第4章:秘密の写真
那奈姉が我が家にやってきた翌日。
俺は朝から那奈姉の部屋の整理を手伝っていた。
今日の朝、那奈姉の実家から追加の荷物が運ばれてきたからだ。
「……あの、那奈姉?」
「なぁに?道明?」
「この荷物の量は……どうみても、下宿するだけの荷物ではないような気が?」
まるでこれでは引っ越しじゃないか?
下宿ならばそれほど荷物は多くないはず。
なのにもかかわらず、ベッドから家具まで運ばれてきた。
家財道具一式、いくら女の子は色々必要だからってこれでは引っ越しも同然だ。
俺は疑問を口にするとあっさりと那奈姉は認める。
「そうねー。お母さん達ったら気が早いんだから。もう同棲のつもりで住んじゃいなさいよ、って実家の荷物をまとめてきたのよ。叔母さん達も認めてくれているから話がスムーズに流れて、今に至るわ。急きょ、同居から同棲モードになったの」
俺には事前に何の説明もなしですか?
「スムーズすぎだよ!?一番、肝心で大事な俺をスルーしちゃってるよ!?」
「そうだっけ?それじゃ、改め言うわ。今日から4年間じゃなくて、この家に住むことになったの。婚約者同士だからね」
「あっけなく時間制限がなくなった!?まだこの家に来てから2日しか経っていないのに!?」
「もちろん、道明と結婚したらこの家じゃなくて、どこか別の場所を借りるのも選択肢よ。新婚だと親の目も気になるもの。貴方が望むのならそれくらいはしてもいいと思うけどね」
「そう言う問題じゃない所にまず気付いてほしい」
ころころとドングリが山から転がる勢いで俺の人生が変わっていく。
このままでは本当に数年後には那奈姉とハッピーエンドを迎えるのでは?
さらに数年後には可愛い子供まで生まれて、幸せな家族計画を実行して。
……待て、俺、それのどこが悪い?
俺は那奈姉が好きだ、初恋だからな。
その相手と結婚できるというのなら何も問題はないのではないか?
だけどさぁ、改めて考えると俺と那奈姉には何かが足りていない気が……。
その何かがよく分からず、俺は戸惑ってるわけで。
「……道明、どうしたの?」
「なんか……俺の知らないところで世界は回ってるんだなぁって」
俺は肩をすくめながら嘆いた。
ここは改めてこの件に関してお話をするべきだと思う。
俺の知らない所で何もかも決められてるのも正直、困る。
「一度、ちゃんと婚約の件でお話をしたいんだけど?」
「この荷物整理が終わったらね?頑張って、男の子」
「……了解」
那奈姉は衣装ケースの整理を、俺は新品のベッドの組み立てを始める。
この部屋にあったベッドは古いので、新しく買ってきたものらしい。
「えっと……こっちのパーツはこっちで、あれ?なんか違う?なぜ、合わない……逆か!?」
俺はプラモデルとか苦手な方なのだ。
こういう、何かを組み立てるって作業はどうにも苦手なのだよ……うむ、また間違えた。
組み立て式のベッドの説明書を見ながら、作業という名の格闘をしていたら、
「うわぁ、懐かしいなぁ」
後ろで那奈姉の声が聞こえるので振り返る。
「どうした、那奈姉?」
そこにいた那奈姉はアルバムを見開いていた。
「アルバム?そんなものまで持ってきたの?」
「だって、これからここに住むんだもの。当然でしょう?」
「……当然なんだ」
その覚悟、俺にとってはまだ心の準備はできてません。
……ほ、ホントに結婚とかなっちゃうんだろうか?
