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政略結婚のススメ  作者: プラスティック
引き裂かれた二人
21/76

一方そのころ、カリナが窮地に陥いるほんの少し前。

ギルバートは人気のない廊下にある部屋のドアを一つ一つ針金で開錠していた。

どの鍵も古いもので、スプリングの構造が単一だ。

もし錠前のプロに狙われでもしたらあっという間に侵入されるレベルのものである。

『貴族の屋敷がこんな調子でいいのか・・・?』

外の警備態勢が十分なのはいいとしても、内部が手薄すぎる。鍵がこうなら中の警備を手厚くするのが普通だ。

他の貴族たちを観光客として受け入れている手前、あってはならないことだ。

そう、あってはならない、異常な状態。

ようやくギルバートは身震いするような想像に襲われた。

『・・・社交シーズンで主人のいない本宅に使用人が配置されていないことはままある。

主人が大勢引き連れていくからだ。

この家の場合も、そう、公爵夫妻は首都の別邸のほうに滞在しているから使用人が減っている。

しかしこの家の現状であてはまらない部分がある。

外の警備の手厚さ、だ。

確かに観光客に開放している分警備が手薄だと泥棒に侵入されたりなどしたときに対処ができない。

けれど、窃盗団が好みそうな貴金属類は大概が別邸のほうに移動させられているはずだ。

だからここにあるものは公爵家にとって価値のあるものであって、

他の者にとってそれと同等の価値が見出せるもの、とはいいにくいものがあるはずだ。

そしてそういうものに対する警備は中で行うのが普通だ。

絵だとか彫刻だとかで、そう簡単には移動させられないものばかりだろうから。

そしてそういうときに置かれる警備は門番ではなく、部屋の見張り番として。それがいない。

更に付け加えるなら、後継者がが本宅にいながら中の使用人が減っている。つまりそれらが何を指すか・・・』

カリナがどうしてそれを思いつかなかったのか不思議でならない。何せ、あれだけ機転が利く、カリナが・・・

『外の警備にあたっているものは恐らく、

テレーバーが使用人の代わりに用心に引き連れてきた者たちだ。

使用人を減らせて外の警備を増やす。つまりはここを要塞のように抜け出せない牢獄に仕立て上げられている。

最初から俺たちは誘い込まれて嵌められた・・・』

全ては相手の手の内だったのだろう。

ここで何をしているかも知られているはずだ。つまり自分たちの正体も――

もしかすればギルバートとカリナを繋ぐ『接点』はバレていないかもしれないが――

相手には筒抜けで身分を隠す必要はなかったのだ。

ギルバートは嫌な想像を巡らせてからふと、偶然入ったその部屋の壁に見入った。

一人の女性の小さな絵が額の中に入れられて、壁際のチェストの上に置かれていた。

先ほどからいくつかいろんな部屋に入っていたが、風景画だとか歴代公爵の大きな絵ばかりが飾られていて

女性がただ一人だけで描かれているものはほとんどなかった。

夜目の利くギルバートでも、その絵が見えにくかったので部屋のわきにあった蝋燭立の一本にマッチを擦って火を付けた。

ぽうっと部屋の中がほのかに見渡せるぐらいの明るさになった。白い塗り壁が異様に眼に痛い。

その中でも勿論絵の女性の顔がはっきりと目に焼きついた。

―――果たして、その絵の女性は、普段から見慣れた人のものだった。

「カリナ姫・・・・・・!?」


「・・・あなたに彼は相応しくない。あなたは私の妻となったほうがいい。

・・・いや、妻になれ。今すぐに。」

カリナは痛いほどに手を掴まれながら、ぼうっと気が遠くなるような思いを味わっていた。

『何を言ってるのこの人・・・?』

気でも違っているのだろうか。横暴にもほどがあるだろう、初対面の女に対して。

そんな風に色々と言葉は思いつくけれど口から出ない。

完璧にアウェーのこの空間でカリナの味方するものは―ギルバートがいればまた違ったのかもしれないが―

今、誰一人としていなかったからかもしれなかった。

未だ手首を掴んだままのテレーバーは、先ほどまでクチャクチャと自分本位なことを喋り続けていた雑談の時とは違う、

真剣な表情を浮かべ、どこか狂気を秘めた視線をカリナにくべながら口を開いた。

「あなたが彼と想い合っているという事実をこの目で見ることはできなかったが・・・

それでもあなたと彼とは家格が違いすぎるのではないでしょうか、

ハイライド侯爵。」

不思議とカリナは本名を言われても動じなかった。それはすでに計画が破綻していたからかもしれない。

カリナは取り乱すことなく冷静な口調でテレーバーの問いかけに応じた。

「・・・どうやらその口ぶりだと、彼のことも存じてらっしゃるようですね。」

「ええ・・・新興貴族のフェルディゴール伯爵家出身の軍人だと。

彼がなぜか第二王子に気に入られていて、その上であなたにつけてきたのだということは

表面的にしか知りえない私にはわかりえないことかもしれませんが・・・

どうやら王子はあなたとあの軍人を近づけたいようですね。」

というよりもすでにくっついているのだからこれ以上近づけようもないだろう、といいたくなったが

相手が知らない情報――二人が結婚をしているという事実――をみすみすこれ以上与えるヘマはしてはならない。

すでに色々なことが漏れているようだから、余計に。

「・・・それよりもこの手を離してください。早く。」

あからさまに不満そうな表情を浮かべながら文句を言うと、あっさりとテレーバーは手を離した。

カリナは触れられたところが腐りそうな気さえして、しばらくそこに触れる気がしなかった。

そんな反応をされてもなおテレーバーは一向に傍を離れる気はないらしく、カリナを見下ろしたままである。

「誰から私たちがここへ来ることをお知りになったんです?

