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政略結婚のススメ  作者: プラスティック
引き裂かれた二人
26/76

「二ーゼットが、反王家派の急先鋒だとはまさか私も思っていなかった・・・

でも思い当たる節があるわね。

二ーゼット領は大戦が終わってからここ十数年ほどで急速に製鉄技術が飛躍的に向上した。

衛生面の整備も急ピッチで進み、この城は要塞化した。

そして今この家を取り囲む殆ど無口の傭兵軍団・・・あなた、戦争が狙いね?」

よくできましたといわんばかりにテレーバーは頷いた。

「ご明察です。」

カリナは自分の打ち立てた仮説をテレーバーに告げた。

「あなたは戦争を狙っているけれど、本当の狙いはそこじゃない。

戦争で生まれる副産物があなたの真の目的でしょう?」

「どういう意味ですか、それは?」

興味深げな顔をしてテレーバーはこちらを見た。

「あなたは反王家派として『和国』を排除する姿勢をとりながら一方で『和国』と手を組んでいる。

戦禍で生まれる莫大な金銭を手に入れるために。」

「あなたの考えていることは突飛出ていますね。どうしてそのようなことをお考えに?」

「一つ。製鉄技術が向上したのは・・・武器の生産をしているから。

確かにここは工業化が進んでいるわ・・・けれど農業が廃れていない。

一般人を製鉄に雇用するほどまでには至っていないという証拠よ。

そして一般人が未だ雇用されずにいる理由は、一般人には見せられないものを作っているから。

そうとなると武器としか考えられない。

そして、武器を作るにはそれを作る型がいる。

けれどもその型を作る工程をこの10年ほどの短期間で確立したとは考えにくいわ。

・・・ならば、うちの国よりもよほど工業化が進んでいる『和国』の技術を輸入していると考えたほうが早い。

だって、ここの鉱山が国境なんですもの。これだけ近いなら十分可能なこと。」

「他には?」

「二つ。衛生面の整備が進んだのはどうかんがえても戦争による環境悪化を最小限に食い止める措置としか思えない。

戦争が始まれば必ず疫病が流行るわ。

お金が集中的に戦争に使われるから他には回りにくくなるもの。

その煽りを一番に食らうのは民衆よ。

あなたはそれを避けるためにこの領内の整備に努めたのよ。

要塞に仕立て上げた屋敷で自分自身が籠城するためにも、ね。」

そしてあなたの家にいる傭兵集団。

殆ど声を発しないし、仮面をかぶったりして顔を見なかったけれど・・・

あれはこの国の人間じゃないでしょう?

・・・あなたは兵力をも『和国』から輸入しようとしている。あなたはいったい何をするつもり?

『和国』の血を嫌って現女王に反発する反王家派でありながら、一方で『和国』と結託するなんて・・・

矛盾にもほどがないかしら?」

全てカリナが言い終えたあと、テレーバーはくっくっくと喉を鳴らすようにして笑った。

不気味でカリナの今までの意気をも削ぐような笑い方だった。

「な、なによ・・・」

「あなたはわかっていない。人は誰もが単純には生きられない生き物なんですよ。

何か一つに友愛を向けることは、すなわち執着をしていることと同義。

他にもおべっかしながらではないと、人間関係は円滑にはいきません。

国家間の関係性もそれとまったくもって同じですよ。」

「だからといって・・・あなたの身をも危うくさせるようなことをしているのじゃなくって?」

「いえ・・・あくまでも表面上の協力関係です。お互いにいざとなった時の身の振り方はよくわかっている。

自分の身を簡単に貶めるような愚かな真似はしませんよ。」

その例えを用いた説明は至極シンプルだった。

けれどもここまで綱渡りな状態を笑顔で楽しめるテレーバーの心境をカリナは理解できなかった。

「わからない・・・私はわからないわ。

そんなにもあなたはお金がほしいの?それとも名誉?生涯の地位の安定?