「小さい頃の道明と私が写ってる写真もあるわよ」
「……あっ」
そこに写ってるのは那奈姉にくっついて歩く幼い頃の俺がいる。
まだ那奈姉の家族がこっちに住んでいた頃の写真だ。
この頃の那奈姉は可愛かったよな。
優しくて、とてもいいお姉さん的存在だった。
清純派だった那奈姉が……時の流れが人を変えたのでしょうか。
「今、とても私にとって不愉快な事を思い浮かべたでしょう」
「いえ、そんなことはまったくありません」
ギラッとした鋭い目つきが怖かった。
……思い出にひたっていただけなのに。
「お姉様は今もとても可愛らしいままだと思います(棒読み)」
「そう?えへへっ、道明に褒められると嬉しいわ」
爽やかな笑顔を浮かべて照れる那奈姉は可愛かった。
……那奈姉に怒られると怖いから大人しくしておこう。
懐かしいアルバムを眺めながら俺たちは昔は本当に一緒にいる事が多かったんだと改めて思う。
「あれ?これは……?」
いくつかのアルバムが入った段ボール箱の中に封筒がひとつ入ってる。
封筒の厚さから何かが入ってるようだが、どうやら、特別な物のようだ。
「なんだっけ?私も覚えがないなぁ?」
那奈姉はそれを開けてみる。
封筒の中には一枚だけ、綺麗なフォトフレームに入れられていた。
「この写真……あの時の?」
「あの時?」
「覚えてる、この写真?」
俺は彼女からフォトフレームを受け取る。
その写真は俺が那奈姉に抱きつかれて恥ずかしそうにしている写真だ。
今見ても照れくさくなる写真。
だが、その背景は俺の記憶にはない場所だ。
桜並木が背景のようだが見覚えがないんだけどな?
「これ……いつの時の写真だっけ?」
「それはねぇ……秘密。覚えてないんだ?」
「……お、覚えてません」
そもそも、那奈姉に婚約を迫った事すら覚えてないのに。
そんな大事な約束すら忘れている俺の記憶力のなさに反省する。
「そっか。覚えてないのか……お姉ちゃん、寂しい」
視線をうつむかせて涙をぬぐう素振りを見せる。
「え?え?」
これってそんなに大事な写真なのか?
「……ひどいわ、道明。私にプロポーズをした時の事を忘れるなんて」
えーと、その記憶自体ないのだから仕方ないのでは?
そんな言い訳、通じませんか……通じませんよね?
「道明のお姉ちゃんに対する愛の薄さにショックだわ」
「ま、待ってくれ。違うんだ、これは……」
「お姉ちゃんのことなんて、どうでもいいのねぇ。ぐすっ」
やばい、一気に婚約破棄フラグがきた。
「ごめんなさい」
俺は頭をさげて謝る。
那奈姉はそんな俺の反応を見ていた。
「どうしても、許してほしい?」
「反省してます。お願いします」
「……それじゃ、この写真の再現をしてくれたら許してあげる」
この写真=抱擁シーン=仲良く抱っこ?
ま、待ちたまえ、それは……いいのか、やってしまってもいいのか?
「ほら、お姉ちゃんの身体をぎゅってしてくれなきゃ許さない」
ど、どうするよ、俺?
こんなことがあっていいのか、このイベントはありなのか!?
「……ほらぁ、どうするの?許してほしいんでしょ?」
薄い桃色の唇が告げる誘惑の言葉。
ここでやらないとどうするんだ、俺?
あはは……合法的に那奈姉を抱きしめられるんだぞ?
やばい、別の意味で顔がにやけてきた。
「道明……チャンスはあと10秒よ?」
くっ、俺には考える時間もないのか。
仕方ない、これは許してもらうためにも仕方ない事なんだ。
ええいっ、ままよ(どうにでもなれ)!!
「やんっ」
那奈姉をぎゅっと抱擁すると、柔らかい女の子の感触。
くっ、那奈姉はスタイルがかなりいい……想像以上である。
特に豊かな胸が、つまりはそのふくらみの感触が……みなまで言わせないでくれ。
那奈姉を抱きよせてるだけで幸せな俺。
彼女も彼女で嬉しそうに笑ってくれている。
「ゆ、許してくれる、那奈姉?」
「仕方ないなぁ。道明がここまでしてくれるのなら許してあげてもいいかな?」
ほっ……嫌われるという最悪は回避できたようだ。
だが、神様ってのは妙な所で悪戯心を出しやがるもので。
「――那奈お姉ちゃん、ご飯が出来たよ……え?」
昼食に呼びに来た妹の咲良がドアを開けて、その場で氷のように固まる。
「ご、ごめんね。お邪魔しちゃって……ふ、ふたりは婚約者だもんね。抱き合うぐらい、普通にあるよね?」
兄と従姉が抱き合う光景に顔を赤らめて恥ずかしがる咲良。
いや、婚約者っていうか……これは、そういうことじゃなくてな。
「うぅ……お兄ちゃんのエッチ」
なぜか、俺の妹の好感度だけが激下がりしたのだった。
お兄ちゃんは……お兄ちゃんは無実なのだよ、マイシスター!?