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政略結婚のススメ  作者: プラスティック
プロローグ2
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プロローグ2 彼の場合の玉突き人生

ギルバート・フェルディゴール。

彼は『洋国』貴族の中でも屈指の財力を誇る、フェルディゴール家の次男である。

『洋国』では大抵家督は長男が継ぐ。

家督を継がない庶子の男子は、学問を志すか、僧門に入るか、軍隊に蔭位によって入隊するなどが主な進路である。

次男であるギルバートも、入隊年齢の下限である13歳の時に国軍に入隊して早4年。

研修期間を経て、今は部署にも配属されて一武官としての任務を拝命している。

「・・・にしても、家まで呼び出すなんて珍しい・・・」

ギルバートは、寂れた門扉を軽く押す。ギギギと赤錆の擦れる音が響いた。貴族の邸宅と違って、誰も門に待機する者はない。

門の向こうに広がる庭は一応は手入れはされているものの、

人が住んでいるにしては活気のないこじんまりとした邸宅に相応の寂しさをか醸し出している。

ギルバートはそんなことに頓着せず勝手知ったる人の家、という具合にずんずんと進んでいく。

女物の調度品で飾られた吹き抜けの玄関ホールを抜け、傍にあった螺旋階段を上がると、

日の差し込まぬ2階の廊下で無用心にも一室の扉が開けっ放しになっていた。

そこにズカズカと無断でギルバートは踏み入った。

「勝手に呼び出してくれたけれど、今度は何なんだ?」

いきなり部屋で声高に叫ぶ。

「そんな大きな声を出さなくても聞こえてるわよ。」

艶のある声が何処からとも無く響き渡った。

嫌みったらしく不満を言っているにもかかわらず、甘く誘うように官能的に響いた。

すると、声が聞こえたベッドルームと思しき部屋のドアがゆっくりと開き、

そこから気だるげで肩がむき出しでバスローブを一枚だけを素肌に纏った黒髪の美しい肢体の女性が現れた。

「いい年してそんな格好でうろつくなよ!」

突然、妙齢の女性が大部分を露出スレスレで出てきたのでギルバートは男の性でうろたえる。

しかし女性はそれを意に介す事無くツカツカとギルバートに歩み寄って女性にしては高い上背を優美な曲線を描くように反らせ、

腰に手を置いてギルバートの瞳をじっと覗き込んだ。

「あーら、ギリーに言われたくないわよ。前にリチャードから聞いたのよ、

『鉄の砦』の男の子達って皆いつも上半身裸だって。どっこいどっこいじゃない。」

「そんなのとはそもそも全然話が違う!!!!」

ギルバートは懸命に否定した。

「まさか『鉄の砦』の男どもがあんたみたいなわけないだろう!?」

メディフィス夫人ことコンスタンス=クレーヌ・メディフィスはそれを聞いて実に快活に笑った。

「それもそうかもしれないわね。でもそれ以上にわたくしの裸は彼らの裸よりもずっと価値あるものだと思わない、

我が息子のギルバート?」


コンスタンス=クレーヌ・メディフィス。

御年41。因みに、独身だが色んな事情で4人の子持ち、さらには孫も3人いる。

それなのに、20代の女性と遜色ないほどの肌と研ぎ澄まされた美貌を持っているがために見た目だけは大変に若かった。

いつもながらにギルバートはいつまで経っても老いとは無縁な母を見て溜息をついた。

「母さんに孫が3人いるとは、俺は到底思えないよ・・・」

「わたくしも、あのリチャードに25歳の息子がいるとは思えないわよ?」

リチャードとはギルバートの父でフェルディゴール伯爵のことである。

因みに彼はコンスタンスよりも3歳年下でこちらも大変若々しい見た目をしている。

コンスタンス曰く『リチャードに出会わなければ今頃この国を閨房で操っていたでしょうねえ・・・』

と冗談とも嘘とも思えぬ発言をしている。

つまり、リチャードのせいで人生が狂った、といいたいらしい。

そんな不穏な事を簡単に言ってのけるコンスタンスは薄着のまま寝室の鏡台の前に座って髪を結い上げながら話している。

そのコンスタンスの髪の色は、『洋国』で最も忌み嫌われる黒。

その髪を臆面もなく曝け出すこの母親の度胸にギルバートはいつも感心していた。

「俺は母さんの黒髪と黒目を受け継がなくて良かったと心底思うよ。」

「何故?」

「だって、母さんの傍若無人が移ってしまっていたに違いないだろ?」

「それは傑作ね。」

ケラケラとコンスタンスは笑う。いつもコンスタンスは豪快に大口を開けて笑う。

それは貴族の女性のような、腹に一物抱えながらも楚々として笑む深窓の令嬢ではなく

夜の街をしたたかに生き抜いてきた女性の勝ち誇った笑みだった。