どれもあなたには手の中にあるものばかりじゃない。今さらそれをほしがるとは思えない・・・

いったい何がしたいの?!」

叫ぶような声音で尋ねる。

カリナのそんな様子を見てテレーバーは目を眇めた。

自分とは異なる生き物が目の前で吠えているのを見つめているような、奇妙なまでの関心が宿った目だった。

「何かがしたいわけじゃないんですよ、ハイライド侯爵。ただ、この状況を変えたいだけなんです。

長すぎる平和は怠惰と冗漫を招く。

考えてみてください。

文明の発達はいつも戦争と共にあります。

人は生き残りをかけて己の持つ能力を最大限に発揮して、より敵より優れた新たな武器や防備を開発する。

その時に生み出された開発ノウハウは他分野に於いても応用が利きますし、

更には武器のようなものの大量生産は雇用の拡大や内需の発達を促します。

しかし、平和は国が次の段階へ移る時の阻害にしかならない。

長すぎる春は、次の春の訪れを遅くするだけのものに他ならない。そういうことです。」

極論といっても差し支えのない発言である。

爵位をもつものは人民の指導者たる資格を持つことを意味する。

テレーバーはその次期後継者であり、本来なら人民の安寧の確保を最優先にしなければならない。

しかしこの発言はそれを蔑ろにするものである。

この言動がもし王にでも知られれば、即刻廃嫡の詮議にかけられても文句は言えない。

「・・・だからといって、やっていいことと悪いことがあるじゃない・・・!」

「しかし、ハイライド侯爵。私は何も不用意に戦禍に巻き込んで民を傷つけたいわけではありません。

現にこの街を高度に要塞化しているじゃないですか。」

「あくまで自分の領だけを守ろうってことでしょう?

他の領地の人々を蔑ろにしてもいいって言ってるようなもんじゃない。性根が悪すぎるわ。」

カリナは言葉を吐き捨てた。

ありったけの侮蔑を言葉に込めたつもりだったが、テレーバーは特に意に解していないらしく

不気味に口の端を緩めた。

「私は蔑ろにしているわけじゃありませんよ。私の味方につけばお守りするということです。

だからハイライド侯爵、あなたは私の妻となるべきだと言ったじゃないですか?

私の妻となれば今後戦禍にもまれようと私はあなたを命懸けで守って見せましょう。

無防備なあなたがこのままの状況で居続ければ、いずれ近い未来にあなたは戦争の道具として使われる。

もしくは、戦争のために死ぬことにだってなるでしょう。

いくら特権階級に与しないあなたとはいえ、戦争に巻き込まれるぐらいなら貴族としての立場を使って逃れる道を選ぶでしょう?」

柔らかい声音で告げられた主張は、かなり回りくどい言い方だった。

一見、カリナを保護する目的で結婚を申し出ているような言い分だった。

しかし、ようやくカリナは自分を妻にしたいと言ったテレーバーの本音がわかったような気がした。

「・・・あなたも、狙っているのでしょう?『国王』の座を。」

低く呟いたカリナの声に反応したのかしていないのか彼女自身ではわからなかったが、

一瞬だけ鋭く光ったテレーバーの視線と目があっていた。

「どうしてそのようなことをお思いに?」

「私と結婚して子供が生まれれば・・・子供のいない王子たちを差し置いてその子どもの王位継承権が主張できるもの。

あなたはそれを狙って王子たちを廃することも視野に入れてるんでしょう?

よく考えれば、うちの兄につくより私を手中に入れたほうがことは簡単だもの。

ただうちの母があなたに簡単に私に手を出してほしいといったことと兄への執着ぶりを考えると

私があなたと結婚することは些細なことだと母は考えてるだろうから

多分あなたと私が結婚しても望みは薄そうね。」

「・・・そこまで読まれてますか。」

降参のポーズをテレーバーはとった。

「恐らくニムレッド様はそう思ってらっしゃるんでしょう。

あくまで最大の駒はクラウス様であなたは二の次。

どの五公爵家の人間よりもはるかに王位継承の順位が高いあなたですらニムレッド様は

期待をかけておられない。

私があなたを手に入れて、その子どもに王位継承権を与えようと考えていることをご存じになっても

ニムレッド様は気にもされなかった。

もちろん、クラウス様がもし王位を簒奪する衝突に加わる時に戦争が起こったとしても

ニムレッド様は・・・それくらいが丁度いいと仰る。

正直私には、あなたのお母様がわからない。」

「多分あの人のおなかから生まれてるはずの私もわからないんだもの。あなたが知らなくても当然でしょう。」

カリナは突き放すようにそう言った。

するとテレーバーはにやりと笑ってカリナの下に近付いてきた。

「しかし・・・あなたを手に入れてもいいというニムレッド様のお許しには私も同意です。

あなたをお守りするために・・・結婚していただけませんか?」

そう言ってテレーバーはカリナの手を取って自身は床に膝をついて許しを乞うかのように口元に持って行った。

とたん、カリナは背筋に硬いうろこをもつ蛇が這うようにがぞわぞわっと悪寒が走ったのを感じた。

ギルバートにもずいぶん前、結婚式の時だかに同じようなことをされた。

そのときは奇矯な結婚に好奇心があったためか不快感はなく、むしろ共犯めいた密約の成立のようで

心くすぐられるものがあった。

けれども今、テレーバーに同じことをされて

不快で、堪らなかった。

「や、やめてください!」

「でもあなたは今婚約者がおられないでしょう?

