っていう勝算か?』
と思った。どっちにしても避けたいのは今でも十分変わりないが、最早助かる望みは折れている。
あとは、どちらのほうがより楽になれるのか。
それだけがギルバートの気がかりになっていた。
そのときだった。
既に看守が危険を察知して逃げ出してからギルバート以外に人っ子一人いないはずの地下に、人の歩く音がする。
淀みない歩みでこちらへ近づいてくる。
軍靴ではないらしく歩調は軽やかで、なおかつ極力足音を絞る歩き方だったので、
ギルバートは恐らく身のこなしの早い人間―恐らくは何らかの訓練を受けた人間―だと想像した。
『・・・御曹司の最後の秘蔵っ子でもやってきたのか・・・?』
もし、テレーバーの刺客だったらさっさと殺してくれればいいとギルバートは願った。
それのほうが多分、生き埋めで窒息するよりも、飢餓で体中の機能が失われていくよりも、
ずっと苦しむ時間は短くて済む。
最後の最後に、ギルバートの願いをかなえてくれる人間を神は遣わしたようなタイミングのよさだった。
その人物が最後の角を曲がり、こちらへ向かってきた。
そして牢屋の奥で壁に背を付けて座るギルバートを見据えて言った。
「遅れてしまって本当にごめんなさいね。今ここを開けるから。」
ギルバートは聞き覚えのある声だったので、俯いていた顔を上げる。
そこには――ヘッドドレスのおばちゃんの相方である、
フリっフリのエプロンを着つけた噂大好きおばちゃん使用人が立っていた。
「・・・どうして、ここへ・・・?」
「話すと長くなるから、まずは鍵を開けさせてちょうだい。」
そう言っておばちゃんはジャラジャラと大量の鍵の付いた束を取り出して即座にギルバートの牢屋に合う鍵を見つけて開錠する。
あれほど切望していた解放が呆気なく終わる。
更におばちゃんはギルバートの手首と足首を拘束していた枷にも鍵を差し入れて取り外す。
割に動きまわったお陰でギルバートの手首と足首の皮は痛々しくめくれあがって今にも化膿しそうになっていた。
おばちゃんはそれを見て心底申し訳なさそうに言った。
「ごめんなさい、ここまでなっているとは思っていなくて・・・」
「それよりどうしてここに?あなたは俺なんかにかまっている暇なんてないはずじゃ・・・?」
「いえ、最初からあなたを助ける準備はしてたのよ。ただ身動きがなかなかとれなくて・・・」
おばちゃんはへたりこんでいるギルバートの脇に手を差し入れて立ち上がらせた。
おばちゃんとギルバートの身長差は頭一個分は余裕であるというのに、その体格差も跳ね除けている。
すごい怪力だ・・・とギルバートは感心する。
おばちゃんはギルバートの腕を自身の肩に回させて、一歩一歩踏みしめるようにして牢屋の外に連れ出した。
「私は・・・いえ、私達は公爵家に長年使えてきた使用人であるとともに、
第二王子殿下の配下で動く諜報員よ。」
「そ、それって・・・」
王家の人間が私的に諜報員を雇っているという噂は長年王宮を席巻している。
基本的に王家の人間は自身の警護のために専属の近衛兵がつけられており、その中に諜報員も含まれているので
一見して私兵や私的な諜報員を雇う必要はないように思える。
しかしその近衛兵はあくまで武官や文官たちの政治的意図の絡んだ人選だ。
思うままに王家の人間が彼らを扱える訳では決してない。
ならば王家の人間が欲する者とは、私的な兵隊や諜報員だろう。
しかし、貴族たちに一定数以上の私兵を雇うことを禁じている以上、王族が自らそれらを雇ってしまえば
信用を多大に損ねかねない。だからあくまでこれは‘噂'でしかなかった。
ジェイド王子に重用されているギルバートですらその存在は知りえなかった。
しかし、実際には『いた』ということが今ここで明らかになってしまった。
「ええ。私達の存在は多分あってはならないもの。
でも仕方ないじゃない、敵が多いからそれだけ王族の方たちは保身に苦心してらっしゃるんだもの。」
あっけらかんとした言いようだった。
