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結局、カリナの付き人としてギルバートがくっついていくことは最早決定事項となり
撤回はできなくなった。
「・・・殿下。私達二人に何をお望みなんですか?」
「そりゃあ、仲良くして欲しいのが第一だろ。
第二はカリナの右腕になってやれると見込んだからだ。」
巷では一目見ただけで寿命が3年は延びるという怪しい薬のような効能を持つ
第二王子・ジェイドは私設の執務室で書き物をしていたギルバートに向かって言った。
相変わらずギルバートはここで子守りというか雑用のようなことをやらされている故であるが。
いつもは飄々として性格がまるで遊び人のような王子であるが、
このときばかりは、真剣な眼差しでギルバートに語りかけた。
「多分だが・・・カリナがこれからやろうとしていることは、かなり道が険しい。
おそらく、君たちが今度行くニーゼットでも何かあるだろうと踏んでいる。」
「なら、俺みたいななんの事情も知らないし、査察部とは縁もゆかりもない人間が
彼女についていって、役に立つんですか?」
「確かに、俺みたいに事情を知ったやつがついていくのもありだが、
如何せん顔が割れてるし、むしろ足手纏いになる。
君がついていけば、カリナはきっと安全だ。君は事情を知らない。
けれどいずれ、俺やカリナと同じくこの根深い問題に巻き込まれる。
時間の問題だ。」
ギルバートは眉を顰めた。
「その問題って・・・なんなのですか?」
「なんなのだろうね・・・」
ジェイドは、笑った。心底、やるせないという風に。
「実の所、なんともいえない。ただ、
国家転覆もありうる。それだけはいえる。」
この言葉をここで聞かされると、ギルバートは思いもしなかった。ひくりと息を呑む。
余人のいないこの空間で如実にギルバートの緊張を感じ取ったジェイドは、
緊張を解きほぐそうとするかのように再び笑った。今度は、冗談でもいうように。
「そんなに思いつめないでくれ。
別に今転覆してる最中で、俺も今、無職になりかけてんだよねーとかいう状況に
陥ってるわけじゃないんだ。いくらでもやりようはある。
それを君に任せたというわけだ。」
「・・・そんな大役を、どうして俺なんかに・・・?」
「君が適任なんだ。前も言ったろ?手駒として丁度いいって。」
「そこまで期待される理由がやはりわかりませんが・・・」
「わからなくていい。時期がくればいずれ知らなかったほうがよかったと思うだろうし。」
そう意味深なことを言ってジェイドはサッと机の引き出しから冊子を引き出した。
そしてギルバートにそれをぽいと放った。
「そこに今回の詳しいことを書いておいた。
カリナにも同じものを渡してあるから、二人でそれに沿って行動してもらったらいい。」
「・・・なんですかこれ。」
そういいつつ手元の冊子を見る。
が。
表紙に書かれている言葉は。
『成婚5年目にしての新婚旅行~ドキッ、乙女心と亭主の甲斐性せめぎあい☆~』
「・・・・・・殿下、こういうのが前々からお好きな方だと知ってましたが
今回はさすがに・・・」
「ギルバート、上司に向かって文句はいえないものだよ。
世の中の不条理を飲み込んでこそ荒波を耐えられるというものだよ。」
こういうときだけ、世間の常識を盾に取る辺りこの王子の底意地の悪さが知れるというものである。
ギルバートはそっと溜息をついていった。
「いや、私が殿下あなたに文句を言うんじゃなくて、
彼女のほうから何されるか分かりませんよ。
あなたには我慢ならないといってはばからない彼女ならどんな報復が来るか・・・」
ジェイドはふんっと鼻を鳴らしていった。
「俺はカリナなんて怖くないな。
怒ったとしてもカリナは俺のことを知り尽くしてるからどこかで諦めてくれる。」
カリナですらジェイドは手に負えない。
ギルバートは改めて思い知らされて惨憺たる気分になった。
出立当日。
カリナは家人に仕事で当分家を空けるといって王宮に密かに夜もまだ明けきらぬ頃出仕してきた。
馬車も、自分の家の徽章が入ったものを使わず、
目立たない辻馬車を雇いギルバートのいる軍本部の前まで走らせる。
まだ冬を終えてから春にいたっていないかのような天候で手が寒さでかじかんでいる。
フウっと息を吹きかけつつ手を擦り合わせる。
査察部をまとめるようになってから初めて自分が行う査察で
更にいえばそれは公私混同も甚だしい身内暴きである。
ただ、それほど隠されているものの後ろ暗さには凄まじいものがあった。
それをこの己の目で確かめにいく。
そのために、ギルバートまでもを巻き込むのはカリナの本意ではなかったのだが・・・
コンコンッとドアがノックされる。カリナは中からドアを開けると
そこには予想通りギルバートが立っていた。
「姫、おはようございます。今日も相変わらず寒いですね。」
「・・・そうね。荷物はそれだけ?」
ギルバートが抱えている鞄はカリナからすると日帰りとでもいえるほどの分量である。
ギルバートはえへへとでもいいたげに笑った。
「確かに少ないですけれど・・・情報部にいた頃からこんなもんだったんで・・・
それに今回は付き人としてあなたについていくのだから、
あなたみたいに着飾っていくわけには行かないし、第一着飾るものもないですけどね。」
今回、カリナはベルプスタ公の兄の娘の結婚相手の妹とかいう謎の経歴を持つ
マチルダ・ルインギットという偽名と、目立たない茶髪のかつらを被って
観光目的にニーゼット公の城に宿泊しそこで、調査をする予定である。
幸いにカリナは社交界に出る前に爵位を継いで出仕をしたお陰で、