あの従者という恋人がいらっしゃるかもしれないが・・・到底彼とはご結婚できる望みはないでしょう?

ましてや私は次期公爵です。わたしのほうが圧倒的に不足はないはず。

どこにお断りになるご理由があるんです?」

「そ、それは・・・」

ギルバートという伴侶が既にいる。

しかしこのことを告げればギルバートを拘束しているテレーバーにさらなる駒を手に握らせることにもつながりかねない。

カリナは一瞬ためらってから、目を伏せて吐息のような声を出した。

「・・・今、恋人もいません。」

「そうですか。それならなお良かった。ならば前から言っていた通りあなたの従者を解放して差し上げましょう。

これで私はあなたを無理やり連れ去る男にならずに済みました。」


カリナが求婚を受け入れるような姿勢を見せてから、テレーバーは目に見えて上機嫌になって

「これなら早速首都の我が両親にもこの吉報を申し上げねばなりませんね。」

といって、別室に待機させていた家令を呼び寄せ、馬車を出す旨を伝えた。

結局観光することなく本邸に戻ることになった。

馬車にゆられている間も盛んにテレーバーはカリナに笑顔で話しかけてきて

「これからが楽しみですね」

だとか

「婚礼はどんな風になるんでしょう、なにか御希望とかありますか?

今のうちにいっぱいいってくださるとありがたい。何せ男の私には何もわからないもんだから。」

などと言ってきた。

カリナは複雑になっていく問題の絡み具合と、

ニムレッドがいったいカリナをどうしたいのか、ということで頭がいっぱいになっていたので

「お任せしますわ。ご自由にどうぞ。」

と適当に返事をしておくほどに上の空だった。

ガタゴトと馬車が規則的に揺れ出し、舗装された道を走りだした。

もうすぐこの馬車は本邸に着く。

そしてそのとき、カリナの運命は決まる。

『不自由な足でどこまでできるかわからないけれど・・・』

ギルバートを解放する、ととうとう言ってくれはしたが、

昨夜見たギルバートの様子では憔悴が激しすぎて、一人ではきっと道半ばで倒れるに決まっている。

しかしここには応援がいない。

ならばカリナがなんとかしなければならない。

『けれどどうやって彼を首都まで連れて行ってあげられるだろう・・・

私はこれから本邸に閉じ込められるわ・・・堀と高い塀に囲まれたここで身動きなんて到底とれない。

どうすればいいの・・・!?』

青ざめたカリナの額に脂汗が浮き上がる。事態は好転したようにはカリナにはいささかも思えなかった。

―馬車がゆるりゆるりと坂をのぼり、小高い丘の上にある本邸の堀にかかる桟橋を渡り切ってしばらくした頃。

突然馬車が庭のど真ん中で動きを止めた。

テレーバーは自身の背後にある御者台に言を伝えるための小窓を開けて

御者を務めている家令にいぶかしんだ声音で尋ねた。

「何があった?脱輪か障害物か?」

「わ、若君・・・」

家令が動揺を声ににじませて返答した。

何度かカリナも応対していたが、この家令の感情が言葉にまで表れるシーンは一度もなかった。

テレーバーもそれを如実に感じとったのか、声を鋭くした。

「外に出るぞ。」

そういって馬車の扉を開けて颯爽と降りて行った。普通貴族は使用人に扉を開けられてから降りるものだが

テレーバーはどうやら行動派らしい。

カリナは意外な面を見たような気がした。

しかし、言葉もなく立ちつくすテレーバーをみとってカリナはこの異様な事態にようやく気付いた。

「どうしたんですか、何かあったんですか・・・?」

カリナもまたその状況をみるために自力で馬車を降りようとした。

しかし、そのときゴォオオン!という地割れのような爆発音が鳴り響いた。

「な、なに?!」

とっさに身を屈めるが、どうやら爆発地点からは距離があるようでカリナには直接の影響はなかった。

しかし、馬車を降りて眼前に広がっていた光景は・・・

―二ーゼットの堅牢な本邸が爆発によって煌煌と燃え上っているものだった。

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