自分の立場を正当化するわけではないが、けれどなくてはならないものだ、と。
「じゃあ、今回俺を助けてくれたのは・・・?」
「もちろん第二王子殿下から依頼があったからよ。
あなたとあなたのご主人の方に万一何かがあったときは万難を排して助けるように、と。」
「でも、ここまで最悪な事態になるまでどうして動けなかったんですか!?」
若干語気を荒くしてギルバートは責めた。相手方の事情もあって筋違いかもしれなかったが
それでも、ギルバートに対して公爵家側の人間だということをアピールするような
まどろっこしい真似をする必要はなかったはずだ。
鋭い指摘におばちゃんは少し消沈した様子で言った。
「それに関しては本当に申し訳なかったと思ってるわ。
ただ・・・ここに潜入してからもう10年以上になるんだけど、
どうやら若様が私達のことを探っている素振りがあって迂闊に動けなかったのよ。
一番初めにあなたと接触したときも最低限の注意しかできなかった。
諜報員は自身の身辺を探られるのは失敗と同義なのよ。
もしそれがきっかけで、自分以外の他の者を盾に取られたら私達は動けなくなる。
だからこんなにも遅くなってしまって・・・本当にごめんなさい。」
心底後悔している声音だった。ギルバートは責める気を削がれて
「いえ・・・あなたたちを責めてるわけじゃないです。こうなったのは俺自身の行動にも誤りがあった・・・」
と返答した。
そうして話している間、二人は階段を上りきって厨房横に出ていた。
どうやら厨房近辺は爆発の影響はそんなに出ていないようで、部屋が倒壊しているなどの惨状にまでは至っていなかった。
しかしおばちゃんは神妙な顔で言った。
「他にも爆弾は仕掛けてあるのよ。それがいつ爆発するかはちょっと私にもわからなくて。」
「そ、そんなにアバウトでいいんですか?」
思わずギルバートはつっこみ返すがおばちゃんは真剣な顔をして
「仕方ないじゃない。身動きがなかなかとれないから爆弾の生成も若干集中できなくてね。
本当はこんな危ないことしたくなかったんだけど、時間がなかったのよ・・・」
「どういう意味ですか?」
時間がないとはなんなのか、と思ったギルバートに予期せぬ事実が突き付けられた。
「あなたのご主人がね、うちの若様に求婚されたのよ。このままだったら若様の考える‘混乱’の計画が
加速度的に進んでしまう。私達はそれをなんとしてでも避ける必要があった。
だから、この家を壊して、私達は一旦遁走して、若様にも‘混乱’を吹っ掛ける必要があった。
ギリギリの選択だったのよ。」
ギルバートはおばちゃんの最初の一言ですでに脳の回転が止まっていた。
カリナが求婚された・・・?
「姫が求婚された・・・?それって・・・本当ですか・・・!?」
急に青ざめて異常なほどに切羽詰まった顔をしたギルバートを見ておばちゃんはぎょっとした。
「え、ええ。あなたを盾に取られてご主人、仕方なかったみたいよ。
今、確か若様と一緒に馬車に乗ってうちへ帰ってきた頃合いだと思うわ。
若様に下手に逃走されてどこかに駆け込まないように
爆破でこの敷地内からは出られないようにしたから、連れ去られてるっていうことはないでしょうけど・・・」
しかしこの混乱に乗じてカリナが御曹司に何をされているかまでは保証できない、といったおばちゃんの顔だった。
それはもしかしたら、
拒絶するカリナの意志を無視して無体をはたらかされているかもしれない。
ギルバートは最悪の想像に不快感が一気に上昇し、歯を食いしばり、手を握りしめた。
「姫は今・・・庭にいるんですね?」
「多分そうだと思うわ。足踏みするしかないと思うもの。」
そのひとことを聞くか聞かないかでギルバートは渾身の力を振り絞って走り出した。
おばちゃんは目を瞠った。
「あなた!!!その怪我でどうするつもりなのよ!!!」
その声はギルバートに届いていた。けれど、
答えることなく振り切って駈け出していた。