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政略結婚のススメ  作者: プラスティック
仮面夫婦の潜入捜査
18/76

早速、カリナの指令に従ってこのニーゼット公爵の小間使い部屋までやってきた。

4帖ほどのスペースで、人が3人もいれば手狭な空間である。

小間使いの部屋の向こうには厨房があり、さらにそこを抜けると裏口に抜けられる構造だ。

主人の旅先にまで使用人がついてくるのは当たり前なので、滞在している間は

その家の使用人が出入りする場所を使わせてもらうことにしたのだ。

カリナが化粧を一度落すために顔を洗いたいといったので水をもらいにきていた。

しかし、ギルバートはここで思わぬ障害にぶちあたっていた。

「あら、ステキな方ね~。あのご夫人の使用人の方でしょ?若いって羨ましいわ~。」

「ほんとほんとー!うちの若旦那様って、身長はそんなにあるほうじゃないし、

こう言っちゃ失礼だけど、横の方に異様に伸びちゃってるから

あなたみたいな人がうちで働いてくれてたら本当にいいのにね~目の保養だわ~」

初め、ギルバートは未亡人が男の使用人を一人だけしか連れてきていないという

明らかな外聞の悪さにつまはじきにされると思っていたのだが

何故か、女の使用人たちにつっかかられている始末なのである。

「あの・・・い、井戸から水を汲みたいんですけど・・・」

「やだもーそんなの私達がするからここでゆっくりしていってよー。」

「そうよそうよ、そんなに真面目腐って仕事しなくっても

あの未亡人のご主人ならあなたのことには多少目を瞑ってくださるでしょー?」

完璧に、未亡人と禁断の間柄になっている使用人というストーリーが

彼女達の脳内で出来上がっているようである。

ギルバートから見て、この二人の使用人はオバちゃんと呼ばれる域の女性達で、

多分そういったゴシップが喉から手が出るほど好物なのだろう。

小柄ながら、カリナとは正反対のどこもかしこも豊満な肉体と、

どぎつい厚化粧を施した顔をアップで近づけさせて尋問するかのように

囃し立ててくる光景はもはやホラーだ。

ギルバートはひっそりと息を呑みながら弁明した。

「あの・・・誤解を招いているようなので言っておきますが、

主人とは本当に何もないんです。今回俺一人だけついてきたのは

やむをえない事情があって、他の使用人たちは連れて来れなかっただけで・・・」

「やむをえない事情って、あなたとしっぽりするつもりだからでしょ?