「でもリチャードみたいな、何十年もわたくしをストーカーするような気質が受け継がれても、あなた困るでしょう?」

「母さん・・・父さんは別にストーカーしてるわけじゃないだろう?それにあんたもあんただ、父さんとの間に4人も子どもを作ったくせに

自分で育てもしないし同居してやらないし結婚もしてやらない、更にはこうやって逃げるようにして隠遁まで。

まったくよくやるよ、あんたたちのストーカーしたりされたり。」

「あら、よくいうわ。わたくしがリチャードと子どもを作ったの理由は、リチャードに借りが出来た時に見返りとして要求されたのが

『君との子どもが欲しい』

っていわれたっていうだけのことだし、

わたくしがあなたたちを育てなかったのはあなたの御祖母さまが厳格な方で

わたくしのような夜の街を生きるものをお許しにならなかった故よ。

あと、ここに住んでるのはリチャードから逃げてるわけじゃないわ。」

普通、男性から『君との子どもが欲しい』といわれるのは明らかにプロポーズだし、

結婚はできなかったとしても愛人としてリチャードの傍にいることは可能だった。

ただ、なんだかんだいって、結婚してはいないものの二人の間は、誰にも侵しがたい固い絆で結ばれている。

息子であるギルバートもいつもそれだけは感じていた。

「俺が言うのもなんだけど、そろそろ父さんと結婚しないのか?父さんは25年も待ったんだ。

周りからどんなに母さん以外に妻を娶るように言われても断固反対してきた人だから

いい加減それが報われてもいいんじゃないのか?」

途端、その一言を聞いて、コンスタンスは何故かにんまりと眦を下げた。

ギルバートはその反応に急に何か不味い事を言ったのではないだろうかという不安に陥った。

「じゃあ・・・ギルバート、わたくしがこれから言うことをあなたがしてくれたら、リチャードと結婚するわ。

ええ、ちゃんと同居もするわ。結婚式もリチャードがやりたいというなら挙げるし、

社交界に出ろといわれたらちゃんど出る、浪費もしないと約束する。」

リチャードの25年・・・いや、コンスタンスと出会ってから約30年。

一途にコンスタンスだけを思い続けていた想いがようやく報われるチャンスがやってきた。

ギルバートはふと思い出した。

いつも、親戚連中や財産目当ての貴族から縁談を申し込まれては

『そんな不細工で教養もない娘と誰が結婚するか。』

と辛辣な、そして明らかにコンスタンスと比べて跳ね付けている父。

そして、毎年コンスタンスの誕生日に何百本もの赤い薔薇を買って

わざわざハイライド領まで自ら持っていくものの足蹴にされてしょんぼり帰って来る父。

父がわざわざ何十枚もの便箋に綴った恋文に、

5回に1回の頻度で帰って来るコンスタンスからの『もう送ってくるな』の一言・・・

色んな光景が走馬灯のようにして脳裏に浮かんだ。

ギルバートは、少し情にほだされすぎていたのかもしれない。うっかりこう言ってしまっていた。

「じゃあ・・・母さんの俺への頼みって、何なんだ?」

その時コンスタンスは企みをしていると一瞬で見て取れる狡猾な笑みを浮かべていた。

「そぉねえ。ギルバートも、結婚してくれたらね。そうそう申し込みもあるのよ。

お相手はハイライド次期侯爵なの。リチャードとかあなたの上司の方からもOKが出ているわ。

ハイライド家からも色好い返事も貰っているの。万事OKなの!

ね、ギリーが結婚してくれたらわたくしもう心残りはないの、だからいいでしょいいでしょ?」

娼婦がねだる様な目つきでコンスタンスは息子であるギルバートを見た。それは妓女時代からの何人もの男を落としてきた得意技だった。

が、ギルバートはその視線すら眼中に無いほど戸惑っていた。

『け・・・結婚・・・?!な、なんじゃそりゃ!?』

予想だにしていなかった言葉がいきなり目の前に突きつけられた。

当人いぬ間に何故結婚話が?それも、軍の自分の上司にさえ了解を取っているだと?

突然の母の暴挙にブルブルと怒りに震えるギルバートはたまらず叫んだ。

「ふっ、ふざけるな!!!」

「まっ、誰がふざけてるですって!?わたくしは大真面目よ。」

「そういことを言ってるわけじゃねえよ!」

ギルバートは一呼吸置いて、それからまた一気にまくし立てた。

「あのなあ、母さん、勝手に問題をすり替えないでくれないか?俺は、母さんの結婚を勧めてただけだ。

別に、母さんと父さんの問題だから、結婚するもしないも当人同士の問題で息子である俺にとってはその実どうでもいいんだ。

でも、どうしてそこで俺の縁談が絡む?それに、

どうして本人の了解無しにそんなに話はまとまってるんだ?!え!?」

コンスタンスをギリリと睨みつけるものの、

当の本人は全くひるむ様子も無く飄々とした調子で答えた。

「だって、貴族の政略結婚って、そんなものでしょう?