・・・やはり、うちの母経由ですか?」

「よくわかっていらっしゃる。」

狡猾な公爵家の御曹司はほほ笑んだ。腹に一物抱えているとはまるで思わせない好青年ぶりだ。

多分これが素の表情なのだろう。さきほどまでの馬鹿な御曹司はただのフリだったのだ。

まんまと一杯食わされたカリナは苦々しい思いで胸が詰まった。

「やはりあなたがたとうちの母は繋がってるんですね。

それを調べに来たというのにあなたが種明かしをするなんて、私たちを徒労に終わらせてそちらになんの得が御有りなんです?」

カリナは精一杯に皮肉っぽく口をゆがめて苦言を呈するも相手の方は一枚上手であるようだった。

「本来貴族というものはどこでどういうパイプとつながっているかわからないものでしょう?

特に新参者のあなたがそれを把握するのは土台無理という話でしょう。

それに私たちに得という得もありませんが、あなたの目論見は色々とこちらに差し支えのあるものでね。」

「・・・まさか、そういうことをあなたに言われるとは思いませんでしたわ。」

カリナは思わずため息をついた。テレーバーは何が不満なのかといった表情で続ける。

「そんなに取り越し苦労が嫌ならば、あなたはあなたで、何か知りたいことがあれば私に聞けばよかったんです。

あんな風に軍人を連れてきてこそこそと調べ回るよりかよっぽどそっちのほうがお互いに傷も少なくて済む。」

軍人呼ばわりする口調からよっぽど軍関係者が苦手なようだ。

貴族というのはえてして自分とは相いれない存在はとことん忌み嫌う。

軍と貴族はその最たるものだろう。

国政を牛耳るものをトップに据えて国益を第一に特権階級者への妨害もやむなしという姿勢が気に入らないらしい。

カリナはギルバート支持の意志も込めて皮肉げに反論した。

「そんなことをすれば・・・・あなたに見返りとして何を奪われるかわかったものではないでしょう?」

そう言った途端、その言葉が利きたかったといわんばかりの好奇心を秘めた目をテレーバーはカリナに向けた。

カリナはその視線を受けてある考えに至って―――身がすくむ思いをした。

カリナは思わず彼の腕を掴んで揺さぶった。

「まさか・・・あなた・・・!」

「そのまさかですよ。だからあなたは私の妻になるべきだ。

あなたのお母様からもあなたを手に入れていいというお許しを得ています。

5公爵家の一つである我がニーゼット公爵家と、

王族という特権のため名誉侯爵としての地位を与えられているハイライド侯爵家・・・

この二つの当主が結ばれたとなれば・・・この国の社交界でもさぞ話題になるでしょう。」

「・・・あなた、ギルバートになにをしたの!?今彼はどこにいるの!?」

「彼の名前は、ギルバートというのですね。

そして、名を呼び合う仲でもある、と・・・」

カリナは思わず戸惑いに出てしまったことを言質にとられる。

テレーバーは混乱の渦の中にあるカリナの心中を察してほほ笑んだ。

・・・カリナにはその笑顔が

これから自身とギルバート二人を引き裂かんとする、煉獄を支配する悪魔にすら見えた。

「彼はうちの地下牢にいますよ。先ほど使用人に見つかって。

さっき、ワインを入れてくれた家令が報告してくれたんですよ。

勝手に人の家の鍵が閉められている部屋に不法に侵入しては泥棒も同然。

たとえあなたの命令であってもこれは許され難い事実ですよ。聡明なあなたならおわかりでしょう?」

テレーバーの言うことはわかった。

いくらカリナが『自分の命令したことだから彼を開放して』

と懇願したところでテレーバーは承知しない。

だから、彼の身を開放するすべはひとつしかないと言っているのだ。

「私があなたのものになれば彼を自由にすると、あなたはそう言っているのね?」

そもそもギルバートは軍人だ。

将軍直属の精鋭たちが所属する情報部員を無事勤め上げた後に昇格し、

異動した警備部では同輩たちの中でも出世頭であるといわれている。

この平和な国の軍隊の中で生死が最も危ういといわれている情報部員として

いくつもの死地を掻い潜ってきた、将来を嘱望されている軍人であるギルバートがそう易々と捕まえられるわけがない。

この男の言を信じ、いくつかの状況を鑑みて

―――ひとつの答えが出た。

「あなた・・・傭兵を雇っているのね。だからあんなに外の警備が厚かった。

うちの国の法規として一貴族家が王に無断で私兵を雇って師団を編成してはいけないと規定されている。

けれど・・・この規模ならそれを犯しているでしょう?」

「知ってはいますが、それを守っていない貴族などいくらでもいる。

あなた自身は潔白であるかもしれないが、あなたのお母様だって似たようなことやってらっしゃるだろう?」

痛い点を突かれた。

貴族としてのプライドの高い母は特権を振りかざして平気で様々なことを犯している。それはカリナにとって非常に頭の痛いことだった。

「彼は今取り調べられてるんじゃないかな。でもなかなかにタフだと聞いています。

ざっと彼の経歴を調べさせましたが、過去に情報部に属していたそうですね・・・

なるほど、彼は軍人の中でも精鋭中の精鋭のようですね。

どうりで一筋縄ではいかない。」

取り調べという言葉を聞いてカリナは息を呑んだ。

すでにギルバートは囚われていて、更には拷問をされている可能性がある。思わず泣きたくなるような恐怖に身を襲われた。

「彼は関係ないわ!・・・今すぐ彼に会わせて。早く!」

「それでは・・・私の要求を呑むと。」

テレーバーはさぞこの言葉を待ち焦がれていたかのように勿体ぶって言った。

カリナは腸が煮えくりかえるような思いで言いきった。

「彼に会ってからよ、すべては。」

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