未亡人って貞淑にしておかないといけないっていう世間体があるものね~」

二人の熟女使用人のうち、フリッフリのエプロンをつけたほうが

ギルバートの意志を丸無視して言う。

「し、しっぽりって・・・間違ってもそんなことにはなりませんよ!」

「さーあわからないわよ?あの未亡人の方、若いもの~。

あなただって色香にコロっと騙されてるんじゃなくて?」

もう一方のヘッドドレスをつけたほう(因みに激しく似合わない)の熟女使用人が言う。

あくまでも、ギルバートとカリナを恋仲に仕立て上げたいらしい。

これがなんの制約も無い状況下ならギルバートはむしろ歓迎したいところだったが、

結婚はひた隠しにしているうえに、今回は身分をお互い偽装してやってきたのだ。

下手な噂を立てれば、火の無い所に煙が立ってしまう。

しかし、土台その偽装に無理があった。

未亡人が傷心旅行をするのも世間的にはあんまりないことであるし、

使用人を一人だけ、しかも男だけを連れてくるのは外聞が悪いにもほどがある。

これは噂を立ててくれと、アピールするかのようなものである。

はあと溜息をついてギルバートは興味津々で瞳を爛々と輝かせている熟女二人に

仕方なく嘘――限りなくカリナにとっては不本意であろう――を話す事にした。

「お願いですから、内緒にしていてくださいよ・・・

俺と主人は確かにお互い想い合う仲です。

でも、主人も未亡人になって一年半が過ぎ、再婚の話が出てきて・・・

最後の思い出を作るためにここへきたんです。だから・・・秘密ですよ?」

しー、と口元に人差し指を立ててそう言うと、熟女二人は懸命に首を縦に振って頷いた。

・・・自分の母といい、どうしてこの年代の女性というのは

色恋沙汰に首を突っ込まずにはいられないんだろうな・・・

ギルバートはそう思わざるを得なかった。


「へえ~ご夫人が結婚なさる前に運命的に出会って、それからのご縁なのね~。

でも、あの方すごく綺麗でしょう?やっぱりたくさんの殿方に言い寄られていらしゃったりするのかしら?」

ぼりぼりとお菓子を片手につまみ、椅子に座って机に頬杖をつきながら

熟女使用人二人は完全に井戸端会議の風体に突入している。

ギルバートも、手近にあった椅子に仕方なく座りながら、ボロが出ないように

嘘設定―ただし若干の事実も織り交ぜつつ――を話す事にした。

「確かに、主人は男性に言い寄られる事の多い方ですが、本人に男性とお付き合いなさる気が殆どおありじゃなく・・・

もともと田舎育ちで都会の男性が苦手なのもあるそうです。」

「でもあなたのことは気に入ってらっしゃるのよね?どんな手を使ったのよ!?」

ど、どんな手って言われても・・・と一瞬ギルバートは迷うが、

現実にはまだそこまで至っていないので、願望を語ることにした。

「さすがに、主人の心の中を覗く事は出来ないので想像でしかわかりませんが・・・

多分、俺が、彼女の事をずっと思ってるということを感じていただけてるからかな、と。」

「あらやだ、お熱いことねー。羨ましいわ。」

「ほんっと、私、なんだか火照ってきちゃったわよ。」

と、口々に言い始めた。ギルバートは

なんでこんなおばちゃんたちを興奮させなきゃならないんだろうと今更後悔する。

しかし、気になる情報をこのおばちゃんたちはうっかり口を滑らせた。

「でも、うちの若様ったら、どうやらあなたのご主人にご執心みたいよ。気をつけたほうがいいわ。」

「・・・本当ですか?」

恋敵が増えるというのはギルバートにとって大変不本意な事態である。

たとえ自分から見ても、絶対にダメだと思われるあの公爵家の跡継ぎ長男でも危険因子は危険因子である。

だからどうしてもこういった話題には熱が入ってしまう。

「本当よー。今日、晩餐会開くって仰ってるでしょ?本当はそんな予定なかったのよー。

私達もいきなり申し付けられたもんだから、準備に大慌てよ~。」

そのわりにこんなふうに井戸端会議を開けるもんだからオバちゃんたちは凄いものなのだが。

「うちの執事の話じゃね、あなたのご主人を一目見て気に入りなさったみたいなのよ。

だからいきなり晩餐会を開くって言い出したんじゃないかって使用人の間じゃもちきりよ。

ほんっと、無理矢理よね~」

熟女使用人二人ははぁーっとこれみよがしに溜息をついた。

ギルバートはこういう話題につっかかるのは苦手なのだが、

カリナからの指示をちょうど遂行できそうだったので探りを入れることにした。

「でも、そちらの若旦那様はもう25歳におなりでしょう?