それにギリーったら、わたくしがどうにかしてやらないといつまでたっても独身でいそうだから

ちょーっと力になってあげただけよ?感謝されこそすれ、怒られるいわれはないわ?」

「何が怒られる謂れはない、だ!!!!」

ギルバートはキレた。

「あのなあ、確かにフェルディゴールの家に生まれた限り、直接家督を継がない俺にでさえ持参金目当ての貴族たちとの間に

政略結婚が結ばれる可能性が生まれるのはわかりきってた。

でもな!前に言っただろう?俺は、今情報部にいるって!!」

「スパイってだけでしょ?それが何か問題?」

ギルバートはスパイの仕事に対してのあまりのコンスタンスの無知っぷりに溜息をついた。

そして無造作に短く刈り込んだ父親譲りの茶の髪をいらだたしげに掻きあげた。

「あのなあ、スパイってことは、家族にでさえ仕事内容は漏らせないし、そして家族をも仕事に巻き込んでしまう可能性があるんだ。

それだけ危険のある仕事だって何回も言ってただろう?

だからこうやって母さんから連絡を受けてここへ来るには色々手間も掛かってるんだ。

この上、嫁なんかを貰ったりして家族が出来たら足手纏いが増える。はっきりいって、困るんだよ。」

「あら、そう・・・」

ショボーンとコンスタンスは目に見えて落ち込んだ。

これで破談に持ち込める、と実の所は結婚をして身を固める事を怖れていたギルバートは密かに喜んだが

あっさりと小首をかしげて困惑した風なコンスタンスの一言によってそれは破られた。

「でも・・・言っとくけれど、相手はあなたよりもずっと危険に晒される人よ?」

「・・・え?」

「次期ハイライド侯爵。名前はカリナ=ウェルシュ・ハイライド、15歳。

母親は先王の姉で王位継承権規定範囲内でそして次期大臣職拝命予定者よ・・・?」

ハイライド侯爵。

家名はギルバートも聞いた事がある上級貴族の中でもかなりの高ランクに位置し、更に母系ではあるものの王家の血筋と来た。

明らかに、超要人クラスの大物である。

それは情報部のスパイとは、全く比較にならないほど敵が多い人物、ということでもあった。

ギルバートは見過ごしていた盲点と残酷な事実に渋った。

「ということは、俺が夫になってもあんまり敵の数に変わりはない・・・と。」

「そうよ。むしろ、ギリーが彼女を守ってあげたらいいじゃない?

カリナ嬢とわたくし面識があるのだけれど、とーっても可愛いお嬢さんよ。

あんな可愛らしい娘さんが、汚い大人たちを相手に貴族社会で一人で頑張っていくと思うとわたくしいてもたってもいられないわ!」

それなら、自分でそのカリナ嬢とやらを守ってあげればいいじゃないか、

とギルバートは言いたくなったがここでそんなことをいえばヒステリーが返ってくる。そう思ってぐっと堪えた。

「あのなあ、簡単に言ってくれるけど・・・」

「でも、すっごくお互いに利益のある話じゃない?」

確かに、そういわれればそうである。

ハイライドの家格は、侯爵位でありながら公爵家と遜色かわらないほどの家柄を持ち、流れている血も王家と深い縁故を築いていて、

そして爵位継承者には予め大臣職が用意されている。

歴史の浅い新興貴族にとっては喉から手が出るほどの格の高さである。

そしてフェルディゴール家は、貴族の中でも屈指の財力を誇り、

ギルバートが所属しているという事もあり国軍に顔が利く。政治・軍事ともに明るくなるのだ。

両家が結婚する事によって生み出されるプラスはいくつもあった。

ただ、当人たちの気持ち以外で、だが。

「・・・もう少し時間をくれないか、あんまりにも唐突過ぎる・・・」

「まあそうよねえ・・・でもわたくしは、あなたがうんと頷くと思ってるわよ?

なんてったって、わたくしとリチャードの息子ですもの!!!」

「・・・」

ギルバートは呆れてものが言えなくなった。

『あんたと父さんこそ子どもこさえてるくせに25年もの間婚姻関係も結ばずズルズル微妙な関係を続けてるっていうのに何がだよ・・・・』

ギルバートは混乱した頭を抱えるようにしてコンスタンスに告げた。

「・・・先方の家格ははっきりいって俺やましてや父さんですら敵わない。

これからどうにかできないとはわかってるけど・・・少し考えさえてくれ。」

「ええ!きっとあなたなら結婚してくれるといってくれるはずだわ!

なんてったってカリナ嬢はとても美しくて強かな方だもの。あなたもきっと気に入るわ。」

相変わらず頓珍漢な事をコンスタンスは喜びながら答えた。そんなに先方の事を気に入ってるならあんたがそのカリナ嬢とやらと結婚しろ。

とギルバートは返答したかったがこの母に勝てたためしがないのでギルバートは『はああああ・・・・』と一生分の溜息を吐きながら

コンスタンスの屋敷からふらふらと外へ出た。

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