その実殆ど貴族社会で顔は知られておらず、王宮に直接顔を出しに来れる者しか
その姿は見られたことがない。
己とそっくりな母も無駄に高い矜持のお陰で本人が認める者としか交流をしなかったためか
こちらも極端に顔が知られておらず
十分隠しとおせると踏んだゆえの調査である。
そして今回のギルバートの役どころは付き人。
本当のところは女性の付き人をつけるのが自然というものなのだが
正直にこの調査の存在を話せるほど気の置けない使用人がカリナにはいない。
そもそも大人数で行くのも面倒が増えるので
そうなら用心棒ができて口が堅いものをとジェイドに頼んだゆえだった。
「じゃあ今から御者台に乗りますね。荷物をお願いします。」
そういってドアを閉めようとしたギルバートの手を慌ててカリナは掴む。
ぎょっとしてギルバートは振り返った。
「あ、あの、どうかされたんですか?」
「・・・面倒ごとを頼んでごめんなさい。色々と迷惑だったでしょう?」
普段、王宮で会うときは武官らしくきちんとプレスされたシャツを颯爽と着込み
腰にサーベルを佩いているいつものギルバートと違い
今は使用人らしさを出しているつもりなのかラフな格好をしている。
カリナには見慣れないギルバートは、
いつもどおりの少しぎこちない笑みを浮かべながら言った。
「昨日もそうでしたけど、姫はちょっと無鉄砲ですよね。
何かやらかすなら俺の見ている範囲でいてくれるほうがよっぽどいいですよ。」
そうしてドアをきちんと閉めてそのまま御者台に向かった。
ギシリと一瞬車輪が軋む音がしてゆっくり馬車が前に進む。
カリナは馬車の中で暫く天を仰いだままだった。
「アン、これから怖い事が起こるとわかっていたら君はどうする?」
アンリエッタは自分の主人のために朝の支度をしながらその主人本人をチラリと見た。
優雅に紅茶の入ったティーカップを片手に持ち、長い足を見せ付けるかのように椅子に座るジェイドは
本当はほんの10分前まで布団のぬくもりが恋しくて駄々をこねていた所
アンリエッタに叩き起こされたのである。
あやうく、布団の簀巻きにされかけたはずなのだが、寝間着を着たままの王子は
無駄に優雅さをたたえているためか、微塵もその当時の空気は見られない。
アンリエッタは、相変わらずこの王子のデメリットを覆っても有り余る
天賦ともいえるその才能の無駄さ加減に真面目に取り合うのも面倒だったが、
質問は真剣だったので答えておく。
「怖い事が具体的にどういう事象を殿下が指しておられるのか私にはわかりかねますので
なんともいいがたいところでありますが・・・
よほどのことなら逃げます。そして安全な所にいることを選びますね。」
「だよねえ。」
呑気にそう言ってジェイドはずずずと紅茶を飲んだ。
それを見てアンリエッタは煩わしげに眉を顰めた。
「殿下、音を立てないでお飲みになれないのですか?」
「気心の知れた者しかいないところでいちいちそんなことに気をつけてちゃ身が持たないよ。」
「・・・のわりには、気心の知れない方たちの前でも多いに緊張を緩めておられると
思うんですけれどねえ・・・?」
場の空気が一気に自分の失言で凍りかけたのでジェイドはすぐさま話題を元に戻した。
「カリナは・・・逆なんだ。
自分から進んで悪い方向へ動いていく。意識的にしろ、無意識的にしろ。」
「つまり、殿下はそういった星の巡りのハイライド大臣をお助けになりたいんですね?」
直球な質問がきたのだが、ジェイドは困惑げに頭を振った。
「わからない・・・多分このまま放っておいたら
いろんなことが起こる。でもその分積年の問題が一気に氷解する機会でもある。
ただ、それにカリナが巻き込まれることは・・・本意じゃないんだ。」
「殿下がそうおっしゃるのは珍しいですね。」
今まで片手間に話を聞いていたアンリエッタは作業の手を止めてジェイドを見た。
「僭越ながらお傍にいる者として殿下の行動を拝見させていただくたびにいつも思っていたのですが
あなたは、公正公平な人です。そして損得勘定が非常にお上手です。
だから、こういった場合、普通なら一緒に巻き込まれるどころか
殿下自身が逃げる道を選ぶはずでしょう?」
その言葉はグサリとジェイドの胸に突き刺さった。
アンリエッタの視線はいつもそういう風に向けられている事に痛みを感じたからである。
それと同時に
やはりアンリエッタは、己の監視者としてあまりにも有能であると実感した。
「手厳しい意見だが事実だな。君にそういう風に見られていたんだな。」
「・・・不愉快にお思いになられたのなら申し訳御座いませんでした。」
「いや、いい。君の意見は的確だ。有り難く受け取っておくよ。」
それを聞いてアンリエッタは無言で深く一礼して部屋を退室しようとした。
が。
床にピラリと落ちている紙の冊子を見つけて手に取った。
それは、例の、カリナとギルバートに手渡された『旅のしおり』だった。
ジェイドはしおり片手に寒さとか感激とかとは別の感情で
ふるふると震えているアンリエッタを見て、一気に竦みあがった。
「で~~~ん~~~か~~~?こんなものをあのお二人にも手渡されたんですね!?
人をおちょくるのはいい加減になさいませと申し上げたでしょう!?」
「いや、あの、そのこれは・・・というか内容には言及しないの・・・か・・・?」
「弁解など無用!」
ふんぬっという擬音でもつきそうなぐらいの勢いでしおりが真っ二つに破られた。
合計48ページもあるにもかかわらず。
「ア、ア、アンリエッタ・・・!!」
アンリエッタの怪力を突如朝っぱらから見せ付けられたジェイドのその日の公務は
いつもとちがって粛々と進んだという事である・・・