恋人の一人や二人いらしゃっても不思議じゃないはず。

それに、独身で結婚適齢あたりでいらっしゃるから、うちの主人のような未亡人に構ってはあまりいい噂にはならないはずですよね?」

「そーだけど仕方ないわよ。うちの若様ったら、女癖が悪くてね~。

綺麗な女を見たらすぐにその尻追っかけちゃうタイプなのよ。相手が人妻でもよ。

なまじ家格があるから、自分に落せない女はいないって自負してる上に

相手もみんな身分にくらっといっちゃって靡いちゃうっていう感じなのよね。」

と、フリルを着たほうの使用人が言う。

「その点、あなたのご主人は話を聞いてる限りじゃ簡単に男の方に靡く方じゃなさそうだし

さっき私も姿を拝見させていただいたけど、すんごく綺麗だし、

それよりもずっと上品で高貴な御方に見えたから、うちの若様がいくら

自分が公爵家の跡継ぎだって主張されてもなんとも思われなさそうだわ~。」

と、ヘッドドレスをつけたほうが言った。

ギルバートは彼女達の観察眼の鋭さに『オバちゃんたちって恐ろしい・・・!』と舌を巻かずにいられなかった。

「でも若様ってあれじゃない?前私聞いたんだけど、

スローベンヌの修道院で見かけた尼僧に一目惚れして尻を追っかけまわしたけど、

相手は僧門に入ってるから最初ぜんっぜん相手にされなかったらしいのよ。

そのときね、うちの若様ったら

『逃げられる方が、追いかけるのに俄然燃えるよ』

とかいっちゃって、結局その尼僧を破門までさせて愛人として囲っちゃったのよね~。」

「それって、本当なんですか!?」

「ええ。若様ったらまあ言っちゃなんだけどお暇な方だから、

恋愛にお熱上げるのがもう趣味っていうか仕事っていうかね。

でも結局そのあとうちの旦那様がね、そのこと聞いてお前は

当分色恋沙汰で問題を起こすなってことで当分社交界への出入りを禁じたのよ。

旦那様は、恋愛ごとには厳しいって言うか本人がすごくストイックな方だものね~。」

肝心の公爵の話になってきた。ギルバートは更に探りを入れるために話を聞く。

「その旦那様のほうはどうなんですか?奥様と政略結婚なさったと聞いたんですが

愛人とか・・・いらっしゃったこととかは?」

「ぜーんぜんないわよ!もう私達がつまんないくらい!

仕事一筋真面目一徹ってああいう方のことを言うのかしらっていうぐらい。

どうしてあんな方から若様が生まれたのかしらって皆不思議なくらいよ。

奥様も深窓の令嬢でおしとやかな方だから、ほんと、誰の遺伝子かしらって。

顔だけは若様と旦那様ってよく似てるから、間違いなくお二人のお子様なんですけど・・・」

この二人はかなり若様に失礼な事を言っているが本人達からしたら日常茶飯事らしい。

部外者のギルバートがドキドキするような発言ばかりだ。

「だからあなたも若様の猛アタックには気をつけてね。

あなたのご主人様なら多分大丈夫だとはわたしたちも思うんだけれど、

ただあの若様がなにをなさるかがね・・・しかもここは本人の居城だから余計タチが悪いと思うわ。」

「絶対二人きりにさせちゃダメよ?若様は強引で有名だから。

うちの使用人も若い子が昔若様に迫られちゃって何人もやめてるから

もうここには古参の使用人か、男の使用人ぐらいしかいないのよ。

気をつけて頂戴ね。あ、あなたのご主人様の話なら聞かせて頂戴?」

うふふとオバちゃんズが微笑む。ギルバートはうっ・・・と一瞬引いてしまい

「き、貴重な話ありがとうございました。」

と、どもりつつその場を逃げるようにして立ち去ってしまった。


小間使いの部屋からカリナ用の客室に戻ってきたギルバートは

早速さきほど聞いてきた事をつぶさにカリナに報告した。

カリナは鏡台の前に座り、晩餐会用に自分の髪を結いながら口を開いた。

「そう・・・まあ気をつけるに越した事は無いでしょうね・・・

で、ギルバートは私が食事の間は給仕に出なくていいから、他の部屋とかを調べてて頂戴。」

「って、あなたがあの若君に迫られるかもしれないのにそんなことできませんよ!」

「・・・別に迫られると決まったわけじゃないんだからいいじゃないの。」

カリナは立ち上がってギルバートの方を振り返った。

貞淑な未亡人らしく、黒基調のタイトな夜会のドレスを身に着けているが

髪にあしらった深紅のバラのコサージュが金の髪と黒の服とともにいやに目立っている。

何もかもを吸い尽くした血のように生臭いのに、どこか人をひきつけて止まない色だ。

そしてそれを清楚なカリナが身につけることで一層妖しさが際立っている。

一瞬それにギルバートは目を奪われていた。

「あなただってわかってるでしょう?私がしたいことはあの若君についても調査したいから。

あの人も色々ときな臭い噂があるもの。接触できて丁度いいぐらいよ。」

「でも・・・」

「でもじゃなく。それに給仕で必ずこの家の使用人が壁に張り付いてるわよ。

あなたが昼間話を聞いた使用人の女の人も多分ものめずらしいから

見に来るはずだろうし。・・・あなたは食事が終わる頃に帰ってきたらいいのよ。

そしたら何もないってわかるはずだもの。ね?」

念押しする水底色の瞳に、反論を許さない強い意志を孕んだ迫力がある。

「・・・わかりました。そこまでいうのなら。」

ギルバートは仕方なくそこで頷くしかなかった。

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